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2005年4月

2005.04.30

積読増殖中

 まるで余裕の無かった4月期の反動で、最近本をバカ買いしています。ただ、本と言っても半分以上はコミックなのであまりいばれたものではありません。
 最近の主な購入本は以下のとおりです。たぶん多少抜けがあると思います。雑誌は数に入れていません。

夏の葬列 / 山川 方夫. 集英社, 1991.5
高校時代の国語の教科書で知り、面白く読んだのを覚えています。購入する少し前に表題作の掲載誌が所謂文芸誌ではなく『ヒッチコックマガジン』だったというのをWeb上の作家研究サイトで知り、ストーリーのミステリー仕立てさもありなんと一人で納得していました。半分過ぎまで読んだところで中断しているので早く残りを読まねば。

万博幻想 / 吉見 俊哉. 筑摩書房, 2005.3
つくば科学博の評価を知りたいと思い購入したものの未読です。

ミカドの肖像 / 猪瀬直樹著. 小学館, 2005.4
本日購入。昔流し読みしただけなのできちんと読み返したいと思いました。

クイズ植物入門 : 一粒のコメは何粒の実りになるか / 田中修著. 講談社, 2005.4.  (ブルーバックス ; B-1474)
これも本日購入。仕事上植物の知識が必要な時が多いので活用できればと考えました。

女の子ものがたり / 西原 理恵子著. 小学館, 2005.5
4月の忙しい時期に購入。姉妹編『上京ものがたり』以上にせつなそうな話なので、心を落ち着けてから読もう、と思いつつまだ読めていません。
ところで『上京ものがたり』について、amazonの書評で「面白いけれど、ある程度経済的に恵まれた者が自ら望んで美大という世界に飛び込んだ故の貧苦体験だから素直に感動できない」というのがありましたが、あえて苦界に身を投じるというのが若者にとって美徳だった時代がかつてあった筈です。そういう青春小説(コミック)としての面白さがこの作品にはあると思います。

誰も寝てはならぬ 3 / サライネス著. 講談社, 2005.4
本日購入、即読了したコミック。「エエ年したオッサン」である主人公たちを取り巻く美女群の一人で、一番常識人だったはずの気象予報士の「オカちゃん」が、変人の群れの中めきめきたくましくなっているのが良いです。

狼の星座 1 / 横山光輝著. 講談社, 2005.3
狼の星座 2 / 横山光輝著. 講談社, 2005.3
昨日購入のコミック。約30年前、叔父や兄が時々買ってくる週刊少年マガジンに連載されていましたが、いつもマガジンを買うわけではないのでストーリーが飛び飛びになっていました。通して読んでようやく話がつながりました。3巻・4巻が「4月発売」と帯に書いてあるのにどこの書店にも見あたらず。発売延期?

 ―これらの購入本にまつわる最大の問題は、未読の多い活字本を読み切るかどうかよりも、モノを捨てられない我が家のどこに読後の本をしまうかということですね。(^_^;) さてさて、どうしましょう・・・。

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2005.04.27

国立国会図書館によるインターネット情報の収集・利用について

 国立国会図書館の「インターネット情報の収集・利用に関する制度化の考え方」について。パブコメを送るほどの知見も何も持ち合わせていませんが、ただシンプルに、別に収集して構わないんじゃないか、と考えています。

国会に対する奉仕の責務を果たし、また文化財を蓄積して現在及び将来の国民の利用に供するために、インターネット情報を収集し、保存する必要があります。(上記サイトより)

という主目的もきちんと明示されているわけですし。法定納本制度のもと国内出版物を収集しているのと同じ流れでインターネット情報を収集するというのは悪いことではないと理解しています。
 「ネット日記はプライベートなものだから収集してほしくない」という意見もあるかもしれません。しかしインターネットに公開している以上それが「プライベートなもの」であるとは言えないと思います。少なくともパスワード等による認証なしで公開している場合は。個人的には、日記の機能(昔ながらのWeb日記の他ブログも含む)を活用して対象者を限定したコミュニティを構築したい場合を除き、たとえパスワード付きであっても一個人のプライベート情報をインターネットに公開するのは避けた方が良いと考えているのですが。
 それから、もし相手が図書館であることを差し引いても政府機関に情報を収集されることが我慢ならない人も出てくると予測されますが、収集については所定の手続きをもって拒否することができると記載されているのでこれも問題はなさそうです。手続きがあまりに煩雑だったら考え物かもしれませんが。

 ―ということで、きっとパブコメでは筆者などには思いもよらない多様な意見が上がってくるんだろうな、と思いますが、今のところ筆者としては「どんどん収集してください」という心構えです。収集が制度化され、ココログのサーバに載っているデータも対象になるとして、自分のおそらくは心得違いも含むブログが永久保存されるのは確かにこそばゆいけれど、まあ、後世の方に図書館の所蔵資料として使っていただける可能性があるならそれも一興だし仕方ないだろう、と思うのは図書館員ゆえの性でしょうか?

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2005.04.26

JR福知山線脱線事故

 朝の通勤時間帯にJR福知山線で快速電車が脱線し、うち先頭車両2両がマンションに突っ込むという痛ましい事故が起きてしまいました。25日の23:55現在で57名の犠牲と440名の負傷が報じられています。
 薄皮のようにマンションに巻き付いている車両の写真を見てしばらくは、いったいそれがどんな状態になっているのかわからず、「車両の側面の皮が外れたのでは?」ととんちんかんな推測を立てていました。新聞記事の本文と読み比べ、側面から車両が激突して潰れているのだとようやく理解したのはずいぶん時間が経ってからのことです。

 車内には現在まだ生存者が閉じこめられているとか。一人でも多くの方が無事助け出されることを願っています。事故の原因について、置き石(JR西日本発表。軽はずみな発表と大臣から非難されたようです)や運転手の技術の未熟さ、旧式のATSなど様々な憶測がされていますが、先入観なしできちんと時間と予算をかけて原因を突き止めていただきたいと思います。

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2005.04.24

ウイルスバスターのバグが原因の障害発生

 昨日の朝は、一昨日の夜遅くまで飲み会で盛り上がったこともあり、かなりの寝坊でした。ブランチをいただいた後、連れ合いのPCを使ってニュースサイトをチェックしたところ、こんなニュースが。

 ウイルスバスターの定義ファイル更新で、CPU使用率が100%になる不具合【スラッシュドット ジャパン】
 ウイルスパターンファイル2.594.00(日本時間:AM7:33頃公開)へのアップデートにおける、コンピュータのCPUが100%になる現象に関して【トレンドマイクロ社サイトより】

 しかもメーカ側でアップデートファイルのテストが不十分なまま世界に送り出してしまったというおまけつき。筆者のPCにもウイルスバスターが入っていて、しかも半自動アップデート(アップデートチェックは自動でアップデート時には確認ボタンをクリックする設定)になっていたので、ニュースを聞いていなければPCを立ち上げてアップデートしていたところです。危機一髪でした。
 また、職場全体で導入しているウイルスソフトも他社製品のため、被害が及んだのはごく一部のPCだけのはずです。そんなわけでほっと胸をなで下ろしはしましたが。
 怖いのは、「だからウイルスソフトなんていらない」という人が続出してしまうのではないかということです。ウイルスソフトがCPUに負担をかけるのは確かであり(実は以前Meマシンを使っていた頃は筆者もリアルタイム検索機能を切っていました)、それに不審なメール添付ファイルは開かないよう気をつければかなりのウイルス感染は防げるわけです。しかし、パーソナルファイアウォールも含めてあの種のソフトを完全に「不要」と言い切っていいのは、メールの添付ファイルを絶対に開かないと言えて、かつPCの危険なネットワークポートを自力で閉めることのできる人だけだと思うのですが・・・。更に言えば、PCのバックアップを定期的に取れており、いつPCがダウンしても準備万端な人とか。

 もっとも、ある程度の規模を持った企業や公共機関においてこうしたソフトの契約を一斉に解除するのは難しいでしょうね。今回のような失態は他社ソフトでも起こりえますし。それに「全くその種のソフトを導入しない」選択肢を採ることによる社会的責任の失墜の方が、ソフトを導入し続けた場合のリスクよりも大きそうですし。

 とにかく、小心者の筆者は、今回の被害を逃れたのを良いことに、まだまだウイルスバスターを使い続けることでしょう。メーカが一度犯した過失を再度繰り返さないことを信じながら。

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検索窓追加

 「読書日記」の記事「検索窓をつけてみた」および「いかんともしがたい」の記事「Google 検索窓を設置する その 5 完成形」で紹介されていた検索窓を、こちらのブログにもつけてみました。本当は自分にスクリプトのカスタマイズ技術などがあれば世間様のお役に立てるのですが、そういうのも無いので、ただコピー&ペーストして入れただけです。今のところうまく動いているようです。

 図書館関係で先週から気になるニュースはありますが、頭の中でうまくまとめ切れていないので、取り急ぎこの辺で。

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2005.04.21

そして既に4月も下旬

 こんな時刻まで起きてるなんて、と誰かに怒られそうですが、これだけは今日書いておこうかと思ったので。

 4月に入ってからかかりきりになっていた職場の一大イベントが無事終了しました。昼前から雨模様だったにもかかわらず、そこそこお客様にもいらしていただくことができました。昨年よりお客様が少なめだったことで、用意した配布物も悠々足りましたし(結果的に足りすぎではありますが)。でも、他のスタッフに印刷物の原稿作成を頼んだつもりで頼んでいなかったりなど、準備の段取りが良くない面もあったので、そこは他のイベントスタッフから反省点としてつつかれてしまうかな?と思ってみたり。
 何はともあれ、大仕事に区切りがついてひとまず安心。昨年人間関係で苦しんでいたことを思えば雲泥の差です。4月からいらした上司も含めて、それ相応に気を遣って先回りして行動したのが功を奏したのかもしれません。
 それでもほっと一息・・・とは行かず、明朝出勤したら残った大荷物の片づけがあったりするのですね。(^_^;) もう少し、がんばることにいたしましょう。

 このようにして、私の4月はいつもあっという間に過ぎていきます。そして呆然としているうちに、無計画なまま黄金週間を迎えるのでした。さて今年はどうしましょう。

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2005.04.18

土曜日の出来事

 土曜日は、5ヶ月近く前から入院している母方の祖父の見舞いにようやく出向くことができました。微細な出来事は人様のお目汚しになるだけですので省きますが、何というか、「老い」という事についてじっくり考えさせられた1日でした。
 入院先に出向く前に祖母が留守番している家に立ち寄ったのですが、実は直に会うのは5年ぶり。齢90歳近くになろうとしている祖母は、視力と膝が弱っていることを除けば頭脳も明晰で健康ではありますが、昔話とどうでも良い世間話と繰り言とが混ざり合った濃い話が大変多くなったなあ、としみじみ。
 そして、病院で祖父に再会。この祖父は昔気質で偏屈でひたすら祖母にかしずかれて50年以上過ごしてきたはずなのですが、今や「皆のおかげでこうして生きていられる」と感謝の言葉を述べ、残された家族の今後をひたすら心配する家長の姿がそこにありました。倒れて以降自力での歩行が不自由になってしまったため、バリアフリーでもなくまた付ききりで介護できる者もいない自宅に簡単には戻れないことはわかっている、病院の暮らしにも慣れたが遠慮していることもたくさんある、などと語る様子に以前の面影は見られません。痛々しさを覚えつつそれに対してどうにもできない自分に無力感を覚えつつ、それでも事前に予測していたより口数も多く歩行リハビリの効果も上がっていたのは良いことだと自らに言い聞かせ、「お見舞いありがとう」と繰り返す祖父を残して病院を後にしました。

 祖父母と言うのは幼い頃から「田舎に帰ると元気に出迎えてくれるのが当たり前」な存在でした。父方の祖父母が比較的早くに亡くなってしまったため、唯一おじいちゃん、おばあちゃん、と呼べる相手でもありました。しかし、そう遠くない将来に、当たり前が当たり前ではなくなるのかも知れない。そのように考えると、胸がいっぱいになります。ブログに書こうかどうしようか迷ったのですが、自分の中で決して軽く外すことのできない出来事だと思ったので、このようにして書かせていただくことにしました。身内話で長文失礼してしまい申し訳ござません。

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2005.04.14

デイリーポータルZの「調べもの」に関する記事

 覚え書き。4月13日のデイリーポータルZの特集「むやみやたらと調べたいの」で、「調べもの」をテーマにした記事が掲載されていました。
 国立国会図書館に実際に入館してのレポートが楽しいです。記事を書いているのはもちろんプロのライターさんなわけですが、あくまで趣味・遊びの視点で、それでいてNDL-OPACや、NIFTYで利用できるWeb WHO PLUSなどのデータベース、その他Internet ArchiveWayback Machineなど、ネット上の便利な探しものツールが意外にも幅広く取り上げられています。

 ところで今週来週は仕事や家庭の事情で、いつも以上にぐっと更新頻度が下がると思われます。早く人間らしい暮らしに戻りたいです。と言うかもっと早く寝なさい>自分。

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2005.04.11

サリナス市公共図書館、存続へ

 当ブログ2005年1月18日付け記事「米国サリナス市公共図書館の閉鎖について」で触れた同図書館が、「市当局者は7日、当面の運営資金を確保できたとして、図書館を存続する方針を明らかにした」(Yahoo!ニュース記事(時事通信提供)より)ということで、閉鎖を免れることになったそうです。
 図書館が懸命に募っていた寄付が実ったのか、図書館友の会が行った本のバザーが功を奏したのか、あるいは「「『図書館がないのは文豪(注:スタインベック)の町として恥』と存続を訴え」る市民の声の大きさに市の予算方針がひっくり返ったのか、どんな事情なのかはわかりませんが、存続が決まったのは良いことです。そして、市民が「存続する価値がある」と判断して奔走してくれる図書館の何とうらやましいことか!例えば国立国会図書館長の給与が、恐らくそうした高い報酬をその官職が受け取っていることのそもそもの意味を十分議論されることもなくあっさり削減されるという、日本での図書館の位置づけと比べると、雲泥の差があります。
 (参照ニュースソース)
 図書館、一転存続へ=文豪スタインベックの故郷-米加州【Yahoo!ニュース】
 こんな図書館でありたいDORAの図書館日報

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2005.04.10

「ウェブログ図書館」を拝見して

 とあるSNSで紹介されていた「ウェブログ図書館」というサイトを覗いてみました。ブログの探索、分類および登録作業に、機械的な処理ではなく「電子司書」と呼ばれる人の手を入れることにより記事の質を保とうとしていること、また、記事の分類方法としてNDC新訂9版を使用していることに、却ってアナログ的なものを感じ新鮮さを覚えました。人力によるサイト登録には既にYahoo!など多くの先例がありますが、ブログのトップページだけではなくあえて個々の記事を手動で収集しさらに分類するという手間をかけているのも面白いです。
 いわゆる選書基準に該当すると思われるのが、「電子司書業務のご説明」にある「3.ブログ記事のデータの登録と変更」です。

(以下、引用)
 電子図書館としての性質上、ある程度の長さの寿命を備えたブログ記事を登録してください。
 つまり、書き捨てや読み捨てで3日も経てばどうでもよくなるものや公開時点で既にどうてもいい記事などではなく、1か月あるいは1年経っても参照する意味のあるような記事のデータが登録されるべきということです。
 この点は電子司書としての判断が問われます。

他にも細かい規定がありますが、それは上記リンクを参照いただくとして、シンプルでありながらなかなか厳しい基準に思わず背筋を伸ばしてしまいました。ここではただの日記ではなく、明確な主張と批評性、方向性を持った記事でないとふるいにかけられて生き残れないのだと思います。
 現在電子司書の方は3名しかいらっしゃらないので、募集を行っているようです。「ウェブログ図書館 業務日誌」の2005年4月8日付け記事にもあるように、幅広い専門分野からスタッフが集まり、記事の選定を行うことができるようになれば、大変有用に活用できる情報源になるのではないでしょうか。
 ただ、ごくわたくし的な意見で申しますと、現在はスタッフ数が少ないことにより、選定された個々の記事にスタッフ一人一人の顔(よく言えば思想、悪く言えば偏り)が透けて見えるのが楽しいです。このまま「司書の顔の見える図書館」でいてほしいような、もっと幅広い情報を蓄えてほしいような、複雑な思いで今後も見守ってまいりたいと思います。

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2005.04.09

筑波大学で司書講習を実施しないことについて

 今年は筑波大学図書館情報専門学群で司書講習が実施されないそうです。

 平成17年度司書講習実施大学一覧(愚智提衡而立治之至也)
 平成十七年度司書及び司書補の講習実施大学一覧(文部科学省)

 なぜやらなくなったのでしょう?その時期会場が貸せなくなったとか?それとも筑波大のメインキャンパスと離れているため何らかの管理上の不都合が生じたとか?あるいは教員の本来業務(研究活動と学生教育)に負担が大きいため中止になった?
 他の講習実施大学はすべて私大なので、国大法人で講習を行っているのは貴重だったと思います。憶測は暴走するばかりですが、ぜひ真相を知りたいところです。

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2005.04.07

「仕事ができる」って?

 再来週のイベントの宣伝のために、珍しく車で40分ほどの所にある某市役所まで営業に出かけたのですが、肝心の宣伝パンフを、似た包みに入った違う資料と取り違えて持ってきたことに気づいたのは目的地に到着してからでした(T_T)。手元にあるのは、市内への配布をお願いする依頼状と、ついでに配ろうと持ってきた別のリーフレットだけ。今更取りに帰るわけにもいかず、仕方なく持ってくることのできた資料だけ手渡して、
「残りの資料は置いてきてしまったので後から郵送します」
と正直に謝って退散してきました。ここ最近でこんなに情けなかったことはありません。

 本当に仕事の「できる」人というのは数は多くないかもしれないけれど確かに実在するわけで。「できる」の評価基準は自分の中で全く客観化されておらず、単純に、

「どんなに忙しくても、はたまた体調が悪くても、それらを言い訳にせず自分の役割の一つ一つを確実に、無理せずにこなせる人。あるいは無理しててもそれを表に出さず沈着冷静でいられる人」

という程度の評価しか下せていませんが、それでも、可能なら他人からそのように評価される人になりたいと思いながら日々働いております。しかし、こういうことがあると道は遠いなあ、と思ってしまいます。大体普段でも沈着冷静な態度とは程遠いし、体調不良はストレートに仕事の能率に反映していますし。また、残業は、そうすることを上司に命じられた場合を除けばできればやらないで済むほうが美しいと考えているにもかかわらず、現実には日中にやっておくべき仕事を消化し切れないことが原因で残業することも多いですし。
 たぶん、一生遠い道を探し続けるような気がしてなりません。ちょっとグチモードでしたね。失礼しました。

(追記)
 上の評価基準に、

「それでも『仕事は面白い!』と言い切れる人」
「(逃避じゃなくて)仕事を楽しむことのできる人」

という言葉を付け加えるのを忘れていました。そういう思考ができるのは仕事に恵まれた人の余裕だ、という考え方もあるかもしれませんが、どんな状況でもきっぱりとそう言い切れるだけのたくましさ、したたかさを今後ぜひ身に着けていきたいものです。

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2005.04.04

別れと出会いの季節(PC編)

 土曜日に、2週間前から修理に出していたPCが戻ってきました。マザーボードもHDDも交換されて、以前とは見違えるように軽快に動作するようになったPC。しかし、OSがWindows Meであること、CPUも4年前のもので既に時代遅れになっており、このまま使い続けたとしてもまた同じ結末が待ち受けているであろうことから、かねてから考えていたとおり新品のPCに買い換えることにしました。
 翌日曜日、中古PCの買取を行っている店舗を巡りました。1ヶ所目では目当ての新機種が置いていなかったため、2ヶ所目の、古いPCを昨日まで修理に出していたお店へ。そこには目当ての機種の在庫があり、また、古いPCの見積もり額も、他の店のネット見積もり額から想像していたよりやや高めであったので、結局その店で古いPCを里子に出すとともに新しいPCを購入して帰宅しました。古いPCの引き取り額は、ちょうど新しいPCに増設したメモリの代金と同じかちょっと多いぐらいでした。

 古いPC―CASSIOPEIA FIVA MPC-206は、2001年4月の初めに、前に使っていたWindows95 PCが使用に耐えなくなったことを機に筆者の手元へやってきました。小さくて可愛らしいCASSIOPEIAから発信されるEmailは当時単身赴任だった筆者と留守宅を結び、また、留守宅への一時帰宅時には職場との間を結ぶマストアイテムでした。それから4年、この小さなPCは本来の目的であるモバイルマシンの役割を逸脱し、単身生活を終えた筆者のメインマシンとして、仕事の書類作成に、Web更新、画像編集にと酷使され、HDDから悲鳴を上げながら実に良く働いてくれました。せめて今度は、酷使せず本来の目的でおとなしく利用してくれるユーザさんに巡り合えますように。

 ちなみに新しいPCは Let's note W2 で、またもやノートPCです。今のところ音も静かで、本体にマルチドライブを装着している割には重量もさほどではなくていい感じです。そして何より、MeというOSの重さに慣れた身からすると、XPの動作は実に軽快に感じられます。いつかはこの子とも別れが来るのかも知れませんが、せめて無茶はさせず大事に使って行きたいと思います。

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2005.04.03

司書(ライブラリアン)の専門性について

 山中湖情報創造館ブログの記事司書の専門性(ライブラリアンって何の専門家なの?)を拝見したところ、同館にはデジタル・ライブラリアン、レファレンス・ライブラリアン、チルドレンズ・ライブラリアンの3種類のライブラリアンがいらっしゃるとの記述がありました。

 これを見て思い出したのは、昨年連れ合いが海外のとある会議に出張した時のこと。会議参加申込用のフォームに職種の記載欄があり、そこにはレファレンス・ライブラリアン、システム・ライブラリアン等の選択肢が用意されていました。しかしそこで彼は、どの選択肢にチェックすべきか悩んでしまいました。以前はシステム・ライブラリアン的な仕事もしており、彼的にもその仕事に随分思い入れを持っていましたが、今の担当はカウンター業務がメイン。でも最近はレファレンスも専用のシステムがあるなど、システム・ライブラリアン的な仕事とも無縁ではないですし・・・。
 結局はレファレンス・ライブラリアンとしてエントリーしたそうですが、じゃあ、と我が身を振り返ってみて、自分の専門性って何だろう?と考え込んでしまったわけです。これまで回ってきた館はどこも比較的小規模で、図書館業務を担当している人員数が非常勤職員を含めても4、5名しかいない所ばかりでした。簡単なカウンター業務や雑誌の受入、相互貸借(ILL)の一部は非常勤さんが担当しますが、それ以外の全ての業務は2人程度の職員が回すというのが常態です。レファレンスもやれば、ILLシステムの操作も、図書館のWebサイトの更新も行う。もちろん雑誌の年間契約や図書の購入取りまとめも行い、場合によってはこの他に配属先の職場全体のLAN管理も担当していたりする。そんな状況が自分の所属組織では普通のことであり、これらのうちどれかに特化された専門性というのを追求する機会はなかなかありませんでした。ちなみに連れ合いがいるのは、同じ系列の館の中でも割と大規模な所で、担当係ごとの分業は比較的はっきりしていますが、それでも他館との人事異動はあるので専門性が確立されにくいのは同じです。

 確立された専門性を有していなくて果たして今後それで良いのか?という疑問は残りますが、以上のような状況において求められるライブラリアンの理想像は、
「図書館の各業務について広く深く学び、どれについても豊富な知識を有し、かつ確実に実践すること」
であると思われます。しかし、口で言うのは簡単ながらなかなかうまくいかず、どれも中途半端になりがちなのが現実です。第一我が身に当てはめてみると、知識の確実な実践どころか、知識以前のルーチンワークで失敗して人に迷惑をかけることが実に多いですし(^_^;)。また、周囲を見渡すと、通常業務をこなす上で別に知らなくても良い知識というのは、つい身につけるのを後回しにしてしまうという人も少なくないようです。
 それでも。図書館における各業務について、その道の専門家を目指す「つもり」で知識を仕入れ自分の物にするための勉強というのは必要であると考えます。Webでも情報は流れてますし(未だに英語の情報には恐怖(笑)を覚えてしまいますが)、専門の雑誌も何誌か存在します。図書館大会とかシンポジウムも開催されています。これらによりもたらされる情報量は膨大ですが、それらの中から有用な情報をすくい上げて身につけること。それができてこそ「情報の専門家」であると思うのです。何だか月並みなオチではありますが、「継続は力なり」を信じてこれからも行きたいものです。

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