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2006年2月

2006.02.28

下戸のゆううつ

 あの図書館の問題とか、日曜日に行ってきたミュージカルの感想とか、書きたいことは山ほどあるのに、最近早すぎる春眠が集中的に襲ってきます。気づいたらこのような時間に。まあ、ぼちぼち書かせていただきます。

 今から寝て起きて夕方は仕事がらみの飲み会です。どこに出しても恥ずかしくない立派な下戸、しかも飲んでも理性を保ったままゲロゲロになるタイプ、更に言えばあまり社交的ではない質なので、あまり人柄や仕事ぶりをよく知らない人たちとのお酒の席ではお酌もそこそこに、どこかで勢いをつけてしゃべるぐらいしか能がありません。しかも体調の都合や相手との相性などで自分的に火が点かない場合はローテンションのまま辛い時間を送ることも結構あります。どこで話題の共通点を探り、火を点けていくかが勝負のしどころです。それでも他の人より口数が少ないのは否めないのだけれど。

 もう一つ、自身の致命的な欠点として、「食べたら(どこでも)眠くなる」体質というのがあります。これは恐らく低血圧に起因するものと思われますが、この体質のためいくつか失敗をしている他、家庭内でも重要な会話中に居眠りするなどたびたびひんしゅくを買っています。これは酒量と異なり自分ではコントロールの効かないもの(事前にカフェインを摂ってもだめな時はだめ)ですので、今回の飲み会でその癖が出ないことを願うばかりです。

 何だかヤマなしオチなしイミなしな話ですみませんが、取りあえず起きたら肩の力を抜いて臨んでくることにします。

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2006.02.25

色バトン

 G.C.W.さんから「色バトン」というものをいただきました。最近こちらの更新ができていなかったのでこれはいい機会だと思いまして(^^)、答えさせていただきます。

Q1. 自分を色に例えると?
オフホワイトと紺色とモカ系茶色が混ざりきらずに混沌としている感じでしょうか。
でもウルトラマリンな部分もどこかにあるのかも。

Q2. 自分を動物に例えると?
理想は猫。でも数年前に流行った「動物占い」は子守熊(コアラ)で、しかもかなり当たっていました。

Q3. 自分を好きなキャラクターに例えると?
好奇心で生きてる所:ジュン(ゲーム「どこでもいっしょ」)
だらだらしてるけど意外にちゃっかりしてる所:コリラックマ
ヘタレだけどやるときはやる所:ガスパール(「リサとガスパール」)
…しかしこの質問のどこが「色」なのか謎です。

Q4. 自分を食べ物に例えると?
鏡もち。(そのココロは?)固いけど、料理すれば食べられないことはない。
…だからこの質問のどこが「色」?

Q5. 次に回す4人を色に例えると?
何色の方でも結構ですので、どうぞどなたか受け取って下さい。
#回したい先は何カ所かあるのだけど、みんな忙しくて答えてくれなさそうな気配なので…。
受け取ったらこちらへトラックバックいただけるとうれしいです。

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2006.02.20

週末雑感(図書館話メイン)

 先週金曜日の午後から、職場関係の団体主催で開催されたとあるセミナーを受講しました。あまり細かくは記しませんが、ある手法を用いて学術雑誌同士の関係性を計量書誌学的に分析するという実習に取り組み、普段そういうことをほとんど行う機会がないこともあって、純粋に面白く時間を過ごすことができました。学生時代は途中まで公共図書館志望だったこともあって計量書誌学は受講しようとも思わなかったので、余計に新鮮だったのかも知れません。あまりに楽しかったので、手書き状態になっていた実習結果を、夕方職場のPCを借りてじっくり清書までしてしまったぐらいです。

 ところで、ここ最近根を詰めて行う仕事が多かったためでは決してありませんが、身体のバイオリズムの関係もあって、時々頭痛薬のお世話になります。なるべくなら薬に頼りたくないというのが本音ではありますけれど、頼らないと仕事にならないどころか日常生活も危ういのでそこは妥協して、1ヶ月に2、3錠程度どうしても我慢ならない時に限って服用しています。
 そんな中、京都大学附属図書館のメディア・コモンで学生が不適切映像テープを持ち込み視聴しているのが発見されたという、頭痛の増すような珍事件が起きてしまいました(情報源:ZAKZAK2006年2月16日記事)。
 古来より京大生の羽目の外し方は尋常でないと聞いていたので、「京大生がやった」ということ自体には別に意外性は覚えませんでしたが、あまりにも含羞のない行為ではあるなあ、と思いました。あそこの学生が羽目を外しても大目に見られていたのは、伝統文化としての反骨精神の継承者として理解されていたからと思っていますが、今回の事件には反骨精神のかけらも感じられません。 ただ、ZAKZAKの元記事には、大学側が施設を提供するだけでなくその内部で起きていることに責任を持つべきだ、という論調で目撃者の証言が記されていましたが、個人的にはそこだけは伝統を重んじて、できるだけ学生のモラルを信頼する形をとり続けて欲しいと考えます。

 もう一点、図書館にまつわる雑感。とあるブログで、かなり大きい図書館の方が匿名ではありますが所属を明記した上でご自身の所属先を批判する内容も含んだ記事を執筆されているのを見かけました。図書館情報学とは別にきちんと専門をお持ちの、大きいプロジェクトに参画できる立場にいらっしゃる方のようですので、ノンキャリアへっぽこ司書の筆者とは全く違う立場であることは了解しています。わかっていますが、それでも、所属を明らかにし、また(少なくとも同じ職場の方には)個人が容易に特定できるような状態で言論活動を行うことができるという立場を羨ましく思わずにはいられませんでした。多分我が職場では、「所詮事務屋が何を言うか」的な扱いで終わってしまうと思います。それ以前に、自分が日頃ブログに書き散らしているような内容が実名でお天道様(Internet)の下にさらして職場に影響力を持つようなものとは全く思えませんけれど。

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2006.02.16

日常短報&JLAメルマガ最新号

 今朝は寝坊しました。追い打ちをかけるように、タイマーを仕掛けておいた洗濯機は洗浄の途中で何故か電源OFFに。8年選手の洗濯機には最近よくあることとはいえ、軽いダメージ。普段なら夜に洗い上がるようタイマーを仕掛け直すところですが、悪いことに今日は昼間アパートが電気工事のため停電予定。結局1時間遅刻する道を選び、人生二度目ぐらいの「朝マック」をしてから出勤と相成りました。ソーセージエッグマフィンはハンバーガーよりはるかに美味しい(というより自分の味覚的に好みである)ことがわかりました。

 午後は昨年の図書館総合展で知り合ったとある方が我が館の見学にみえられました。こんな小さくてサービスも地味な図書館を見ていただく申し訳なさと、自分の説明のつたなさに動揺しながらも、近隣の他の施設もご案内し、気づいたら制限時間ぎりぎりになっていました。うーん、あんな説明で良かったんだろうか、と未だに自問自答しております。本当、未熟者ですみません…。

 夜帰宅したところ、JLAのメールマガジンの最新号に「自民党、国立国会図書館の独立法人化を提起」という記事が掲載されていたとの情報が連れ合いからもたらされました。2月10日の自民党の「提言」についてはこれまでも報道されてきましたが、今回のメルマガには自民党が抱いている、より具体的なイメージが示されていました。以下引用です。

国立国会図書館の独立法人の「イメージ」として、両院の議院運営委員会の共管、職員身分は非公務員、組織は調整室、収集・書誌局、資料提供局、主題情報局、調査室の3局2室、業務範囲のスリム化を図り、会計は企業会計、財源は運営費交付金を措置、チェック機関として議院運営委員会所属委員と外部有識者による両院合同の評価委員会を設置、などが謳われている。

 こうした事実の羅列から裏目読みするという作業があまり得意ではありませんので、「両院の議院運営委員会の共管」や「業務範囲のスリム化」に込められた真の意味をすぐに読み取ることはできません。ひとまずはどなたか詳しい方の解釈を待ちたいと思います。

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2006.02.12

国立国会図書館、独法化提言に反論する

 国立国会図書館(以下、NDL)の法人化問題。自民党行政改革推進本部がまとめた「国会事務局改革に関する提言」について2月10日に推進本部総会で可決されたそうです。

 国会事務局改革案:国会図書館が独立行政法人に?(MSN毎日インタラクティブ)
 国会図書館は独立行政法人に、自民が国会事務局改革案(YOMIURI ONLINE)

 さてNDLではこの動きにどう考えてるんだろうか、と思っていたら、何と同館で2月10日に以下のような異例の記者発表が行われました。

 [PDFファイル]国立国会図書館の役割について(NDLサイトより)

 本文中で「当館としては両議院の議長及び議院運営委員会の指示に従うものであって、政党の『提言』についてコメントする立場にありません。」と言いつつ、国立国会図書館が国会と国民の双方に対し果たすべき役割についてかなり踏み込んで言及した内容になっています。こういう主張を迅速に発表できるところにNDLのプライドとそれを裏打ちする底力を見たような気がしました。

 この声明で同館が最も声を大にして言いたいことの一つは「◎ 国立国会図書館のあり方を考える上で留意すべきこと」の項に記載されている、

行政府の管下に入ることは考慮外としても、府省と対等な関係に立って活動できること(行政情報の入手、行政府の提案に係る法案の分析評価)

なのではないかと勝手に推測しています。昨年国立国会図書館法の改正で施行された実質的な館長の格下げ(それまでは国務大臣と同等待遇であると規定していた条文が削除された)に対する不服の意がこの一文から強く伝わってくるようです。加えて、

■国民へのサービスに支障が生じないようにすることが必要です。
・全国の公共図書館、大学図書館、専門図書館、外国の中央図書館と連携協力して行っている我が国の中央図書館としてのサービス

の一文に、国内外において「我が国の中央図書館」たる役割を果たしている当館そのものを格下げしてしまって本当に良いんですか?という静かな訴えが込められていると感じられます。

 また、産経新聞で「副業」呼ばわりされていた電子化事業については取りあえず触れられていませんが(そもそも自民党の『提言』でそのことに触れているのか不明)、それはまた次の段階での戦う材料になるのかな、と思っています。

 それにしてもまだ今回の自民党の「提言」の原文をどこにも見つけられずにいます。自民党行政改革推進本部のウェブサイトにもまだ掲載されていないようです。「提言」でどのようにNDLについて言及され、また同館側の反論が提言のどの部分に対応しているのか、などについて早く知りたいところです。

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2006.02.08

『長い長いさんぽ』

長い長いさんぽ
須藤 真澄著

 作者である須藤さんの昨年他界した最愛のねこ「ゆず」。ゆずの一周忌である2006年1月16日に発売された(注:奥付の発行日とは異なります)この本には、彼の生前の近況を報告した短編数作と、その死に至る経緯から火葬場までの道行き、弔いまでを描いた表題作、そして新しい子供たちを迎えての後日談が収録されています。
 16年間共に暮らしたゆずとの、「最期を看取れなかった」という悔いも大きい別れ。泣き狂い、ゆずの遺体を抱いて眠り、魂に語りかけ、火葬の窯の前で手を叩いてゆずを呼び続ける作者自身の姿の、実に生々しい冷徹な描写に却って涙を誘われている自分がいました。
 火葬後に骨箱から灰と骨を一つ一つ手作業できっちり仕分け、骨のみを入れた骨箱を手元に残し続ける作者たちのこだわりには、もしかしたら賛否両論あるかも知れません。自分ももし同じ状況に置かれても多分ここまではできないだろうと思います。

 ただ、骨箱を庭などに葬らない気持ちだけは論理的な面で分かる気がしました。今後、何かの事情で住む家を替えた場合、今暮らす家に埋葬した子は言ってみれば置いてきぼりになってしまいます。自分も子どもの頃に住んでいた遠隔地にある借り上げ社宅、つまり人ん家の庭の土にペットの鳥を埋めてきましたが、何かの拍子に「あそこにあの子はいる」と思い出すことがあります。
 もっとも、交通の便が良くて訪ねて行きやすい海や山にいわゆる「散骨」をして、ここに来ればいつでも会えるね、と割り切るという方法もあるにはあるわけでして。作者は新しい子猫たちがやってきた今でもきっと、そこまでは割り切れていないのでしょうし、これからも割り切られることがあるのかは疑問です。それが、現世では決して面と向かって対話することのないゆずの魂への、唯一見える形での作者なりの愛情の示し方なのかも、と思いながら本を閉じました。

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2006.02.02

国立国会図書館、独法化へ

 今日出張から帰ってきて、
 国会図書館、独法化へ 自民行革本部、国会改革の目玉に(Sankei Web)
のニュースを知って呆然としております。

 確かに公の仕事を必ずしも公務員がやる必要はない、とは思います。しかしまず一つ問題にしたいのは、国立国会図書館(以下、NDL)のデジタルアーカイブなどの電子化業務が「副業」と見なされていると言うこと。実際、NDLの本来業務は「国会議員の立法、調査活動の補佐」であるわけですが、情報資源の保存も立派な業務の一つだと思います。「副業拡大を自由に行えるメリット」とか産経新聞では言っていますが、今回の法人化の話は国家が保存すべき情報資源に対して政府が確固たる責任を放棄する、ひいては政府が情報資源を手元から棄てるということであるとしか筆者には解釈できません。これは国立美術館・博物館が法人化された時にも感じたことです。

 また、これは組織面の話ですが、NDLは国の各省庁に支部図書館およびそれらの分館を持っています(国立国会図書館行政・司法各部門支部図書館及び分館一覧(NDLサイト内))。この支部図書館制度は「行政及び司法の各部門に対して図書館サービスを提供する」というNDLの目的の一つを果たすためのシステムです。確か、かつて支部図書館分館であったとある国立機関の図書館が、その国立機関が法人化した時に支部図書館分館の資格を失っていたように記憶していますが、さて、NDLが法人化した暁にはどうなってしまうのかが疑問です。シンプルに国立国会図書館法自体が改正されて行政・司法部門へのサービスは引き続き保証されるのか、それとも支部図書館制度そのものが無くなってしまうのか。
 国が有しているあらゆる財産を切り離し、身軽になった国には一体何が残ると言うのでしょうか。背筋が寒くなりました。どなたか民主党の先生あたりに何とかしてほしいところですけれど、失礼ながら日々ニュースなどで見ている様子では太刀打ちできるようには見えません。今日は怒りの余り、何かと書き方が飛躍してしまっているかも知れません。すみません。

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一寸の図書室にも五分の魂

 出張で静岡方面に来ています。
 仕事の本番は水、木曜日で、火曜日は途中で我が職場の地域キャンパスに寄ってきました。うちの職場は何度か移転を繰り返しておりますが、ここのキャンパスが歴史的には創設の地であり、構内には謂われのある樹木や歴史上の人物が関わった建物の遺跡などが点在しており、なかなか見応えがあります。

 外部非公開で規模は大きくないものの図書室も設けられています。PC用のデータベースソフトを使って独自に資料所蔵データベースが構築されている他、本館(筆者の勤務先)では行われていない新着資料案内メルマガまで発行されているなどなかなか充実した図書室活動を行っています。
 これはひとえにキャンパスの図書委員を長年引き受けて下さっている研究員の方の熱意と力量によるものですが、図書室の日常業務をお願いしているパートタイマーの方の努力にもよる面が大きいようです。
 ここでは共通の図書館システムを便利に使うのと並行して、小回りのきく独自データベースが活用されています。新着案内のメルマガも、このデータベースから整形出力されたレコードから作成されているとのことです。しかし、独自のデータベース構築は、長年ここのキャンパスに相互協力館間共通の図書館システムが導入されていなかったために発達したものであり、本来であれば早急に共通システムに統合されるべきなのかも知れません。パートの方は共通システムと独自データベースとで二重に入力作業を行っているので、大変と言えば大変です。

 長いものに巻かれて楽をするのが大好きな普段の筆者であれば、そんな独自方式は止めてしまえ、と言っているところなのですが、今回に限っては、これはこれで「あり」なのかも、と思いました。確かにやり方を効率化しようとすればやりようはありますけれど、細かいやり方よりも「普段みんなで使っているこの図書室を、自分たちの力でもっともっと使いやすくしよう」という委員さんとパートの方の心意気が感じられたのです。
 ただ、心意気とアイディアが良くても器が不十分だと活かされません。例えば電子ジャーナルの利用サポートなどが図書館という器(媒体)を上手に使うための手助けだとすれば、そうした援護を行っていくのが本館の仕事なのだろう、と改めて考えた出来事でした。

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