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2005.04.03

司書(ライブラリアン)の専門性について

 山中湖情報創造館ブログの記事司書の専門性(ライブラリアンって何の専門家なの?)を拝見したところ、同館にはデジタル・ライブラリアン、レファレンス・ライブラリアン、チルドレンズ・ライブラリアンの3種類のライブラリアンがいらっしゃるとの記述がありました。

 これを見て思い出したのは、昨年連れ合いが海外のとある会議に出張した時のこと。会議参加申込用のフォームに職種の記載欄があり、そこにはレファレンス・ライブラリアン、システム・ライブラリアン等の選択肢が用意されていました。しかしそこで彼は、どの選択肢にチェックすべきか悩んでしまいました。以前はシステム・ライブラリアン的な仕事もしており、彼的にもその仕事に随分思い入れを持っていましたが、今の担当はカウンター業務がメイン。でも最近はレファレンスも専用のシステムがあるなど、システム・ライブラリアン的な仕事とも無縁ではないですし・・・。
 結局はレファレンス・ライブラリアンとしてエントリーしたそうですが、じゃあ、と我が身を振り返ってみて、自分の専門性って何だろう?と考え込んでしまったわけです。これまで回ってきた館はどこも比較的小規模で、図書館業務を担当している人員数が非常勤職員を含めても4、5名しかいない所ばかりでした。簡単なカウンター業務や雑誌の受入、相互貸借(ILL)の一部は非常勤さんが担当しますが、それ以外の全ての業務は2人程度の職員が回すというのが常態です。レファレンスもやれば、ILLシステムの操作も、図書館のWebサイトの更新も行う。もちろん雑誌の年間契約や図書の購入取りまとめも行い、場合によってはこの他に配属先の職場全体のLAN管理も担当していたりする。そんな状況が自分の所属組織では普通のことであり、これらのうちどれかに特化された専門性というのを追求する機会はなかなかありませんでした。ちなみに連れ合いがいるのは、同じ系列の館の中でも割と大規模な所で、担当係ごとの分業は比較的はっきりしていますが、それでも他館との人事異動はあるので専門性が確立されにくいのは同じです。

 確立された専門性を有していなくて果たして今後それで良いのか?という疑問は残りますが、以上のような状況において求められるライブラリアンの理想像は、
「図書館の各業務について広く深く学び、どれについても豊富な知識を有し、かつ確実に実践すること」
であると思われます。しかし、口で言うのは簡単ながらなかなかうまくいかず、どれも中途半端になりがちなのが現実です。第一我が身に当てはめてみると、知識の確実な実践どころか、知識以前のルーチンワークで失敗して人に迷惑をかけることが実に多いですし(^_^;)。また、周囲を見渡すと、通常業務をこなす上で別に知らなくても良い知識というのは、つい身につけるのを後回しにしてしまうという人も少なくないようです。
 それでも。図書館における各業務について、その道の専門家を目指す「つもり」で知識を仕入れ自分の物にするための勉強というのは必要であると考えます。Webでも情報は流れてますし(未だに英語の情報には恐怖(笑)を覚えてしまいますが)、専門の雑誌も何誌か存在します。図書館大会とかシンポジウムも開催されています。これらによりもたらされる情報量は膨大ですが、それらの中から有用な情報をすくい上げて身につけること。それができてこそ「情報の専門家」であると思うのです。何だか月並みなオチではありますが、「継続は力なり」を信じてこれからも行きたいものです。

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コメント

トラックバック、ありがとうございます。
「図書館の各業務について広く深く学び、どれについても豊富な知識を有し、かつ確実に実践すること」とあり
片や「情報の専門家」とあるのをを読んでいて...ちょっと気になったのですが。
ライブラリアンって、“図書館に”使われる人なのか、“図書館を”使う人なのか...っていうことです(まぁ、意識の問題なのですが...)。「情報の専門家」であるライブラリアンと考えると、図書館を情報源として使い倒し、その技能をもって利用者に情報提供する。
図書館は成長する有機体である...と考えると、その有機体の生命維持のための活動を支えるのがライブラリアン...なのか、むしろその頭脳として、意志をもった有機体として存在させるためのものがライブラリアンなのか...なんて、そんなことを考えてしまいました。

投稿: maru3@yamanakako | 2005.04.03 09:53

>maru3さま
 コメントありがとうございます。
 個人的に「情報の専門家」というのは司書の絶対条件だと思っているので、そのことと司書のマルチタスク化というのは自分の中では特に矛盾していなかったりします。
 ただ、マルチタスク司書であることが求められる現状を認める一方で、司書が図書館情報学以外も含めた何らかの分野(学問だけでなく異分野の職歴でも可)で高い専門性を持つことは強みになると考えています。ルーチンワークですぐに役には立たなくても、どこかで必ず活用する機会はあると思うのです。

 “図書館に”使われるか、“図書館を”使うかというのは難しいですね。働く人の意識次第でどうにでもなってしまうという怖さが確かにあります。一つだけ言えるのは、図書館という有機体はそこで働く人なしでは生きていけないということでしょうか。

投稿: MIZUKI | 2005.04.03 13:05

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