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2005年5月

2005.05.30

生き物ばんざい

 昨年秋ぐらいからずっと愛読していましたが、3月半ば以来更新が途絶えていた柴犬ブログ「いつも毛だらけ」さんが昨日付け記事で復活していました。\(^o^)/
 主役である古株わんこのコユキちゃんと、つい先日まで赤ちゃんだったのにすっかり大人顔になったフブキちゃんが、この2ヶ月の間も元気に暮らしていたんだなあと思うと、彼女らには一度も会ったことがないのに何だか幸せな気持ちになります。
 ちなみに筆者自身は実家の方針で、子どもの頃から動物というものをあまり飼うことがありませんでした。唯一赤ちゃんの頃から連れ添っていたインコが中学生の頃死んでからは、現在に至るまで全く飼っていません。しかも今暮らしている集合住宅はペット禁止ときています。そんなわけで、岩合光昭さんの犬や猫の写真集を眺めたり、上記のような動物サイトをチェックしては、生き物との交流願望を満たしているのでした。

 ・・・話は変わりますが、たった今、岩合さんのサイトを読んでいて、何と今年4月(発行日は5月)に最新写真集が発売されていたことが判明しました。

ちょっとネコぼけ / 岩合 光昭. 小学館 (2005.5)

我が家の書架は本の買いすぎ・貯めすぎでもういっぱいになりつつあります。でも飼わねば。もとい、買わねば。

 なお、所謂「犬派」か「猫派」のどちらに自分が属するかと言いますと、「飼ったことがないので不明」です。でもどちらも観察するのは大好きです。現実に飼うなら犬かな、とは思いますが、猫と人間、互いのプライドを尊重しながら暮らすのもまた一興かも知れない、と夢想しています。

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2005.05.29

無名戦士の墓

 土曜日は冬服のクリーニングに部屋の掃除に・・・色々やらなきゃ、と考えていたのに。朝ブログを更新した後ぐらいから急激に気持ちが落ち込んで身体も動かず、だらだらと過ごすばかりで何もできずじまい。そんな自分の状態が嫌でますます落ち込み、連れ合いに八つ当たりする始末。
 夕方近くになり、たまたま近くまで来た実母から電話があったため、とりあえず誘いに乗って一緒にお買い物。洋服や食料品を眺めたり買ったり、お茶を飲んでいるうちに何とか少し元気が出てきました。今日は少し活発に動けるようになりたいです。と言うか動けないと困ります。

 先日の記事を書いて以降、祖父たちが派遣されていたという前線の様子はどのようなものであったかと気になり、まずはGoogleでその地名を検索して見たところ、ダイビングの名所としての情報が最初に何件か出てきたのに続けて、旧日本軍戦場での遺骨収集活動を実施しているNPOの情報が見つかりました。遺骨収集と供養が実施された地域の当時の戦況解説など大変参考になったのですが、活動に従事した2、3年前の大学生のレポートを読んでいて不思議な感じを覚えました。どことなく文章の言い回しや感情表現が今の子にありがちなものとはかけ離れているのです。有り体に失礼な言い方をすれば「オヤジ臭い」。恐らく、議員さんや遺族の方など、ご年配の方たちと密接に交流して話を伺うなどしている影響なのでしょうけれども、確かに彼らが体験し彼ら自身の手で綴られているのに、決して彼らの日常の言葉では語られていないような、そんな複雑な印象を受けました。
 そんな言い方をして信じてもらえないかもしれませんが、普通はなかなか取り組むことのできない、肉体的にも精神的にも負担の大きい活動に従事している彼らには深く敬服しています。もしかしたら集められた遺骨の中にうちの祖父もいたかもしれませんし。戦後こうした方たちの活動により集められた遺骨は、千鳥ヶ淵戦没者墓苑に納められているようです。祖父は当然靖国神社にも合祀されていますが、彼が本当にいるのはこちらの墓苑なのかもしれません。
 そういえばこの墓苑については雑誌『暮しの手帖』編集長だった花森安治さんが「無名戦士の墓」として取り上げられていました。この文章は同誌の『保存版 III』(2004.1発行) p194に再録されています。また、未所蔵のため確認していませんが、以下の図書にも収録されていたはずです。リンクではbk1を紹介してますが、ここでは取り扱い不可になっています。amazonでは取り寄せ可能なようです。

一銭五厘の旗 / 花森 安治. 暮しの手帖社 (1978) ※正式な綴りは『一戔五厘の旗』

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2005.05.28

動物園と図書館

 昨今の、「直立レッサーパンダ「風太」大人気【スポニチ】」などから見られる一連のニュース記事によると、千葉市動物公園の風太くんだけでなく、全国の動物園にいる可愛いレッサーパンダたちがすっくと直立している模様。これは来週あたりみんなきりもみ式で火を起こしはじめるに違いない、という2chネタはさておき。(^_^;)
 今朝のフジテレビ『めざましどようび』でも直立レッサーパンダの全国取材映像を紹介したばかりか、「大車輪をするサル」など人間が見て面白い行動をする動物園の動物についても取材し、
「どんな動物でもブレイクする可能性がある」
と結論づけていました。何だよ「ブレイク」って(笑)と呆れつつ、「なるほど」と感心している自分がおりました。確かに今まで誰も着目しなかった一部レッサーパンダの特性に、小さな新聞記事がきっかけでスポットライトが当たった(で、それに他メディアも乗っかった)のですから。
 折しも北海道の旭山動物園が先駆的な飼育方法(というか動物の“見せ方”)で人気を集めたのを皮切りに、動物園というスポットが注目を集めているように思います。今月に入ってからの朝日新聞(掲載日失念)では、
 「全国の動物園が、例えば円筒型水槽でアザラシを飼育するなど、旭山動物園のやり方を模倣して客寄せをはかっている」
という記事も掲載されていましたが、良い物なら最初は別に模倣でもいいじゃないか、後から独自性を模索していけばいいだろう、と筆者は考えます。ちゃんとした動物園ならとっくにやっているのでしょうけれど、飼育動物の特性を見極めて、1種1種の行動の魅力をお客様にアピールできるような見せ方ができて、かつ老若男女のお客様のツボにはまるようなら何より。

 こじつけくさくて申し訳ありませんが、こういうやり方って図書館にも通ずるんだろうな、と思います。先駆的な館があればまずは旅費や視察料:-)を惜しまずそこのやり方を学んでみる。動物の珍獣度合いを問わず、ではなくて、資料が高価で貴重であるか、普遍的に入手できる物かに関係なく幅広く収集する。集めた資料はテーマや分類、対象客層などそれらの特性に合わせてお客様にアピールする・・・などなど。
 図書館が動物園と異なるのは、レッサーパンダは動物園か中国の山中に行かないと見られませんが、本は図書館じゃなくても書店や古書店でも出会えるということでしょうか。「図書館でしか見られない本(図書館納本用に別装幀とか大判サイズになっているような本は今もあるのでしょうか)」や「図書館ならではのサービス」が図書館におけるレッサーパンダに当たるのかも、と乏しい頭で考えて見てはいますが、今ひとつインパクトが弱いような気がするのです。あまり結論になっていませんが、結局は各館の担当者のひらめきとセンスと実行力がものを言ってくるのだろう、と思います。どんな資料、ひいてはどんな図書館にもブレイクする可能性があるのですから。

追伸
 でも風太くん他全国のレッサーパンダくんたちは今とても「わけわかんない」状態だと思います。早くうち(飼育舎)の周りにいるこの人たちどいてくれないかな、といらだってたりして。動物園にはレッサーパンダ以外にも面白い動物がいるわけですし、ブームに乗って園を訪れた人たちにはこれを機に他の動物の面白さにも気づいてほしい、と思うのです。ブレイクももちろん重要なのだけど、それ以上に節度とか対象となるものへの思いやりも大事なわけですから。

レッサーパンダを見せ物にするな!(旭山動物園からの緊急メッセージ)

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2005.05.27

フィリピンで旧日本兵生存?

 今日の朝刊で、フィリピンはミンダナオ島で、旧日本兵と見られる2名の男性が生存しており、今日にも日本大使館員が面会する予定との報道がありました。
 比で旧日本兵2人生存か 大使館員が面会へ 【Yahoo!ニュース】
 一部報道では既にお二人の実名が掲載されており、山岳地帯を転戦していたため引き揚げ船に乗り損ねて現在に至る、としているものもあります。
 フィリピンではないものの、筆者の実の祖父は第二次大戦でニューギニア戦線に出征して亡くなったとされています。「されている」というのは、実際は消息不明であるためです。かの戦線の状況が想像を絶する過酷さであったらしいことは聞いていますが、そんなこともあって、この祖父が100%亡くなっているとは思えずにこれまで来ました。

 上記の生存情報が本当であるとするなら、きっと彼らにも日本に残した家族がいることでしょう。しかし・・・しかしです。戦後間もなく残された筆者の祖母は、幼い娘(筆者の母)を抱えて現在の祖父に嫁ぐ道を選びました。この祖父は実祖父と同じ戦線で捕虜になったことにより運良く命をとりとめた人物ですが、娘の証言によればかなり長いこと戦場の記憶にさいなまれたばかりか、現地で罹患したマラリアの後遺症にも苦しめられたようです。その他様々な軋轢はあったものの、90代近くとなった今も祖父母は静かに余生を送っています。

 今回のお二人が日本にご家族を残されていたなら、その家族の皆さんもそれぞれの人生を送っているはずです。もちろん亡くなったと思われていた兄弟や父親、あるいは祖父が異国で永らえていたというのは喜ばしいことではありますが、その喜びは単純なものではないかもしれません。お二人が現地で家庭を築かれているかどうかなどは現在の報道からはわかりませんが、恐らく日本のご家族との再会が実現するとすれば、お互いの現況を壊さず、でもその後の交流は続ける、という形にならざるを得ないのではないか、と、「残された者」の子孫としては考えてしまうのでした。

【おまけ】
 砂の音はとうさんの声 / 赤座 憲久作 / 鈴木 義治. 小峰書店 (1978)

 昔、自分の家庭の事情をまだ知らずに小学校の課題図書として読んで無邪気に感動した本です。(事情を知らされたのは高校生になってからでした)

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2005.05.26

東京都立図書館の「迷宮入り」

 日外アソシエーツの「レファレンスクラブ」の最新ニュースで知ったのですが、ずっと以前の記事でも書いた東京都立図書館の「しらべま専科(レファレンス事例データベース)」で、海千山千の司書が解決できなかった質問、言ってみれば迷宮入りになった事例を集めたGiveUp事例」というのが公開されていました。
 試みに掲載されている質問のうち出版情報、言葉、所蔵情報から1件ずつ選び、Googleにかける、自分の職場のOPACにかけるなどしてみましたが当たり前のように解決できず。うち井伏鱒二氏の自選全集出版を取り上げた新聞記事に関する質問についてはNiftyの「新聞・雑誌記事横断検索」も試してみました。その結果、朝日新聞の1985年11月13日付け東京版夕刊2面掲載の記事と、1985年10月10日付け東京版朝刊1面掲載の天声人語で、この時の自選全集収録時に結末部分が改稿された小説「山椒魚」について触れられている(いずれも井伏氏のコメント付き)ことはわかりましたが、
該当するタイトルそのものの記事は見あたりませんでした。

 各事例にはそれぞれ「レファレンス事例詳細」として、調査に使用したツールや聞き込み先など調査の詳細が公開されています。上の井伏氏の記事の事例などを見ると、これだけ調べ尽くしても解決を見ることができない場合があるのだということがよくわかります。もしこうして詳細を公開することにより、「調べ方がぬるい」「こんなツールがある」等の新たな意見が出てくれば渡りに船でしょう。解決のあかつきにはぜひ他のレファレンス事例とは別枠で改めて紹介していただきたいものです。正直、司書の端くれとして解けない謎が存在し続けるのはかなり心に引っかかるので・・・。

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2005.05.23

『MASTERキートン』増刷停止?

 土曜日に団地の草取りに参加したところ、今日になり左腿がぎくしゃくするほどの痛みが。たった1時間だけしゃがんで草をむしっただけでなぜこんなになってしまうのか?

 最新号の週刊文春の広告を見て気になってはいたのですが、マンガ『MASTERキートン』が権利関係のトラブルで増刷停止状態になってしまっているとか。詳しい事情はCopy & Copyright Diaryスラッシュドットの記事経由でも見ることができます。面白く読んだマンガについて生臭い経緯が明らかにされるのはちょっと辛いですが、現実に起きてしまったのだから仕方ないです。とにかく、マンガそのものの質と無関係の事情で絶版になろうとしているのは何だかなあ、と思います。

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最近購入した本(2005年5月下旬)

 ここ数日中に購入した本をメモしておきます。

ハルコビヨリ 2 / 小坂 俊史著. 竹書房 (2005.5)
スーパー店員の里見と体育会系大ざっぱ娘ハルコの同棲生活物語。この状況設定でここまで色気も素っ気もそして妄想のかけらもなくなおかつマンガとして面白いというのが、巧いなあ、と思います。そして、憎めないけどどこまでもマイペースなハルコちゃんにいっぱい迷惑かけられつつそれでも一緒にいる里見くんには感服です。これも一つの愛の形?

お江戸でポン! / 松坂 風香著 ; 丸山 薫イラスト. ジャイブ (2005.5)
カバー絵作者買いです(^_^)。丸山さんのオリジナル絵は割と中国物が多いので、和物は新鮮です。ところでここの出版社、文芸出版社ではなく、コミックやゲーム本などのマニア向け部門をメインにやっていたようで、そうした分野からこういう健全なジュニア小説部門に参入してきているというのは面白いケースだと思ったのですが・・・。他にこのような事例はあるのでしょうか?

小さな人のむかしの話 / 佐藤 さとる作 ; 村上 勉絵. 講談社 (2005.4)
コロボックル物語シリーズの別巻で、コロボックルの昔話で構成された番外編。このシリーズは青い鳥文庫で読み始め、できればこの版型で集めたいと考えていたので、今回最終巻が同文庫で出揃ったのはうれしいことです。でも実はまだ『ふしぎな目をした男の子』『コロボックル童話集』は未収集です。入手しなければ。(既に義務?)

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2005.05.20

Open Access Japan開設

 たまには勉強を。  国立国会図書館発行の『カレントアウェアネス-E』No.58(2005.5.18発行)によれば、

慶應大の倉田敬子教授と千葉大の土屋俊教授の研究グループが共同で,オープンアクセスのポータルサイト"Open Access Japan"の運営を開始することになった。同サイトでは,オープンアクセスおよび関連する話題の文献紹介やメーリングリストにおける議論の動向紹介などを定期的に提供しており,コメントを寄せることもできる。

とのことです。(関連情報:Liblog JAPAN 5月19日付けエントリ
 記事によっては歯ごたえがありますが、海外の情報も含めて日本語で提供してくれる、ありがたい情報源だと思います。
 また、『カレントアウェアネス-E』ですが、「『図書館に関する調査・研究』RSSの試行について」にも記載されているとおり、最近RSSで記事情報を取得することができるようになりました。さすがに最新号の記事は取得できないみたいですが、便利になったものです。

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2005.05.19

本日の仕事と反省

 筆者は時たま職場内のPCサポートも請け負っています。とは言え、OSの主流がWindows 2000 またはXPに世代交代してからはそんなに以前ほど呼び出されることも少なくなりました。ところが今朝、職場内から、
「自分のWindows XP PCを、Windows Update で SP2にアップデートしようとしているが何度やっても『アクセスが拒否されました』と出てしまいアップデートできない。どうしたらよいか」
との電話が。今頃何故SP2?と思いつつ、電話を受けながらググったところ5分ほどでどうやら、
Windows XP Service Pack 2 のインストール時に、アクセス拒否のエラー メッセージが表示される(Microsoft サポートオンライン)
のエラーが条件に合致することがわかりました。
 上記ページのプリントアウトを携えて電話いただいた利用者さんのもとに出向いたところ、まさにアクセス拒否のメッセージが表示されたままの状態。ボタンをクリックしてメッセージを了承すると、途中まで進んでいたSP2のインストール処理を、また20分ほどかけてロールバック(ToT)。レジストリのサブキーの一部にadministratorのアクセス権限がない(何故そんな現象が起こるのかは不明)ことがエラーの原因とのことなので、プリントアウトに示された手順に従ってエラーログから該当するレジストリサブキーを特定し、regeditを使って権限を変更。ここまでの作業に10分。とりあえず再度SP2のインストールを試みる。また違うレジストリサブキーで引っかかる可能性がゼロとは言えないので、インストール完了をじっと待つ。ひたすら待つ。終わらないのでとりあえず別の部屋に出向き、半月以上前に依頼して上がってこない広報誌の原稿を催促。戻ってきてもまだインストール中。ようやくインストールが完了したのでPCを再起動し、SP2以降の機能“Microsoft セキュリティセンター”のメニューが表示されたときには30分近く経過していたでしょうか。さらにセキュリティセンターの設定を5分程度かけて多少変更し、ようやく利用者さんに作業報告を行うとともに、続きの Windows Update は自身で実行するように指示して作業完了。
 ・・・さて、電話を受けてから作業完了まで何分かかったでしょうか?ひまな方は数えてみてください。XPが使いやすくなったとはいえ、事前調査も含めてこの作業を、もっぱら「文房具」や「家電」としてPCを利用している人が実行するのはかなりきついと思われるので、何とかしてほしいと切に望みます。

 それはさておき、今回のことでちょっとダメージだったのは、恐らくSP2がリリースされてから半年以上、この利用者さんが誰にも黙ってこの問題を放置してきたこと。まあ、恐らく、周囲の方も日々の仕事に追われているわけだし、ご本人も処理すべき事柄に優先順位を付けた結果こうなったのかもしれません。
 しかし、もしそれだけでなく、「職場内のサポート担当(筆者)に問い合わせたとしても100%解決できる保証はない」「忙しい(ように見える)相手を無駄に拘束するだけだ」と判断された結果だとしたらちょっと辛いなあ、と思います。エラーを放置された場合のセキュリティ上のリスクを考えると、利用者さんには、ぜひ「自己解決」を試みつつも気兼ねなくサポート担当を頼ってほしいと思うのですが、実際にそうならなかったということは、日頃筆者が折に触れアナウンスしていたつもりのセキュリティ対策の重要性が伝わっていなかったということになるわけで。加えて、仕事を頼みやすいような日頃の雰囲気作りがうまくいっていなかったのかもしれません。そんなわけで、今後はセキュリティ対策について面倒がらずにうるさがられるぐらいアピールしていこうと決めました。また、自分の仕事に対してもう少しだけ大きい器を持って向き合えれば、と思います。器に余裕を作って、それが相手にうまく伝わるようになれば良いのですが。

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疾風怒濤?の頃のこと

 本日とある場所で、母校(高校)のウェブサイトにまつわる話題を目にして、久々にそのサイトにアクセスしてみました。母校、筆者の在籍時は築約25年のオンボロ煉瓦校舎でした。卒業してから7年後、新しい校舎に建て替えられております。新校舎は外側からしか見たことがありませんでしたが、ウェブによれば、どうやら現在では吹き抜けのアトリウム(中庭というか広場?)があって、オーケストラ部(これは在籍時既に存在した)がコンサートを開いている模様。しかもクリスマスシーズンには毎年美しく飾り付けられた大型ツリーが設置されているとか。いつからそんなおしゃれ感満載な学校に・・・?
 ふざけんな、くやしいぞ、と言いたいところですが、もしかしたらおしゃれじゃなかったのは自分だけかも知れません。何せ校訓が自由・自律・叡智・創造。トップに「自由」が来ております。しかも昭和40年代の学生運動で制服も撤廃されて通学は当然私服、学校で指定されているのは体育のジャージと運動靴ぐらいで、校則もほとんどありませんでした。周囲には確か化粧をしパーマをかけている子もいた筈です。しかし自分を振り返ると、化粧気ゼロ、服装はスカートもはいてはいましたがシャツにジーンズ率高し。放課後やっていることと言えば、図書委員(母校では『図書局員』と言った)に知り合いが多かったのを良いことに、自分は局員でもないのに学校図書館でたむろし、本も借りずに友達と騒いで注意されるか、自転車(冬は地下鉄)で繁華街の書店に出向いては、長時間お小遣いで買えないハードカバー本やマンガや雑誌の立ち読みをすること。一女子高生の生活としてはどうかと思います。その上、今にして思えば言動にも痛い(現代で言えば“オタクっぽい”)ところがあったので男子生徒にはバカにされていたような気がしますし。
 まあ、それでも高校では友人たちに出会えましたし(卒業してすぐ引っ越してしまったこともあり今もつきあいがある相手はごくわずかになってしまいましたが)、また彼女らから数々のマンガや小説を教えてもらいましたし(『銀英伝』にはまり有志で同人誌まで出したなあ)、それなりに意義のある時間ではあったのかも知れません。振り返ると、まぎれもなく自分の原点はあの時代にあった、と確信できます。
 大体、あの頃、司書という職業を目指すことを何故か親に勧められ、「そう簡単に言うことをきいてたまるか」と心の中で反発していたのですが、図書局員の友人たちが、暖かな人柄に定評のあった学校司書さんや図書館担当の先生の元で実に楽しそうに仕事をこなしているのを横目で眺めて「まあ図書館もいいかな」と思い直したのが図らずも今につながっていると言えるわけでして。
 どうか、今まさに母校に通っている皆の現在が充実したものでありますように、と柄にもなくそんなことを思ってみたりするのです。

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2005.05.15

本当の無礼講とは

 先週、突然「明日、4月に転勤してきた方々を囲む宴席があるのでよろしく」と言われたので、都合を付けて翌日参加してきました。
 その飲み会でとある新しくいらした目上の方とお話ししました。その方と飲み会をご一緒するのは二度目でしたが、一見強面でありながらたいそう多趣味でちょっとオタク入っているかも?な雰囲気で、話題も豊富でお話ししていてとても気持ちがよいのです。そうした気持ちになるのはどうも話題の豊富さだけではないことに気づきました。何でだろう、と思いしばらく観察していたところ、理由らしきものが見えてきました。その方、話題の上でとある人をネタにして落としたとしても、必ずまたぐんと持ち上げてほめるのです。例えば、
「Aさんはあの時こんなバカなことを言ったけれど、でも、一所懸命仕事してすごく良い結果を残してくれた」
「見習いで勉強に来ている彼は今回こんな至らないことをしたけど、本来はきちんとしたふるまいのできるまじめな奴だ」
等々。また、人の言動を揶揄したとしても人格攻撃はしない。話題の対象が目の前にいるかいないかとか、上司であるか後輩であるかとかに関係なくそのスタンスは変わらない感じ。一見べらんめえ調にも見える語り口の影で、大変繊細な気配りをされているのだな、と思いました。

 飲み会の席というのは自分も含めてどうしても気持ちがゆるむわけで、そのためか「それはどう考えても人格攻撃だろう」とか「ここにいない人を口汚く中傷しているだけ」という話題をされる方もいて気分を害することも少なくありません。自分自身を振り返っても、最近ではほとんどなくなったものの、気づいたら相手をかちんと来させていて後悔先に立たず、ということが若い頃何度かありました。
 公的な飲み会に参加する方にはこのようにあってほしい、と思うのは、ごくごく親しい者が少人数で差しで飲んでぐちを吐き捨てる飲み会ならともかく、ある程度の無礼講が容認されたような場であっても人の人格は常に尊重していただきたいということ。どんな欠点のある人にも裏返せば美点はあるわけで、人を貶めっぱなしにするのはやめてほしい。そのような言動は発言した人自身の人格についてもまた貶めるだけだから。そんなことを考えさせられた宴席でした。

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2005.05.14

自意識過剰かも知れませんが、サイト閉鎖について思うこと

 時々覗かせてもらっていた友人のサイトが突如閉鎖になってしまいました。原因はたぶん、職場関係バレ。そんなにやましい内容でもないのに何故?とつい思ってしまうところですが、仮に自分が友人と同じ職業に就き、同じ状況に置かれたとすれば、きっと同じ決断をしたと思われます。
 実際、自分のサイトについて、毎日顔を合わせる上司や同僚、それから図書館にやってくる職場の人から「読んでます」と言われるならまだしも(赤面すること請け合いではありますが)、例えば全く無関係の世間から「この人はこういう立場の癖にこんな手前勝手なことを書いている」などと揶揄されてしまうとすればかなり辛いことです。とりわけ素行の問題点を追及されると、たとえそれが些細な問題であっても足下をすくわれかねないきわめて弱い立場にあるわけで。
 また、ここへの記述はかなり抑えてぼかして書いているつもりですが(元々気が小さいのでそんなに毒も吐けない)、うっかり職場の機密事項をもらしてしまったとか、個人を特定できる暴言を吐いてしまったとかの場合には、職場で処分を受ける可能性がないとは言えません。そうなったならきっとサイトを閉鎖するか、あるいはハンドルもメールアドレスもプロバイダも変えてネット人生を一からやり直しするしか道はないでしょう。

 ちなみに今使っているハンドルについては、このハンドルで長年ネット人生を送ってきたにもかかわらず、とある理由によりこの名を付けたことをかなり後悔しております。とぶつぶつ言いつつ現実には今さら変更しようとはしないところに筆者の究極の面倒くさがり屋ぶりが反映されています。だから何なんだという話ですみません。

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2005.05.10

ミッフィー展

 日曜日にようやくミッフィー展(2005.4.27―5.9 松屋銀座にて開催;リンクは消えるかも知れませんが一応張っておきます)を見に行くことができました。筆者はもちろんディック・ブルーナさんの絵本を読んだことがありましたがどちらかと言えばキャラクター物としてミッフィー(うさこちゃん)を認識しており、さらに数々のキャラ物の中でミッフィーだけに特段の思い入れがあるわけではありませんでした。学生時代図書館や学童保育のお話し会に関わっていた頃も、読み聞かせにブルーナの絵本を選んだことはありません。ブルーナ絵本は幼児向けという頭があったので、小学生がメインターゲットであったお話し会には向かない、また、定番すぎてつまらない、と思いこんでいたためです。
 しかし、今回の展覧会を見て、改めてブルーナさんの作品が絵本として、絵画的にも物語的にもきわめて慎重に計算され尽くして創作された物であることを知ることができたように思います。例えばキャラクターの衣装や背景に見られるあのマットな質感はどのような手法で表現されているのか?カラースプレーか、あるいはシルクスクリーン?などと想像していましたが、会場で示されていた種明かしは丹念に筆で描かれた黒い線画を透明フィルムに転写したものに色数の限られた色紙をカットして組み合わせるという、実にシンプルなものでした。会場にはこの手法が完成されるまでのブルーナさんの試行錯誤の過程も展示されていました。
 また、物語についても、幼い子にもわかりやすいお話でありながら、わくわく感が高くかつ作者が伝えたいメッセージは穏やかに、でもストレートに伝えていることが展示からわかりました。特に、子どものわくわく感を高めるようなアイテムが物語のポイントに登場するのは大きいと思います。パイロットのコスチューム、おばあちゃんに贈るショール、両親と出かけるオープンカー、自分で耕した畑で取れるおいしいニンジンなどなど。
 絵本を適切に評価するには、本当は絵とストーリーだけでなく文章に使われている用語のわかりやすさについても判断しなくてはいけないところであります。残念ながら筆者はオランダ語を読むことができませんが、展示されていた原画に付与されていた文章は、読み慣れた日本語訳の絵本と同様、少ない単語で簡潔に記されていました。きっと、オランダの子どもがこれを読んだ時に受ける感銘は日本の子どもが日本語で読んだ時に受けるそれとさほど違いはないことでしょう。その絵柄の魅力とあいまってグローバル・スタンダード、というのはまさにこういうことであり、ミッフィーがキャラクター物としても長年人気を保ち続けている秘密の一つがそこにあるのだと悟りました。

 そうして会場を後にした筆者が抱えていたのは、図録の他、Tシャツ、ステイショナリーなどブルーナグッズでいっぱいのビニール袋でした。負けた、でも今日は絵本は買わなかったぞ、と奇妙な勝負感にとらわれながら。

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2005.05.07

信越旅行(2005.5.5―5.6)

 1泊2日の信越旅行に行ってきました。
 妙高高原他に出かけたのですが、出発の前の日まで妙高高原が新潟県であることを知らなかった筆者(^_^;)。てっきり長野県にあるものと勘違いしていました。県境だったのですね。(筆者の日本地理の知識は中学レベルに止まっています)
 住まいから4時間強かけて上信越道豊田飯山ICまでたどりつき、山菜の天ぷら付きで信州そばをいただいた後新潟入り。赤倉温泉の足湯公園で足の疲れを癒した後、妙高高原のゴンドラロープウェーに乗車しました。いやあ、まだ山肌に残雪がちらほらしてるねえ、と呑気に連れ合いと語り合っていたところ、11分の乗車中に徐々に雪の割合が増えて行き、とうとう雪が山肌を埋め尽くしてしまいました。

DSCF0558  終点に降り立った我々が目にしたのは、ゲレンデにシュプールを描く人々でした。そしてゲレンデの手前で所在なげにしている年配者のグループ。ちなみにそのときの我々の服装は、連れ合いは綿の長袖シャツ1枚、筆者はタンクトップに襟元の大きく開いたUネックの7分袖カットソー。足下は普通のトレッキングシューズ。それはそれは雪山を甘く見て呆然と立ち尽くす愚かなカップル、といった風情が濃厚に漂っておりました。足下が革靴やミュールでなかっただけましではありましたが、だからと言って雪の中長距離を歩くこともできず、数枚の写真を撮っただけで退散したのは言うまでもありません。
 その後すぐ投宿し、温泉と日本酒とたらい盛りのお刺身を楽しんだ後は早めに就寝。その代わり夜中は目が覚めてなかなか寝付けず、積読本を1冊も持参しなかったことを激しく後悔しました。

DSCF0568  2日目はのんびりと朝8時から食事、9時20分過ぎにチェックアウトした後向かったのは、いもり池のみずばしょう祭。 祭りの名に違わず、水芭蕉が湿原一帯に群落を作っていました。
 その後は野尻湖ナウマンゾウ博物館へ。ナウマンゾウの臼歯の化石(湯たんぽ化石)などをじっくりと見学しました。子どもの頃教科書や児童向けの考古学の本を読んで憧れた野尻湖の発掘が現在もなお続行中であることを知り驚くばかり。この発掘事業によって、地域だけでなく全国的にも交流が保ち続けられているのは素敵なことだと思います。

 野尻湖を後にし、上信越道に乗り一路長野市へ向かいました。子どもの頃訪れ鳩の群れに襲われて恐怖を覚えた善光寺には、今もまるまると太った鳩たちが元気に暮らしていました。流石に襲われはしませんでしたが。藤木庵で「ごくらくそば」を美味しくいただいてから、門前の書店にふらりと立ち寄りました。この書店、政府刊行物センターになっているとのことでしたが、なぜこのような門前町にいきなりそのような指定書店があるかは謎です。それにしても、中に積まれた統計書や政府広報誌など、数々の刊行物を目にしながら、「これはうちの館に寄贈で届いている」とか「先日この雑誌のNA○S○Sの書誌に誤りがあって、しかもそれが原因で図書館システムにエラーが起きたから、担当者から申し入れしてもらった」等々の会話をしてしまう我が家って一体・・・。

 善光寺を出発、途中でおやきも購入し、川中島古戦場を横目に見ながら長野ICから上信越道に乗り、帰路につきました。途中でずっと運転をつとめた連れ合いが力尽きかけるというハプニングもありましたが、何とか復活、19時半頃無事地元に到着することができました。長距離移動でそれなりには疲れましたが、食事も充実し(全くハズレがなかった!)、良い旅だったと思います。

 そして、これを書いている今日(7日)はひたすらだらだら。これから、善光寺で入手してきたわさびの花で仕込んだ浅漬けを夕食にいただくことにします。明日は上京予定。そして明後日は出勤(涙)。また粛々とがんばることにしましょう。

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2005.05.04

JR福知山線脱線事故(その2)

 連休初日。だらけた1日を送りました。
 夕刊が休みなのであちこちのニュースサイトをチェックしていたところ、どこも大きく扱っていたのがこの記事。
 脱線快速に乗車の運転士2人、救助活動せず出勤(読売新聞)
 人命救助にささやかな協力を行う意志よりも、シフトを抜かした場合に会社から受けるであろう制裁に対する恐怖の方が大きかったためにこのような結果になってしまったのでしょうか。例えば単純に気が動転した結果だったとしても、そう思われても仕方がない行動だと思います。

※話の本筋からは外れますが、ここで自分ならどうしただろう、と少しだけ考えてしまいました。もしかしたら、「ここは下手に素人で腕力もない自分が助けに入ってもじゃまになるだけだからレスキューなどの専門家に任せて引っ込んでいよう」など勝手な理屈を付けてひよって逃げてしまったかも知れない。そこで力仕事以外に自分ができる手伝いを探すこともせずに。で、後から気づいてあぁ何てバカな私、と自分にグーパンチを喰らわす。そんな自分を想像してへこみました。

 話は戻りますが、行為自体はほめられたものでないにせよ、当然このお二人に事故自体の責任があるわけではありません。恐らく報道で見る限りでは、今後法の裁きのもとでJR西日本が責任を負う方向に向かうのでしょう。こんな時こそ、JRの現場の方には意気消沈せず足を踏ん張っていただきたいと思います。500系のぞみのような美しい車両を作る底力を持った人たちならきっと大丈夫、と信じています。というより、一度でもあの車両に「かっこいいなあ」と見とれた者として、素朴に信じたいです。

 (おまけ)先日丸山さんのブログ記事で、JR西日本の正式社名“西日本旅客鉄道”の正式社名の“鉄”は“金+失”ではなく“金+矢”であることを初めて知りました。最初見たときはうまいこと考えたものだな、と感心していましたが、よく考えると別に“鐵道”という字でも良かったのでは?ということに気づいてしまいました。たぶん落としどころとしては、ロゴデザイン上、“金偏に矢”にするのが一番すっきりするし、書きやすいし、ということになるのだろうけど、日本語としては“鐵道”の方が正しいのになぜ?

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2005.05.01

明日は出勤

 前の記事で偉そうなことを書きましたが、今日はメーデーから戻った後の半日間はほとんど昼寝して終わってしまいました。
 子細を記しますと、昼過ぎに家に戻り家事を済ませてすぐに前の記事を書きかけたのですが、適度な運動と満腹とですっかり鈍った頭ではうまく行くはずもなく、1時間もPCの前で呆然としたあげく、「やっぱり寝よう」とちょっと一眠りのつもりで横になりました。気づいたら日が暮れかけており、夕飯の支度をする時間になっていたのでした。まあ、こんな日もあります。
 明日は今週唯一の出勤日です。課長も頼りになる係員も帰省してしまっているので、何もややこしい事件が起こらないことを願いながら粛々と働くことにします。その代わり金曜日は休暇をいただきました。職員で唯一出勤する課長に全てお任せしたいと思います。休み明けが怖いと言えば怖いですが、その分気合いが入るので五月病もどこかに行ってくれることでしょう、たぶん。そういうことにしておきましょう。:-)

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ハローワークも民間開放へ

 今日は5月1日。昨年同様、メーデーで行進してきました。参加者の中にしっぽがぴんと立った人なつこそうな顔のビーグル犬がいる、可愛いなあ、と思っていたら、どうやら昨年も同じ場所で出会っていたようです
 会場ではぼうっと歩いているだけで様々なビラが手元にやってきます。大半は、泥仕合に陥っている企業の組合争議に関するものでしたが、中に「ハローワークの民間開放は働く人の権利を後退させます」というタイトルの、1枚毛色の違うものが。内閣府 規制改革・民間開放推進会議で昨年末に打ち出された、ハローワーク業務を民間事業者に委託するという方針への反対ビラでした。ビラで訴えられている内容は次の通りです。

  1. 労働者派遣などを行う事業者にとって求人企業は「顧客」である。そうした事業者が労働基準監督署と連携し、顧客に対し適切な労働条件の指導を行えるとは考えられない。
  2. 職安業務には法令、幅広い職業知識、カウンセリングなどの専門性が求められるが、民間委託すると入札で契約企業が入れ替わるため長期的な養成ができず従って専門性の維持ができなくなる。
  3. 東京都の区や神奈川県の市の一部で既に民間委託が行われているが、就職率はハローワークより低く費用もかかっている。
  4. そもそもこの推進会議の委員は大企業のトップや学識関係者から構成されており、労働者代表がひとりもいない。ビジネスチャンスの拡大を担う業界の要望を代弁しているに過ぎない。

 民間開放の流れは図書館だけではなくあらゆる公共施設に広がっているのだと実感しました。ただ、この流れを止めるのはやはり困難かと思います。
 上記推進会議のサイトに掲載されていた「ハローワークの民間開放について」(PDFファイル)によれば、公的な職業紹介事業と職業訓練事業との連携がこれまで今ひとつうまくいっていなかったのを何とかしたいというのも、民間開放が提案された理由の一つだそうです。今後そうした状況を改善していくとすれば、これまでのハローワークで引き継がれてきた専門的業務だけで乗り切っていくのは恐らく難しいことでしょう。一方、民間事業者のノウハウの全てが公的機関であるハローワークに適用できるわけではないでしょうから、そこは両者が知恵をぶつけ合って改善のためのアイディアを継続的に提示していくことが大事なのだろうと思いました(上記のPDFにも数例のアイディアが載っています)。
 どうか、実際に事業の現場にいる方には、流れを止めるのではなく国民がより泳ぎやすい流れに変えるために力を入れていただきたいものです。

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