書架でまわりの本を見る
「Talk to Myself | 書架で回りの本を見る」の記事で奈良県立図書情報館のOPACの「書架で回りの本を見る」機能を取り上げていたのではてブに追加したんですが、意外とこれ、はてな周りの方(そう言えば『回りの本』って『周りの本』が正しいと思う)にはふーん、って感じの反応。
確かにシステム的には同じ分類の図書を再検索して請求記号順に並べてるだけなんで目新しいことじゃないし、実際に書架の間に立ってブラウジングしている状態とはほど遠いです。何より、OPACを使ってこのリンクを見つけた人には、「え?書架を見られるの?」とワクテカしてクリックして、単なる請求記号順のハイパーリンクリストが出てきたらふしゅー、と気が抜けてしまうかも知れません。それでも、Orangeさんが書かれているように、書庫(閉架)の図書と開架の図書を並列に眺められるというのは大きいメリットです。欲を言えば、所謂連想検索なんかと併用できればもっと良かったのにね、とも思います。
それでもしかし、「同じ分類で再検索する」というリンクよりは、「書架で回りの本を見る」というリンクの方をクリックしたいぞ、と思う非システム屋な筆者なのです。システム屋さんとかスクリプト屋さんの「あのシステムのここをもっとカスタマイズすればもっと素敵になるのにー!」という抑えがたき欲望の存在は良く存じ上げているのですが、こういう、システムを使う人の心に届く日本語のセンスの大事さって意外と忘れられがちなのではないのでしょうか。
もっとも、「ユーザにとってのわかりやすさ」だけを追究しようとすると多分システム作りというのは行き詰まってしまうわけで、そればかり言ってるといつまで経ってもユーザインタフェースに新機能なんて盛り込めないというのも分かります。ただ、現在のシステム(LIMEDIO)の中で出来る小さいけどセンスに富んだ工夫に対して、あまり冷たい評価をしないでほしいな、と思ったというそれだけなのです。非システム屋のひがみかも知れませんが、はてブのコメントにちょっとしたシステム屋/スクリプト屋諸氏のおごりみたいなものを感じてしまったので。
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