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2007年10月

2007.10.31

全国図書館大会に行く(その2) : 文化の力 図書館の力

 引き続き、全国図書館大会全体会の参加レポです。前エントリはこちら

 10月29日15時5分過ぎにいよいよ井上ひさしさんの記念講演「文化の力 図書館の力」が始まりました。
 まず最初に山形県川西町にある、井上さんの蔵書を元に設置された「遅筆堂文庫」のスライド写真数枚とスペック(収蔵能力、職員数等)が投影されて、その後井上さんのご登場と相成りました。登場早々、演台の位置を1人で客席に近づけて動かし始める先生と、あわてて飛んでくるスタッフという構図が笑いを誘っておりました。
 「まずは(図書館大会に対する)祝辞から、ということなので」と、これほど長く続いた集まりは日本でも珍しい、とご挨拶。この集まりに参加すれば竹内悊(さとる)先生にお会いできるので、とおっしゃっていました。遅筆堂文庫の成立に至るまでには竹内先生のアドバイスが多くあったらしく、講演の随所で竹内先生のお言葉に言及する場面が見られました。
 小説家志望で夭逝したお父様の蔵書を「本をまたぐのは父親をまたぐのと一緒」と大事にし続けたお母様のエピソードや、高校時代の新聞部のエピソードの他、最近一部で良く知られるようになった上智大学時代の図書館からの貴重書泥棒事件(そのきっかけになった時間に厳格な図書館アルバイトの大学院生とは、後のこの方だそうです)についても触れられていました。
 在学中の昭和28年、言葉(方言)へのコンプレックスから吃音に陥り、夏休みに一旦お母様のいる釜石に戻って地元の図書館でアルバイトを開始。釜石の図書館から戦時中に遠野に疎開していた江戸期の黄表紙コレクション(江戸期から製鉄で栄えていた釜石の小間物店からの寄贈資料)を釜石に運び戻し曝書するという作業に携わる合間に、黄表紙の世界の面白さを知り……というのが今回のメインの話題でした。この黄表紙のストーリーの紹介や当時の出版界にまつわるエピソードが実に面白かったのですが、ここでは割愛。18世紀の駿河国小島藩(現在の静岡市の一部)の江戸詰用人であった恋川春町の『金々先生栄華夢』、同じく秋田藩留守居役筆頭という武士であった朋誠堂喜三二の『親敵打腹鼓』(挿画は春町が描いています)、唐来参和『莫切自根金成木(きるなのねからかねのなるき)』といった作品が紹介されていました。
 寛政の改革という不況に悩まされ、寿司職人すら手鎖の刑に遭った理不尽な時代において、勧善懲悪の否定(親敵打腹鼓)や、無欲故に財産を疎んじ使い切ろうとするが全て裏目に出て財産が増えていく夫婦の物語(莫切自根金成木)等のパロディに満ちた黄表紙がもてはやされたのは当然の流れであり、明日の暮らしも分からない市民を元気づけていた。この時代の悩みは構造改革で疲弊している現代にも共通するものである。失意のうちにあった筈の自分も、江戸期の人々同様に元気づけられ、言葉の問題で悩むのはやめにしようという気持ちになり、まずは看護婦の女の子にもたくさん出会えそうな(笑)国立療養所で働き始めることにした、とのことでした。講演では省略されてましたが、しばらく療養所で働いた後に井上さんは上智大のフランス語学科に転籍復学し、無事卒業されています。

 後半は遅筆堂文庫の設立にまつわるエピソードについて語られました。前の奥様との離婚で自宅を手放すことにした際、状況を知った神田の古書店や某大学(伊能忠敬の真筆の落札を井上さんと争ったことあり)が蔵書の買い取り交渉に訪れたが全てお断りし、結局生まれ故郷である川西町の農業青年に蔵書を託すことにした等の話は、著書『本の運命』にも紹介されていたので、改めて反芻しながら聴いていました。文庫には年間で5,000冊程度の寄贈を現在も続けられているそうです。
 文庫および複合施設の設置にあたっては、竹内先生の「人の集まる場所に」「司書と利用者の目線を同じに」というアドバイスが重要であったようです。特に前者の「人の集まる場所」については、複合施設に700人規模の劇場が設けられることにより実現できた、とのことでした。井上さんは周囲に人の集まる場所=盛り場を作りたくて、かつての自分の母親と同じ立場の未亡人を招いて団地を造って酒場などを開いてはどうか、と提案したが実現しなかった、というお話を披露して会場に笑いが起きていました。
 最後は図書館というのがどういう場であるかというお話に移りました。例えば天皇陛下が世界中の元首とお知り合いであるように(ここで陛下を持ち出すのが井上さんらしいですが)、図書館というのは(本の世界を通じて)世界中の人と知り合いになれる場所であり、そして人と人とのつながりを作る場所であると思う、そうした場になるようこれからも図書館の皆さんには頑張っていただきたい、という言葉で講演が締めくくられました。

 ディープなファンでは無いものの一応卒業研究で井上さんをテーマにしたこともあるファンの端くれとしては、この講演の為だけに(分科会要旨集等の大会資料はしっかりいただきましたが)7,000円の会費を納めたことが全く惜しくない、実に幸せな2時間でありました。いつの時代も変わらず存在する悩める若者の運命を1冊の本が変える可能性や、図書館という場の可能性についても、ちくりと社会風刺を交えながら温かい口調で語られ、きっとファンではない図書館員や学生さんにも楽しく聴けたのではないかと思います。
 黄表紙作家達については井上さんの『戯作者銘々伝』に詳しい筈なのですが、そう言えば買うだけ買って積ん読にしたまま実家に置いてきてしまったかも知れません。いや、そもそも購入していたかどうかも疑わしいのですが(^_^;)。そのうち帰ったら探してみよう。

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2007.10.30

全国図書館大会に行く(その1) : 兵庫大会マスコットははばタン!

 昨日は1日お休みをいただいて、日比谷公会堂で開催された全国図書館大会全体会に出かけてきました。
 別に出張で行かせてもらえないわけではなく、記念講演はごく個人的に聴きたいけれど仕事に少しは結びつきそうな分科会にはどうにも食指が動かなかったので、あえて休暇で行ってきました。
 開始時刻の13時に15分程遅れて会場入り。長尾先生のご挨拶はもう終わっていたと思います。1時間近く挨拶が続いて、この挨拶タイムにネタは無いのか?と思っていたところ、最後に次期開催県の兵庫県立図書館長の挨拶で、「次期大会のシンボルキャラクターは『はばタン』」というご発言が。はばタンと言えば昨年の兵庫のじぎく国体から生まれた、現兵庫県マスコットの、あのまん丸い黄色のお顔がたまらないフェニックス。キャラ物好きとしては大変喜ばしいことです。後で当日資料を見返したら、はばタン入りの次期大会チラシが同封されていました。

 14時からは塩見理事長による基調報告でした。先日公表された「図書館法の見直しに当たっての意見」や、夕張市立図書館の存続問題、指定管理者問題、図書館サービスの非正規職員への依存問題、犯罪少年の本人推知記事の提供問題、船橋市立西図書館問題等に触れていました。船橋市立西図書館問題については本人に協会として説明を求めたが、本人が退会してしまった為実現しなかったとのことです(そ、そういう物か?とちょっと思わないでもありません)。最後に井上ひさしさんの『父と暮せば』の、被爆して自分だけ生き残ったことに対して葛藤する主人公の代弁者である父親の幽霊の「図書館こそ人の悲しみや喜びを伝える所であり、お前はその為に生きるべきだ」という趣旨の台詞を紹介し、図書館大会が101年目だが戦争による中断で開催回数は93回であるというのは重い意味を持っている、として、次の記念講演につないでいました。
 14時45分から20分休憩で、15時5分過ぎにいよいよ記念講演「文化の力 図書館の力」が始まったわけですが、続きはまた後ほど。

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2007.10.29

「読書週間」に図書館屋が思うこと

 どうやら現在「読書週間」らしく、新聞に最近読書ネタが取り上げられているのを見かけます。他の方のソーシャルブックマーク経由で、

の記事を知りました(最近の朝日新聞は嫌いと言いながら朝日読者なので)。
 後者の社説には、結構図書館屋さん方が「小説や古典(所謂NDC9類)だけが本じゃないぞ」って噛みついてるという印象ですが、世間の大多数の人にとっては本=NDC9類という連想は仕方がないんじゃないか、と更にへそ曲がりな筆者は思ってしまうのです。
 だって、生まれて初めて子供が出会う本というのは、ちゃんと統計を取ってはいませんが恐らく大人の本と同じように仕分けると9類である確率が高いわけで。もちろん人生最初に眺める本が電車や自動車の絵本(あくまで一例)という子供も大勢いるでしょうけれど、9割方の子供が最初に目にするのは、ただの物や言葉の羅列も含めて何らかの「おはなし」を持った絵本だと思われます。そのような状況下では、一般的に本=NDC9類というくくりもやむを得ないでしょう。
 もちろん図書館屋としては、9類にしか造詣のない司書というのは論外です。また、子供たちが学校で勉強するに当たって、9類以外の本を「読む」んじゃなくて「使う」術は是非覚えて欲しい、とも常々考えております。でも、そういう本を使うにはまず言葉を覚えることが必要であって、言葉を覚えるのに最も手っ取り早いのは9類の本だと思うのです。だから言葉の勉強→読書→文学という連想はあながち間違いではないんだろうな、と。
 ただ、ケータイ小説を読む為の言語理解と、調べ物をする為のそれとは決してイコールではないわけで、そう言う意味では他の図書館屋さん方の主張は的を射ていると思います。やはり子供時代から幅広い分類の活字に目を通してもらう為の、図書館側の宣伝努力というのも必要なのです。前にどこかで(某外資系学術出版社のフォーラムだったかな?)「調べる過程が楽しいのは図書館員だけ」という言葉を聞いたことがありましたが、普通の人でもちょっとぐらいは「調べる楽しさ」を知っておいて欲しいし、図書館はそういう目的でも利用出来るんだ、ということが頭の片隅にでもインプットされるよう、じわじわと宣伝するのは大事なことであると思います。

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2007.10.25

どんな手帳を使っていますか?

 ということで、Cheers!Librarian Blogのトラックバック企画に乗らせていただき、手帳について書くぞ!と思ったのですが……実は最近ほとんど手帳って使っていないのです。

 理由はいくつかありまして、まず、筆者が手帳を使う最大の目的は「スケジューラ」なのですが、これが近頃は大体Google Calenderや職場のグループウェアに頼ってしまっているのでした。家族と共通の予定やごくプライベートな予定はGoogle Calenderに登録し、仕事のスケジュールやToDoリストは手当たり次第グループウェアのスケジューラに突っ込んでいる感じです。
 この他に手帳の利用目的として考えられる「アドレス帳」は専ら携帯とPCに入れている状態です。あと、最近はまっている観劇では必ずメモを取ることにしているのですが、そのメモは小さい手帳よりは大きいノートの方が書きやすいので無地のリングノートを活用。仕事用のメモも、「書きやすくかつ持ち運びやすい」という理由から、数々の目移りの末、現在の所はコクヨのスリムB5サイズノート(ダイアリータイプではなく普通の罫入りの方)を使用しております。
あと、スケジュールと無関係の備忘録は無印良品のA6サイズのノートにカバーを付けたものを使っています。

Note01左は3冊のノートの写真です。
 こんなにばらばらな媒体を使っていて情報が散逸しないのか?と自分でも思いますが、今のところはあまり困っておりません。むしろ、手帳の小さい紙面や限られたスケジュール記入枠に書き込むよりは、媒体がばらばらでも気持ち良く書き込める方が良いです。単に上手いこと情報を1ヶ所に取りまとめる整理能力が無いだけかも、というのは一応司書資格を持つ身としてあまりいばって語れることではありませんが。
 本当は手帳って好きなんですけどね。特に営業さんが持ち歩くようなシステム手帳。でも、自分が欲しいレフィルを全部盛り込んだら恐らく分厚くなってしまって持ち歩きが大変になってしまうし。PDAを買っても良いのだけど、メモ用としては紙媒体の方が持ち歩きやすいし、スケジューラは携帯からも使えるしで、二の足を踏んでおります。

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2007.10.16

図書局

 昨日、SENTOKYO ブログの記事経由で、

札幌っ子が見つけた小樽の町文化 篠路高図書局が小樽文学館で企画展

の記事を読みました。ググったら篠路高図書局って区の社会福祉協議会の協力を受けつつ独自に「図書館講座」を開催する等、結構活発な活動をしているようで、恐らく今の北海道の高校図書館界では有名なんだろうな、と思います。

 で、この「図書局」っていう名称、北海道の学校以外でほとんど見かけたことがありません。またまたググると岐阜県のある高校には「図書局」が存在するようですが、大抵は「図書委員会」あるいは「図書部」という名称で活動していると思われます。ちなみに「放送局」「新聞局」もありました(今母校(高校)のサイトを見たらまだあった)。トップの呼称は「局長」です。
 ごく個人的な印象ですが「~局」という名称には懐かしさとともに一昔前の厳しい国家権力の香りを感じます。ソビエト情報局とか、イギリス国家保安局とか。偏ってます?特に今更変える必要もないからとは思いますが、何故北海道の学校だけこの名称が残ったのかは気になるところです。
 筆者は残念ながら図書局の所属ではなく、図書館をほとんど本も借りずにたまり場にして騒いで図書局員に注意される役回りでしたが、一方で「局員」という「委員」とか「部員」とかより心持ち偉そうに聞こえる名称に羨望を覚えていたりもしていました。しかも図書局、局員の詰め所として1室用意されてて、そういう小さいポイントも当時は羨ましく思えたものです。そう言えば、司書教諭でいらした歴史の先生は鬼籍に入られて久しいと聞いてるけど、当時学校司書だった方はお元気かなあ。

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2007.10.15

ぽ☆るた(PORTA)

 国立国会図書館(以下、NDL)がいつの間にかデジタルアーカイブポータルをリニューアルして「PORTA(国立国会図書館デジタルアーカイブポータル)」なるサイトをオープンしていたらしいです。名前は「ぽるた」なのでしょうか?それとも「ぽーた」なのでしょうか?どちらにしても可愛い名前です。

 とりあえず、ユーザグループを「図書館員」として登録したんですが、NDL蔵書目録(和図書・和雑誌)、雑索、近デジ、レファ協DB、CA、WARP、といったNDLオリジナルのコンテンツの他、デジタル岡山大百科、青空文庫、新書マップといった外部のメジャーコンテンツやDBについても横断検索出来るようになっていて便利です。NIIのGETAも組み込まれているそうで、連想検索も使えます。しかもページはユーザ登録によりデザインや検索先コンテンツを自分カスタマイズ出来るようになってます。当然のようにAjaxでメニューの並べ替えも可です。

 で、こんな便利そうなポータルを正攻法で使うのは、数千万のEJ買うだけで重箱の隅をつつかれる貧乏研究機関の知恵も力も勇気もない図書館屋として大変悔しいので、思いつきで最近アニメが放送終了して寂しい「らき☆すた」をキーワードとして突っ込んで、簡易/連想検索にかけてみました。結果は……まあ、ひらがなタイトルや著者名をとにかく洗いざらい引っかけてくれている様子です。
 雑索のヒットレコードを見ると、1番目がすかいらーくフードサイエンス研究所の「食に関する助成研究調査報告書」収載論文、2番目に「大庭 みゆき」さんという方の論文が出てきました(^_^)。あぁ、みWikiさーん!と喜ぶ人は喜ぶんだろうな、と思いつつ画面の下を見ると、「資料ピックアップ」に貴重書画像データベースから、

つきしま  〔元和・寛永(1615~43)年間〕刊

幸若舞曲。平清盛が福原開港の工事で、人柱の代わりに寵童と法華経一万部を埋め、「経の島」を築いたという話。古活字版。挿絵には彩色が施されている。

の紹介が!えーと、もしかして、こんな所まで連想検索が連動してます?ちょっとびっくりです。
 で、「らき☆すた」でいくら検索してもコミックスが児童書で、しかも1巻しか出てこないぞ、と思っていたら、「☆」はどうも句読点と同じストップワード(他に呼び名があったと思いますが失念)だったらしく(笑)、「らきすた」で検索したらあっさり全巻(最近発行された5巻は多分整理中)のデータが出てきました。書誌データを表示すると、右上に、

 関連情報リンク ブックマークをつける ブックマークを見る おすすめ

の4種類のリンクが出現。「ブックマークをつける」のは何かはばかられたので、とりあえず「おすすめ」をクリックすると、こんなのが出てきました。

Portaosusume_2

多分、Amazonの「おすすめ」と同じシステムなのだと思います。ここまでやるか。
 ついでに、「関連情報リンク」をクリックすると、今度はこんなのが。

Portakanren_2

 ……何だか凄すぎて、あと、楽しすぎて、余計に悔しくなってきました。こんなのが何の役に立つ?って何年か前の自分なら言っていたと思います。今の自分は、PORTAが知識の大海に楽しく立ち向かうのに有用なツールだと素直に認めることが出来る分、少しは成長できたのかも知れませんけれど、小さい仕事でぐだぐだしてる最近の自分が何か嫌になりました。もう寝ます。

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2007.10.14

ブログデザインマイナーチェンジ

 mixiのリニューアルネタを書いていたらふと自分のブログのデザインがとても気になって仕方なくなり、よし、やるべ!と、ひっそりとブログのデザインをマイナーチェンジしてみました。とはいえ、CSSは得意ではないので、ココログ管理画面に用意されている「デザイン」の「テーマ編集」で文字の色やサイズや背景色をいじっただけではありますが。
 リンク部分の文字色やタイトル部分の配色は、基本的には前に使っていたデザイン「アポロ/ミルクココア」を踏襲しました。このデザインも含めてココログのデザインテンプレは本文記述部分が狭い固定幅なのが気に入らなかったのですが、今回本文記述部分を可変幅にしてちょっとすっきりしました。ただ、前のデザインでは左右サイドの背景として網掛け画像が使われていたっぽいんですが、編集メニューには3列カラム部分に画像を使う選択肢は用意されていなかったので、ちょっとぼけたような背景になっています。
 それにしても、一旦自分で事前にプレビューなども見て、納得して変更した筈なのに、完成品を眺めると上記の左右サイドの件等が気になって、まだまだ直したくなります。なしてさー?と自分突っ込み中です。まあ、そのうち(自分の)目も慣れてくることでしょう。

 今回デザインの、特に配色をいじっていて思ったのは、淡色のベタ塗り背景って確かにちらついて見えるよな、ということです。そりゃ確かにmixi新デザインのように真っ白(カラーコード:#FFFFFF)を際だたせるよりは淡色でも塗ってある方がまだましなんでしょうし、Webの画面デザインにむやみやたらに画像を使うのは実は好きではないんですが、見やすさという点から考えると、確かにココログのデザインテンプレってよく出来てると思いました。でも本文固定幅は嫌いだからという1点のみで、自分デザインにしてしまいましたけど(^_^;)。

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2007.10.08

mixi、前のデザインに戻すのは勘弁。

 最近巷をにぎわしている「mixiのリニューアル後新デザインダメダメ問題」についてちょっと語ってみます。

【参考記事】
スラッシュドット ジャパン | mixi、新しいサイトデザインの評価は?

今回のmixiのリニューアルについて - 専門家に聞く [All About プロファイル]

【2ch】ニュー速クオリティ:mixiのデザインがリニューアルしたけど、見づらくてしょうがない
↑リニューアル後画像のサンプルが載ってます。

 初めに申し上げておきますと、筆者のWebデザインスキルは、StyleNote等のテキストエディタやWeb DeveloperでCSSを軽くいじった経験がある程度のレベルです。なので、以下の記述は技術屋の立場でもWebデザイナーの立場でもない半端な書き方となっております。ご了承ください。

 まず、新デザイン、文字表示や背景に溶け込みすぎた枠線など、全体的にぼやけ感が増したのは確かに否めません。あと、個人的には白背景って好きなのですが、淡色のグラデーションが基調になっているためか白背景との相乗効果で膨張して全体に反射して見えるのが「見づらさ」につながっているものと思われます。

 ただ、新デザイン反対派の人の声が「前のデザインに戻せ」なのはどうにもいただけないです。前のデザインって…そんなに良かった?
 確かに新デザイン、3カラム配列がデフォルトになっていて変えられないとか、サムネイル画像が増えて画面を食ってうるさいとかの悪印象はありますが。また、前の画面との相対的な比較として「ボケてて見づらい」とは感じますが。でも、前のデザインがそんなに良かったとは思えません。むしろ、あの素人臭いデザインに戻すのだけは勘弁してくれって感じです。元のデザイン好きな人が多いみたいなのが意外。自分が少数派なのでしょうか?

 新デザイン、だいぶ見慣れてはきました。前のデザインでは何回やっても反映されずムキーッ!となっていた項目枠の上下並べ替えもあっさり反映されるようになったとか、コミュニティ最新書き込みで以前は表示されなかった書き込み時刻が表示されるようになった(これは家族が先に気づきました)とかいう小さい改善点は良だと思います。
 あと、Webアクセシビリティについて。まだ読み上げブラウザでは試せていませんが、少なくともテキストブラウザのLynx for Win32では支障なく読むことができました。また、色覚シミュレーションソフトColor Doctorを通して見る限りではありますが、各種の色覚障害にもしっかり対応できているようです。
 こうした改善点は残した上で、「現在のデザインに」更に改良を施していくことを希望いたします。ブラウザ毎の再現性の違いに配慮しない闇雲なCSSの適用は避けた方が吉ですが、かといってまたTableタグで構成された前の画面デザインに戻されるのは嫌なので。

 ただ、「Mac OSやVistaでいきなり正しく見られなくなった」ってのは確かにmixiマズったな、と思いました。ビジネス用ツールと違って幅広いユーザを想定しているのだから、善良なMacユーザやVistaユーザを路頭に迷わせるのはあまり得策ではないな、と。
 でも、Macのアプリケーション(特にブラウザ)を開発してる方に対しても一言言いたいです。多数派に迎合しない姿勢は立派だと思いますが、せめて対応アプリもどきを作ってみる努力とか柔軟性というのも少しは必要ではないでしょうか。
 これは本筋とは関係ないのですが。こういうことを言うと怒る人も多いだろうけど、Safariって欠陥ブラウザだと思います。相対的に見て。ついでに、大人の事情は無視して言いますと、Mac版を開発終了したIEもどうかと思いますけれど。

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2007.10.07

「町の本屋さん」が無い町の住人より

 以下は、先日の毎日新聞の記事「発信箱:本屋がなくなる=中村秀明(経済部) - 毎日jp(毎日新聞)」を読んでの感想です。
 子供の頃、家から歩くと30分ぐらいかかる「町の本屋さん」にたまに連れて行ってもらって、そこで主に「なかよし」等の女の子雑誌や、時々児童書(うちの親は偉人伝を読ませるのが割と好きだったなあ)を買ってもらえるのは確かに嬉しかった覚えがあります。
 引っ越しで一旦その町を離れて、8年後に再び戻ってきた時、町に駅ビルなんかができて栄えているのに反比例してその本屋さんが品揃えも店内の雰囲気もすっかりさびれまくっていたのは悲しかったです。今思えば取次から本が回ってこないとかの問題もあったんでしょうね。町の本屋さんが消費者へのアピールに知恵を尽くしたとしても、取次の体制として小さい書店に本が回って来づらくなっているんだからどうしようもありません。

 で、一消費者としては、本がなかなか入ってこない町の本屋さんよりはAmazonさんなどネット書店を利用したいというのがやはり人情です。というより、筆者の現住地はここ40年ほどで造成された研究学園都市なので、そもそも所謂「本屋のオヤジさん」がやってるような小規模書店というのが皆無な訳ですが。
 また、所謂リアル書店――地元の中規模書店や郊外型書店、それから大手チェーン書店――においても、東京都区内に電車で1時間、車で2時間もあれば出られる地方都市であるにもかかわらず、新刊書がなかなか発売日に入ってこないという欠点が存在します。飛行機に乗らないとその日のうちに東京に行けない場所に住んでいた経験から申し上げると、雑誌が発売日に入手できるだけでもマシと言えばマシなので、あまり贅沢は言えないのですが、それにしてもあんまりと思うことがちらほらあります。

 と言うことで、そういう場所に生活している消費者としては、郷愁だけでネット書店を全否定することは出来ないなあ、と考えるわけです。ネット書店だと、Amazonのレビューやbk1のブログトラックバック受付等、読者のレビューも見られて参考になるという利点もありますし。ちょっとマニアックで出版年次がやや古めの本も、リアル書店だと返本されちゃったりしてて、取り寄せにも時間を要することが多いけれど、ユーズドで見つかることが多いですし。
 まあ、昔よりつくばと東京が近くなったと言っても、それはあくまで電車の話であって、取次からの書籍の運搬手段である自動車の交通インフラは何ら変わっていないので、仕方ないかも知れませんが。いっそTXで貨物を扱ってくれればいいのに、とか非現実的なことを言ってみるテスト。

 あ、こまごまと色々書いてますが、今回は全部、リアル書店の取次に対して、もうちょっと何とかせい、と言ってます。取次の事情、井狩春男さんのエッセイでしか知らない素人だから言えるご託ではありますけれど。

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