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2007年1月

2007.01.27

最近の小言・小ネタ(その2)

 超亀な反応ではありますが、青山七恵さんの芥川賞受賞。デビュー作が第42回文藝賞を受賞された時には、もう1人の15歳の受賞者に話題をさらわれてしまっていましたが(その際の自分の記事はこちら)、今度は直木賞に該当作が無い中での単独受賞。別に出身校つながりというだけでそれ以外に何のつながりも無いのだけど、やっぱり素直に喜ばしく思っております。
 取りあえず、今は消滅してしまった学校の名前まできちんと経歴に書いてくれた文春と読売新聞にありがとう!と言いたいです。別に筆者がありがたがる必要は全くどこにもないわけですが、何故かそう言う気持ちが湧き起こってきたのは不思議な気がします。
 ちなみにそれぞれの記事へのリンクは次のとおりです。
 文藝春秋|各賞紹介|芥川賞
 第136回芥川賞に決まった青山 七恵(あおやまななえ)さん 23 : 出版トピック : 本よみうり堂 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

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最近の小言・小ネタ(その1)

 勤務先で、電子ジャーナルの契約の関係で頭を痛めることが多くなってきています。利用の少ないタイトルは購読をカットしろだの(購読規模が維持できないと利用料が値上げされるジャーナルパッケージもあるのに)、複数の図書館で契約しているプリント版は1館にカットしろだの(プリントとオンラインが1セットになっているジャーナルはどうする?)、各図書館がこれまでそれぞれに努力してきているのに、追い打ちをかけるような経営方針が投げかけられてきます。
 他を見渡すと、例えば国立大学では共同での交渉による電子ジャーナルの値引きも実現できており、シリアルズ・クライシス問題もほぼ落ち着いたということで、いかに学術情報をグローバルに共有するかという次のステップに進んでいるようですが、こっちは未だにそんなことをやっています。情けない限りです。
 結局のところ、出来ることはやるけれど、出来ないことは出来ない、と言い続けて、経営者側にもどうして出来ないのかをちゃんと説明していくしかないとは思うのですが。でも筆者、言い訳下手なんですよね。そういうことを言っている場合じゃないとは分かっているのだけど。

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2007.01.19

図書館な雑談

 公共図書館の民営化議論。私的には結構どうでも良くなりつつあります。自身もブログに記事を書く時は割と真面目に書くことを心がけているけれど、主に議論に参加されている方々のように真剣かつ理路整然と書くのは得意ではありません。多様な議論を追いかけて自分の考えをまとめるのも最近しんどくなってきております。当たり前ですが多くの人にとっては「図書館=公共図書館」であることも、気持ちを萎えさせている原因の1つです。大切な存在と考えているにもかかわらず、筆者の日常業務上では最も関わることの少ない図書館であるが故に、きちんとその良さを語れないのが悔しいというかなんというか。

 自機関の図書館以外の蔵書をOPACに公開する・しないの件では、はてブで17userもブックマークが付いたので仰天しました。はてブのコメントを読ませていただき、所蔵データを登録公開したとしても、その本を相互利用に供するか否かということはまた別問題であり、割り切って考えるべきなのだと、改めて考えなおしております。

 日常の業務において、こうした瑣末事にちまちまこだわってるのは嫌なのですが、どこかでクリアしておかないと先に進めないのもまた真実。瑣末事を無視してひたすら大局だけを見て働けるほど器が大きければ良かったんですけどね……。ブログもまたしかり。どうでも良いことに囚われず、記事を構成するために必要な最小限の理屈を畳みかけて収斂させていく上手い文章を見ると、もうぐうの音も出なくなります。仕事の処理もこんな風に段取りよくさくさくと快適に進められると良いのに、等々とつい考えてしまうのでした。

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2007.01.14

図書館で所蔵データを非公開にする理由

 筆者の勤務先で利用している図書館システムというのは、目録上での資料の所蔵の公開・非公開を、システム接続機関グループ内部・外部に分けて行うことができる仕組みになっています。つまり、ある機関の図書館が、システム内部で個々の所蔵データに対して「非公開」のフラグを立てておけば、その図書館の所蔵情報はグループ内部にのみ公開され、外部の機関には一切公開されない、という仕様です。
 うちのグループの図書館で外部非公開にする所蔵データとは例えば、研究室の蔵書。それから、部内限り資料。後者については、数年前にグループ内の上位部署からのお達しで「図書館で保存する場合も、部外者には非公開にする」ということになったため、書誌や所蔵データの登録すらされていないものがほとんどですが、問題は前者。
 NACSIS参加館だとそうした蔵書の所蔵データは原則として全部公開にして、複写や貸出といった相互依頼が届いたら、対応できるものであれば研究室に依頼し、対応できないものであればその都度謝絶すれば良い、という考え方だったと思います、確か。だから、その原則から言えば、OPACで資料の所蔵を外部非公開にするのは恐らく間違っているのでしょう。第一、最近あるOPACのデータを加工してRSSに出力し、一般向けの新着所蔵案内に利用するなどという運用も、外部非公開のデータがあると出来ないわけですし。新機能を盛り込みたい図書館システム開発担当者にとっては、所蔵を非公開にすること自体が鬱陶しいことに違いありません。

 研究室蔵書にはよく、カギをかけた書庫に保存するほどではないけれど、その分野では垂涎の的になっている本というのが紛れていたりします。図書館にいた頃、何度かそういう図書をNACSIS-CATや個別の大学のOPACで発見し、時には直接担当図書館に電話確認などして助けられたことがあり、ああ、所蔵データの公開って何てありがたいんだろう、と落涙したものです。
 ところが依頼を受けた場合どうかと申しますと、研究室の方、昼間は実験やフィールドワークなどで結構不在だったりします。研究室付きのパートさんや出入りの学生さんに伝言を頼んだり、部屋のリーダーの方にメールを送ったりして、やっと借りられるようなことも多いです。時には、そこまでしても数日間連絡が付かないというケースなども時々あります。加えて、連絡がついた場合でも、今度は図書の現物が見つからない、というケースもあったりします。そう言う時は研究室の方に探していただいたり、時には図書館員が直接研究室を家捜ししたり、ということもあります。
 そういう対応がわずらわしければ謝絶すれば良い、と割り切っても良いのかも知れませんが、所蔵を公開している限りはよほどの貴重書でない限りは何とかしてあげたい、と考えてしまうのが図書館員の心情です。

 ということで、個人的にも、そして、図書館業務を担当する立場としても、オンライン目録の所蔵データは外部公開を原則にした方が良いと思います。しかし、相互依頼業務に直接対応できる人数が1人か2人しかいないような図書館にそれを強いることは出来ない、とも思ってしまうのです。組織改編や人員削減のあおりで、対応できる人数が減ることはあっても、増えることは決してありません。
 オンラインで公開されている所蔵目録情報の恩恵に預かるだけでなく、自らも恩恵を提供するというのが図書館の相互協力の原則ですが、意外とこんなことが足かせになってしまっています。
 ……小耳に挟んだ所によると、一部には、「対応できない」という理由で研究室だけでなく図書館の蔵書(部内限り資料にあらず)の所蔵データまで非公開にしてしまっているところもあるらしいのですが。そういう所は自分の首を絞めているだけなので放っておけ、と思います。

 あと、これは的外れな疑問かも知れませんが、研究室蔵書の中には、図書館の資料購入費で買っているものだけでなく、研究費で買っているものも多く存在します。科研費で買っている本など少数の例外を除いて、研究費で買った本も全部図書館システムに登録し、機関の蔵書として取り扱っているわけですが、では、それらは財産上はともかく、図書館として本当に管理すべき本なんでしょうか?相互依頼でやりとりする対象にしてしまって本当に良いのでしょうか?
 まあ実際は、費目の違いだけであってその機関の予算で買っている本であり、図書館はそうした本をひっくるめた「機関で所蔵している本」の管理を任されていると考えれば、問題ないのかも知れませんけれど、何だか人の褌で相撲を取っているようなそんな違和感は常に心のどこかにあります。図書館の本でもないものに対して「他の機関に貸し出して」とか「所蔵データに載せて」とかあまり強いことは言えないんじゃないかと、そういうつまらないことで悩んだりしているのでした。

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2007.01.13

1年の計?

 今年の元旦~2日にかけて帰省した際、往復の道すがら書店に寄って購入したのはこんな本でした。

 (元旦購入分)
 となりの801ちゃん / 小島 アジコ著. 宙出版 (2006.12)
 (2日購入分)
 辣韮の皮 1 / 阿部川 キネコ著. ワニブックス (2002.2)
 辣韮の皮 2 辣韮の皮 3 辣韮の皮 4
 シャアへの鎮魂歌 / 池田 秀一著. ワニブックス (2007.1)

 文章本でもマンガでも読むのが遅いので、やっと『辣韮の皮』以外を読了したところです。『801ちゃん』は28歳の男性から見た所謂「腐女子」の彼女とのおつきあいを、下書きっぽい4コママンガ形式で描いたもの。現在もブログで連載されています。読んでると作者も十分オタクなのだけど、それでも腐女子ってやはり違う生き物に見えるんだなあ、と不思議。801ちゃんは……色々な意味で若いなあ、と思いました。
 池田さんの御本は、書店で偶然見かけて衝動買い。内容は、「シャアとわたくし」(笑)でした。ガンダムつながりだけど流石に元の奥様のことは書かれていないのね、と思う自分の汚れ加減はどうかと思いつつ、池田さんが旧Zガンダムでのシャアの情けない扱いに違和感を抱いていたが新作Zを演じることで気持ちに折り合いを付けることができた、というくだり等を興味深く読ませていただきました。鈴置さんや井上瑤さんとのエピソードが泣けます。あと、エピソードの端々から見える池田さんの酒豪っぷりが微笑ましいです。

 そして『辣韮の皮』。地方の高校の漫研メンバーの暴走するオタクな青春を描いた4コママンガです。ずっと前から気にはなっていたのですが、2日に非常につまらないことで機嫌を悪くしていたこともあり、八つ当たり的に1~4巻を一挙購入してしまいました。実際は5巻まで出ているようですが、そこの書店にはなかったので未購入です。
 日常の合間合間に細切れで読んでいるので、ようやく2巻まで読了。彼らの高校生活は、自分がその年頃に「こんな生活してみたい」と思っていた暮らしそのもの。つまり、この年齢になって振り返るととてもイタタな感じなのだけど、その痛さ加減が絶妙で面白いのです。しかも、ごく断片的には彼らに類した生活を送っていたので、懐かしさもこれまたあったりして。で、月刊誌連載でコミックスが5巻まで出ているということは、若い読者層にもそれなりに受けて長期連載されているということなんでしょうね、これ。連載誌まで追いかける根性はありませんが、続きを読むのが楽しみなマンガが1つ増えました。

 これから1年、こうしてまたずるずるとはまり物が増えていくのでしょうか……。

(追記)
 ところで筆者、『辣韮の皮』2巻の年越し名作上映会で出てきた特撮ドラマ『緊急指令10-4・10-10』、リアルタイムで見た記憶があります。物心ついたばかりの頃だったので、内容まではほとんど覚えてませんけれど、円谷プロ制作だったと今回初めて知りました。30年以上記憶の奥底に封印されていたのに、このマンガのせいで無性に見てみたくなっております。どうしてくれよう。

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2007.01.08

誰が図書館を守るのか

#大仰なタイトルを付けてしまいましたが、あまり中身のあることは書けておりません。

 先日書いた「図書館2題」の記事に、 

 本質追求本部 - 図書館に税金をつかうべきか

からトラックバックをいただきました。別にうちのブログを引用しているわけではなさそうなので、一瞬削除しようかとも考えましたが(笑)、結構面白げだったので読ませていただきました。

 以下、読ませていただいた感想というか意見みたいなものを少し書かせていただきます。
 なお、筆者の場合、論理的な思考が得意ではない(論理的思考は得意な人に任せておけば良いと思っている)上、経営学とか経済学はかなり不得意な分野である為、相変わらず直感での言葉になってしまってます。ちなみにリンク先の他の記事は全然目を通してません。すみません。
 また、図書館(ここでは公共図書館のこと。)というのは確かにどうしても必須とされる公共財ではないけれど、図書館を必要としているのは個人の利用者だけではない、ということについては、記事のコメントで「図書館員の愛弟子」(何故RSS配信止めちゃったですかー?チェックし忘れるじゃないですかー!)のroeさんがすっきりと反論されているので、今更筆者ごときが言うものでもありませんが、それでも少しだけ。

 まず、図書館に税金を使うべきか?という話ですが、筆者は基本的に、
「必ずしも使わなくてもいいけど、国や自治体が全面的に民間企業に託す話ではない」
と考えています。
 そもそも自身は民主主義というものを100%信用しておりません。一般市民は「あって当たり前」のものをあえて必要とは考えないと思います。行政による一方的な押しつけは確かに良くありませんが、何らかの形で公共の立場で図書館の存在を担保するというのは必要ではないでしょうか。
 roeさんのコメントにもあるように、図書館というのは日常生活においてこれがなければ生きていけない、というわけではないですし、また、図書館の存在を担保するために使うのが税金である必要は必ずしもないと考えます。しかし、それでも、誰もがアクセスできる文化の蓄積というのはどこかで必要だし、蓄積されたものに誰でもアクセスできるためのインタフェースとして、やっぱり図書館って必要だと思うのです。「誰でも利用できる」インタフェースの存在を、営利とは無関係に最も確実に保障できるのは、やはり国や自治体だと考えます。

 図書館の運営は確かに民間でも良いかも知れません。では逆に、何故国や自治体で図書館の存在を担保してはいけないのか?どうして国や自治体が事業主であってはいけないのか?という疑問があります。
 現時点では恐らく、PFI方式がその辺に折り合いを付けた運営方法ではないかと思われます。今週号のAERAに載っていた、PFI方式で運営されている桑名市立図書館の話(立ち読みのみ)や、「日本初の図書館PFI事業 / 三重県桑名市」を読む限りでは、問題点こそよく分かりませんでしたが、結構有効そうに見受けられます。

 ただ、図書館以外にも色々国や自治体で削っても良いサービス、代わりに充実させて欲しいサービスがある、という考え方には同感です。何を削って何を残すか?というのは、我々が民主主義の下に役割を託した議員や、根性のある役人に、提案なりなんなりをして託するしかないのですが。
 つまり、取っかかりに書いたように市民の意思とやらを100%信用してはいないけれど、最後の決めは実際に施設を使う人の意思に託されてしまうわけで。日頃の国や自治体による、市民に対する社会教育がいかに大事かという話なのだと思います、結局。この辺、自分で書いてて啓蒙主義的なニオイがして結構嫌ではありますが、やはり重要なのではないでしょうか。

 それから、これは付け足しですが、韓国の図書館サービスは発展途上とはいえ、昨年IFLAの大会が開かれたこともあり、結構図書館振興には力を入れているぞ、とアピールしているようです。国立中央図書館も良い仕事をしてるっぽいですし(カレントアウェアネス(季刊) CA1578 (No.286) - 動向レビュー:韓国における図書館情報政策の動向 / ジョ在順)。

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2007.01.06

著作権保護期間延長反対署名

 青空文庫で、このような呼びかけが始められました。

 著作権保護期間の延長を行わないよう求める請願署名

 保護期間を現在の「死後50年」からあえて延長することによる文化的メリットがどうしても見出せないので、基本的に延長には賛成したくありません。
 また、請願趣旨文にある「個人の創造力は、生物的な死によって失われることを踏まえれば、死後の保護期間をこれ以上延ばしたとしても、創作に、より手厚い支援を与えられるかは疑問です。」の一文にも共感します。
 というわけで、このブログのメニュー内にも、延長反対ロゴと請願署名のページへのリンクを張っておきました。請願署名のページでは、親切なことに署名用紙だけでなく青空文庫への発送用封筒の様式までPDFで提供されており、ちょっと署名でもやってみようか、という気にさせてくれます。よろしければご覧になってみて下さい。

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2007.01.01

2007年あけましておめでとうございます

 取りあえず、無事ではありませんが新年を迎えることができました。連れ合いが年末から風邪を引き込みほとんど外出できず、大みそかには回復が間に合わなかったため当日の帰省を諦め、自宅での年越しとなりました。しかも筆者自身、年末30日にいそいそとお台場の某イベントに出かけたのがたたったのか、昨日になり鼻風邪が勃発。微熱まで出てきたため、大事を取ってベッドに寝たまま紅白観戦。たいていの場合一旦ふとんに入ると眠ってしまうのですが、結局エンディングまで見届けました。
 その後、『ゆく年くる年』で襲ってくる睡魔と戦い、引き続き『年の初めはさだまさし』を視聴。相変わらず軽妙で味のあるトークに笑わせてもらいました。歌も3曲ほど披露。いつもとは勝手が違いましたがそれなりの大みそかを過ごすことができました。
 これから遅ればせながらの帰省の途につきます。次の更新は1月3日以降となる予定です。それでは皆様良いお正月を。

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