2013.03.03

シンポジウム「大災害における文化遺産の救出と記憶・記録の継承 ―地域コミュニティの再生のために―」(2013.3.2開催)聴講感想

 3月2日に筑波大学春日キャンパスで開催された、筑波大学 知的コミュニティ基盤研究センター公開シンポジウム「大災害における文化遺産の救出と記憶・記録の継承 ―地域コミュニティの再生のために―」を聴講してまいりました。
 以下、各講演の簡単な概要と感想です。そのうち公式に詳しい記録が刊行されるのを期待しています。

 最初は基盤研究センター長の杉本先生からご挨拶。続いて筑波大学白井哲哉先生から本日の趣旨についてご説明がありました。趣旨はシンポジウムのページにも載っていますがまとめると次のとおりです。

 被災地の文化遺産の救出は地域コミュニティの再生に関わる基盤情報である。図書館、文書館、博物館は地域文化遺産を収集、公開してきた。本日登壇いただくのは、文化遺産の救出・保全と地域コミュニティの記録・記憶の継承に取り組んできた方々である。

「大震災の被災地で文化遺産を救済・保全する ―茨城史料ネットの活動から―」高橋修(茨城大学人文学部教授、茨城文化財・歴史資料救済・保存ネットワーク準備会)
 「茨城文化財・歴史資料救済・保存ネットワーク準備会」(略称:茨城史料ネット)の設立は、震災の発生後、歴史学者として何か記録の継承が必要であると考えたのがきっかけであった。
 震災後2、3ヶ月で状況が変化。民家に保存されている歴史資料の保存について相談を受ける機会が増えた。こうした状況を受けて2011年7月に史料ネットが設立された。
 その後、茨城県北茨城市、鹿嶋市、ひたちなか市のほか、福島県いわき市、双葉町などの旧家で、震災で棚から落ち散乱した資料や津波浸水資料の救出・保全活動を実施した。
 また、これら活動の際には、これまで存在が把握されていなかった資料についても発見されている。
 公的な古文書が個人の家に残されているのが日本の特色。地域の記憶を伝えるアーカイブ的観点から文献資料を含めて史料保存が求められている。地域社会には指定級の文化財やこれまでの文化財の範疇にはおさまらない重要資料が大量に眠っている。

(救われない文化財について)

 一方で、いつの間にか片付けられてなくなってしまった被災資料もあった。個人財産であるという扱いから市町村が保全への関与を拒否したケースもある。
 震災はまだ終わっていない。史料ネットの活動はまだ続いていく。
(今後について)
 引き続き、未指定文化財も含めた被災文化財の実態を把握する努力や、文化財救出に当たってのボランティアも加えたコーディネートのほか、地域防災計画に文化財保護対策も盛り込むなどの対策について、今後必要であると考えられる。

「資料保存と地域博物館の現場」木塚久仁子(土浦市立博物館学芸員)
 土浦市立博物館は開館25年。自身の学芸員歴と同じである。
 震災翌日から市内の文化財(指定・登録等された蔵やその収蔵品等)の被災状況の調査に取り組んだが、これ以外の資料の救済については市民により持ち込まれたものへの対応のみで十分と考えていた。
 しかし、学芸員に茨城大学の高橋先生から資料調査のアンケートのメールが寄せられたのを機に、指定文化財以外の歴史資料調査も必要であると気づかされた。
 その後2011年9月から、6部署10名の学芸員で地区を分担して訪問、資料調査を開始した。資料調査については市の広報誌で告知、区長の了承を得て、チラシを持って訪問して回ったが、資料があるという情報があったにも関わらず訪問拒否する家や、既に資料を処分してしまい「博物館、来るの遅いよ!」と言われたケースもあった。
 博物館が資料を守ってくれるのかどうかを理解していない市民も多い一方で、東京から移転してきたボタン工場から情報が寄せられ、新たな資料(くるみボタン製造用具等)の発見に繋がったケースもあった。
 こうした歴史資料調査には学芸員が共通認識を持つことが必要であると考え、
「市民が各家庭で資料保存をしてきた時代は終わろうとしている。今後は自治体が保存に取り組むべき。」
「歴史資料は保存、次に活用を考えていくべき。」
と言った認識を改めて文章化し、責任を明確化した。
 また、市立博物館として、自館所蔵資料のみによるテーマ展「記録された天変地異―土浦の洪水・地震・大風―」(リンク先:PDF)(2012.7~9)も実施した。

課題
(博物館の役割)
 (1)ハコ(収蔵庫) (2)情報収集 (3)市民の信頼 が期待されている。しかし現状は、(1)ハコは溢れて限界 (2)現状は歴史資料の所在情報が未確認で、調査の機会や時間もない (3)学芸員の調整能力により異なる という状況である。
(博物館の現状に対する学芸員の意識)
 学芸員は、(1)歴史資料が失われていくことへの危機意識 (2)地域博物館の使命 (3)専門家としての使命 (4)他の博物館や自治体の学芸員との連携 (5)市役所の他部署との連携 について意識すべきであるが、現状は全てできているわけではない。
 また、前述の資料調査の実施に当たって決裁に時間が掛かり、震災6ヶ月後の開始となってしまった。加えて、当館の大半の学芸員の専門は考古学であり、古文書学を専門にしている者が少ないという問題がある。実際に学芸員が、古い鳥籠が愛鳥の歴史上貴重な資料であるという価値に気づかず、鳥籠が廃棄されてしまったケースもあり、その件は発表者の心に重くのしかかっている。
(今後の展望)
 学芸員の横の繋がりの強化、博物館の日常管理の充実、そして最新の保存修復情報の研修受講とその結果の共有が大事と考える。井の中の蛙にならないようにする。
 また、地域博物館だからできることは、細やかな資料の収集に尽きる。そうしたことをやってくれるのが地域博物館であることをもっと市民に広報してまいりたい。この他に、収蔵庫の確保の声高な主張、正職員としての学芸員の雇用、市民への資料保存に関する広報の義務も重要である。

「東日本大震災における被災文化財への対応と今後の課題」松井敏也(筑波大学芸術系准教授)
 自分は資料修復・保存が専門であるので、資料を救出、修復しまた元に戻す。茨城県内には保存修復を専門にしている方は少ない(いない)。
危機管理体制として、資料の所在確認、情報化、データベース化、保管、共有化、公開、そしてレスキューの組織化が必須。コーディネーターの必要性を実感している。
 また、日本の場合は公的機関では資料保存修復は実施しない。文化庁の文化財レスキュー事業は、文化財指定の有無を問わず実施されるものである。しかしレスキュー隊の派遣はあくまで資料救出が目的。保存修復までは含まれていない。

(物的被害)
 被害の大きい所では文化財調査に手が回らない。あるいは文化財として認識されていないため調査対象とならない。
(石巻文化センターでの活動)
 津波の浸水により、「毛利コレクション」などの資料が被災した。救出された文書はクリーニングを行った。誰にでも簡単な技術でできる方法を採用した。
 また、作業環境として適切かなどの判定のため、「空気質調査」を実施したところ、  1階収蔵庫が通常の博物館ではあり得ない値で有機物汚染されていることが分かった。
(山田町での活動)
 資料を調査に行ったが、まず町の方に「我が町にもポルシェが!」と見せられた、津波で漂着して引っかかっているポルシェに衝撃(笑)。
 ここでは文化財が収蔵庫ごと津波に遭った。流失しなかった資料が仮テントに保管されていたので、収蔵庫を綺麗にした後運び込みを行った。文化財レスキュー隊は、 指定資料のみを綺麗にして置いていった。そうせざるを得ないのであるが……。
 また、ここでは三菱商事の支援により、マッコウクジラ標本修復も行われた。
(石巻雄勝伝承館収蔵資料)
 指定管理者管理施設。指定管理者が撤収完了し、建物の解体決定後に入ったところ、津波被害を受けた文書が残されていたことが判明した。筑波大学で被害文書を修復。ここでは学生に30分手順を教えればすぐできる技術(メチルセルロースを使い保全、和紙で修復)を採用した。
(その他)
 今後は福島の文化財の放射線量調査も予定している。
 資料修復については、例えばこのニワトリの標本の場合(会場では写真を表示)、30cmまで近づいてやっと修復痕が分かるレベルの標本修復を行っている。ただ、石碑が作業工程上のミスで、上部が傾いたままの状態で接着剤の樹脂が固まってしまい綺麗に仕上がらなかったようなケースもある。
 今回は結城市にある水野忠邦の墓など、多くの墓石も倒壊している。これらはすぐ戻せそうに見えるが簡単にはできないのが実情。
(今後の課題)
 被災した現場では被災状況の把握、程度の把握が専門家がいないと難しい。筑波大学での雄勝の資料修復の場合、中身の読解は古文書専門家、目録整理は図書館で、という大学ならではの分担ができた。
 また、被災情報の収集と精度の見極め、地域との関係、複数機関との連携も大事。文化庁のレスキューが動いたことで地域独自の活動が停滞したケースも存在する。
 そして、やはり資料の救出や修復において、そうした各種調整を行うコーディネーターの存在は必須である。

「福島県双葉町における被災文化遺産救出・保全の現状と課題」吉野高光(福島県双葉町教育委員会学芸員)
 自分は震災当日は勤務先(双葉町歴史民俗資料館)の発掘調査に従事していた。
 双葉町歴史民俗資料館は平成4年に開館。自然誌資料も収集している。館長以外に正職員は自分のみであり、臨時職員も入れた体制で運営している。
 今回の震災では建物周辺が液状化し、棚にあった収蔵資料が落下した。積層棚が棚ごとずれて幅寄せされ、ガラス水槽も落下、破損した(中のドジョウ1匹は救出(2012年死亡))。
 震災直後、町内状況把握調査を行ったが途中で負傷者救出なども行い調査どころではない事態だと分かり中断した。その後は被災者支援に回り、町ぐるみで埼玉に避難し、加須市の騎西高校内に寝泊まり、勤務することになった。
 2012年4月に震災前に福島市の業者に修復を委託していた剥製標本のほか、館内に残してきた刀剣類等もあわせて福島市の県立博物館に託することになった。
 収蔵品の県立博物館への移送に当たっては、双葉町への一時帰宅物品持ち出しと同様の放射線量基準スクリーニングを実施し、安全性確認後に運び出した。なお、館内放射線量は0.16μSv/h(安全値)であった。
 その際、収蔵品には各々の測定値を記録した票を貼付した。梱包などの作業を短時間で行う必要があったため多くのマンパワー協力をいただいた。持ち出した収蔵品の線量はその後再計測したところ、持ち出し時の半分~1/3に減少していた。
 2012年5月、福島県被災文化財等救援本部が設立された。
 震災の後しばらくは、双葉町は警戒区域のため文化財レスキューの対象外とされていた。その後国の協力が得られることになったため、まずは収蔵庫として旧相馬女子高を確保し、環境測定し収蔵庫として使用可能と分かったため環境を整備した上で、梱包作業6回、搬出作業3回を実施し、コンテナ300箱弱を搬入した。対象収蔵品は県立博物館移送時同様、放射線量スクリーニングを実施した。資料館内に放置されていた標本はカビなどの害を受けていたため、燻蒸を施した。
(今後の課題)
 残してきた資料の今後の扱いであるが、収蔵庫が確保できなければ救出もできない。 加えて、国の予算は平成24年度で終了してしまうので、その後マンパワー協力をどうするか?という問題もある。
 町の遺跡(清戸迫横穴)や、大杉など指定樹木の保護の問題もある。こうした不動産系文化財はどうしようもないのが実情。仏像など重量物の救出や、保存指定建造物の倒壊をどうするかも課題。
 伝統的な民俗芸能、無形文化財の今後の問題も大きい。まず、芸能用具のレスキューを行った場合も、保管場所の問題をどうするか?という課題がある。そして、伝統芸能保存団体においては、用具が津波で流失したり、用具を現地から救出したとしても、全国に構成員が散らばってしまい練習がままならないという問題も生じている。こうした伝統芸能の伝承には、伝承者が集まり練習を重ねるための交通費や宿泊費なども考慮に入れた補助金なども必要と考えている。
 そして、救出した資料をいかに展示して活かしていくかの手立ても今後は必要と思われる。今後5、6年、あるいは130年は町に帰れないという説もある。仮設収蔵施設では間に合わないのではないか。
 これからも、以上のような状況が忘れられないようにしていかなければならない。

「北条の歴史的町並みの竜巻被害と復興まちづくりの課題」安藤邦廣(筑波大学芸術系教授)
 2011年3月の東日本大震災、2012年5月につくば市北条地区ほかを襲った竜巻の後の復興支援への取り組みを通し、歴史的街並みの保存について、災害に見舞われた場合、一体何ができるのか?について本日は考えてまいりたい。
 北条地区は、歴史的街並みで観光客を呼ぶ一方、高齢化も進んでいた。TX開通に伴いどのように街づくりをしていくか?に震災以前からつくば市、筑波大学共に取り組んできた。
 北条の土蔵造りは、川越より歴史が古い。本来重文指定されてしかるべき建物もある。しかし、つくば市の体制の弱さ、住民の関心の低さから文化財的な価値が認識されていない。
 東日本大震災で被災した土蔵については、2年かけて修復が行われた。修復に当たっては、結果として県の補助が受けられることになったが、当初は居住者が身銭を切る覚悟も必要であった。
 日本の伝統建築は、言わば「肉を切らせて骨を残す」仕組みである。瓦も落ちることで建物本体を軽量化して破壊から救うようになっている。
 地震に遭った建物は、壁のない母屋には破損がなかったにも関わらず、壁のある土蔵が破壊されていた。これは、短時間の細かい揺れが発生したため後者の被害が大きくなったものである。
 古民家の修復については、県の補助が決まるまでは、外部支援にも頼った。ベルリンフィル団員のチャリティ演奏会なども開催された。

 2012年5月6日、そのように震災被害からの修復の進んでいた北条を竜巻が直撃した。
 北条は一本の中央の通り沿いに商店街が形成されている。その後の調査により歴史的建造物が137棟存在していたことが判明した。通りの北側には旧来からの地主が居住し、南側には新興の商人が居住している。
 中央の通りは東西に伸びているが、竜巻は南北方向へ横断した。このため通り沿いで南北方向に窓のあった建物被害が拡大した。
 ある土蔵造りの建物の屋根が全面的に破損し、取り壊したいとの相談が家主からあった。行政から建物解体費用の補助は出るが、修理費は一切出ないという問題があった。しかし、専門家の目から見ると骨組みはきちんと残っていたので、修復可能と判断された。
 別のガラス戸が全面的に破壊された住宅では、物品持ち去りが発生した。当初はボランティアが片付けたと思われたが、実は災害後の混乱に乗じた骨董持ち去りであったとみられる。家主がその場にいても、被災後に気持ちが動転してどうでも良くなり「壊れた物なので全部持って行って」と任せてしまったケースもあった。
 市の建物撤去補助には支給期限があった。この支給期限が迫ると家主が焦り、急いで建物撤去に走りたがるという問題が生じた。
 伝統建築の知識と経験を積んだボランティアの育成が今後の課題の1つである。かくいう自分も大学の本業以外に片手間でやらざるを得ない面があるので……。
 北条で最も古い時期に設置されたと思われる商家(電話番号がxxx-0001番!)においては、被害を受けた明治期の住宅を比較的早期に修復するという良い取り組みを行った。また、一見昭和時代の美しくないように見える建物も、実は年代資料として貴重である(だから拙速に壊してはならない)。
 筑波大による建物の調査の結果、3分の2の建造物はまだ使えるものであった。そうした知識がないボランティアがいち早く柱をチェーンソーで切断するようなことがあってはいけない。
 一方で、自然の景観に配慮した街並みづくりも大事である。取り壊された建物がなくなって初めて見えてきた風景の美しさもある。
 平安時代以来の歴史的な街並みや自然環境を生かした復興、そしてそこに住む人々がどのように事業を興していくかが今後の課題である。

 ……ちょっと長くなってしまいましたが、講演内容の概要は以上です。
 この後ディスカッションも行われましたが、残り時間が少なく、少々駆け足の印象がありました。質疑や議論の内容を全て書き留められたわけではないので、内容は割愛いたします。

 以下、感想です。博物館分野には素人なので、素朴に思ったことのみ記させていただきます。
 実は、今回のシンポジウムは、つくば市北条地区の竜巻被害についての発表がある、というのが聴講の動機でした。北条は自分の住む同じ市内の地区でありながら、生活圏も異なる上に知り合いもいないが故に、竜巻前後を通しほとんど接点がないままこれまで来てしまったため、そこでは具体的にどのような復興支援プロジェクトが動いているのか?と言うことに関心を抱いたのがきっかけです。
 結果、期待通り、この2年間にどのような手立てが北条でなされてきたか?のお話を、建造物修復及び都市計画の視点からではありますが、たっぷり伺うことができました。
 目から鱗だったのは、北条の伝統建築物は、災害に見舞われた時には瓦屋根を落とすことで建物を軽量化し、頑丈な骨組みを守るような仕組みになっている、というお話でした。茨城県の震災被災家屋のうち、瓦屋根の家でぼろぼろと瓦が落ち、震災後しばらくは瓦職人の手が回らずブルーシートでカバーされたままになっていた、という風景を良く見かけていたので、
「あんなにぼろぼろになるなんて、瓦屋根はダメだ!」
と思い込んでいましたが、実際は家屋の全壊を防ぐための工夫であったということで、自分の無知を恥じた次第です。
 それから、これはディスカッションの話になりますが、会場からの、
「地域コミュニティをいかに再生していくかについて考えを聞かせて欲しい」
という問いに対して安藤教授が回答された、
「北条は復興が立ちゆかない状況が実際にある。後継ぎのいない家も。つくば市民がいかに事業に加わっていくかが課題。カフェやレストランの開業の話なども出ているが、そぐわない面も。古い町なので事業契約などはなじまない。利害のない学生による期間限定の事業計画などは住民にも受け入れられやすく良い案と考えられる」
を拝聴して、歴史の長い地区と新興の地区とが多様に混在しているつくば市ならではの問題(全国的に見て決して特有問題ではないと思いますが)はやはりそう単純ではないのだと気持ちが沈む一方で、学術研究機関が多数設置されているこの市ならではの手立てもこうして可能なのだ、と、心に灯りが点ったようでした。

 北条の発表以外にも、普段、恐らく学会等に所属していなければほとんど聞く機会のない方々からの発表を聴講できたのはありがたかったです。
 5名の方の発表の中で、個人的に最も身につまされたのは、木塚学芸員の発表でした。
 帰宅後に2011年9月頃までの土浦市の広報紙のバックナンバーを市のサイトでチェックしてみましたが、住宅への直接訪問調査に関する、その辺の話を見つけることができませんでした。恐らく、広報紙とは別に、自治会区レベルに個別に呼び掛けを行ったのではないかと推測いたします。ちなみに、もう消してしまったのかも知れませんが、博物館のサイトのお知らせ欄にも見当たりませんでした。
 こういう時、行政や公的機関としては、ライフラインに直結する事柄以外では、被害を声高に語るよりも、「通常運営しています」ということのアピールに向かう傾向にあるのは分かります。
 しかし、今回木塚学芸員が課題として挙げられていたとおり、行政として各家庭に眠るお宝を責任を持ってきちんと調べているという事実を知らない市民も多いと思うので、これはもっと老若男女、色々な人の眼に触れる場所でアピールしていただきたいと願っています。
 この他に心に残ったのは、高橋教授の発表にあった、双葉町で地域の記憶の継承が突如断たれたが、それはきちんと繋いで行かなければならない、という言葉でした。後の吉野学芸員の発表と合わせて考えると、よりずしりと重く響いてきます。
 「地域の記憶の継承」は、松井准教授が発表された石巻の事例や安藤教授が発表された北条地区の事例にも共通するものです。そして、それらの記憶の継承は、その地域に生きる人々の意志あってこそ生きてくるものだと思います。
 今回の各発表では、行政の被災文化財救援体制や補助制度に対する不信や疑問が、主に大学の先生方から呈されていました。もちろんそれらの公的制度が充実しているに越した事はないのですが、まず、肝心の地域住民が「歴史の証となる記録や記憶を残していきたい」という意志の下に自ら動かない限りは、どんなに良い制度ができてもそれらは絵に描いた餅になってしまうに違いありません。また、大学やその他の専門団体による文化復興支援には、コーディネーターによる細やかな調整が必須である、という訴えもありましたが、そうしたコーディネートは、地域の人々と相互に理解し、意志や意欲を適切な方向に繋ぎ、盛り立てていけるものでなければならない、と考えます。
 復興も、復興支援も、なかなか単純明快にはいかず難しい面が多いと思います。しかし、であるからこそ、今回のシンポジウムのように皆で知恵を合わせて考えながら、ゆっくりでも歩みを進めていくことが重要であり、また、苦しみながらも先に進まなくてはいけないことなのだ、と、痛感させられました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.01.06

新年のたわごと : 大阪市立大学学術情報総合センターの開館時間に関するTwitter上の動きについて

 皆様明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 さて、新年早々にあまりふさわしくない話ではありますが、


の件について思うところを少し語ります。

 私は大学図書館に対しては遥か外野に属する人間であり、見識もありません。ましてや東日本の人間なので、大阪市立大及び学術情報総合センターの事も詳しくは存じ上げません。以下は、所詮図書館の端っこにいる人間が言葉尻に食らいついた無責任な放言です。

 今回の大阪市長の発言は「図書館」と言うよりどちらかと言えば大学の運営に対して向けられた言葉だと認識していますが、個人的には、大阪府で財政改革の名の下に複数の図書館を切り捨てておいて、良くそう言う事が言えたものだと、若干感情的にならずにはいられません。
 大学の備えるべき機能を一元的に「サービス」と捉えているらしき視点も、かなり引っかかります。大学図書館が担っている、大学において学術研究に資することを目的とした、学術研究支援活動も一括して「サービス」なのか、「アクティビティ」じゃないのか、とつい屁理屈をこねてしまうところです。個人的には図書館機能の一つである「図書館サービス」は大学の学術研究支援活動に含まれると考えていますので。
 しかし、夜間開館時に備えるべき機能や人員体制、危機管理体制、そしてそれらの充実に必要な予算を十分に議論した上で図書館サービスを充実させる事自体は別に悪くないと思います。とは言え、いつも思うのですが、「検討」はあくまで「検討」であって実質的な強制であってはなりません。
 また、大学図書館は学内組織でありながら、日常においてあたかも独立組織であるかのように運営されているという印象がありますが(偏見?)、今回の件は大学の組織全体としてきちんと検討されて良い案件だと思います。ただ、Twitterから寄せられた意見はあくまで意見の一つ、ワン・オブ・ゼムに過ぎないので、慎重に議論されるべきとは思いますが。そもそも24時間開館のニーズは学部生、院生、教員のどこまでに実際に存在するのか?また、図書館の閲覧スペースにはどこまで立ち入らせるか?学習室のみ出入り可とする場合は庁中管理をどのようにすれば良いか?貸出はどうするか?等、色々考えることはありそうです。
 もっとも、大阪市立大学学術情報総合センターの利用案内を見る限り、閲覧・学習スペースの利用は非常にきめ細かく規定されているようなので、外野が心配するようなことは何もないと思いますが。

 最後に、何らかの形で24時間対応を実現している大学図書館について探し出せた情報をいくつか挙げておきます。
 国公立大学ばかりです。学習室のみの24時間利用許可ケースも含めると、探せばもっと事例がありそうですが、私立大学も含めて網羅的に探すだけの根性はありません。こういう情報収集はできれば自分よりもっと検索が得意で時間と根気のある方にお任せしたい、と言いたいところですが、こういう些末な話にあまり人的リソースを割くのもバカバカしそうなので、あまり深く追究しないことにします。

「24時間眠らない図書館」について: 国際教養大学

“国際教養大学の図書館は、24時間365日、眠ることなく在学生や教職員スタッフを受け入れています。”

※但しカウンターサービスは8:45-22:00(平日)、9:00-22:00(土日祝日)(休業期間は短縮開館)

図書館の概要: 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)附属図書館

“大学の研究体制が終日であることに合わせて,附属図書館も24時間年中無休で開館しており,資料が必要な時にいつでも自由に閲覧できる全面開架方式を採用しています。貸出についても,自動貸出装置を導入しているため,24時間可能です。”

2 利用時間・注意など: 奈良先端科学技術大学院大学附属図書館 利用案内

“学内利用者 利用時間 : 24時間 ※午後7時から翌日の午前8時の入館・退館には、「学生証」または「職員証」が必要です。”

図書館情報メディア研究科パンフレット 2013: 筑波大学

“春日エリアでは、大学院生には個人用の机と、夜間・休日の図書館情報学図書館を始めとする建物への入室、コピー機などに使うICカードを貸与します。”

学習室24: 京都大学附属図書館 利用案内

“「学習室24」で図書館資料の貸出・返却はできません。”

“夜間(22:00-翌朝9:00)は「学習室24」以外の図書館施設は利用できません。”

※2013-01-06 22:30追記
Twitterで金沢大学附属図書館の24時間利用中止(2009年1月)についての情報をいただいたので、追記いたします。

自然科学系図書館の特別開館(24時間利用)の中止について(持続可能な「自学自習」の確立に向けて)(平成21年1月5日 金沢大学附属図書館長)

“24 時間利用中止の主な理由は、(1)閉館後のセキュリティが確保できない、(2)冷暖房なしの状態であり、滞在しうる学習環境を提供できない、(3)カードキーを持たない学生(文系・医系・理系1~2年生)が利用できない、ということです。”
“しかし、全学体制による24 時間<開館>実施に立ちはだかる問題としては、現在の閉館後の入館者は全体の7%程度にすぎず、午後10時以降では5%程度でしかない、という冷厳たる事実もあります。”
“一方、セキュリティ対策を含めたこのような費用対効果とも言うべき考慮とは別に、図書館を24時間開館することが本当に大学にとって手放しで歓迎すべきことなのか、という根本的な問題があります。”
“少なくとも本学においては、深夜・未明の活動を研究や勉学の基本サイクルの中に恒常的に組み込んでいるような学生・教職員はいないはずです。”
“したがって、図書館は、学生のみなさんの「計画に基づく学習と研究の進展」を支援するのに吝かではありませんが、コンビニのような便利機能を提供することは本義ではないと考えています。”

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012.11.26

第14回図書館総合展に行ってきました : 『LRG』感想編

 第14回図書館総合展に参加してきた話は、前の記事でも述べさせていただきましたが、今回楽しみにしていた企画の1つに、図書館専門誌『ライブラリー・リソース・ガイド』の創刊号発売がありました。
 『ライブラリー・リソース・ガイド』(以下、『LRG』とします。)については、次の記事をご参照ください。

2012-11-14(Wed): 「ライブラリー・リソース・ガイド」創刊号、通信販売と会場受取の先行予約、開始のお知らせ | ACADEMIC RESOURCE GUIDE (ARG) / アカデミック・リソース・ガイド

 発行人、編集責任者のいずれも旧知の方であることもあり、彼らの図書館に関する知見を持っていかなる雑誌に仕上げるのか?という期待を持って待ち望んでいた次第です。 一足先に図書館総合展に出向いた家族が入手してきてくれた『LRG』を、自らが図書館総合展に出向く道中で読み始めました。

 この雑誌についてはたくさん賞めたい点があるので、まずは僅かに「惜しい」と思った点を先に述べさせていただきます。

 まずは雑誌のタイトルについて。どうも出版者側は『ライブラリー・リソース・ガイド』を正規のタイトルとしたかったらしいのですが、所謂日本目録規則(NCR)やNIIのコーディング・マニュアル等のルールに従うと、標題紙及び表紙にでかでかと“LRG”という名称が大きく示されている以上、この雑誌の書誌は『LRG』を主タイトルとして起こさなければならないのでした。ただもちろん『ライブラリー・リソース・ガイド』を並列タイトルとして起こすことは可能なので、出版者側の意図が完全にスルーされるわけではありません。
 また、号数として「創刊号/2012年 秋号」とのみ記されていますが、雑誌として図書館に受入登録することを考えると、できれば数字の号数が付与されていた方が親切であったと思います。

 以下は評価したい点です。

 創刊号ということで、前国立国会図書館長の長尾真先生による特別寄稿「未来の図書館を作るとは」が掲載されていました。
 p.9~48という40pに渡る、専門用語も少なからず使われた内容であるにもかかわらず、脳にすんなりと入り込み溶け込んでくる、不思議な文章でした。
 一見使い古されたかに見える「電子図書館」という言葉を、読者に対して光り輝く未来の可能性として提示し希望へと導いてくれる、貴重な文章でもあると感じました。
 文中で専門用語がさりげなく自然に解説され、解きほぐされているのが、こうした印象を抱くに至った一因であると思われます。良記事です。

 そして、編集責任者の嶋田綾子さんによる特集記事「図書館100連発」。

 こういう「もしかしたらうちの図書館でも真似できるかも知れない」あるいは「既にこんなバリエーションでうちの図書館でも実施している、と手を挙げられる」知恵袋的な企画は結構好きです。
 その昔、雑誌『暮しの手帖』に「エプロンメモ」や「すてきなあなたに」という日常生活を送る上でのちょっとしたアイディアや、話の種になるお洒落な話題についてのコーナーが、連載されていました。今回の一連の記事を読み、ふとこのコーナー記事を思い出しました。
 見慣れた図書館業務の風景の中にさりげなく生かされている知恵を再発見し、採り上げ評価、紹介するというこの企画は、実は図書館業務に相当目が肥えていて、「気づき」の視点を有していないと成り立たない、絶妙な性質のものであると思います。

 ところで、最初に「携帯使用者のために電話ボックスを設置」(file048, p.100)を読んだ時、
「これ、公衆電話機を撤去したボックスをそのままリサイクルしてると思うんだけど、何故そのリサイクル精神に言及しないのかな?」
と思い、著者の方にもその旨ツッコミを入れてしまいました(行動する前に深く考えないのは私の悪い所です)。しかし、よく考えてみたら本文にもあるとおり、
「携帯電話の使用を制限するのではなく、使用できる場所を用意する、という利用者の立場に立った解決策」
を用意していることが最重要点であって、リサイクルかどうかは実際の所どうでも良い点でした。反省。
 なお、100連発の一覧については、図書館総合展1日目(11月20日)に開催された以下のフォーラムのレポートでも紹介されています。

図書館100連発-フツーの図書館にできること | 第14回 図書館総合展

 定価2,500円(税抜)という価格については、世間の「雑誌」全般から見ると相対的には決して安い方ではありません。ただし「学術誌」として捉えると、必ずしも高額ではないと、個人的には考えています。

 『LRG』は、少しずつ、噛んで含めるように図書館の面白さ、そして可能性を味わえる雑誌であるというのが、創刊号の全体的な印象です。2号目にも期待しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012.11.25

第14回図書館総合展に行ってきました : ブレインテックフォーラム感想編

 突然ですが、この10月から職場が替わりました。担当業務の内容は図書館業務ではないのですが、図書館業務の担当者と同じ事務室で、ウェブ掲載用の原稿作成やら、イベント(サイエンスカフェ等)の下準備やらを黙々とこなしています。

 で、この業務、結構休日出勤の機会が多いです。休日出勤するとその分平日に代休がもらえます。その代休を使って、1日だけ、「第14回図書館総合展」に出向いてまいりました。

 本来この手の展示会には出張で行くのが、他の職員との兼ね合い上は正しい姿勢なのですが、この時期たまたま休日出勤と別件の出張が積み重なっていた上、更にもう1日出張に行っていると代休が取れなくなるというシビアな事情がありまして……。

 というわけで、11月21日、いざ横浜へ。

 元気なら早朝に出発し、午前中のフォーラムから参加したかったのですが、当日はあいにく風邪を引き込んでしまい体調不良に。無理せず、少し遅めに出発することにしました。

 正午少し前に到着、昼食のうどんを啜り込み、事前申込なし、飛び込みで受講することにしたのは、以下のフォーラムです。

ブレインテック ユーザー研究会 第1部(講演)-“ウェブらしさ”から考える、小規模図書館の利用者サービス戦略 | 第14回 図書館総合展

 他に人気フォーラムはたくさんあるし、余裕だろう……と思い込んでいたら、何と事前申込分だけで満席につき、しばらく入場待機。ごめんなさい、ブレインテックと大向さんをなめてました(^_^;)

 詳しい内容は上の公式レポートにまとまっているので、そっちを読んでいただいた方が良いとは思いますが、一応、自分のTwitterのログの抜書を元に、公式レポートも参考にして少し加筆修正した内容も以下に転載しておきます。

「ウェブらしさ」から考える小規模図書館の利用者サービス(大向一輝(NII コンテンツ科学研究系准教授))

自己紹介
 NIIの研究者として勤務。NIIには2つやらなくてはならない事がある。1つは研究。もう1つはNACSIS以来の大学図書館へのサービス。自分は研究側の人間だった筈であるが……。

 最初はCiNiiを使う側だった。画面の殺風景さや使い勝手について不満があり担当部署とディスカッションするうちに「お前がやれ」となり、担当室のトップに祭り上げられてしまい逃げられなくなった。

 自分は図書館プロパーの人間ではない。現場を知らない立場だが突然CiNiiをやることに。ユーザの要望など暗闇を探るような気持ちだった。「図書館100連発」が人気のようであるが、すぐ使える事例はそちらを参考にして欲しい。今回は基本的な考え方についてお話しする。

 CiNiiの担当者はたった3人。大学図書館経験者の職員と自分とで担当。そんな少ない人数でもGoogleやYahooといった巨人と戦わなければならないのがウェブである。

 ここで会場に問いかけ。ウェブとの出会いはいつでしたか?/どのように出会いましたか?/ウェブがなければ得られなかった(であろう)経験はありますか?

自著「ウェブらしさを考える本」(2012.4)
 全文をウェブ公開中。電子書籍ではないのであまり親切な作りにはなっていない。本を手に取ることすらなかった人に触れていただけた。ウェブ版のあまりの読みづらさに書籍を購入したひとも(狙い通り)。

「ウェブらしさ」を考える理由
 ウェブはこれまでの常識や直感とはかけ離れた世界。ある人がある目的の為に作ったものであるにもかかわらず今や情報流通の中心地に。ウェブにないもの(論文等)は「存在しない」事にされる。「ない物はあるようにする」ように考え方が変化。

 サー・ティム・バーナーズ・リーの肩書きはCERNの「システムライブラリアン」であった。ウェブはライブラリアンが作ったと言っても過言ではない。

 ウェブサービスの発達はたった20年の出来事。これまでの社会システムが想定していなかった出来事がたくさん起こっているが、それらは忌避すべき出来事ではない。

「ウェブらしさ」本の結論
 オープンさ。他人にゆだねる。時間にゆだねる。つながりを重視。ベストエフォート(どんどん改良して行く)。このような態度が高く評価されがちな世界である。どんなサービスをするにしてもこのような態度を見せていく事が成功の秘訣。

CiNiiの現状認識(2006)
 ポータルの寡占化(YahooやGoogle、MS)。そんな時Google Scholarからのメタデータ提供依頼が。NII内部では反対意見が。大学へのサービスをきちんと、という意見が大勢。しかし「その状況をどう生かすか?」

 何故Googleからの依頼を拒絶するのか?ユーザが見たいものはコンテンツ。検索エンジンに対しいかに使いやすくするか?いかにGoogleでCiNiiが引っ掛かりやすくするか?が重要であると主張した。

 「アリ地獄戦略」で所属先を説き伏せ、CiNiiのオープン化を実現(2006)。書誌ページの全面開放、Google Scholarと連携、Yahoo論文検索とも連携。

CiNiiのオープン化
 ウェブAPIの提供、ウェブAPIコンテストの実施。NII自身で作るだけでなく、外部の技術者の活躍。志望校検索システムなど思いもよらない活用も。「論文ったー」はTwitterで流れた言葉でCiNiiを検索。

CiNiiのデザイン
 トップページは1つしかないのでどうでも良い。検索結果ページも1つのみ。

 これに対し、論文詳細ページは15,000,000あるので、こちらに注力すべきと考えた。論文詳細ページは一期一会が起こる場所である。行動の起点としての検索ボックスに着目した。論文詳細ページのデザインは、1ピクセル単位迄拘った。

CiNiiのマクロ指標
 総アクセス2000万。うちトップページへのアクセスは6%のみ。検索エンジンからのトラフィックが75%。狙い通り。

新たなユーザも
 親御さんが珍しい病気にかかり、著者を検索して専門医をたどった例。これは後に著者検索機能の追加に繋がった。

改善・改善
 2011年11月からの機能改善に関するお知らせは14回(Booksを含む)。細かいアップデートは他に30回は軽く行われている。継続アップデートを行うにはまず体制作り。いかにチェックなどを早く回すか。「ベストエフォート」のスタッフへの浸透。

ベストエフォート=「できるだけ努力する」
 やってから反応に応じて変えて行く。リリースして反応を見る。もちろんフルリニューアルはニュースになり易いが、1個ずつ細かくリリースしてシステムを良くして行くのが大事。

 今後は図書館のみなさんとのコミュニケーションが課題。

ソーシャルメディアへの対応
 Twitterアカウントを開設。カーリルには負けているが約7000フォロワー獲得。お知らせ・ニュースのためではなくユーザの声を聞くための手段として活用。

 Twitterからフィードバックを得るために情報を出す。CiNiiには「現場」が見えない故のやり方。先日CiNiiが長時間ダウンした時には連絡ツールとして活用。

 またユーザは「CiNiiは人間が作っている」とは思っていない。意見をフィードバックする姿勢を持っている事を伝える手段としてもTwitterを活用している。

 「mixi疲れ」は起こさないようにする。スルー力も育てる。

 ソーシャルメディアからのトラフィックは検索エンジンの次に大事。文献情報の引用のされ方も意識する必要がある。

 インプレッション(接触回数)×コンバージョン(取引まで行き着いた割合)でサービスを評価する。図書館は本質的にコンバージョンの高いサービス。その反面インプレッションに対する意識が希薄。

個人的な事例
 関連分野の本は口コミで買う。Amazonからは1クリックで購入できるプログラムを作成
>つい本を買いすぎた!
>ところが図書室に行けば欲しい本がある!
>図書室に行く回数が増えた。

 インプレッション=お節介。図書館サービスの動線に割り込んで行く。

まとめ
 アテンションを捕まえる。
 人々の時間をありとあらゆる人達が奪い合っている中で捕まえる。
 変わっていくものに対する興味。
 小さな更新がいかに何度も行われているか?声が届いた時の喜び。
 サービスする側としては「人に伝えたい」事への思いが凄く強い。

(以上)

 進行役のブレインテック関さんによれば、11月26日以降に大向さんの講演スライドを弊社サイトにて公開予定とのことでした。

 印象に残った言葉は、やはり「ベストエフォート」でしょうか。

 システムの品質を保っていくには、スタッフのモチベーションとチームワークが保たれている必要があると経験的に認識しています。
 講演でも触れられていたように、ソーシャルメディアの活用によって、CiNiiを作って運用しているスタッフの存在が可視化されると同時に、ユーザという存在及び彼らの声もまた可視化されているわけで、これらユーザからのフィードバックがスタッフに与える力は決して小さくはないと思います。

 今年11月初頭のCiNiiの不慮のトラブルによる長時間ダウンの際、こんなにもCiNiiは幅広く利用されていたのか!と、以下のTogetter(Twitterまとめサイト)を見て体感することができました。

#がんばれCiNii #がんばれNII #祝CiNii復活

 自分はとにかく天の邪鬼な人間なので、こういう時なかなか素直に「頑張れ」と言えないのですが、あの時は早期の回復を静かに祈っていました。全くの余談ですが実はCiNiiが停止していた丁度そのタイミングで、自身が以前担当していたシステムも、電源供給トラブルが起きた影響で故障してしまい、二重に祈る羽目になっていたという(^_^;)。

 多数のユーザの、まあ、たまにはネガティブな声もあるとは思いますが、便利に使っていますよ!という声、そして、API経由で連携しているいくつかのサービス利用者の声が、形になって伝わるのはとても大事なことですし、それをキャッチしてくれる耳をNII側が持ってくれているのはとてもありがたいことです。改めて言わせていただきます。頑張れCiNiiの中の人達!

 ちなみに今回の記事は「ブレインテックフォーラム感想編」です。図書館総合展については後日もう少しだけ続きを書かせていただこうかと考えています。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2012.10.08

図書館情報大学橘会公開シンポジウム「―絆― 図書館と震災を語り継ぐ」

 10月7日、図書館情報大学橘会主催で、筑波大学東京キャンパス(文京区大塚)で開催された標記のシンポジウムを拝聴してまいりました。
 当日の模様については、以下のTogetterにツイート記録(半分以上手前味噌ですが(^_^;))をまとめましたので、こちらをご覧いただけましたらと思います。人名を中心に若干の誤字や揺れがありますが、ご容赦ください。

図書館情報大学橘会公開シンポジウム「―絆― 図書館と震災を語り継ぐ」(2012-10-07 筑波大学東京キャンパス)

 前半の卒業生8名の方々のショートスピーチによる体験談、後半のパネル討議を通し、個人的に印象に残った発言はいくつかありました。
 例えば、嶋田綾子さんの、
「困っている図書館員がいるので手伝っただけ。支援だとは思っていない。他の図書館に手伝いに行くことで、自分の良い経験となった」
の言葉にはまさにそのとおり、と膝を打ちましたし、千錫烈さんの、
「支援は1回何かをしたら終わり、ではない。地域に根ざして続きの支援に繋げていき、図書館をもう一度スタートラインに立たせる事を目標にしている」
という言葉も感慨深いものでしたが、中でも最も考えさせられた発言は、次のものでした。

「どうしようもなかったのかも知れないけれど、利用者に提供する資料に大きい影響が出てしまった。本当にどうにかできなかったのだろうか?」
という、心のきしむ音が聞こえてきそうな葛藤が伝わってくるお話であったと思います。
 なお、シンポジウムに基調講演で登壇されていた日本図書館協会の方によれば、

とのことでした。

 自治体が被災した時、図書館のお兄さん・お姉さんである以前に自治体職員でもある図書館職員は、図書館の復旧よりも先に、ライフライン上位置付けがぐんと高い他の業務の非常要員として駆り出されていました。建物内に避難所が設置されるケースもあり、図書館職員が本来業務に専念することはまず不可能でした。更に通信網が遮断される中、外に声を発することも困難でした。
 しかも東日本大震災が襲ったのは、日本の年度末のこと。年度末は、日本のお役所が「年度末処理」で忙しさのピークを迎える時期で、多くはお役所の下にある日本の図書館も例外ではありません。
 図書館に対して最初にアクションできたのは、年度末処理等とあまり関係ないか、あるいは無縁な人達であったのは、そうした事情が背景にあると認識しています。

 余談ながら自分も、直後には間抜けに見届けるしかない1人でした。年度末の各種処理に追われつつ、東北とは比べものにならない中途半端な被災状況ながら、震災直後の勤務先では、以下のような状況でした。

  • 非常用の生活用水(下水用)を確保する。
  • 電力は幸い確保されていたが、あるかないか分からない計画停電に備え、毎日の停電発令状況を注視しながら管理していたサーバを停止しなければならない。
  • 年度内が納期となっていたとあるシステムの構築について、交通網の麻痺や出社停止等により受注業者が来訪できず、また必要な機器も輸送できない恐れがあったため、日程調整に追われる。
  • 田舎故の車社会につき、公共交通網が自宅最寄りにない職員がガソリン不足の影響で出勤できない。

……書けば書くほど、中途半端さが恥ずかしくなってきたので、この辺にしておきます。

 話を戻しますと、日本の非被災地の図書館で働く人達には、
「助けたいけど、自分達も手一杯」
「助けたいけど、何をどうやって手を差し伸べたら良いか分からない」
「助けたいけど、そもそもどうやって被災地まで入れば良い?」
という方が少なからずいらしたと推測します。
 また、神戸や中越の地震とはまたタイプの異なる地震と被害であったが故に、その時のノウハウが通用しない、というのも大きかったでしょう。

 しかし、日頃から図書館の業界として非常時の連絡・連携体制が作られ、こんな時は非被災地の誰が被災地にどうやってコンタクトする、というのが保障されていれば、もう少し早くどうにかできたのではないか?と思わずにはいられません。

 多分、日本図書館協会の、
大規模災害時における都県立図書館相互の応援に関する申合せ(平成24年3月9日決議)
が、今後より具体的な運用手順を伴ったものとなり、また全国的な体制となれば、もっと状況は違ってくるものと思われます。
 それから、「館種を超えた応援・協力」を前提としたネットワーク作りについても、言うのは簡単、実現しようとするととても大変なことであるのは容易に想像が付きますが、やはり必要なものです。今回のシンポジウムで聴いた話の中では、「盛岡大学被災地図書館支援プロジェクト」が良い事例です。
 図書館同士・図書館員同士の、草の根の繋がりだけでなく、表立ったオフィシャルな繋がりの重要性を噛み締めた半日間でした。

 最後に、中山伸一先生(現・筑波大学附属図書館長)がパネル討議の結びとして仰っていた言葉のツイートを引用しておきます。

以下、蛇足
 誰かと協働して何らかの仕事に取り組めば取り組むほど、その誰かへの配慮で何も言えなく・言いづらくなってしまう(ぶっちゃけますと仕事に影響する事項を放言できない)、という状況はあると思います。
 自分は現在図書館に身を置きながら、図書館業務以外を担当しているので(余談ですが、最近職場が替わりました。直接図書館業務担当ではありませんが、自分のキャリアパスを考えて納得ずくのポジションです。)、「図書館の外野」の立場として語ることはまだ可能ですが、図書館職員が「公に言えない」ことはたくさんあるわけで……。
 今回のシンポジウムを拝聴した一聴衆としては、
「もしかしたらこういう場に出られるに当たって、勤務先等から何らかの制約は課されているかも知れませんが、よくぞ良い話を伝えてくださいました」
という感謝の思いで一杯です。

余談
 昔々、十数年前、まだNIIが大塚にあった頃に研修に来た事がありました。今回はそれ以来の茗荷谷駅だったわけですが、昔来た時にはまだ、筑波大(と、当時はNII)に向かう曲がり角に「大塚女子アパート」がありました。
 中にはもちろん入ったことがありませんでしたが(人の家なので)、あの素敵だった建物も取り壊されて久しいなあ……と通りすがったところ、旧女子アパートの敷地に工事中の囲いが。そして「(仮称)図書館流通センター本社新築工事」の看板が!
 来年(2013年)9月に竣工予定だそうです。ず、随分と、図書館にご縁のあるものに化けますわね、と時の流れを感じながら、駅前のジョナサンで1人お茶して帰りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«民間企業による図書館の運営で誰も泣かないようにできないのか?