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2020.08.10

砂浜図書館に行ってきました

コロナ禍により今年は海水浴場としての開放を断念した大洗サンビーチ(茨城県大洗町)にて、8月1日から「砂浜図書館」が開設されています。

開設日時は2020年8月1日(土)から8月23日(日)の各日15~18時(天候などにより中止の場合あり)。

ニュース記事や砂浜図書館のFacebookによれば、大洗観光協会の若手メンバー中心のチームが「ビーチの新しい活用法」をテーマとして企画した催しとのことです。

実は先週も県央に別件で出向いたついでに大洗にも立ち寄っていたのですが、この「図書館」の存在を知ったのは残念ながら帰宅直後でした。というわけで、8月8日に大洗を再訪し、リベンジと相成った次第です。

「砂浜図書館」の利用受付窓口は、サンビーチの緊急避難施設の1階に設けられています。開場時刻の15時少し前に出向くと、既に数組の受付が済んでおり、我々一行の前にも2、3組がソーシャル・ディスタンスを保ちながら順番を待っていました。
受付で来館者の氏名、住所(同行家族は氏名のみ)をGoogleフォームで登録し、いばらきアマビエちゃんへの登録が完了すると、ターフ席とパラソル席(いずれも椅子は2つ)のどちらかの座席を選べます。我々一行はターフ席を選びました。席番のアルファベットが記入されたランタン(中身はドライフラワー)を受け取り、手指をアルコール消毒した段階で、書架のエリアに進むことができます。書架から読みたい本を選び、冊数を受付に申告すると、本を運ぶ用の網状のバッグを借りられる流れです(マイバッグがあればそれを使用しても良いようでした)。

蔵書は茨城県立図書館のリサイクル本が活用されています。駅の図書コーナーのような感じで、分類による排架はなされていませんが、類似傾向の本はざっくりとまとめられている印象でした。料理本のように時間をかけずに読める図書も置いてはありますが、ミステリやノンフィクションなどじっくりと読む系のものが意外と多いです。
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個人差はありますが、じっくり系図書は1日の開館時間内(15時から18時の3時間)で読み切るのは難しいので、ラノベやショートショート、エッセイ集、漫画など、もう少しライトな読み物の冊数もあるとありがたいと思いました。しかし、もしかしたら近隣の方が何日か通って読む、という使い方もあるのかも知れません。それより何より、後述のとおりとても素敵な時間を過ごすことができましたので、これ以上の贅沢はないと思っています。結局2冊持ち込みましたが、遅読ゆえに薄めのエッセイを1冊読了するのがやっとでした……。
なお持ち込みも可能だったらしいと後から耳にしました。もし来年も開催されたならですが、お気に入りの本でも持ち込もうかな。

受付でアイスコーヒーのボトルを購入してから海岸に出ると、図書館エリアの入口に“Welcome Beach Library”と記された門のモニュメントと、その奥には洋書のモックが飾られた低書架のモニュメントが設置されています。所謂「インスタ映え」スポットとして設置されたものと思われ、我々も含め何人もの方が記念撮影していました。
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ターフ席には普通のキャンプチェア2脚のほかに小さなテーブルが置かれていて、座席リザーブのランタンと2人分の本とドリンクを置いてちょうど良い程度のスペースです。
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実は砂浜だと砂ぼこりと日焼けで大変なことになるのでは? という懸念も多少ありましたが、当日は気温が20℃台後半とさほど高くなく、また風も強くなかったこともあり、ターフ席ではほど良い潮風に吹かれながら2時間半読書に没頭。とても快適に過ごすことができました。
ただ、17時を過ぎるとさすがに海からの風がひんやりしてきてちょっと寒さがありました。また、風の弱い日でターフに守られていたとは言え、海辺である以上は若干の砂や陽射しは避けられませんので、何か薄手の羽織るものを持っていけば良かったです。

退場時にアンケートへの協力依頼がありましたので、費用負担について触れた設問に「ワンドリンク500円でも良い」と回答いたしました。
今回はあくまでコロナ禍でサンビーチが海水浴場として利用できないことを受けての暫定企画ということですが、ここ7、8年の間に大洗には海水浴以外の楽しみもたくさんあることがせっかく分かってきた所でもありますし(ガルパンは地元イベント的なものへの参加経験は全くないものの、アニメは全部見ていますし、年数回は大洗に遊びに来ています)、もしコロナが収束しても何らかの形でぜひ続けていただきたい、と思っています。もちろん地元にはささやかながらきちんとお金を落として行きますので!

 

2019.06.09

映画『ニューヨーク公共図書館 : エクス・リブリス』感想(2019.6.1 10:15鑑賞)

皆さまこんにちは。
こちらでは2017年11月以来の投稿になります。
前回の投稿から1年半の間に職場異動で再び図書館と縁が切れてしまうなどの細かい変化はありましたが、その辺の話は横に置いてひとまず本題にまいります。

はじめに、当方は国内外の図書館業界のリアルな情勢とか統計データとかに関する知識は皆無ですし、故に日米図書館事情の比較なんてことはできません。また、残念ながらニューヨーク公共図書館(以下、「NYPL」)を実際に訪れたこともなく、多少『未来をつくる図書館 : ニューヨークからの報告』を読みかじった程度(はっ、完読していなかったかも?)に過ぎません。このような立ち位置ですので、以下は「批評」ではなくあくまで「感想」の範疇にとどまることをお断りしておきます。

2019年6月1日に神田神保町の岩波ホールにて、フレデリック・ワイズマン監督の『ニューヨーク公共図書館 : エクス・リブリス』を観てまいりました。

上映時間3時間25分(休憩含む)。ちょっとしたミュージカル観劇より長いです。

最初休憩時間10分、と告げられており、おいおい、この女子トイレの行列では間に合わないだろう? と心配していましたが、しっかり全員が用を足せていたように思うので、恐らく休憩時間に運営側の微調整が入ったものと推測しています。

閑話休題。肝心の映画の感想ですが、人物紹介等も特になく、図書館(併設施設や分館を含む)やその周辺における各種活動について撮影した実録映像を、何らかの一本貫く姿勢を芯にした一つの流れのシークエンスとして、ノーナレーションでひたすら鑑賞者に提示していく形式のものでしたので、一つ一つの場面を理解するために頭を回転させ続けるのが割と大変でした。
ちなみに上映館にて購入したパンフレットには映画に登場する場面や人物の簡単な解説が載っていました。もちろん映画館内で開きながら映画を観るわけにはいきませんが、これがあるのとないのとでは鑑賞後の振り返りがずいぶん違うと思いますので、これからご覧になる方は是非購入されることをお勧めします。

また、NYPLと言えばあのくまのプーさんのオリジナルのぬいぐるみの子たちが常駐している児童室が著名ですが、本編には数学やロボットプログラミングなど子供たちを対象にしたいくつかの活動は登場するものの、プーさんたちが登場することはありません。これはこの映画がNYPLという施設の物語ではなく、あくまでNYPLという媒体を通じて繋がる人と人との物語であることの表れであると思います。

鑑賞後に真っ先に考えたのは、この映画に登場するような、読書会など本に関わる活動や、学習ワークショップ、講演会、音楽会などの社会教育活動のみならず、低所得者へのモバイルWi-Fiルータ貸与のように社会福祉に関わる活動や、就活支援、起業支援などの活動について、NYPLにおいては「図書館の活動」として当然のものと認められていますが、日本の公共図書館で同じような活動を同じような形で実践するにはやはり壁がありそうだ、ということです。日本の貧困や就労の問題も昨今早急に解決すべき深刻な社会問題として報道されているところではありますが、アメリカのそうした問題は、働く上での学歴や職種による分業や給与体系上の区別が制度上日本よりもきっぱりしている一方で、長年に渡り深い根を下ろし続けている人種差別、移民問題も影を落としているので、単純に「アメリカではこうだから、日本でも」と言えるものでもありません。

とは言え、日本でも図書館でのビジネス支援や、オガールプロジェクトのように地域の図書館を中核施設として位置付けた公民連携まちづくりなど、これまで図書館に期待されてきた、資料提供・保存・調査、読書普及などの知の拠点としての役割をしっかり果たしつつ、従来の図書館の範疇に留まらない人と人とを繋ぐ取り組みがなされています。問題は日本全国でそうした取り組みがまだまだ「当たり前」になっていない点にありますが、決して破れない壁ではないとも考えています。

そのように考える他方で、映画の中で何度か取り上げられていたNYPLの幹部会議の風景において、電子書籍の提供、ベストセラー図書の購入、ホームレス利用者への対応などの課題について協議されているのを見て、「なあんだ、こういう所は日本と同じなのか」と思わず苦笑していました。

あるコミュニティに属する人のひとりひとりが精神的にも知的にも経済的にも自立し、生まれ持った権利と尊厳とを持って生きていくために、そのコミュニティの図書館はいかにしてコミュニティの人々を支援する役割を果たすことができるか?
この映画における各シーンは、いずれもそうした図書館の役割についての示唆に富むものばかりであるという印象を受けました。

個人的に特に印象に残った場面と台詞は、次の2つです。

「『やるべきこと』と『やりたいこと』を一致させる必要がある」
(NYPLの幹部会議における、ニューヨーク市及びスポンサー(NYPLは「公立」ではなく運営主体は非営利組織です)からの予算獲得に関する館長の発言より)

「しかし、黒人文化研究図書館がこの地域にはある。あなたもお子さんも一生通うことができる。」(故にたとえ教科書が偏向していたとしても図書館で正しい歴史を知ることができる。)
(NYPLのハーレム地区の分館で開催された利用者との意見交換会において、子育て中のアフリカ系女性が『某社の教科書は黒人奴隷の歴史について歪めた書き方をしている』と憤り訴えた際の、黒人文化研究図書館長の発言より)

世界からの高評価に決して甘えることなく、また、アメリカという多民族、民主主義の国家において揺らぐこともない、確固たる方針を持って運営されるNYPLの秘訣を、これらの場面に垣間見たように思います。

以上、映画の感想でした。
7月5日まで岩波ホールにて上映され、その後順次全国の映画館にて公開予定とのことです。(映画公式サイトの劇場情報
図書館、特に公共図書館の活動と社会に果たす役割について関心のある方は、一度、あるいはそれ以上、ご覧になることをお勧めします。

2017.11.29

小山市立中央図書館農業支援サービス事業10周年記念シンポジウム参加レポート

2017年11月23日(木曜日・祝日)、小山市立中央図書館農業支援サービス事業10周年記念シンポジウム「おやまがもっと好きになる!~図書館で語る地域の未来~」に参加してまいりました。

シンポジウムの開催案内ページ

このイベントのことは当日まで知らず、同行者に教えられて「これは面白いかも」と急遽出向いたのですが、事前の想定以上に興味をそそられる内容でした。

小山市の農産物がほかの地域と比べて特に頭一つ出ているなどの「売り」があるかと言えば、失礼ながらそうでもないと思うのです。

結城紬は確かに名産ですし、市内に「桑」「絹」という地名があることからも、養蚕が盛んであることが分かります。一方、名前からすると隣の結城市(友好都市でもある)のイメージが強いです。

ほかの名産品であるかんぴょう、ハトムギ、酪農も、言ってはなんですが、外から見ると決して華やかな生産物とは思えません。

ところが。そこで「6次化産業」というキーワードが意味を持つものとなります。

今回登壇された皆様のお話を伺って、6次化産業への取り組みというのは、一見周囲に当たり前にごろごろ転がっている、取るに足らないように見えるもの(農産物)に隠れた価値を見出し、変身あるいは窯変させて(加工して)世間に売り込むプロデューサーというか錬金術師みたいなものだと改めて思った次第です。

それから特筆すべきは、図書館の自治体行政施策への食い込み方です。

シンポジウムには実際に6次化産業で起業された洋菓子店にジェラート店、そしてかんぴょうの実(夕顔の実)のスピーカーを開発したスピーカー工房の方々が登壇されていましたが、図書館での起業相談会でインスピレーションを得て起業に繋がった方、あるいは図書館での展示が製品の売り込みに繋がった方など、いずれも図書館をハブとして次の展開に結びついた経験を自然に口にされていました。
もちろんシンポジウムという場で紹介されるのは成功事例であるという条件こそありますが、当日ご挨拶もされていた市長さんのツイートにもあるとおり、自治体の中で図書館が農業振興という役割を果たす「場」としてしっかりと根付いているという印象を抱きました。

「ビジネス支援図書館」という活動が行われるようになって久しいですが、実のところ自分には意外と保守的な面もありまして、ビジネス支援サービスは、いわゆるレファレンスサービスともレフェラルサービスとも異なる、既存の「司書さん」では太刀打ちできない地平にあり、「別にそれ、図書館じゃなくても良いよね」という思いをほんの僅かながら抱いておりました。
しかし、今回のシンポジウムを拝聴して思ったのは、どのような形であれ、図書館が「そこに行けば何かヒントが見つかるかも知れない場所」あるいは「何か違う世界への道が開けるかも知れない場所」として、住民に認知されるのはとても大事であるに違いない、ということでした。そこが図書館であるからと言って、「ヒント」や「新しい世界」が別に本にまつわるものでないといけない、という話は全くないと思います。

これは確かに、ALA年次総会のポスターセッションでプレゼンされるだけの価値のある図書館活動である、と改めて我が意を得たり、な思いを抱いた次第です(小山市立中央図書館のウェブサイトで紹介された現地の様子)。
なお、無論、ストーリー仕立てで楽しく説明したポスターの質の高さがあってのことでもあります。

ちなみに中央図書館内の農業支援図書コーナーや、農産物展示コーナーも、質、量ともにたっぷりと充実していました。
写真は、腰痛のあまり館内での撮影許可手続きをサボってしまったので、残念ながらありません(すみません)。
気になる方は是非直接足をお運びください、ということでひとつよろしくです。

2017.11.26

ここ2年、何してた?

こんにちは。ご無沙汰しております。
こちらのブログについて、2015年11月に海老名市立図書館を訪問して以降、約2年の間更新を中断していました。

この2年間の出来事をかいつまんで記しておきますと、昨年前半はちょっとした、化学療法が必要な病気(早期)に見舞われて、試験開腹を含めて2回の手術を受ける羽目に陥っていました。
昨年梅雨時期に化学療法を受け始めたのですが、それと前後して手術の後遺症で左下肢静脈に血栓ができ、緊急に3回目の入院。
退院してからは左下肢の重だるさや、化学療法の副作用の足先の痺れ、脱毛なども発生しましたが、その合間に仕事に復帰したり、趣味の観劇生活を再開したりしていました。

2017年に入ってからは、プライベートで自分の不甲斐なさに起因するトラブルを起こしてしまったり(一応収束済み)、手術後の身体の変化の影響でなかなか思い通りに戻らない体調に焦れつつも、どうにかこうにか生きています。

そのような最中、9月上旬にはCode4Lib JAPAN 2017カンファレンス in 熊本へのスタッフ参加を実現しました(2年ぶりの復帰!)。
11月上旬には、図書館総合展(会場:パシフィコ横浜)行きを敢行。半日休暇での、体調を見ながらの100%物見遊山な参加でしたが、短いながらもとても楽しい時間を過ごすことができました。

そして、2017年11月下旬現在は……何と慢性腰痛に悩まされる日々を送っております😥
かなり以前から脊柱管狭窄症の疑いは指摘されていましたが、ごく最近、軽度の脊柱管狭窄症と改めて診断され、鎮痛剤で様子見状態を継続中です。薬に頼らなければちょっとした距離を歩くこともままならないので、そろそろ東洋医学に頼ろうかと目論んでいるところです。

そんなわけで、現状の体調はあまり上々とは言えない状況です。
ただ、そのような最中でも昨秋大部分が抜け落ちた頭髪は、1年経ちショートボブの長さまで復活。
また、脚の重だるさや痺れは腰痛に気を取られてほとんど気にならなくなっています。
万全でない代わりに、たとえ底辺であっても日々仕事もしながら悲喜こもごもの暮らしを営めているのは、きっと良いことなのだと思います。

なお、その仕事は、昨年から職場異動になり、研究支援関係の事務仕事を主業務とし、その合間に少しだけ職場内の図書館の仕事を見る日々を送っております。
図書館は立場や組織の体制上、私は若干の伝票を切る以外にはほとんど権限らしいものを有してはいないのですが、幸いにも優秀なスタッフが切り盛りしてくれているのでありがたい限りです。

以上、この2年間の経過と近況のご報告でした。
何だか全般にあまりめでたいことに乏しい2年間でしたので、これから少しでもめでたいことが起きてくれれば、否、めでたいことに繋がるよう少しでも徳を積み重ねられれば、と考えている日々なのです。

2015.11.02

海老名市立中央図書館に行ってきました(後篇)

(前篇のあらすじ)
海老名市立中央図書館に出向いた筆者一行。撮影禁止の館内でスケッチとメモ取りで観察を試みるも、つい噂のオモシロ分類やガラスの向こうの郷土資料に目が行き……。

ということで、海老名市立中央図書館レポートの後篇にまいります。

図書館3Fでは割と疲れる出来事が多かったですが、気を取り直して2Fへ向かうことにしました。

2Fを見渡したところ、先程『魔都ノート』の棚番として検索機から示された「729242」に近そうな棚番があることに気づきました。探したところ、ありました!……天井近くの書架に。『魔都ノート』の分類は「アート/演劇・舞踊/演劇/演劇一般」なのですが、下の棚にはファッションフォト関係の資料が並んでいました。多分、天井にある本と下にある本とでは排架の流れが異なっているので、天井の本は館内マップでは適切にレコメンドできなかったものと思われます。

但し、この棚の天井は比較的低いので、キックステップなどの踏み台に乗れば普通に手が届く高さです。なお、下図のスケッチでは「720242」が大きく記載されていますが、実際には上の棚板にしっかり「729242」が表示されています。

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ここで、我々一行(と言ってもたった2人ですが)はいよいよ疲れ切ったので、2F中央の吹き抜け回廊になっているエリアで休憩がてら定点観測することにしました。

吹き抜け部分にある書架には、「食卓のレシピ」という棚見出しが付けられ、「食」関係の資料が排架されていました(下図参照)。図では小さくなってしまいましたが、棚見出しには必ず英語と中国語が併記されていました。このような12段の書架が、横に11連、回廊にぐるりと並んでいる様子はかなり壮観です。

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他の書架でも同様ですが、各棚には「ライフスタイル分類」の見出し板も付けられています。
調味料に関する本で、塩や酢については「塩 084」や「酢 085」といった分類が用意されているのに砂糖には分類がなく、『砂糖の歴史』(ISBN: 9784309225449)や『砂糖の事典』(ISBN: 9784490107630)といった資料が「調味料・保存食 083」の分類に収められていたりするのは、日本人の砂糖離れを如実に示しているのだろうか?等と考えながらじっくり観察しました。

「健康ごはん 057」と「その他健康ごはん 067」の違いはどこにあるのか?や、「スープ 024」と別に「野菜スープ 071」の分類が立てられているのは何故か?など、ちょっと系統的に理解できない要素は数々あります。これは確かにTRCが、資料を正しい場所に返却できない、とキレた意味が分かるわ、と思いました。

しかし、各資料の裏表紙には、下図のように排架分類ラベルが貼られていました。このラベルと背ラベルに従えば、恐らくどんなに慣れていない素人アルバイトスタッフであっても、ある程度正しい場所に排架することは可能であると思われます。ただその代わり、スタッフが排架した本は必ずしも著者順に並んでいなかったりもしますが、そこは誤差の範囲内なのだろうと想像。こういう所はCCC、流石本屋さんです。

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また、同じスタッフが何度もこまごまと本を抱えて目の前の書架に詣でており、何でだろう?と目の端で思っていましたが、ここで図書館退屈男さんが「ここのスタッフ、排架にブックトラックを使っていない!」と気づきました。理由は尋ねたわけではありませんが、レファレンスカウンターにはブックトラックが置かれていたので、恐らく、ブックトラックによる騒音や開架スペースの占拠を回避するための配慮であろうと推察されます。もちろん、普通の公共図書館においても、利用者には十二分に配慮しながら排架作業を行っている筈ですが、これもまた本屋さんならではの工夫なのかも知れません。

(2015.11.3追記)
上記の「本屋ならではの工夫」、Twitterで友人とやり取りしていて少々疑問が生じましたので、以下、Twitterで募った投票を貼っておきます。少し言い訳をしますと、退屈男さんと自分は公共図書館勤務ではなく、あくまで利用者としての、あるいはン十年前の図書館実習での記憶の寄せ集めで上記を書いたので、ちょっと認識が甘いかもです。

(2015.11.6追記)
投票結果の考察について、Twitterで呟きましたので、貼っておきます。

(追記ここまで)

吹き抜けでふと上を見上げると、3F部分にぐるりと書架が置かれていました。数えると、何と6段書架×22連。全ての資料の背表紙を確認できたわけではありませんが、主に郷土資料、灰色文献類が排架されている模様です。ちなみにこの書架には、また汚い絵で恐縮ですが、下図のとおり、両端がフェンスで塞がれており、開架スペースから直接立ち入ることはできません。中間に2ヶ所出入口があるので、必要な場合はそこから出入りするようです。
あまり言いたくはないのですが、「また郷土資料のモニュメント化か……」と思いました。

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何だかんだで1時間以上は休憩しながら定点観測していたでしょうか。
気づいたらとっぷりと日が暮れていたので、最後に少しだけ1Fを見学して帰ることにしました。

1Fの書店スペースで扱っている本は、公共施設なので当たり前と言えば当たり前ですが、ゴシップ系の内容のものや、R18なグラビアが載っているような雑誌は置いていませんでした。たまに興味がある内容や贔屓の役者さんが載っていたら買う演劇雑誌があれば買っていこうと少し思いましたが、その雑誌の販売はなく残念でした。

また、前篇の最初に、図書コーナーには図書館蔵書書架スペースと書店陳列書架スペースが共存している、と書きましたが、これは本当に同じ室内の入口から向かって左が書店の書架、右が図書館の書架、と言った具合になっていたので、「棚見出しが白地なのは書店、黒地は図書館」と図書館退屈男さんに教わるまではかなり当惑してしまいました。なお、左が書店、右が図書館、のサインは床にもきちんと掲示されている上、販売書籍購入と蔵書貸出は共通セルフレジで行うようになっているので、万一誰かが図書館蔵書と間違えて売り物の本を持ち出したとしても、恥ずかしい思いをすることは恐らくないと思います。

最後に感想です。

海老名市立中央図書館、図書館員の視点で考えると、「ライフスタイル分類」は不可思議過ぎますし、この分類を系統的に理解することは、相当難しいです。それ故なのかは分かりませんが、分類間違いも(修正は進められているという噂は聞きますが)あまりにオモシロすぎます。

また、郷土資料を飾りやモニュメントとして文字通り棚上げする姿勢も、地域の公共図書館の役割を半分以上放棄したのと同然という印象を与え、許し難いものがあります。
加えて、参考資料(二次資料)と一般資料(一次資料)が同じ並びで混架されているので、系統立てて資料調査を行おうとすると少々苦しそうです。

しかし、あくまで「本を借りて読むだけ」の利用者の視点で考えると、実際のところ、ライフスタイル分類は当初想像していたほど使いにくいものではありません。中では美味しいコーヒーも飲めますし、気持ちの良い空間と座り心地の良い椅子で心置きなく、ある者はくつろぎ、ある者は自習に励むことができます。それだけでなく、図書館に借りに来て見つからなかった本は、絶版書でさえなければその場で購入または注文することができます。

日本の社会において、
「本を借りて読むだけでなく、時には調査研究の場となり、時には起業の場ともなる公共図書館」
「司書がその地域のニーズを汲み取り選書し、棚作りを行う公共図書館」
という図書館に対する認識は初めからなく、今後もそうした認識が広く理解される可能性は薄いのではないか?と若干心が折れそうになっています。否、そこでやはり何らかの抵抗は必要である、でもこのまま「ツタヤ図書館」が成功例、好例として人々の記憶に残り、浸透してしまったら、それを覆すのはかなり大変なのではないか?と、あまり希望的観測が抱けない心境に陥っています。

なお、郷土資料の軽視については、地域ごとの特性や図書館のカラーというのは、均質化されたブランドや文化の浸透こそが真の狙いであるCCCに取っては、実は邪魔者に過ぎないのではないか?という説を図書館退屈男さんが提唱されていました。

これについては強く賛同するところです。日本のどこに出かけても同じ物が手に入るのはありがたいことである一方で、同じ物しか手に入らず、手に入れることでそこそこの満足を得てしまい、それ以上の物を得たいという熱量が下がるのは、日々の生活はともかく文化の向上という面においては果たしてどうなのでしょうか。この件については、いずれ提唱した本人の言葉でも語られることを期待しています。

(2015.11.6追記)
図書館退屈男さんのブログに記事が掲載されました。
海老名市立中央図書館に行ってきました - 図書館退屈男

全国どこでも図書館,書店,カフェを組み合わせた図書館ができる.それ自体は否定しない.だが,そこで得られる情報資源は均質なものになるだろう.資料の質とその運用を全国で均質にするには,特殊な資料群を切り捨てるのもやむなしなのか.

の一文が重いです。「全国どこでも」同じ本や文化を手に入れられるようにすることと、「全国どこでも」はお目に掛かれない本を視界から消し去り、地域固有の文化の色を薄めることとは、本来はどちらか一方を立てればもう一方が立たない、という種類のものではないと思うのですが、CCCがそれを実践してしまったというのは、各地域の公共施設の運営者として望ましいやり方ではないのではないか?疑問がずっと拭えずにいます。

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