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2007.05.26

ブログを書くことについての逡巡

 最近、自分がRSSで巡回購読していたり、購読していないまでも拾い読みしていたブログが相次いで更新中断や更新終了になっています。いや、RSSを吐いてるブログだけが巡回対象なわけではありませんが。
 更新を「中断」されているブログは、事情があって暫定的にその状態になってしまっているだけだと思うので、読者としては再開を待たせていただくのみなのですが、問題は更新終了になってしまったブログです。自分なんかより遥かに頭が良さそうで、社会問題もきちんと語れて、大人の文章を載せているのに、何で止めないといけないの?って理不尽さを嘆いてしまいます。
 多分、「頭が良く」「社会にきちんと目を向けて」「自分の言葉で語れて人に伝えられる」からこそ、所謂ネット厨とか、ネットの上ではどこまでも過激になれる人とかが遠慮会釈無くがしがし攻め込んで来ちゃったんだろうと想像します。そして、そういう方達に真摯に向き合おうとして徐々に疲れて、「何も自分が書かなくても」とモチベーションが下がってしまったのかな?と思うのです。もっと書き手の側にスルー力さえあれば……ってつい考えてしまうのだけど、一旦獲物に食らいついた人達って、恐らくスルーすることすら許してくれず執拗に食い付き続けるのでしょうね。こんな時自分には、人間ってどうしようもないなあ、と傍観者になってうそぶくぐらいしか芸がないのが侘びしいことです。

 でも確かに、物を書くことに対してモチベーション(ただいまお腹が空いているのでこの単語を書くと即座に『餅米醤』という文字を連想。あわゎ(^_^;))が下がる時っていうのはあります。今の筆者自身がまさにそうです。趣味のことならいくらでも書けますが、本職に最も密接している図書館の話については、
「自分など足元にも及ばない語り手の方がたくさんいるから、あえて自分がブログで語ることもない。取りあえずソーシャルブックマークだけしておこう」
「本業関係では色々重たい話しか聞こえてこないから、家でまで思い出したくない」
「異業種の図書館の話は実戦経験がないから余り大きい顔をして語れないし」
「大学図書館(特に国立)はどんどん先進的になっていって予算も付いて職員は図書館の実戦経験もいっぱい積めて、それに引き替えうちの業種なんて若手は入ってこないし節約とか削れとかケチ付けられるだけだし」
という感じで最近スルーしがちになっています。最後のはちょっとひがみ根性入ってるかも知れませんが(笑)。

 何か、図書館関係で心が沸き立って気持ちが明るくなって思わずブログを更新したくなるようなニュースは無いものかと思います。ネット用語で言うと“wktk”(ワクテカ)な話題。そういうのがあると少しはモチベーションが上がるというものですが、と言うと他力本願し過ぎでしょうか?
 ちなみに、最近(でもないけれど)「矢祭もったいない図書館」関係の話題は少し気持ちを明るくしてくれました。ただ、あれはあくまでやむを得ない状況から生まれた打開策なので、どこもかしこも一方的に真似っこしない方が賢明とは思いますけれど。

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コメント

こんにちは。
私の場合、4月に入ってから、職場の体制が大幅に変わり、さらなる変化がありそうだとわかった時、このまま続けるのは無理かもしれないと思い、6月頃にはお終いにしようと考えていました。(もしかして、これって5月病?)
それともう1点、doraさんのブログは、勤務先がすぐかるという点で、記事を書くにも超えてはいけない線があるのですが、その意味では書く内容に制約があるので、毎日何らかの記事を書くというのは結構大変なことでした。でも、通常の業務をこなしながら、企画立案からホームページの制作、公式ブログの更新を全て1人でやる、その上で個人のブログを更新するというのは大きな戦略で、当然、私個人を知る人から見れば、「これだけの仕事をやって、何時寝ているの?」みたいな話になるのです。それでも普段は殆ど残業もしていないし...なんて話をさらに聞かされると、周囲はどのように見るのでしょう?

というように、個人のブログに関しても実は長期的な視野に立った戦略の一部としてやっていたのですね。
でも、先を見れば見る程、広角度の視野は失われる、(それでも時々カメラ本体の向きを変えるようにしているのですが...)そのために当然書く内容にも、違った視点から見ると穴があるのは確かに判っています。だから、穴が見える方向から見る人にとっては絶好の餌を撒いているのです。でも書く側としては攻撃される可能性があっても読者対象を絞り込んで書くしか無いのです。

反撃をしてもいいけど、それがとても面倒なんですよね。だからスルーするしかないなと思っても攻撃者はスルーを許さないし。それに反撃する言葉ってとても日本語として見苦しいし、そうなると現実世界への影響も懸念されるので。だったら辞めるしか無いのかな、という結論に達した訳です。

私の場合はそんな背景がありましたが、最近閉鎖した彼のブログ主にもそんなモチベーションが低下する事情があったのでしょう。

長文失礼致しました。

投稿: dora | 2007.05.27 06:26

doraさん、丁重なコメントをありがとうございました。

実はあちらの更新終了したブログについては常連読者という訳ではなかったのですが、時々覗かせていただいて外れの無さに感服していたので、悔しさのあまりかなり荒っぽい書きぶりになってしまいました。

> だから、穴が見える方向から見る人にとっては絶好の餌を
> 撒いているのです。でも書く側としては攻撃される可能性が
> あっても読者対象を絞り込んで書くしか無いのです。

このあたり、とても良く理解できます。
誰かに喧嘩を売ることになる可能性があると分かっていて、それでも伝えたいメッセージっていうのは確かにあるのですけれど、伝えた以上その落とし前を付けることがどこかで求められるというか、自分へのプレッシャーになると申しましょうか。……あまり上手な日本語でなくてすみません。

そちらのブログはあくまで「中断」でいらっしゃるということですし(^_^)、また、仰るとおり、本業、プライベートともに充実されてこそのメッセージ発信だと思いますので、将来的に「再び出来そうだ」と考えられた頃のご復活を一読者としてお待ちしています。

投稿: MIZUKI | 2007.05.28 00:20

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