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2008年6月

2008.06.28

お国言葉

 「図書館員もどきのひとり言」の文体が時々お国言葉(関西系)でざっくばらんになっているのが羨ましいなー、と思いながらいつも拝読しています。何故なら、自分がネイティブなお国言葉を持っていないから。
 まず、実家があるのは茨城県南地域ですが、そこは自分が生まれた土地ではなく、また、両親の出身地でもありません。生まれてこの方、県南で暮らした年月が最も長い筈なのに、新興住宅地で育ったためか、はたまた友人が少なかったためかは知りませんが、地元言葉がほとんど定着しないままここまで来てしまいました。

 自分的に最も自然に口に馴染む話し言葉だと思っているのは、居住期間こそ10年に満たないけれど2回も引っ越して暮らしていた北海道の言葉なのだけど、「ゴミをなげる」はともかく「物をいのかす」が普通に口にできるほど体内に定着しているわけではないですし。
 最大の問題は両親や祖父母の使っていた話し言葉が半端に乗り移っていることでしょうか?「~しないんかい?」「布団をふんごたねる」等々(これだけでどこら辺の言葉か分かったら凄いと思う)。

 と言うわけで、結果的に現在ネイティブに使っている話し言葉は、標準語+上記のお国言葉がごちゃ混ぜになったものです。これが私の言葉だ、と言ってしまえばそれまでなんですが、この普段使っている話し言葉をそのまま文章化しても、どうも訳の分からないものになってしまって収まりが良くないかと思われます。結局今の文体を続けるより他に手立てはなさそうです。

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2008.06.26

ミニノート待ち中(物事を悪い方に考える)

 現在メインマシンに使っているノートPCが、メモリが少ない(最大限追加して760MB)上、色々なソフトだの音楽データだのを詰め込みすぎたためか徐々に重くなってきました。ついでに、そもそも持ち歩きにも対応できるようにノートにしたと言うのに、盗まれたら困るデータファイルも増えてきたので、持ち歩き専用ノートPCがそろそろ欲しいなあ、と思っていたところ、先月になりHP 2133 Mini-Note PC発売、の朗報が入りました。
 6月24日(つまり一昨日)発売、と聞いて早速販売サイトにアクセス。イー・モバイルの通信契約付きパックもありましたが、まだ対応エリアが多いとは言えない通信に月額6,000円は払えないぞ、と思いとどまり、ハイスペックモデル(定価79,800円)を普通に選択。サポートオプションを付けたら何だかんだで140,000円近くになってしまいましたし、生産が間に合わなくて遅れるかも、という注意書きも出てましたが気にしない、とばかりに注文操作を完了。

 昨日になり、2133の販売一時停止(HP 2133 Mini-Note PCの販売一時停止のお知らせ)を知り、驚きました。販売再開は7月中旬以降とか。
 自宅用メールアドレスに昨日の午後届いたHPからのメールを見たところ、

これより在庫の確認を行いますので、納品日につきましては別途ご連絡させていただきます。

と書いてありました。何だか「確認の結果、在庫が足りませんので7月中旬発送となります」みたいなオチが待ってそうな気がしないでもありません。初期ロットでババつかむ覚悟は(昨日ようやく)できたので、どうぞ無事届いてもらいたいものです。

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2008.06.21

6/18読売のシリアルズ・クライシス記事について(6.21加筆)

 6月18日にYOMIURI ONLINEに掲載されたこちらの記事について。

大学が学術雑誌買えない : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 地方の大学とはいえ、国立大学にしてこの状況なのか、というのは結構インパクトがありました。国立大学は、国立大学図書館協会として出版社と団体交渉が可能だし、教育研究機関として国の補助も受けやすい立場にあるとは思うのだけど、大学による貧富の差というのはどうしようもないのだと実感しています。大体、ジャーナルって1タイトル当たりの年間購読価格は10万円以下のものから数百万円のものまでまちまちだけど、まとめて積み上げた時の契約額が本当に大きくて目立ちまくるので、真っ先に経費削減の槍玉に挙げられてしまう、何て損な製品なんだろう、と思うわけです。
 ということで、シリアルズ・クライシスは全然終わっていません。みんな終わって欲しいと思ってるだろうし、終わったことにしたい気持ちも分かるけど。少なくとも私にとっても全く終わっておりません。というか、ずうっとそれがらみで引きずっている仕事があるのだけど、他の仕事も本当ーーーに色々立て込んでいて、全然進められず辛いのです。こんな所に書いてる暇があったらさっさとやれ、という話もありますが。

 以下、今回の記事に対する、主にはてブ諸氏の反応にマジレスする形で思う所を書いてみます。大学図書館の人間ではないのでピントがずれているかも知れませんし、また、この問題についてもっともっと勉強しないといけないのは承知の上です。

  • 電子ジャーナルに切り替えると契約を打ち切った時全部読めなくなる
    →正確に言えばン万円だかの利用料を払い続ければ、契約中止前の発行巻号は読めるようにしている所が多いです。でも冊子体のように現物ではなくバーチャルな物(アクセス権)しか残らないことへの抵抗感は根強いかと。
  • 「値上がりは、紙媒体と電子媒体の両方を発行することなどで出版社の製作コストが上昇しているのが原因」(元記事より)
    →実は某出版社さんとお話しした時に全く同じ説明を聞いたわけですが。「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」のエントリでも指摘されてるように、それだけが原因とは言えないでしょう。
     上記エントリでも示されているとおり投稿論文が増えて雑誌のページが厚くなったとか、それに物価自体の上昇とか、カラー印刷が増えたというのも原因でしょうし、また、値上がりすることで購読契約が減少して更に高くなると言う悪循環もありますし。
  • 「研究者の個人購読に切り替えた」<研究費から購読料を支出しているのであればそれを図書館に回せば良いのでは。
    →多分この記事で言ってる「個人購読」は私費ではなく公費分のことかと。あくまでうちの職場(非大学)の一例で言うと、研究費から持ってくることが可能な分は既に図書費に持ってきていたりします。しかし、それで多少の値上げ分補填は可能だけど、根本的解決にはなっていません。あと、個人向け購読料の方が図書館向け購読料より安いのが通例。
  • 雑誌の種類が多すぎる(特にNature系)
    →同意。Nature系は毎年雑誌を増やしすぎ。
  • 学術雑誌は教員のアリバイ作りにすぎず、学術的価値はない。
    →そこまで言われてしまう雑誌がどれなのか知りたいです(笑)。どの分野にもコアジャーナルというのがありますが、それ以外の雑誌を指している?
     ただ、あまりしょぼい雑誌ばかりに採用されていると、大学や研究機関の内部評価が……でも、評価が低くても、そこそこ生き延びられすれば良いのか。
  • 紙媒体の雑誌にこだわらず、横断的な記事データベースだけ国で一括購読すれば良いのでは?
    →全国区のマルチサイトオンライン契約で大幅割引してくれるフルテキストデータベースがあれば教えていただきたいです。
     あと、購読契約を行う主体である「国」というのは具体的にどこを想定されているのか?文科省をはじめとする省庁が、建前上は法人化により国から切り離した大学や研究機関に対して、どこまでそうした手立てを取れるのか?という疑問があります。
     ついでに言えば、例えば文科省や国立大学系がそれを実現したとしても、公私立大学や、文科省系以外の研究機関への恩恵というのは恐らくないでしょう。
  • シュプリンガーを全部切る前に必要な雑誌を吟味する努力はしたのか?
    →その台詞、山口大図書館の人の前で言ってみろ(笑)、って思いました。当然学内の意見を募ってさんざん吟味はしてる筈。または、シュプリンガーであれば他の大学でも大概購読しているのでそちらへのILLで済ませる方が、電子ジャーナルを契約し続けるより安上がりで、それが耐えられない場合は研究室で買ってね、っていうことではないか?とも推測しております。
     ところで山口大はシュプリンガーの冊子体は残しているのでしょうか?確かあの会社は冊子体と電子ジャーナルの契約は別扱いだけど、電子ジャーナル購読による冊子体の割引制度というのがあったと思います。電子ジャーナルを中止することで冊子体の購読価格が高くなってるのではないかと心配です。

 これ以上反応していると、自分の知識不足のボロが出てきそうなので、この辺にしておきます。

(2008.6.21付記)
 研究費の図書費への振替について書かせていただいた、
「しかし、それで多少の値上げ分補填は可能だけど、根本的解決にはなっていません。」
に関して、一言だけ補足。
 だって補填しても雑誌の値上げは止められないしぃ、という意味でこういう書き方をしました。
 あと予算区分上、研究費と一口に言っても複数区分があって、図書費と同じ区分に属するものは振替できるけど、違うものからは振替できなかったりします。そう言う意味でも限りはあるかと。
 それから、研究者が自分で獲得する予算として科研費がありますが、科研費の直接経費を図書館で購読する雑誌の購入費に充てることはできなかったかと思います。所属機関に交付される間接経費を、「図書館の整備、維持及び運営経費」に充当することは制度上できるようですが、やはり雑誌に充てることはできないのではないかと。間違ってたらどなたか突っ込んでください。

 私の文章ですが、感覚的にダラ書きする傾向があるもので、緻密さ、厳密さを重視する理系な方には分かりづらいかと思います。でもこういう書き方しかできないのでどうかご勘弁を(^_^;)。

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2008.06.17

慶應の学術コンテンツ横断検索

 自分の相変わらずの処理能力のなさのせいもあって、仕事も急がないといけないのにあまり順調ではないし、面白くないなあ、と思いつつ帰宅。ぼんやりネットを巡っていたら、

慶應義塾内の学術コンテンツをGoogleアプライアンスで横断検索(Internet Watch)

というニュースを発見。早速、KICS(Keio Information Concierge Service)のサイトにアクセスし、お約束のように「福沢諭吉」で検索すると……?

 何故桃屋のCMがトップに引っかかる?(^_^;;)

 いえ、桃屋が自社CM映像コレクションを川崎市市民ミュージアム(KCM)に寄贈して、それを更にKCMと慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構(DMC機構)との共同研究により、教育・研究用ウェブ映像アーカイブとして公開しているものですので、実は何の不思議もないわけですが。23年前のCMと商品名なんてこれを見るまで忘れていたのに、見た途端にありありと記憶が蘇りました。
 ちなみに残りの検索結果は普通の福沢先生でした。「福澤諭吉」で検索するともっと普通。つまらん。
 学術用なのであまり遊んではいけないと思いつつ、「年表上に表示」機能って面白いな、とか遊んでしまい、こうしてオチのないまま記事を終えるのでした。

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2008.06.13

人生の価値

 日曜日に起きた秋葉原の事件。アキバのあっち側(電気街)は最近めったに歩かないのだけど、傍観者とは言え健康な人間でも見聞きしていて結構辛いのだから、体調のすぐれない人にはかなりのダメージを喰らわせるに相違ありません。
 正直言って、加害者が社会の谷底で苦しめられていて、オタクで……なんて言う話はどちらでも良かったりします。というか、関連記事をじっくり読むと辛くて胸が締めつけられるので、流し読み状態。
 今回のケースが、裁判の結果どういう判決になるかはもちろん分かりませんが、記事を斜め読みする限りでは、心が疲れ切って正常な状態にはなかった可能性はあるにせよ、しっかり計画性も判断力もありそうですし、まず極刑は免れないかと思われます。

 自分としては、人生の喜びとか生き甲斐とかを味わえない暮らしを送っていたらしき加害者の彼には、本当にそれらが自身にはなかったのか?心に余裕がなくなっていて見失っていただけではないのか?ということを、良く考えて欲しいです。その上で、あの時偶然歩行者天国にいた人々が、大なり小なり謳歌していた人生を断ち切るという行為がどれほどエゴに満ちていたかを十二分に理解してから、刑を受け入れてもらいたいと思います。自分の人生の価値が分からなければ、他者の価値など理解できるわけがありませんから。

 ずっとこの事件について何か一言書き残しておきたくて、何度も書いては消して、やっとこれだけ書けました。彼と全く同じではなくても、かなり近い絶望を抱えて生きている人はたくさんいるのだと考えながら。

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2008.06.06

無い物ねだり

 もう先々週の話になりますが、ちょっと3日程研修で出張していた間に職場関係の次期図書館システムの仕様書案が届いていました。かなり後れを取りつつ1時間位かけてチェック完了。
 さて、仕様書案、作成者の弁によれば結構たくさん間違いがあって、複数の関係者から修正指摘を受けたんだそうです。
 ところが。私には間違いを見つけられなかったのでした。……2個位しか。明らかに自分より10年以上も若い子ですら間違いを見つけているっていうのに。
 理由は明白。そもそも現行の図書館システムをきちんと使い込んでいないから。図書館業務経験年数を数えると5年以上はあるけど、他業務との兼務だったし、というのは多分言い訳になりません。

 ここで本来なら、締切が迫る中で折角作った案の大幅作り直しを強いられた担当者の気持ちを推し量るべきでしょうし、また、自分にはチェックできなくても、他の人がきちんとチェックして指摘してくれたのだから、そこは胸をなで下ろす所なのかも知れません。
 ただ、やっぱり自分は図書館屋としては半端者だということを思い知らされたみたいで、ちょっと悔しいのです。しかも一方的に自分よりへなちょこと思っていた相手よりも、既に図書館の実務能力が退化した状態になっているかと思うと。いえ、元々そんなもの存在しなかったのかも知れませんが。

 あと、他の多くの仕事と同様、図書館の実務って継続して取り組み続けてなんぼな所があります。やっぱり離れていると、実務の本当に細かい部分は忘れてしまいます。
 うちの職場系列の場合、個々の図書館の規模が小さくて、職員の頭数も少なく、特に新人採用が控えられている昨今は、中間管理職な人までが実務をこなさなければならないという現実があるのだから、本当はいつ図書館に戻っても付いていけるようにしておくのが理想だとは思うのだけど。でも、現在の仕事があまりにもそっちとはかけ離れすぎてしまっているからなあ。
 図書館にいた時も確か、上手くできない、思うようにいかない、荷が重い、ってぶーぶーと無い物ねだりしていたような気がするのですけれど、今の仕事でも同じような気持ちになっている自分がおります。もしかしたら責任を持って働くこと自体そもそも向いていなかったのかも?と後ろ向きになる時もあったりしますが、取りあえずぶん投げて逃げるのはイヤですし、誕生日を過ぎて不惑までのカウントダウンが始まった年齢で他に食べていく術を知りませんので、引き続き踏ん張ることにします。

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