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2008年3月

2008.03.29

脱衣カバー

 『もえたん』と言えば、どう見ても小学生女児にしか見えない幼児体型の美少女という、ある種の趣味の皆さんのストライクゾーンをあからさまに狙った設定の女子高生虹原いんくが、魔女っ子家庭教師ぱすてるインクに変身して活躍する英語教本で、アニメにもなったアレなわけですが。最近は次のような関連本が発売されています。

Amazon.co.jp: もえたん ビジュアルファンブック: ポストメディア編集部: 本

 この本の現物を見たところ、帯には「脱衣カバー」と書いてあるではありませんか。上記リンクの表紙画像をご覧いただくとお分かりのように、書籍本体にはぱすてるインクの全身像が印刷されています。で、くだんのカバーは透明なアニメのセルっぽいカバーで、ぱすてるインクのコスチューム「だけ」が印刷されております。つまりカバーを剥がすと……そういうことです。皆まで申しません。ちなみに裏表紙にも別の魔女っ子2名がいて、全く同じ状態になっています。

 で、気になったのは、この本、国立国会図書館(NDL)にちゃんと納本されるかは分かりませんが(2008年3月29日現在未納本ですが、同じ出版社の他の本は結構こまめに納本されている模様)、もし真面目に納本された場合、脱衣カバーは一体どこに行ってしまうのか?ということです。確か、NDLに納本された図書は全てカバーを剥がした上で装備され、受入されると聞いています。と言うことは、『もえたんビジュアルファンブック』も容赦なく脱衣状態になる訳で(汗)。
 多分、例外はあり得ないでしょうけれど、今後永久に美少女達が脱衣状態で保存されるのは忍びないので、何とかならないものかと気になっております。いえ、お好きな方にはたまらない状態なんでしょうけどね。

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2008.03.25

図書館という迷宮の出口はどこ?

 以下は最近はてな界隈で話題の、同じ方のブログエントリ2件。

  図書館業界の腐りゆく状況 - 火薬と鋼
  それでどうするんですか - 火薬と鋼

 これを書かれた方と同様、自分も図書館の金の流れをどうしたら良いかなんて本腰入れて書くのは大嫌いです。本当はそういうことを考えるのは仕事だけにしておきたい気持ちがかなりあります。
 と言いつつ手前の仕事がらみの近況を少しだけ申し上げますと、洋雑誌の経費節減の為にさんざん頭を捻って方策を考えて、系列館の皆で努力してそこそこの成果は出せたというのに、それに対して努力が足りないとケチ付けられました。もっと成果(あくまで経営面での成果であり、必ずしも利用者の為になる成果ではない)を出さない限り、洋雑誌の購読契約が遅れても致し方ない、とか言われて、苦し紛れの成果(と言って良いかも疑わしいもの)を打ち出すしかなく、系列館からも努力が足りない、と言われてしまうような状況に陥りました。もちろん、そうなる前に経営者サイドを納得させられなかったのはこちらの力不足が最大の原因なので、今後は二度とこうした事態に陥らない努力が肝要と反省するばかりです。
 早速脱線してしまいましたけど、例えばそうした、図書館が経費節減のスケープゴートにされる状況の根本的な打開策や、それを進めるために十分な能力も残念ながら持ち合わせていない立場なので、上の方の気持ちはちょっとだけ理解できないこともありません。書いてもゴミにしかならないとは思いますが、それでも一言書かないとすっきりしないので書いてしまいます。

 まず、図書館に限らず正規雇用を減らして非正規雇用やアウトソーシングで税金を安く上げようという方向については、図書館業界の誰も異を唱えていないわけではなく、むしろ声を大にして言っていると思います。何故なら大なり小なり公共、学校、大学、専門の各館種に共通する問題だから。
 でも現実問題、そういう非正規な立場のスタッフであっても、いなければ図書館の仕事は回りません。税支出減らせって号令がかかっている中、図書館だけ正規職員の増員を求めるような要求を通すのは、決して簡単ではないですし。
 もちろん図書館の、または図書館に限らずある種の少しでも熟練と学術的専門知識を必要とするとされる部門の業務が、そういう継続性の低いスタッフで十分と思われてる状況が良くないということは、ある程度そうした業界で経験を積んでいる人とか、業界の現状を惜しみなく伝えようとする、心ある先生に教わっている学生さんとかには理解されている筈です。ただ、某SNSなどを見てるとそうではない「司書を目指す若者」も多く存在するらしいことが分かるので心が痛みます。

 ひとつ疑問なんですが、最初のエントリで述べられている、高い理想ばかり語っている図書館系ブログって一体どこのことなんでしょうか?現状に対する知識はあっても職に就いて戦ったことのない、でも現役の人達と交流して何かを学び取ろうと頑張ってる学生さんの所?それとも厳しい現実と戦うために日々「このように在れかし」と理想実現のアイディアを蓄積したり、あるいは過去の図書館学教育という重力に捕われた人々に檄を飛ばしたりしている現役職員のブログ?もしくは限られた現状の中でサービス維持(時に向上)に努めている人の所?いえ、本当にどこだか分からないだけなんですが。
 この図書館系ブログに対する認識は、たまたま単にこの方が(あるいは私自身が)偏っているだけなのだろうか?あるいは壮大な釣りなのか?とついこちらとしては思ってしまうのです。でも、言論手法はともかく、図書館の現状と将来がとても心配なのは分かります。それはこちらも一緒だから。

 で、こういうことを書いている自分はこれからどうしたいか?という話ですが、1つの組織の中で流れを作る権力は今はありませんし、職階制度から言ってこれからもそういう流れの決定権限を持つことはまずないでしょう。ただ、流れに抗って反論する位の権限ならあるので、こちらも頭悪いなりにもう少ししつこく抵抗してみよう、と考えているところです。
 一言だけ理想論を申しますと、現在はびこっている、貧乏さえ乗り切れれば図書館とその他の非営利サービスの安定継続性が崩壊してもよしとするような減員政策はそろそろ見直していかないとまずいと思うのです。非正規スタッフにかけられる負担には限界がありますし。
 と申しましても、今の図書館で縁の下の力持ちになっているのは確実に彼らです。繰り返しになりますが、彼らなしでは図書館を運営することはまずできません。彼らが司書の仕事で食べていけるようにする道を切り開き、かつ図書館を腐らせずに保ち続ける手段は一体何処にあるのでしょうか。……そこを何とか良い方向に持っていくのが、きっと我々現役の正規職員の仕事なのですね。すみません。

※現在の司書養成制度が粗製濫造じゃないかとか、所詮今の図書館は、そういう粗製濫造司書でもやっていける程度の職場だ、という見方もあるかと思われますが、それについては今は触れないことにします。

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2008.03.20

イエヴァン・ポルッカ

 イエヴァン・ポルッカ(Ievan Polkka)という曲と、そのパロディ作品がニコ動周辺で流行っているようです。一度聴いたが最後、あのリズムと旋律が耳について離れてくれません。
 Wikipediaの「イエヴァン・ポルッカ」及び「ロイツマ・ガール」の記述によれば、元は長ネギを振り回していたのはアニメ「BLEACH」のキャラクターである織姫ちゃんだったらしいのですが、今や長ネギと言えば初音ミク、になってしまっています。確かに、織姫ちゃんのflashアニメ(ロイツマ・ガールというらしい)を見る限り、ノリが明らかに日本人のツボに入るノリとは異なるので、そのままの形で輸入してもここまでは流行らなかっただろう、と思うのだけど、何だか最初違う人の持ち歌であまりヒットしなかった「悲しい酒」を、美空ひばりが歌い始めてしばらく経ったら名曲にラインナップされるようになったような、そんな引っかかる思いを抱いております。

 あと、これは広く共感を求めるつもりはありませんが、イエヴァン・ポルッカを聴くとどうしても黄桜の歌(♪カッパッパー、ルンパッパー)を連想してしまいます。あのほのぼのしたリズムがどうも密接に似通っている気がして仕方ありません。自分に動画編集環境と能力さえあれば絶対黄桜カッパとポルッカをコラボさせるのに、と歯がみしながらイエヴァン・ポルッカの出だし(アッチャッチャー、と聞こえる部分)に黄桜の歌の歌詞を乗せて歌ってます。それはいくら何でも変でしょうか?

(2008.3.21付記)
 ロイツマ・ガール、筆者に造詣が無かっただけで、発表当時から日本でもしっかり流行っていたみたいです(^_^;)。ただ、一般的な日本人ならああいう1シーンだけリピートするという作り方はせず、複数シーンのモンタージュで作ってしまうような気がしたので(動画を音楽の飾り的に使う場合は別)、こちらとしては結構違和感バリバリでした。……って、日本人も世代や教育によって多様だから、「一般的」でくくってしまうのは危険ですけれど。

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2008.03.18

ブログをハンドルで書く理由

 以下は、実名で活動してたほうがプライバシーは制御しやすいのかも。 - 図書館情報学を学ぶ」の記事を読んで思ったことです。

 かねてからARG編集長の岡本様も主張されているとおり、インターネットで言論活動を行うに当たって研究者が実名を出すことは、豊かな人脈を築く契機になる等の面でプラス要素が大きいと常々考えております。
 しかし、実名を出したくても出せない場合というのがあります。そもそも普通の図書館員の場合は、固有の名前を有した一個の職業人である以前に役人であるとか、企業や団体の社員・職員であるとかいう場合が多い訳で。その辺に関しては以前拙ブログの「図書館員の能力・業績とホームページについて」で考察しました。

 残念なことに、日本においては一個人の発言を、その人物が属する組織と切り離すことはそう容易ではありません。
 筆者の場合、ずるいかも知れませんが、個人として語る場を保つために実名をここでは伏せ、ハンドルで書くことにしています。まあ、現実に面識がある人が読んだらバレバレなようですけれど。
 とは言っても、どうしても自身の思考回路は、十数年間組織の人間として生きてきた過程においてじっくり醸成されたものですので、ブログにおける自分がまるっきり虚構の存在というわけにはいかないでしょう。また逆に、自分の文体というのは今ひとつ格調高さに欠けていますので、この格調のない文章=自分として見られたくないという気持ちがどこかにあるのだと思います。

 何だかんだ書きましたが、結局の所実名を出したくないのは、以前、絶対検索エンジンなんか使わないだろう、と高をくくっていた実家の家族に実名を検索されて、それなりにお金と時間をかけていた趣味活動の記録がバレたことがあるというのが一番大きい原因だったりするのでした。まさに「図書館情報学を学ぶ」の記事の「ネットの活動と実生活の活動が乖離している」ケースに該当します。所詮人間なんてそんな小さいものです。

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2008.03.15

ねんきん特別便

 「ねんきん特別便」(そう言えば何故「年金特別便」じゃなくて部分的にひらがななんだろう?)が、ついに筆者の所にも届きました。筆者の学生時代の国民年金は親がまとめ払いしてくれていましたが、その記録と今の勤務先の年金を自分で結びつける手続きをした記憶が皆無であったり、国民年金支払い時とは姓が変わっていたりする等、年金に関しては危ない要素が満載であるという自覚はありました。でも何か手がかかりそうだし、それに色々大変そうな社保庁の人にわざわざ電話を入れるのは何だか申し訳ないという気持ちもあって、ついつい忙しさにかまけて問い合わせをサボっていた所、案の定、といった感じです。
 学生時代に(親が)払った年金の記録と現在の勤務先の年金の記録とがきちんと紐付けされていないというのは予測できていましたが、どうも勤務先の年金の登録が旧姓のままになっているらしく、そこは想定外でした。そう言えば自分で意識的に年金関係の改姓手続きをした記憶がないや、と初めて思い当たった始末です。大体年金関係の手続きは基本的に他人を当てにせず自己責任でしっかり行うべきものだなんて、最近の年金騒ぎで初めて知ったようなものですし。いやしくも自分で稼いだお金を注ぎ込んで居るんだから、もっと早く意識すべきであったと反省しています。
 それにしても「特別便」の返送書類の記入説明は実に分かりやすいですね。流石、分かりづらいという意見が出て改善された(らしい)だけのことはあります。でもこれだけ親切に書いてあっても、読み取れない人とか、あるいは「字が多くて面倒」とか言ってほっぽり出す人は絶対いるんだろうな、と思うと軽くウツになりました。生きるためには最小限、この手の説明書を読んで内容を実行できるだけの国語力は必須だと思います。かつてのテレビのお笑い番組「オレたちひょうきん族」で、冷蔵庫やら何やらの取扱説明書をベテラン俳優がひたすら朗読するというコーナーがありましたが、ああいう風に何の変哲もないマニュアル類を音読したりして読み取れるようにする力もまた、国語教育において、文学作品の読解力と同じぐらいには身につける必要のあるリテラシーだぞ、と、学生時代国語の成績だけは良かった(=試験問題の出題者の意図をせこく読み取る能力だけがあった)者としては考えてしまうのです。
 あ、みんなそう考えたから、ちょっと古いけど『声に出して読みたい日本語』が流行ったりしたのですね。今更のように声高に言う話ではなかったかも、とまた反省。

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2008.03.08

セクスィー司書

 某SNS経由で、以下の記事の存在を知りました。

ベッカムやジュード・ロウが着用し人気復活!カーディガンが記録的売り上げ : 映画ニュース - 映画のことならeiga.com

 この記事に、イギリスでカーディガンがバカ売れしているブランドのデザイナーの発言として、以下のものが紹介されてます。

“ジョージ”のデザイナーはこのトレンドについて、「カーディガンは非常に着回しの効く服で、ジーンズとも好相性です。男性がスーツの下に着用すれば、セクシーな司書風にも変身できます」とコメント。

 セクシーと言えばやはりNHK『サラリーマンNEO』の「セクスィー部長」だろう、と即座に連想してしまった自分。

 というわけで、以下、「セクスィー司書」を妄想してみました。セクスィー部長を知らないと分からないネタもあるかと思いますが、しばしお付き合いください。

*   *   *

 私は某市と契約している清掃会社にアルバイトとして勤めており、市立図書館の清掃を請け負っている。この図書館の建物は、その属する自治体の規模と同様、決して大きくはないが掃除が楽になるほどではないそこそこの広さで、閲覧スペースも程よく保たれていて過ごしやすい。そして蔵書も絵本から専門書までバランス良く揃えられていて、朝から夜まで来館者が絶えることがない、と聞いている。
 そして、この館にはとある名物司書が働いていることでも密かに有名である。

 ある日、図書館の出入口近くをモップで清掃している時に、カウンター方面から女性の不機嫌そうな甲高い声が聞こえた。
「あなた、私に○○という本を買ってくださるっておっしゃってたわよね?」
 近寄ってみると、顔立ちの整った、派手な化粧とスーツの恐らくは水商売風の女が、カウンターにいる若手職員の男に詰め寄っていた。
「そ、それは確かにそちらからリクエストをいただいた図書ですが、収書会議の結果、当館の収書方針からは外れてしまっているということで購入しないことになりました。国立国会図書館には所蔵されておりますので、相互貸借で借りて、当館内にて閲覧いただくことなら出来ます、と昨日お電話にてご説明申し上げたかと思いますが?」
「私はあの本がこの図書館に欲しかったのよ!そんな外に持ち出して読めない本なんて要らないわよ!」
「し、しかし……」
 カウンターの若手職員はただうろたえるばかりである。その背後から、どこか艶のある男の声がした。
「そう、そこでじっとしていて……今僕が行くからッ!」
「あぁっ!セクスィー司書!」
 長身で整った顔立ちの、金のネックレスを身につけた男が、カーディガンを左肩に引っかけ、白シャツに白パンツ、そして白エプロンを着用して、ラテンのリズムに乗って軽く腰を振りつつ事務室から現れた。
 この奇妙な男に、若手職員がすっかり恐縮した様子で、
「すみません色香司書……こんなことでお手を煩わせてしまって」
と頭を下げている。どうも彼の上司のようだ。色香と呼ばれた男は、
「いいんだョ!」
と事も無げにささやいている。それに対し若手職員は、
「あああああ!何て優しい香りなんだ!心を奪われそうだ!」
 何だこの図書館?と思っていたら、例の女も同じことを考えていたらしく、
「な、なんなのよ、このおっさん!」
と侮蔑を込めて白ずくめの男を睨みつけた。
「せ、セクスィー司書に対して何てことを!色香司書、思い知らせてやって下ください!」
 色香司書は、おもむろに女に近寄った。
「放っておいてすみません。私この者の上司、司書の色香と申します」
「な、なによこの香り!」
 確かに男の周りには不思議な香りが漂っていた。そうだ、思い出した。これは貴重書に挟むナフタリンペーパーの香りだ。
「ちょっと!セクスィー司書なんてちゃんちゃらおかしくてよ。アタシはたくさんの図書館を利用してきたのよ!?そう簡単になんて負……け……な……!」

 女の啖呵が途切れた。丹念に化粧の施された顔の上に、色香司書のしなやかな手がかざされ、ゆっくりと撫でるように妖しく動かされたかと思うと、女がふらりと色香司書の腕の中に仰向けに倒れ込んだ。周囲の空気が桃色に変化した。
「な、何!?この感じ!?」
 女の様子がおかしい。どうやら色香司書の手管に見事にはめられているらしい。色香司書がまばたきもせず女の瞳を見つめながら、情熱的な口調で語る。
「キミは確かに毎日数多くの図書館を見てきている。でも、きみは図書館を貸出の場としてしか捉えていない!確かに貸出も大事だ。しかしッ!本当に図書館を知るには、無垢な心で、図書館のくつろいだ空間に身を委ねてみることなんだよ。まずその手始めとして……僕と……あのリラックスした利用者の皆を……見て!……見えてきたかい?図書館は(図書館は)利用者が(利用者が)大好きだッ(大好きだッ)……!」
「ごめんなさい……私が馬鹿だったみたい……」
と、女はカウンターの前にへなへなと倒れ込んだ。すっかりセクスィー司書に骨抜きにされたようだ。

 桃色だった空気は、いつの間にか透明に戻っていた。放心していた若手職員も、
「おい、キミ!次の利用者が待っている。お仕事の時間だョ!」
という色香司書の声で自分を取り戻し、カウンターでの貸出・返却業務を再開した。
 色香司書はカウンターの上の書類入れで乱れている図書館利用登録申込用紙の束をさりげなく揃えている。几帳面な人なのだ。
 床にへたり込んでいた女も、ふと我に返ったようである。
「あ、あの……」
とまだ半分夢見心地な表情で色香司書にゆっくり歩み寄ろうとしている。しかしその時色香司書が、
「ていっ!ビジネスと色恋は一緒になさらぬようッ!」
とぴしりと言い放つが否や、くるりときびすを返して、呆然とする女を背に颯爽と去っていった。

 そして、私に関わる部分にも変化が起きていた。
「あ、あんなに泥で汚かった出入口が綺麗になっている。そして自動ドアもピカピカに!ありがとう!セクスィー司書!」

*   *   *

 というわけで、「セクスィー司書」、いかがでしたでしょうか?え?オチが弱いですか?そうですか……。

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2008.03.01

書店の力

 今回の記事は、以下のお話に触発されて書いています。
ニートの19歳女の子を札幌『紀伊国屋』に連れてったら感動して泣かれた話*ホームページを作る人のネタ帳

 はてブのコメントを見るに、話の本筋よりも、この話を「捏造」「作り話」として捉えている人の多さに驚きました。例えば小説家が私小説を書く場合に実話をベースにしながらも何%かは嘘を混ぜるのがセオリーであると聞いてますが、それと同じくこういうネタ話が100%実話ではないにせよ、まるっきり作り話ではないんじゃないかと思うのだけれど。
 元記事の作者さんの日頃の評判は存じませんが、こういう感動系話に「嘘つき」って突っ込んで楽しむ屈折した文化というのが確実に存在するんだなあ、と嘆息。

 amazonやbk1を探せば確実にあり、近所の書店には無い可能性が高い本と分かっていても、それでも私は時間のある時に近所の書店を巡ってしまいます。理由はシンプルに「楽しい」から。「楽しい」の中身について言葉にすると次のような感じです。
・たくさん本が並んでいる書棚を眺めて、その中から目当ての本を探すのが楽しい。もちろん、書棚の整理が行き届いている書店であることが大前提です。
・たまに思いがけない本を発見して眺めて、時には購入するのもたのしい。
・どうしてあの本を置いてないの?って文句たれるのもまた楽しい(末期症状?)。

 最後に、図書館屋の端くれ者の本音としては、冒頭のネタ話の娘さんの感動を呼ぶのは書店ではなく図書館であって欲しかったなあ、と思います。でも、
「人気のある最新刊をすぐ手に取れて自分のものにすること」
と、
「ネットで入手できるものより微妙に枯れているけど決して陳腐化していない情報の現物が多数並んでいる中から自分の責任(お金を出すという意味において)で選び取ること」
とが同時にできる場所となると、やっぱりリアル書店という選択肢になってしまうんでしょうね。複雑。

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