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2009年5月

2009.05.28

言葉が見つからない

 昨夜、作家の栗本薫さんが亡くなられたそうです(栗本薫さんが死去 - ITmedia News)。

 彼女の小説は伊集院大介シリーズとぼくらシリーズを何冊か読んだぐらいで、高校生・大学生の頃、周囲の友人達がはまってわいわい騒いでいた頃にもグイン・サーガも魔界水滸伝も全く読んでいませんでした。中島梓名義の著作も、『にんげん動物園』『美少年学入門』『マンガ青春記』ぐらいしか読めておりません。

 ……の、筈なのに、何故か心の奥底にずしんとショックがのしかかっています。明らかに自分よりはるかに高みの、しかし割合近い場所に立っていた筈なのに、突然この世から姿を消してしまったというのが信じられないのだと思います、多分。
 ガンで闘病中とは存じていましたし、心のどこかで多少の覚悟はしつつも、いつかグイン完結のニュースをこの目で見られるものと信じておりました。

 追悼するための深い言葉がどうにも上手く見つかりませんが、ただただご冥福をお祈りするばかりです。56歳没はお若すぎますよ、やっぱり。

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2009.05.24

ヨコスカネイビーバーガー

Ynb  所用で横須賀に出向いた帰り、大滝町の「ビストロ グールマン」というフレンチレストランで「ヨコスカネイビーバーガー」なるものを食してきました。
 昨年11月に米海軍から横須賀市に提供されたレシピに基づき調理されているそうで、粗挽き肉を写真のとおり大変肉厚に仕上げたパテと、トマト、レタス、きゅうりのピクルスをバンズに挟みいただきます。
 パテの薄いクォーターサイズではなく、あえて普通サイズを選びましたが、なかなか食べ応えのあるバーガーでした。
 最初ベーコンが入っていない以外は佐世保バーガーの類似品?とも思いましたが(いや、どっちもルーツは米軍なので類似品も何もないのですが)、パテの味はもちろん、バンズの味も程よく香ばしくて大いに満足しました。

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2009.05.16

ポメラにあんになりました

 本日、新型インフルエンザの国内感染者発生を受けて、国内対策が第2段階(国内発生早期)に移行しました。
 今回は神戸での感染ですが、こうなったら東京、そしてつくばの地にいつウィルスがやってきても何の不思議もありません。首相官邸のサイトに掲載されている「確認事項Q&A」(新型インフルエンザ対策本部幹事会)のPDFファイルを読みつつ、せめて人混みへの外出時のマスクと、帰宅時のうがい、手洗いは真面目に実践したいと思いますが、既に連休明けから何度かうっかりマスク無しで上京して、人混みに揉まれています。感染した場合は、それはもう、粛々と行政措置に従うしかなさそうです。

 さて、唐突に、上記とは全く関係のない本題に入りますと、先週、「ポメラ」を買いました(写真参照)。

Image256s キーピッチは意外に広く、女性の手なら十分な感じです。
 日本語変換にATOKが採用されているのは、私的に高ポイント。流石にPCと同じレベルの語彙というわけには行かないものの、日常語は十分フォローされています。
 また、ケースに入れても文庫本サイズなので、持ち運びも気軽。厚さは京極夏彦の文庫本位ありますけど(いや、作品によってはポメラの方が薄いかも(^_^;;))。
 単4乾電池2個で動作するのも良し。電源投入後の起動も速いです。USB端子やminiSDでのデータのやり取り等、PCとのデータのやり取りに当然のように配慮しつつ、ひたすら「文房具」として作り込まれているのには好感が持てます。
 よく、ポメラがネットワークに接続できれば良いのに、という話も聞きますが、ネットワークアダプタを備えていた場合、セキュリティに配慮すべき機器として、職場での利用に届け出が必要になったりして大変なので、これはスタンドアロンのみの利用でちょうどよろしいのではないかと思います。ただし、miniSDというリムーバブルメディアが使用可能である以上、ポメラで不用意に機密情報を持ち出さないような注意は、もちろん必要でしょう。

 私は、ブログのネタは出先でメモツールに綴り、後からネットにアップするということをしています。このブログの記事はまだポメラで書く機会はありませんが、別のブログの記事はポメラとPCの間でminiSDを往復させつつ、自宅や電車の中で数日間かけて推敲しつつ書き上げました。推敲してこの程度の文章か、という文句はスルーします(^_^;)。
 これまで使ってきたメモツールには、紙のノート、携帯電話、ノートPC、そしてiPod touchのメモ帳機能といったものがありましたが、今後しばらくはこのポメラを使うことになりそうです。

 ところでこのポメラを新宿西口のヨドバシで購入したのは5月9日なんですが、その3日後に限定色ポメラの発売が発表されました。
 ついでに今週になり専用ケースDMC1(上の写真のケースがそれ)を購入したところ、来週月曜にはもう少し安価なインナーポケット付きケース2種類が新発売されるそうで。
 ……何か色々と思いきり外したタイミングで買っているような気もしますが、(ジョン・カビラ風に)いいんです!だって本体はトワイライトオレンジの温かみが気に入ってそれにしたわけですし。でも限定色のレーシングシルバーの古き良き時代のメカっぽさにも多少惹かれることは隠しません。
 それに新発売ケースにはポストイットが付いてませんし。ポストイットの新製品が出たら使おうが使うまいが試し買いせずにはいられない程のポストイット好きとしては、このケースが良いのです。ファスナーではなく平ゴムで蓋を止めるようになっているのも好き。ゴムが伸びた時が面倒そうではありますが。

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2009.05.15

この牛丼、賞味期限から4年5ヶ月。

Image245s

 先週、連休中に更新した記事で「賞味期限から4年4ヶ月経過した冷凍牛丼の試食にチャレンジ」した、と書きましたが、あれは間違いでした。
 正しくは、「4年5ヶ月」です。左の写真をご覧いただくと分かるのですが、 「賞味期限」(消費期限ではなく)の欄には「04.12.07」としっかり書いてあります。ちなみに「製造日付」は「03.12.09」。更に申しますれば、このブログを開設したのは2004年3月7日。牛丼も作られた当時にはまさか自分より若いブログに書かれるとは思いも寄らなかったことでしょう。


Image244s

 そしてお鍋で温められる牛丼パック達。

 何故この牛丼がこんなにも我が家の冷凍庫に放置されたのか?きっかけは、2004年2月に、前年米国でBSEが発生し、米国産牛肉の輸入が禁止され、結果吉野家の牛肉在庫がなくなったのを受け、牛丼等の販売が自粛された(参考:Wikipedia)ことでした。
 たまたま生協の宅配で購って自宅の冷凍庫にしまわれていた2パックの牛丼を見つめながら考えた、当時の心境を再現すると、大体以下のとおりです。
 我が家のこの吉野家の牛丼が消費されたら当分市井ではお目にかかれなくなる。かといって、帯広式の豚丼の旨さを知っている元北海道民としては、あのつゆだくっぽい吉野家の豚丼は許せない。では、もったいないからしばらくこの牛丼は食べずに置こう。どうしても我慢できず食べたくなったら、吉牛の栄光の日々を偲びながらしみじみと食べよう。

 ……と思って、冷凍庫への保管を始めたわけです。
 しかし、誤算だったのは、意外と牛丼を食べずとも我慢できてしまったということでした。牛丼をいただくなら他のお店でもいただけますし、コンビニでも牛丼弁当は売っております。やがて薄情な人間の脳からは吉野家の牛丼の味の記憶も薄れ、冷凍庫内のパックの存在すら去りつつありました。


Image247s

 ところが私は忘れていても、連れ合いは存在をしっかり覚えていたようで、今年5月、連れ合いから、私が恒常的にサボっている冷蔵庫・冷凍庫の中身整理の必要性を突っ込まれた際に、
「冷凍庫の吉野家の牛丼も何とかしないと」
という発言があり、記憶の封印が解かれたのでした。
 と言うわけで、遅く起きた憲法記念日の朝、台所にはブランチとして牛丼を温め始める私の姿がありました。

 温め終わったパックを開封し、ごはんに盛りつけ。七味は何となく振ってみました。そしてこわごわと試食。

 どうかな……???……!!……!!!!

 妙な匂いもせず、お肉やタマネギの歯触りも良く、意外と美味しく食べられるではありませんか。そうか、そう言えば吉野家の牛丼ってこんな味だったっけな、と急速に記憶がよみがえってきて、懐かしくいただくことができました。

 実は食後も半日ぐらいは、何か胃腸に影響が及ぶんじゃないか?と気にしていたのですが、全くそのようなこともありませんでした。
 今は、長年ひっそり連れ添ってきた仲間が去っていったような、そんな心持ちでいます。でも、やっと食べられて良かったという気持ちの方が強いです。
 もっとも、まだ冷凍庫には、永年保存状態になっている食べ物やら氷枕やらがいっぱいで、それらを片付けるのは追ってこれからなのですが(^_^;;)。

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2009.05.10

未来予測の限界?

未来予測の限界?
 JR御茶ノ水駅に来ると、いつもこのアーチが気になります。
 いくら昔の日本人が小柄だったとは言え、低いにも程があるんですが。これを設計した人は異人さんを見たことがなかったのか?日本人体格向上の未来予測はできなかったのか?などと、つい言われなき邪推に走ってみたりしてしまいます。
 ……と思っていたら、どうもJR御茶ノ水駅は地形の都合からホーム上の構造物の融通が大変やりづらいらしく、そのためあのように最小限の空間しか開いていない、と云うことのようです。意外に普通の理由でした。

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2009.05.07

ネットブックでPDFを楽に閲覧するためのたった1つの浅いやり方

 連休中はどこにも遠出せず、大半は家の中で引きこもってぐだぐだする生活を送っていました。その間、賞味期限から4年4ヶ月経過した冷凍牛丼の試食にチャレンジするという妙なことなどもしていましたが、それについてはまた書くといたしまして。
 で、休み中に仕事でどうしても読んでアンケートに答えないといけない雑誌が2号分あったわけです。しかし、うっかり冊子体を職場に置き忘れてしまったため、発行元のサイトからPDFをダウンロードしてきてコツコツ読むことになりました。

 ところが、生来の怠け癖と集中力の無さ故になかなか記事を読み進めない上、しかも普段使いのPCはノートで、メモリが800MBしかなく、HDDも残量20%強という状況のため、PDFファイルを1個開くたびにPCがカリカリ音を立てて考え込む始末。
 やむを得ず昨年導入したネットブックのHP Mini Note 2133(メモリ4GB)を投入。ファイルへのアクセス速度は解決しましたが、今度は画面が小さく文字が読みづらい(;_;)。ついでにワイド画面(1280×768 pixel)なので、PDFを文字が読めるサイズまで拡大すると今度は画面下がぶっつり切れる有様。
 そんなこんなのわずらわしさもあって、1号目を読み終えるのに実質5日間あった連休のうち4日間かかってしまいました。
 ちなみに我が家には、タブレットPCはありますが私の所有物ではなく、また、共用のデスクトップPCはやや古い機種のため、大容量のPDFをさくさく読める環境ではありません。

 さて、どうしたものか?とさんざん細々と考え込み、
「そうだ、PDFの表示を『右90°回転』にして、Mini Noteを本を読む時のように、左手でモニタ側を、右手でキーボード側を持って読めば良いんだ!」
と気づいたのは、本日夜のことです。
 早速実践してみたところ、右手が熱いとか、機器を斜めにすることで本体の稼働への影響が若干不安という問題はあるものの、普通に机に置いて使っていた時のように、Mini Noteの横長画面に(文字が見えないので)思い切り顔を近づけて読むような状態に陥ることもなく、はるかに自然な姿勢で雑誌を読むことができました。まあ、結局途中で右手の熱さに耐えかねて、モニタ背面を机に置きほおづえをついて読んでましたので、あまり良い姿勢だったとは申せませんが。

 ぐうたらしながら3時間ぐらいかけて1号分の雑誌を読み終え、どうにか先ほど2号分のアンケートを送付しました。だいぶ肩の荷が下りた気分ですが、今月末までに、また最新号を読まないといけなかったりするのでした(^_^;;)。今度こそ、何としても早めに仕事を済ませたいものです。

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2009.05.02

漫画『私の血はインクでできているのよ』感想

 以下の漫画について、2ヶ月近く前に、『暴れん坊本屋さん』等にはまった私を見ていた連れ合いが購入してきてくれて、比較的すぐに読了してましたが、その後何となく感想を書くきっかけを失っていました。

 私の血はインクでできているのよ / 久世番子著. -- 講談社, 2009.2

 この漫画の内容を一言で申し上げますと、「余はいかにして漫画家となりしか」ということですが、まあ、ここまで身も蓋もなく描いてしまって良いのだろうか?とこちらが危惧するほどに、幼児期の無邪気な「お絵描き大好き」(何と実際のお絵描き帳まで公開している!)から、子供ならではの強烈な自己顕示欲とない交ぜになった漫画創作へのこだわり、高校時代のラノベの主人公や某私鉄の素敵な制服に身を固めた駅員に手向けられた、腐りゆく愛の込められた同人活動、そして雑誌投稿時代のライバル達への妬み、等がかなり生々しく、そして痛々しく描かれています。

 創作者が読者に読んでもらうための物語を「生々しく」「痛々しく」綴るのは、実はとても難しくて、一歩間違えると「見て見て、これが私の張り巡らされた神経と、その奥に息づく辛いトラウマをさらけ出した中身よ!」となってしまい、一部の読者には喜ばれるかも知れませんが、逆にドン引きされる場合も少なからずあると思われます。
 しかしこの作品は、これだけ惜しげもなく自虐とヨゴレを見せておきながら、この作者の絵柄の特徴でもある端正さを保って崩れることなく、読者に爆笑を提供してくれます。それだけでなく、過去に少しでもインクの血中濃度が上昇し、一次あるいは二次創作に熱中した経験のある読者に対しては、軽く針で刺すような痛みとともに甘酸っぱい郷愁を呼び起こしてもくれるという、何重にも周到に美味しさが用意されています。

 という理屈はともかく、お友達が同級生の仲良し男子コンビをネタに妄想イラストを描いたとか、投稿時代に自分を差し置いてデビューしたライバルの作品が載った雑誌の表紙の、PP加工を剥がして憂さを晴らしたとかいうエピソードには素直に笑わせてもらいました。流石に血がインクでできている方は凄いです。
 そして自分はまさに、痛みと共に郷愁を呼び覚まされてしまった人間です。もちろん作者の様に漫画を職業とすることもなく、創作からもとうに足を洗っているわけですが、ある対象に愛と熱中を手向ける行動は未だにとどまるところを知りません。そこで、さて、私の血は一体何でできていることだろう?と考えてみましたが、良く分からないというのが正直な所。少なくともインクではないのは確かなようです。本当はここで「十進分類法でできている」とか「シェルスクリプトでできている」とか、はたまた「帝国劇場の地下水でできている」とか言えれば、少しはかっこいいんですけどね。

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