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2006.03.07

『屋根の上のヴァイオリン弾き』感想

 もう1週間以上前の話ではありますが、遅ればせながら感想をアップしておきます。

 2月26日、日生劇場で上演されたミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』を観てきました。行けなくなった友人の代理で急遽決まった観劇でして、「昔森繁さんがロングランでやってたヤツ」ぐらいの認識しかなかったため、取り急ぎ公式サイトを流し読みしました。日露戦争と同時代の帝国崩壊を目前にしたロシア、ユダヤ人迫害…どうやらかなり重そうなテーマを抱えた物語らしいという印象を受けました。恥ずかしながら、屋根の上のヴァイオリン弾き=常に足下の危うい流浪の運命を背負ったユダヤ人の象徴、であることを初めて知った次第です。
 しかし実際に観賞後に心に残ったのは、迫害の中にあっても篤い信仰と誇りを持ってたくましく生きるユダヤ人達の明るさでした。確かに主人公テヴィエの3人の娘達が親の意志に背いて選んだ順風満帆とは言い難い結婚や、定石のハッピーエンドではない終幕など、決して軽くはないお話でしたが、ユダヤの人々、特にテヴィエ夫妻のにぎやかで温かく、かつ毅然とした、何昔か前の日本人をも思わせるキャラクターが、物語全般のトーンを心地よく作り上げていました。
 このミュージカルが、日本で40年近くもの長きにわたり再演を繰り返し、愛されてきた理由がわかるような気がします。

 要の一つである音楽についてですが、『屋根ヴァ』はミュージカルとは言ってもストレートプレイの度合いが強いようで、案外「ここが聴かせどころ」的な場面は少なかったりします。もちろん音楽は切っても切れない大事な要素ではありますが。
 私的な聞き所は大学生で後にシベリア流刑となる吉野圭吾さんと、次女役剱持たまきさんのデュエット「すべてが今はこの手に」でした。何と申しますか、辛い状況下でも常に未来を見据えて生きていく若い力が込められていたと思います。
 長女役匠ひびきさんはほとんどソロで歌うシーンがなく残念でしたけれど、ダンスはやはり隙のない所作をされていると思いました。
 市村正親さんの舞台を引っ張っていく力は言うに及ばず。飲んべえだけど神との対話を欠かさず、家族の幸せを心から願っている親父テヴィエを見事に演じきっていらっしゃいました。
 三女役のあさみんちゃんについては、失礼ながらスタートでちょっとつまずいてしまったアイドル、という知識しかなく、ちょっと心配していました。実際のところ、歌うシーンがほとんどない、可愛くあることが全てのような役なのであまり評価のしようがなかったのですが、声の出し方とか、ダンス技術とか、もうちょっと修行を積んでくれないかな、とついオバさんはツッコミを入れてしまいました。
 同行した友達から教えられて驚いたのは長女と結婚する貧しい仕立屋役の駒田一さん。純朴で気弱だけど誠実、という仕立屋さんのキャラクターをコミカルに演じていらしたのだけど、4月に東京でも上演される『レ・ミゼラブル』では対照的な悪漢テナルディエを演じられるとか。ちょうど筆者の観劇予定の日が駒田さんの出演日なので、楽しみにしておきたいと思います。

 以下は余談。
 観劇の日が通算上演1300回に当たっていたので、もしかしたら特別なカーテンコールがあるかも?と考えていましたが、特にそういうのはありませんでした。
 ただ、もしかしたら、「いつもより1回多めに幕を上げてます」みたいなのはあったのかも知れません。気が付かなかったけれど。

 もう一つ。1幕目、かなり年の離れたテヴィエの長女との婚約を申し出る肉屋とのかけあいを見ながら、
「親子ほど年の違う結婚って、市村さんそのものじゃん。…いかん、よそ事を考えてはだめだ、パッパッ」
と邪念を振り払っていたところ、どうやら同行の友人も同じことを考えていたらしいことが休憩時間に判明(^^;)。筆者は気づかなかったのですが、どうやら幕間ににぎやかしく市村さんの結婚話をウワサされていた方がいらして、連想せざるを得なかったようで。

 物語の上で肉屋さんの願いは結果的に叶わなかったわけですが、市村さんはめでたし、で良かったなー、とつくづく思いました。

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