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2005年8月

2005.08.31

東京都立日比谷図書館、区に移管

さて、既に新聞(都内版)のWeb記事や、ブログでは


でも取り上げられてますが、東京都立日比谷図書館が千代田区に移管される方針で、「25日、同区と交渉に入ることを都教委に報告、承認された。」そうです。(YOMIURI ONLINE記事より。今朝はもう消去されています)

詳しくは東京都のパブリックコメント募集(パブコメって最近よく見る手法・・・)のプレスリリースを。
ただ、働く側の立場で心配なのは、今日比谷図書館に配置されている職員さんのこと。都立図書館の職員は当然「東京都」の職員であって、恐らく今後東京都特別区に移管される日比谷図書館には残れないわけで。事務職の方はともかく、過去に採用された司書職の方はどうなるのでしょうね。他の都立館とか、都立校図書室とかに適切に配置転換されるのでしょうか。
(2005.8.31補足)
上の文章で肝心な部分が言葉足らずだったようです。言い訳しますと、文章を公開する前の推敲中にカットしなくても良い部分までカットしてしまったというのが真相で・・・。
図書館を利用する立場からすれば、実は都立であろうが区立であろうがちらでも良いのだろうと思います。区立になったとしても、これまで行ってきたサービスさえ劣化しなければ。とはいえ、今まで自分は日比谷図書館を利用したことがないので(中央図書館のみ利用経験あり)、「都立ならでは」のサービスがどこまで行われていたかよく理解できていないのですが、今後「大きい区立図書館」として機能するならそれはそれで良いのではないかと考えています。
江東区立江東図書館が設立時に都立で、途中で江東区に移管されたというのは書物蔵さんの記事で初めて知りました。規模的には日比谷と比べてそんなに大きかったと思えないので、都の職員が配置転換される際にもそんなに苦労しなかったのでは?と想像しています。ただ、都の場合、特別区と異なり司書職で採用された方が少なからずいらっしゃる筈でして、そういう方を行政の部署に配置転換するわけにはいかないのではないだろうか?と思ったのでした。別に司書職至上というわけではなくて、現実問題で考えて難しいだろうということです。まあ、業務命令で「そこへ行け」と言われれば、「公務員として」働き続けたいなら基本的には従うしかないのでしょうけれど。

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2005.08.25

わたくし的この10年+α(2)

今日ブログを見たら、いつのまにかカウンタが50,000ヒットを超えていました。昨日の夜の時点で49,989ヒットだったので、もうすぐかな、とは思っていたのですが、こんなに早いとは。皆さま引き続きよろしくお願い申し上げます。

さて、引き続き昔話。
就職して1年足らず、汎用機の操作に慣れきっていたところにやってきたUNIX。コンピュータを極力避けて通る学生時代を送ってきた筆者にとっては、UNIXに対して「コンピュータクラブのメンバーが熱心に利用しているマニアックなOS」との認識しかありませんでした。しかし覚えなければ全く仕事にならないし、ユーザからの問い合わせにも答えられないので、諸先輩方のレクチャーを受けたり、メーカの講習会に参加するなどして、どうにか基本のコマンドぐらいは使えるようになった頃、何と
「一般のユーザ向けに開催するUNIXの入門セミナーの講師役よろしく」
「!!(@_@;)!!」
という話がやってきました。
専門的なアプリケーションを応用的に使ってもらうならともかく、システム利用の基礎的なことぐらいは(予算も限られているし)手弁当でやろう、という考えだったのか、それとも若手のOJTの一環だったのか、職場内で最低レベルのスキルの筆者が、最初はアシスタント、次はメイン講師という形で数あるセミナーのうちの一つを担当することに。しかもセミナーテキストも先輩方とわいわい打ち合わせしながら手作り。
このセミナー講師は何度かやらせていただきましたが、ユーザからその場で飛び出す質問に答えたり、実習中のトラブルに対処したりと場数を踏むうちに、自分も自然と様々な操作法とかごまかし方(!)とかを身につけることができたように思います。初心者に毛が生えたような講師に担当されたユーザさんはいい迷惑だったかもしれませんが・・・。

職場でメインに担当していたのはとある数値データベースのメンテだったのですが、そのデータベースのユーザマニュアルを、汎用機ユーザ用・UNIXユーザ用の両方立て続けに作成、編集したのもこの頃のことです。今そのマニュアル類を見ると、実に不十分で恥ずかしくて穴があったら潜り込みたくなります。前出のセミナー講師の件と言い、ある意味、それでも笑って済まされるいい時代だったのでしょうね。

考えてみたらこの時代、コンピュータセンターでは汎用機とUNIXの2つのメインホストが並行して稼働していました。いずれメインホストはUNIXに移行されるという前提付きだったとはいえ、当時の上司達には予算面でも運営面でもきっと言いしれぬ苦労があったのだと心から実感できたのは、つい最近のことです。下っ端はそのようなことはつゆ知らず、目の前の仕事に取り組むのが精一杯でした。

・・・お気づきの通り、カテゴリを「図書館」に設定しているのに全然図書館の話ではありません。図書館との関わりが出てくるのはもう少し先のことになりますのでしばらくお待ち下さい。
そのように図書館歴が短いことが筆者が図書館員(ライブラリアン)としてはへっぽこであるというゆえんとなっております。まあ、それだけが原因ではありませんが。:-p

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2005.08.23

わたくし的この10年+α(1)

連れ合いが勤務先の親組織から、在勤通算10年の表彰を受けることになりました。この10年間、仕事の上で色々充実したドラマがあったみたいで、表彰を機にそうした出来事を思い出す機会が増えています。
そんな彼を見て、では自分はどうだったか?と10年前に記憶を遡らせて見ました。
・・・だめです。あまりにその頃の自分がイタくて、思い出すだけでぐさぐさきます。10年前だから何とか務まっていたのだろうと思います。若い世代を見てると、既に大学の頃にそれなりのスキル(特にコンピュータ関係のスキルはあって当たり前)を身につけた状態で就職しているのだけど、自分の場合、在学中は必修講義・演習以外でコンピュータに関わるのを徹底的に避けていたのですね。当時公共館もさほどIT化が進んでいたわけではなかったので、当初公共館志望だった自分は、まあ、就職してからでも間に合うだろう、となめきったことを考えていました。
ところが土壇場で志望替えして研究関係の機関への就職を決め、最初に配属されたのはコンピュータセンター。周囲の方は特に何もおっしゃいませんでしたが、たぶん何のスキルもない新人にがっかりされたことでしょう。とにかく、その当時メインだった汎用機の使い方を覚えるところから始まりました。似たようなものを実習ではさわっていたので(マシンのメーカは異なりましたが)これだけは何とかなじめました。そしてろくに使ったこともなかったPC。とりあえず覚えないと仕事にならないので亀の歩みで覚えようと試みました。ちなみに当時のメインOSはMS-DOS 4.0 3.3とWindows3.1。やっと汎用機とPCに慣れたと思ったのもつかの間、やがて職場のメインホストコンピュータがUNIXになる時代がやってきたのでした・・・。この続きはまた時間のある時にでも書きたいと思います。
あ、ちなみに、実際の就職は10年以上前です。なのでタイトルは10年+αということにさせていただきました。

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2005.08.20

BS2ガンダム映画一挙放映

NHK BS2で昨夜19:30から9時間半ガンダムスペシャルというのをやっています。これを見るために19:00過ぎにはシャワーを浴びて、夕食も済ませてスタンバイ。映画第1作を見終わり、富野監督インタビューが始まったあたりで眠気に耐えられなくなり、その後『哀・戦士』の半分を過ぎた辺りまで仮眠しました(深夜1:30頃帰宅した連れ合いからは「何ともったいない」と嘆かれましたが)。
そしてもうすぐ5:00。『めぐりあい宇宙』放映中です。映画はラストにさしかかりつつあります。実はガンダムを初めて見たのは20代の頃でした。筆者はファーストの本放送放映時には小学校中学年という微妙な年齢でしたが、一人いる兄はガンダム世代に該当するので、もっとなじみがあっても良かった筈です。しかし兄がはまっていたのはガンプラではなくウォーターラインシリーズなどの戦艦・巡洋艦・駆逐艦などのプラモ。ガンプラは小学校の同じクラスの男子が夢中になってなんか作ってるなあ、という程度の認識しかなく、女子の興味はと言えばアイドルやファッション・アイテム。従ってアニメの面白さを教えてくれる人は誰もいませんでした。
筆者にマンガ・アニメ好きの友人ができたのは高校生になってからのことで、その中ではガンダムは既に当然のディープな知識として身につけているべきものだったので、今更誰に尋ねることもできず。最初に映画版を見たのがいつなのかは記憶があいまいですが、たぶん、細かい場面を掘り下げて見るようになったのは、就職後につきあい始めた今の連れ合いがガンダム好きだったのがきっかけでしょう。ところがその頃には、『アニパロコミック』などで既に名場面を定番ギャグとして知ってしまっており、ガンダムのストーリーに純粋な心で感動できなくなっていたのでした。できれば、10代の頃にララァと一緒に時を見ていたかった。「帰る場所がある」ことのすばらしさを味わいたかった。そしてシャアの一挙一動にミーハーにはまっていたかった(^o^)。そう思うとかなり悔しいものがあります。

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2005.08.18

もっちもっち、もっちもっち。

ここ4週間、週に1回続いていた職場のイベントがようやく一段落し、つかの間の解放感を味わっています。
最近流れ始めたテレビCMで、ミスタードーナツの「ポン・デ・リング」のCMを目にする度になぜか心配性と化しております。CMのストーリーは、ポン・デ・ライオン(たてがみはポン・デ・リング製)とその仲間であるところのフレンチウーラー(首廻りがフレンチクルーラー製)が、ポン・デ・ライオンから外れたたてがみ(ポン・デ・リング)を2匹なかよく分け合っておいしそうに食べている、という実に心なごむ内容なのですが、問題は彼らがリングを食べている場所です。
2匹は崖をはさんでそれぞれ左側と右側に立っていて、崖の割れ目の真上にリングを置いて、割れ目の両側からリングの端と端をかじり進めています。何が言いたいかというと、つまり、このまま何も考えずに2匹がかじり進めると、やがてリングの真ん中部分はぽろっと崖下に転がり落ちる運命にあるわけで・・・。(^_^;)
というわけで、CMが流れる度に
「あーっ、やめてー!早く気づかないとドーナツが落ちちゃう!」
と絶叫しているバカはやはり筆者だけでしょうか?・・・ああ、急にドーナツが食べたくなってきました。

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2005.08.15

ミュージカル『モーツァルト!』

さて、土曜日に東京ビッグサイトを後にして、友人たちと早めの夕食を済ませた後向かった先は・・・有楽町は帝国劇場です。友人のひとりNさんからお誘いいただいたミュージカル『モーツァルト!』。小学生の頃見た劇団四季の子ども向け演目以来とんとミュージカルに縁のなかった自分にとって、実質的な初ミュージカル観劇となります。
劇場独特の華やいだ緊張感にとまどいつつも、Nさん持参のオペラグラスをお借りして席に着き、17:45に開演。休憩を挟んで21:00終演と聞いていたので、自分のテンションが3時間も保つか?寝てしまったらどうしよう?と心配していましたが、始まると面白さに引き込まれて時の経つのを忘れている自分がそこにいました。
もともとはシンガーソングライターだったという主演の中川晃教さんの歌声ももちろん素晴らしく、屈折した天才青年のイメージをしなやかに表現されていましたが、何と言っても惹きつけられてしまったのは大司教を演じていらした山口祐一郎さんの存在感です。声量たっぷりのバリトンの力強い歌声で、舞台に登場しただけでオーラを放つ美丈夫。天才作曲家に執着し手の届くところに閉じこめようとする権力者を、華やかに重々しく、ちょっぴりコミカルに演じていました。終演後劇場入口前に集まった際に友人たちからは、コミカルな演出は「ちょっとやりすぎ」という意見も出てましたが・・・。とにかく、座席は比較的舞台に近い側なのに、それでも彼が登場するたび眼前にオペラグラスをかかげて見守ってしまいました。それから、主人公の父レオポルトを演じたベテラン市村正親さん。そんなに大柄な方ではないのに、舞台の上での存在感はやはり尋常ではないものがあります。息子の才能を育て上げたと自負し、自らの死後もなおその息子から離れることのできない父親の哀しみを、安定感のある歌声とともに見事に演じきっていました。
ストーリー自体はかなり救いのない内容です。神童と呼ばれた幼き日の自分の影を捨て去ることができない青年が、あふれる才能を武器に家族や権力者の執着や、世俗のしがらみを断ち切ろうと抵抗しつつ、裏返しのもろく流されやすい性格故か、切り捨てた筈のものに心を絡め取られ、自らを孤独な死に追い込んでいきます。曲折はあったものの相思相愛で結ばれた筈の妻コンスタンツェも、彼を救うにはあまりに純粋で幼すぎ、愛を求めるばかりで与えることはしてくれませんでした。貴族という特権者ではありましたが彼の才能の煌めきを温かく見守り、彼の自立を支えようとしてくれた数少ない人物である男爵夫人(香寿たつきさん好演!)がこの物語の唯一の救いだったと思います。劇中、モーツァルト父子が対峙し葛藤する節目で流れる曲「星から降る金」。男爵夫人=香寿さんの優しく包み込むような歌声を思い浮かべるたびに何故か泣きたくなるのです。

そして自宅に戻った日曜日。近所のCDショップには、帝劇の売り場でCDを入手しなかったことを悔やみながら山口さんの出演作を探しまくる筆者の姿がありました。しかしそのショップのミュージカルCDの品揃えの悪いこと。地元で2番目ぐらいには大きいショップの筈なのに、と舌打ちしながら仕方なく山口さんのファンサイトの情報を頼りにネット通販を当たったところ、東宝のサイトで山口版『エリザベート』の在庫があることを確認できたので、早速注文しました。明日お金を振り込めば、1週間程度でCDが届くはずです。楽しみが一つ増えました。

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2005.08.14

夏コミ参加レポート

土曜の朝からバスに乗って上京したのは昨日書いたとおりですが、出かけた目的のひとつは「コミックマーケット68」への参加。もうひとつについては次のエントリにて。

朝9:30過ぎの高速バスで出発し、11:40頃東京ビッグサイトに到着しましたが、入場制限も特になくスムーズに入場できました。東ホールで目当てのジャンル(主にジャンプ系。アイシールド21、ヒカルの碁, etc.)を廻って買い物した後、一旦西ホールに出向き、ネタとして『ケロロ軍曹』の18禁本を購入。企業ブースも歩いてみましたが、あまりの人の多さと行列の長さに、冷やかしでもここに居たくないというげんなり感を覚え、速攻でその場を立ち去ることを選びました。再び東ホールに戻り、やはりネタとしてインフォメーションカウンターで『コミックマーケット30'sファイル 1975-2005』を購入した後、14時頃に友人と合流。その後の予定もあり、15時には会場を後にしました。当日は夜に東京湾大華火祭が開催予定で混雑が予測されたため、やはり閉会を待たず早々に店じまいする方が多かったようです。

さて、ネタ購入の2冊。前者は買ったまでは良かったですが、登場人物がケロン人のみ(!)にもかかわらず意外やの過激な内容に各ページを正視できない自分を、黒いコウモリの羽が生えたもう一人の自分が「度胸ないなあ」と見下ろしている状態です。
後者は2005年3月に開催された「コミケットスペシャル4」の際に発行されたコミケット30周年記念誌。掲載されている各回の開催記録を見て、さて自分が初めて参加したのはいつ頃だったか?と記憶と照らし合わせてみました。恐らくコミケット34(1988年8月13―14日)あたりが最初と思われますが、やや記憶があいまいです。そこで1988年の暮れから6年間程つけていた日記を読み返したところ、コミケット36(1989年8月13―14日)の1日目にサークル参加したとの記述が見つかりました。確かに当時銀英伝にはまり、大学の友人たちと合同誌を作って売りに行ったと思い出しました。日記によると、次の37(1989年12月23―24日;幕張開催時代の第1回)でも同じ本の売り子をしていたようです。その後の参加動向について追いかけるには日記の文面があまりに痛すぎて耐えられなかったので中止しました。恐らく38回以降しばらく飛び飛びの参加になり、再びコンスタントに参加するようになったのはここ5、6年のことだと思います。もちろん一般参加です。

・・・話がそれました。『30'sファイル』は流石30周年記念誌だけあって、米沢代表や当時を知る大手サークル作家たちの証言の他、30周年アンケート集計結果、全取材記事リストなど、読むところが多いです。資料的価値も高いのではないでしょうか。本当は国立国会図書館(NDL)や、マンガ学ひいては社会学関係の研究を行っているような大学の図書館に納本あるいは寄贈されていれば、と思うのですが、現在のところそうした館には納められていないようです。基本的にはコミケットスペシャル4の参加者への配付資料であり、残部を通常のコミケ会場でも売っているに過ぎないのでやむを得ないとは思うのですが、このまま埋もれさせるには惜しいです。

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2005.08.13

バスの中のつぶやき

 高速バスで東京に向かっています。結果報告はまた後程。
 バスの路線に「バール」を冠したイタリアレストランがあります。筆者はイタリア旅行の経験はありませんが、本場のバールを見たことのある人によれば「ちょっと違う」らしいです。なので我が家ではその店を「バールのようなもの」と呼んでたりします。
 先程高速道路に乗りました。そう言えばハイウェイカードが廃止されるそうですね。何だかETCを使えない人(クレカを作れない人)の便利が剥奪されるようで、弱者切り捨て策だなあ、と思います。ではひとまずこのへんで。

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2005.08.12

今更、船橋市立図書館蔵書廃棄事件に思う

土橋さんというのは船橋市立図書館蔵書廃棄事件の渦中にある同図書館の司書の方です。この事件については関連の記事等を流し読みしかしていませんし、あまり深く突っ込んで書くつもりもありませんが(それが今までスルーしてきた理由)、自分としてはシンプルに次のように考えています。
1)この方は少なくとも「図書館の自由」に向き合う立場にある司書としてやってはならないことを行ってしまった。
「図書館の自由」というのはその時々の政治や社会の風が吹けば簡単に飛んでしまうようなものかもしれないけれど、それをできる限り踏ん張らせるのが司書の仕事の筈なのに。
2)司書個人の思想・信条のみで蔵書の運命が左右されるのは確かに公正ではないと思う。 ただ、「著作者に無断で」蔵書を廃棄すること自体が「人格的利益の侵害」にあたるという理屈はいただけない。いちいち著作者にお伺いを立てないといけないのか?
また、廃棄基準がある場合はそれに従えば良いが、基準のない図書館はうっかり「司書の判断で捨てる」こともできなくなってしまうかも知れない。それはいったいどうなのか?

―で、この質問状に対する感想としては、確かに土橋司書の行動は突っ込みどころ満載ではあるけれど、質問をもらった側もすごく困るだろうな、と思ったわけですが・・・まあ、ここに質問状を送ろうと考えた発想はコペルニクス的だと感心しています。よく突き止めたなあ、とか。

なお、日本図書館協会のサイトに8月4日付けで「船橋市西図書館蔵書廃棄事件裁判の最高裁判決にあたって(声明)」(注:PDFファイル)が出ていました。(Copy & Copyright Diaryの記事など)

メインの内容は 「図書館と図書館員は『図書館の自由に関する宣言』と『図書館員の倫理綱領』を守り、収集や除籍等の方針、基準、手続きを明文化して公開しよう」というものでしたが、上で触れた2)の「著作者に無断で廃棄しちゃいけないってどうよ?」問題については触れられていませんでした。「図書館の自由」の今後に対して漠然とした不安をぬぐい去ることができません。しかもその不安の正体が何であるかを語れる言葉を自分は持ち得ていないので、ただただ苛々するばかりです。

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2005.08.10

筑波大学の学群再編

既に複数のブログで報じられているとおり、筑波大学の「第三学群情報学類」と「図書館情報専門学群」が2007年4月以降は「情報学群」に再編されて、「情報科学類」「情報メディア創成学類」「知識情報・図書館学類」になるそうです。
所詮組織など、政府の方針とか偉い誰かの思惑とかでどうにでもなるのだと知ってしまった今、学群再編自体には「ふーん、そう」という感想しか持ち得ません。しかしながら、図書館情報専門学群はかつての図書館情報大学を受け継ぐものなわけで、一応関係者としては、「図書館情報」という名前がなくなるのはそれなりに衝撃だったりします。やはり図書館情報学という学問分野への期待度の低さが反映されているのかもしれません。確か創設当時の学長が中黒(・)をつけないことに意味があるとか言っていたと記憶するのですけれど、今の先生方の考え方は違っているということなのでしょうか。もっとも、「情報・図書館学」というのは大学創設の検討段階で一時的に上がっていた名称ではあるようです。(参照過去記事:「図書館・情報学」?「図書館情報学」?

・・・こういうつぶやきって関係者だけの縄張り意識と解釈されてしまう可能性がありますし、実際そうなのかも知れません。でも関係者だからこそ気になって仕方ありません。どうか見逃してください。
再編のニュース自体は「愚智提衡而立治之至也」の一報で存じていましたが、頭の中で折り合いを付けるのに時間がかかっていました。時間がかかった割には全く疑問が払拭できていないのでこんな中途半端な書き方になってしまい、それがまた自己嫌悪。

<関係記事>

愚智提衡而立治之至也」の記事「日常

図書館雑記&日記兼用」の記事「筑波大学の学群・学類の再編について

筑波大学「学群・学類の再編について(平成19年4月予定)」 ※PDFファイル

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2005.08.07

小樽市鰊御殿復活!

昨年9月8日の北海道への台風18号来襲による未曾有の被害を被り閉館に追い込まれていた小樽市鰊御殿が、その後の修復工事により無事復活し、今年の7月16日から公開を再開したそうです。ふと「あの建物はどうなった?」と気になってGoogleを「小樽にしん御殿」で検索したところヒットした「にしん御殿が復活!!」(夏・北海道…ウレシイことだけ!@小樽)の記事で知りました。

1年近く前、昨年9月末の北海道旅行の際に訪れ、塔屋が吹っ飛ぶなど無惨な壊れっぷりを目にしていただけに、復活は実にうれしいことです。20数年前、札幌で暮らしていた子どもの頃の記憶によれば、確か中に当時をしのぶ展示品もあったように思いますが、果たしてそれらは無事だったのかが一つだけ気になるところではあります。とにかく貴重な歴史的建造物が復活して良かった良かった。

ちなみに小樽市鰊御殿のサイトはこちら↓

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2005.08.05

半端カタロガーのつぶやき

 職場の夏休み子ども向けイベント対応に追われたり、暑さにうだったり、暑気払いと称するあちこちの飲み会に顔を出したりしているうちにいつの間にか8月になっていました。特に子どもへの対応は、普段子どもとのふれあいがないことや、元々社交的な人間ではないこともあって、気づくと結構神経がすり減ってます。買い物に行くとよく、小学校入学前の子どもさんを2人も3人も引き連れている(しかも1人は乳母車乗車など)お母さんを見かけますが、世間のそうしたお母さん方を改めて心から尊敬するのは、様々な子どもに向き合って自分の心臓が汗をかいている、そんな時です。

 さて、そのような合間にも時々図書や雑誌の受入作業を行います(新着だけでなく遡及入力もあり)。大抵は書誌データが目録システムに登録済みですが、たまにないものもあるため、そうすると書誌の作成を行う必要も出てきます。筆者のカタロガーとしての知識はかなり半端なので、コーディングマニュアルをちらちら見つつもたもたと作業に励むのが通例です。そうしたカタロギングの街で見かけた書誌情報源(雑誌)の実例。

昭和X年度の誌名:○○試験成績書
昭和X+1年度の誌名:○○栽培試験成績書
昭和X+2年度以降の誌名:○○栽培試験成績概要

 ちなみに上記の雑誌、責任表示は同一です。しかも内容的に明らかに変遷関係あり。誌名が別なので全部別書誌を作らなければなりません。作業そのものが難しいわけではありませんが、ちょっと手間がかかります。しかも雑誌によっては、責任表示の記述方法も毎年少しずつ変化していたり、また、情報源が表紙しかなかったり。
 こうしたパターンは実はうちの図書館で所蔵している雑誌にはよくあるのですが、見る度に「大概にせえ」「もっと考えてから出版しろ」「今時同人誌だって奥付ぐらいついているぞ」と心の中でつぶやいております。

 でもそんなセリフも図書館で働けているからこそ言えるのでしょうね。できることならずっと図書館に関わっていたい、と思いつつ、今の職場に来てからの年数や、自分の年齢を考えると、本人の意志にかかわらずきっとそうさせてはもらえないんだろうな、と考えると少しせつないものがあります。

 以上、脈絡のないたわごとでした。図書館業界用語がてんこもりですがご容赦下さい。

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