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2007年7月

2007.07.24

お金持ちが図書館をくれたニュース

 昨日びっくりしたのはこのニュース。

 中日新聞:恵那市中央図書館の建物、蔵書を贈呈 バロー相談役・伊藤氏の財団:岐阜(CHUNICHI Web)

 現代の日本において「誰かお金持ちが図書館くれないかなー」というのは「空から女の子が降ってこないかなー」ぐらい荒唐無稽なことだと思っておりましたが、まさか実現するとは。

 で、筆者、このニュースを読むまで「恵那市」がどこにあるか知らなかったという(^_^;)。岐阜県だったんですねえ。中学校の途中で転校したこともあって日本地理の授業をほとんど受けられていないのでどうも地理は弱くて(言い訳)。更に言えば脳内で「恵那市」と「恵庭市」の区別が付いておりません。なにせ、かつての相撲取り「恵那桜」は人生のある時期まで道産子力士だと思い込んでいたぐらいで。流石に道産子でないというのは気づいていたけれど、そうか、岐阜だったのですね。岐阜の人、今までごめんなさい。

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2007.07.23

『世の途中から隠されていること』を読む

 300p以上ある本を全ページ読了する目的で図書館で借りることはめったにありません。何故なら読むスピードが遅すぎて、図書館の貸出期限までに読み切れない恐れがあるからです。これが原因で手を出さない(出せない)作家や作品は結構多いです。
 にも関わらず借りてしまったのが以下の本。

 世の途中から隠されていること : 近代日本の記憶 / 木下直之著

 広島の平和塔(旧日清戦争凱旋碑)のように、第二次大戦敗戦後、突然別の意味を持つ物に造り替えられてしまったオブジェだとか、「古墳時代以降の日本文化は天から降臨してきた天孫がもたらしたものであって、それ以前の石器時代人は現代人とは別の先住民族である」という説のように、ある時代を境に無かったことにされてしまった学説であるとか、文字通り美術史の「途中から隠されて」しまったことについての検証が、この本のテーマです。
 返却期限の前々日に何とか読了することのできた感想としては……木下先生、ごめんなさい、という感じです。自分の興味の方位磁針はどちらかと言えばサブカル的にオブジェや歴史を面白がってしまう傾向にあるのですが、この本では、純粋に学芸員そして美術史研究者として、ある時代に当たり前に存在していた美術品やそれに対する評価が恒久的に同じものではあり得ない、という極めて真面目な視点からオブジェの存在意義や学説の正当性が覆った過程について語られていました。
 無知なことに石器時代人先住民族説だとか、特別名勝兼六園の中に建っている明治紀念之標がごく一部で余計物扱いをされていた(でも平成4年に解体修理は完了している)なんてこの本で初めて知りましたし、その他の美術史上「隠されたこと」についても知らないことだらけで、大変勉強になる本でした。また、オブジェや学説が最初に造られた(唱えられた)時代、そして作者や研究者に対する敬意も文面から感じ取れて、読後感も良かったです。
 ただ、ごく個人的趣味で言うと、同じように世の中に残されている違和感をもたらす物件について語るのであれば、どうも建築探偵とか超芸術トマソンのようにアーティストの目線から見た美術批評の方が心にフィットするようです。自分的にはもっと詳しく語って欲しいポイントを、淡々と語って流されて肩透かしを喰らってしまうようなそんなところがこの本にはありました。
 とは言え、この本の文中に一貫している、「隠されていること」をそのまま「無かったこと」にしてはならないという視点はやはり大事であると思います。例えば、著者が1995年当時兵庫県立美術館の学芸員として体験した阪神・淡路大震災の直後、大学の研究室に依頼して彫刻の耐震調査を行った際に「彫刻の重さ」を聞かれて、それらの縦・横・高さについてのデータは存在したものの、重さのデータは全く存在せず答えられなかったことに愕然とするエピソードなどは、まさにそれまで常識と信じられてきたことが覆され、逆に新たな常識(=彫刻にも地震対策が必要であり、その為には重量のデータが必須となる)が生まれた瞬間を切り取ったものと言えるのではないでしょうか。現在彫刻の地震対策はごく当たり前のように行われていますが、以前はそれが当たり前ではなかったという事実を忘れてはならないのだと考えます。

 地震と言えばちょうどこのエピソードの章を読み終える前後の7月16日午前、新潟県中越沖地震が発生しました。3年前の中越地震の影響が癒えないうちに再度被災した住民の苦しみは未だ続いています。被災者が1日も早く苦しみから解放され、傷が癒されていくのを願うばかりです。

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2007.07.18

読んだ本の備忘手段

 最近、ITmedia Biz.IDに載っているLifehackネタに時間の許す限りは目を通してツッコミを入れるのが密かで小さな楽しみです。7月14日付けの

“PCで仕事”を速くする:第9回(番外編) 読んだ本を忘れない5つの方法 - ITmedia Biz.ID

の記事には、

  1. 本文の脇に線を引く
  2. ページの上隅を折る
  3. ポスト・イット(のり付き付箋)を貼る
  4. ノートに書き留める
  5. 表紙を写真に撮っておく

の5つが読書中の備忘手法として紹介されていましたので早速ネタにしてみます。
 このうち1、2は自分的には論外です。仕事用の資料に蛍光ペンで線を引くことはありますが(その時もモノクロコピーに写らないよう、必ずイエローで引く)、個人用の資料はどうも汚すのが嫌で、線引きもドッグイヤーも駄目なのです。仕事用の資料でも、プリントアウトホチキス止め資料ならともかく、ちゃんと業務用に共同購入している雑誌に堂々とボールペンで(!)傍線を引いた上で回覧されると殺意を覚えます。
 もっとも、作家の井上ひさしさんの蔵書を元に運営されている山形県川西町の「遅筆堂文庫」は、作家が付与した付箋やメモや傍線をあえてそのままにしているそうですが、あそこはまあ、公共図書館であると同時に名作を生み出した作家の息づかいを肌で感じる場でもあると思うので、例外中の例外で良しとします。
 3は筆者もよく使う方法なのですが、はてブの上記記事のコメントに、図書館の本に付箋紙を貼ると糊が残って虫食いやカビや紙魚の元、というのがあって、ええっ!?という感じです。上の記事に紹介されている「ポスト・イット フラッグ 丈夫な見出し」なんて、いかにも糊がべっとり残りそうで大変やばそうなんですけど。個人的にあのいかにもケミカルそうな糊は、虫が食うよりは書籍用紙が劣化するんじゃないか?という不安の方が大きいのですが、要は数十ページに渡りベタベタ何十枚もまんべんなく貼りまくるとか、あまつさえ貼りっぱなしで返却するとかそういうことをしなければOKなんだと思います、きっと。
 4は時々やります。このブログもその媒体の一つ。ただ、最近書き残す程本を読めていないのですが(^^;)。ノートはどちらかと言えば観劇メモを残すことの方が多くなってきていますし。
 そして問題は5。そこまでしたい本というのに滅多に出会ったことがありません。買って一度読んだ本の書影は割と頭にインプットされていますし。本棚.orgあたりが記憶補助装置と言えばそうなのかも(参考:MIZUKIの本棚)。ただ、本棚.orgに入れている本って、自分あるいは家族が購入したものであって、そう言えば図書館で借りた本って入れていません。そもそも市の図書館自体年1、2回行けば良い方なので、図書館で借りて読んだ本自体少ないのですが、借りた本ってどこか記憶が心許ないのは事実。図書館サイトの所謂マイライブラリー機能って使ったことがないのだけど、そういう現実を考えると、書影付きで自分の読書履歴が取っておけたりするのは便利かも、と思います。しかも自分が人に晒しても良いぞ、と思った履歴だけ公開モードにして、他の人の履歴と共有できたりするともっと楽しい。とは言え、現在自分がそういう機能を使える環境にないのは事実。ある本に関する履歴と評価の共有は既に本棚.orgでも出来ているから、ここに図書館で借りた本も記録しておくことで当面はしのぐことにします。

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2007.07.06

今更、「Googleブック検索」の話

 ついに「Google Book Search」の日本語版「Google ブック検索」が始まったそうです。
  真っ先に「オペラ座の怪人」とか「劇団四季」とかの趣味のワードで検索してしまったバカがここにいますが何か?今のところ余り良い結果は釣れませんが(^_^;)。
 第7回図書館総合展でグーグル日本法人社長の講演を聴いたのが既に1年半前のことなので(記事はこちら)、ここまで来るのに意外と時間をかけたな、というのが第1印象。Amazonや紀伊國屋といった書店の他、出版社のオンラインショップ(オライリー、新風舎等)とも連携しているので、そこら辺が1年半の成果なのでしょうか。図書館検索は「まず有力大学1校と提携する」(アサヒコム記事より)ということで、まだこれからという感じですが、そのうち大手の大学、果ては大きめの規模の自治体の図書館とも連携を深めて行くのだろうと思います。

 使い勝手は、まだ日本語の対応書籍は数万冊ということなので仕方ないのですが、漢字の単語で検索すると中国語の書籍の方が多く釣れてきます。検索画面で書籍の記述言語を絞り込めれば良いのに、と思いました。

 で、正規のプレス発表は2007年7月5日でしたが、日本語の図書館系サイトで第一報かは分からないけれど、最も情報が早かったのは「Google ブック検索 本番スタート|黒澤公人のドキュメンテーションシステムの100年(1960年-2060年)」の記事(2007年7月3日付け)なんではないかと推測しております。長期的な定点観測の成果ですね。

(2007年7月7日追記)
 昨日のプレスリリースで、提携する「有力大学」は慶應義塾大学であったことが明らかになりました(慶應義塾プレスリリース(注:PDFファイル))(Googleプレスリリース)。「著作権の保護期間の切れた書籍約 12 万冊を対象として」(Googleプレスリリースより)ということなので、著作権問題でごたごたすることはないんだろうと思います。多分。

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2007.07.04

何故爪なのか?

 最近のニュースでどうもわからないのがこの一連のニュース。

 つめはがし:医療用つめ切り使う 北九州・元看護師-事件:MSN毎日インタラクティブ

 足の爪を剥がしたら、とても分かりやすい犯罪の痕跡が残るのに何故あえて爪なの?というのが、今回の爪剥がし事件を聞いた時の感想です。患者に苦痛を味わわせてうっぷん晴らしするだけなら、例えば爪と指の間に針を刺しまくるとか、仮にもナースならもっと傷跡が外から判別しづらいやり方があるんじゃないの?と思わずにはいられません。

 それとも、自力で動くことの困難な老人の足の爪を剥がすというのは、例えば介護者が爪を切る手間を省くためなどの理由で、ある程度認知された医療行為だったりするのでしょうか?で、包帯を巻くなり靴下をはかせるなりしておけば分からないとか?でも家族が面会に来たら一発でばれるでしょうに。
 事件の裏にどんな背景があるか知りたいようにも、知りたくないようなどっちの気もしますが、例えナースの側に同情できる事情があったとしても、弱い立場の患者に無用な苦痛を伴うようなことをするのはいかんなあ、と思います。

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