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2007年2月

2007.02.24

新聞記事「最近の図書館事情」から

 相変わらず新聞記事等のチェックは亀の歩みなのですが、毎日新聞2007年2月8日付けで掲載されていた以下の記事について、ようやく今日になり知りました。

 特集ワイド:最近の図書館事情 知るへの近道、積極ナビ-話題:MSN毎日インタラクティブ

 記事中にある”ライブラリー・オブ・ザ・イヤー2006「この図書館がすごい!」”とは、2006年の第8回図書館総合展のフォーラムで開催されたものです。ええと、知ってる図書館でこのイベントの第2位に選ばれてたところがあるのですけど、どうも表彰式は第1位の鳥取県立図書館のみが対象だったみたいでして。

 鳥取県立図書館、県内で開催されるイベントに対し、関連資料を集めて会場に届けるという「出前図書館」など、良い事業だと思います、真面目な話。ウェブサイトも活発に更新されている感満々ですし、これは1位になって当然ですわ。
 ただ、できれば、利用者アンケートの結果公表はWordファイルじゃなくてPDFかHTMLになってるとなお良かったかな?と、重箱の隅を突いてみたりして。いや、一太郎ファイルで公表するよりは良いですけどね。自分は一太郎派ですけれど、多分世間にはWord派の方が多いわけですし……。

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2007.02.23

レファレンスとコンピュータサポート

 図書館のレファレンスとコンピュータの電話やメールによる利用サポートって、ちょっと似てるよね、と思った瞬間があります。相手がパニクったりしていて、「どんなOSで」「どのソフトで」「どんな操作をした時」「どういうタイミングで」「何が起きて」「どんなエラーメッセージが出たか」を上手く説明できないような時に、根気良く質疑応答のキャッチボールを行うことにより、相手の求めるものを引き出していくという点で、2つの仕事に共通するものがあるのではないかと。

 でも家でそのことを雑談しているうちに、やはりそれらは似て非なるものだということを理解するに至りました。利用者(顧客)とやり取りを行って要求をまとめるところまではどちらにも共通ですが、レファレンスにおけるプロ(ライブラリアン)の役割は資料あるいは資料の調査結果をご提案するところまでであって、それらの資料や調査結果を使って最終的な答えを出すのはあくまで利用者です。
 ところが、コンピュータのサポートにおいてはご提案だけじゃなくて、持てる技術をフル動員した上でプロ(ヘルプデスク)が最終的な問題解決まで持ち込むのが主な目的となっています。そりゃ確かに訪問サポートではなく電話等による遠隔サポートの場合、コンピュータの操作を直接行うのは顧客側ではありますが、あくまで「次は○○を行って下さい」等のプロの操作指示に従って操作しているに過ぎないわけですし。キャッチボールで変化球を投げてる間があったらさっさと直せ!とか言われてしまいそうです。

 実はこれまでの仕事人生の中、素人ヘルプデスクを務める機会が結構多かったので、説明する前にさっさと直したり、手に負えないと匙を投げてコンピュータに引導を渡したり(あくまで素人なので…)する方が早道、という状況は何度か経験しましたし、現在も時たまそういう状況に直面することがあります。しかし一方で、ある程度の年月を図書館屋として過ごしてしまったが故に、自らのそうした対応に頭の片隅で「利用者自身の手で解決してもらわなくていいのかい?」と突っ込んでしまうこともままあります。
 レファレンスとサポート、それぞれの立場において接客ノウハウに違いがあると言ってしまえばそれまでなのですが、やっぱり全然異なるようです。……どちらも解決を見た時はプロとして嬉しいことには変わりないのですけれど。

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2007.02.18

レファレンス・ツールの話(書き散らし)

 最近、図書館のレファレンスにおいてはやはり参照する資料の出版年代を意識しないと、という話題が出てましたが、タイムリーなことに『図書館雑誌』2007年2月号掲載の「れふぁれんす三題噺・136」に、「群読」という読書用語の詳細に関する調査依頼を受けた際、ずばりな回答がとあるレファレンス・ツールの最新版には記載されていたのに、調査時には旧版しか確認しなかったため回答に反映することができず、「新版に当たれ」という初歩的鉄則を忘れてはいけないと反省した、というエピソードが紹介されていました。
 もっとも、その旧版ツールの内容について照会した先は県立図書館だったそうで、それは新版を揃えていなかった県立にも責任の一端はあるんじゃないか、という気もしますが、そのことはともかく、レファレンス・ツールの出版年代とか版を意識するって大切なんだということを如実に示しているエピソードだと思いました。
 そう言えば筆者自身が今まで関わってきた図書館は科学技術系の資料がメインで、資料の年代を意識するのが当然な価値観で動いていたので、特に上の様なことを立ち止まって考えたことは無かった気がします。大体図書館を利用する先生方の方が、文献に改めて系統立てて解説されていないような情報を最新の内容まで含めてご存じだったりしましたし。もちろん先生方ばかりに頼るのではなく、自分の職場で行われているホットな研究については、かなりざっとではあるものの一応ウォッチはしていましたけれど。

 ところで、referenceの和訳の「参考調査」「参考事務」って、根拠も無く「利用者の参考になる調査」という意味もあるんじゃないかと思っていました。しかし、「書物蔵」の記事に元々reference bookの訳語が「参考図書」あるいは「参考書」で、その流れで「参考事務」という言葉が生まれたんではないか、というお話が載っていましたので、今更おお!そうだったのか!と手を叩いています。当時の発想で行くと、利用者主体じゃなくて、図書館の人間が参考図書(参考書)を使って執り行う事務っていうことだから、その説が正しいのだと思います、きっと。

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2007.02.11

ある友人の死

 水曜日に、大学時代の仲の良い同級生友人グループの1人だった女性の訃報を知りました。今年の年賀状が彼女のお父様の代筆で記されていたので、あれ?とは思っていたものの、あまりにも突然でした。ちょうど今週は怒濤の会議ラッシュ週間だったので、昼間は仕事に没入できていましたが、夜帰宅して気が抜けると途端にどかんと落ちる、ということがここ2日ほど続きました。

 学生時代の彼女は、非常に真面目で聡明で、司書にでもなっておくしかないかと入学した筆者とは異なりちゃんと勉強するぞという意志を持って進学してきていて、だけどとても純朴で可愛らしいところもある女性でした。友人グループで順繰りに誕生パーティーやクリスマスパーティーを開いたり(当然のように女子オンリーでした)、同じストーリーテリングのサークルだったので市立図書館(1~2年生の頃は学内にあった公開図書室)等で共に活動したりもしていました。卒業後は地元の図書館に就職したのですが、子供の頃から患っていた持病の為に中途でその道を諦めざるを得なかったと聞いています。地元が離れていることや病気のこともあって、彼女とはついに再会できずじまいでした。
 もう何年も入退院を繰り返していたようなので、この日が来ることを全く予感していなかったと言えば嘘になってしまうけれど、地元で静かに無理せず養生しながら暮らしていて欲しいと願っていました。彼女は敬虔なクリスチャンでしたので、この世から旅立った今は、神の御許で病の苦しみからも解放されているかも知れませんが、それでも、もう少しこちらの世界にいて欲しかった、直接会う機会が今一度あれば……と思います。

 ごく個人的な思いなので、こちらに書こうかどうしようか迷いましたが、すみません、少しでも落ち着きたくて書いてしまいました。――いくら書いても彼女の死に対する悔しさは晴れてくれないのですけれどね。あと、色々思いつつも自分の日常生活は普通に回しているという状況が結構わびしかったりします。悲しくってもお腹は空くし、今日しかできないこともあったりするのですよ……。

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2007.02.04

2月3日土曜日のこと

 今日は朝から晩まで家から出ずに過ごしました。以下は、その1日の出来事。

  • bogusnewsの記事をきっかけに、「時局講演会」風ポスターって面白いと感じ、思わず手元のPCにあった連れ合いの写真をグレースケールに変換、GIMPでコントラストを上げて白飛びさせ、プレゼンソフトで文字を書き加えてポスターを作って印刷して遊んでしまいました。作ってから気づきましたが、かなりエヴァンゲリオンっぽいです。
  • プライベートで使っているメールアドレスの1つに、どうも最近迷惑メールが急激に押し寄せて来ていまして、ついにたまりかねてアドレス変更。しかし変更してから、そのアドレスで利用を登録しているカード会社やネットショップ、メルマガやメーリングリストが5、6ヶ所あることを思い出し、過去のメールから変更手続情報を探し出してはアクセス。中にはIDやパスワードを忘れているものもあり、試行錯誤しているうちに作業が終了した時には2時間近くも経過していました。
  • 朝食兼昼食はワンタン麺とレタスのニンニク炒め。夕食はカニ雑炊とつくね串。あまりお腹にたまらないものを食べた割には、意外に空腹感にさいなまれることはありませんでした。

 ……しかし一体今日は何をやっていたんでしょうね。特にポスター。作ったからと言ってここにさらせるわけでもありませんし。振り返らない方が良い1日もあるようです。

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所謂、生活お役立ち科学情報バラエティ番組について

 捏造騒動の起きた例のあるあるだけでなく、ガッテンや目がテン!やおもいっきりTVといった諸々の生活お役立ち科学情報バラエティ番組について、ずっと気になっていたのだけど、一応研究のお手伝いの端っこを背負っている仕事柄、人ごととして軽く書き散らせないものがありました。
 かつて自分がライブラリアンとして在籍していた機関の研究成果や、それに携わった研究員の方も取り上げられたことがあったので、何回かはこの手の番組を視聴したことがあります。

 これら番組の作り込みはそれぞれ異なりますが、共通なのは、例えば食材の成分の効能についての学説を紹介するために、実験をやってみせたりグラフを出してみたりと科学的な切り口で取り上げてくれている(いた)ということです。
 例えば番組の実験のやり方が専門家から見てちゃんちゃら可笑しいものであったとしても、科学的な見せ方で取り上げてくれることで、その学説の裏には、実験や分析をして学会での口頭発表や学術誌への論文発表を行っている研究者達が存在する、ということに思いを馳せてくれる視聴者が少しでもいるのなら、例えダイエットや健康増進といった目先の目的であっても、それがこういう番組の存在意義なのだろう、と思っていました。

 ところが今回の捏造事件。もちろん誠意を持って番組を作っている下請け、孫請けの制作会社も多いとは存じていますが、打ち切りになった番組においては、所詮「科学的な切り口」はテレビ的な演出効果の1つに過ぎなかったようです。視聴者に飽きずに見てもらう為のバラエティ的演出が全く不要とは言いませんが、少しでも彼らが、取材源である研究者や彼らの携わっている研究の中身に対し敬意を払っていたなら、あのような結末を迎えることにはならなかったと思います。
 番組制作者は、もし「エセ科学番組」と言われたくないのであれば、どんなに制作スケジュールに追われていても、研究成果の美味しい部分だけをちぎり取って持って行くのではなく、奥に隠されている実験の積み重ねや苦労をも汲み取りつつ、研究者にもきちんとアドバイスをもらい、番組を見て科学に興味を持つかも知れない人々を裏切らないよう、丁寧に番組を作っていただきたいものです。少なくとも、取材申込みの時点でそうした姿勢の見て取れる取材者には、研究機関の広報部門等でも門前払いを喰らわせたりはしないでしょうから。

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