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2009年6月

2009.06.26

科学技術の蓄積とお蔵だし : 行ってないけどSPARC Japanセミナー傍観感想

 ああ、久々に図書館カテゴリの記事だ(涙)。
 普段、とりわけ図書館を離れてからはSPARC Japanとかほとんど関心を持って追いかけていないのですが、min2flyさんのブログ記事美どりさんのブログ記事を読んで久々にツボに入ったので簡単に感想。
 あくまでお二人のブログを読んだだけの感想ですが、今回の主旨はきっと、やっぱり日本の一般の人に科学技術などに関心を持ってもらい、活用してもらうには、取っかかりになる日本語情報の発信も必要。あと、科学との橋渡しをする人も必要で、つまりサイエンスコミュニケーターがそれに当たるわけだけど、これからはライブラリアンもその一端を担えれば良いのでは?ということだったのだと思います。
 自分としては、ライブラリアンが図書館情報学以外に専門を持つまでいかなくても、自分の図書館で何らかの専門分野を持っている場合、それについて学ぶことはもちろん大事だと思います。しかし、むしろ図書館の一連の業務で経験や技術をしっかり培い、それを発揮していくことはもっと大事だと考えています。
 それから、一般の人の取っかかりになるような科学技術の発信、という点では、自分が身近に使ってるものしか分からなくて申し訳ないのだけど、こういう文献解題みたいなのも大事ではないか、と思うのです。この種の資料は少なく見積もっても1年以上の時間をかけて編纂されるため、ある程度枯れた(良い意味で)技術、研究成果の網羅であり、最新技術知識のアップデートには役立たないかも知れませんが、全国の研究者の知識の集大成(はっ、一種の集合知?)なので、十分使える筈です。
 こういう風に継続的に科学技術を蓄積し、そしてお蔵だししていく努力も、研究者、ライブラリアン、そしてその人達を抱える大学、研究所、あるいは別に自治体でも良いと思うのだけど、組織側に必要である。そんなことを、SPARC Japanのレポートから連想して考えました。組織も研究者もライブラリアンも、面倒くさがってちゃいけないです、本当に。自戒を込めて。

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2009.06.22

週末(2009.6.20-6.21)

 杜の都仙台でARGカフェが開催された今週末。ブログでしかお見かけしたことのないあの方もこの方もいらっしゃる、とかなり惹かれたのですが、体力がかなりアウトのため、根性無しにも今回は留守番を選択しました。

 結果、体力は温存されたものの、現地に20年以上も前在籍していた高校の先輩と思われる方が出現されたとか、東北の某大学の皆さんが大変活気のある方達だったとか、この県内の某大学の方が腐(略)だった疑惑とか、4次会終了が明け方3時だったとか、色々と楽しいことが沢山あったらしいので、やっぱり行けば行ったで楽しかったかも、ちと残念、と今更思っています。
 何でも、
「図書館員の愚痴ばっかり書いたブログは読みません」
と飲み会の場で宣言されていた方がいらしたそうで、そう言えばうちのブログ、エントリによっては愚痴と毒吐きまくりだから、多分その人はガチで読んでないに違いないと思いつつ、そういう話は確かに読んでて楽しくないから(なるべく)減らそう、と考える今日この頃であります。

 で、連れ合いの不在中、TwitterのARGカフェ実況タイムラインを追いかける以外に何をしてたかと申しますと、フラミンゴのいるレストラン「メヒコ」に出かけたり、筑波西武の古本市に出かけたりしていました。

 ちなみに古本市の戦果は次の3冊でした。

増刊キネマ旬報 小津安二郎<人と芸術>(キネマ旬報社, 1964)
沙霧秘話 / 佐々木丸美著(講談社, 1983)
虫プロダクション資料集 1962~1973 / 虫プロダクション資料集編集室[編](虫プロダクション資料集編集室, 1977.8)

 キネ旬増刊はまだフィルムパックから出していないため中身の状態は未確認。佐々木丸美は確か最近復刊ドットコムでも再版されて読めるようになっていたと思います。
 最後の虫プロ資料集は標題紙の書名標記が「虫プロ資料集」、表紙の標記が「虫PRODUCTION 虫プロダクション資料集 1962~1973」、そして背表紙の標記は「虫プロダクション資料集 1962→1973」。これで目録を取ったら色々と記述が大変そうです。
 出品目録をもらってきましたが、一通り棚を眺めたのに見かけなかったタイトルがかなりあり。既に6.17から古本市は始まっていたので、恐らく既に誰かの手に渡ってしまったものと思われます。でも自分としてはかなり満足しています。そんな週末でした。

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2009.06.03

惑いまくり

 もう昨日の話ですが、とうとう不惑の年齢を迎えてしまいました。
 仮にも節目の誕生日なんだから、もう少し感慨深いものかと思ってましたが、実際の所は何日も前から年を取るのが嫌で嫌で仕方がなくて、当日の悲しみの深さと言ったらありませんでした。
 例えて言うなら、井上靖の『補陀落渡海記』の主人公の僧侶が、補陀落に渡ることに葛藤を覚えて散々抵抗しますがついに渡海することになり、一度は船から脱出するも見つかってしまい、二度と逃げられないよう再度渡海船に押し込められ送り出されてしまった時のような、そんな心境です。

 世間様では年齢を重ねること=人生の充実みたいな風潮がありますが、にも関わらずどうして自分はこんなにも年を取るのが嫌なのか?と散々考えて、多分、まだ自分が「何事をもなし得ていない」からだという結論に達しました。
 先ほどから引用ばかりですみませんが、萩尾望都の『ポーの一族』に確か、
「作るものもなく、生み出すものもなく」
という、バンパネラ(吸血鬼)を形容した台詞がありまして、ちょうどそんな感じだな、と。

 いえ、現在自分は仕事でシステムを作るとか、書類を作るとかそういう仕事はしていますし、プライベートでも主にブログで文章を書き散らしたりはしていますので、決して何かを作ったり生んだりしていないわけではないのですが。しかし、何かこう、ちまちました手仕事ではなく、もっと自分の「作品」と言えるものを残していないことに焦燥感を覚えるのです。
 論文の一本でも書ければ良いのでしょうか?でも以前ちょっと雑誌の原稿を書いただけで、大した中身でも分量でもなかったのにかなり苦しい思いをしたので、自分がデータ取りして蓄積して分析し、結果を導き出すようなそういう研究生活を送れるとはとても思えません。

 また、年を取れば当然人生の終わりもその分近づいてくるのは自明の理なわけでして。不摂生な生活を送っている自分が、これまで生きてきたのと同じだけの年月をこれから生きられるとはとても思えません。それに最近何だか、以前より残業した後の疲れが増しているような気もします。

 ……等々、つらつらと惑いまくりつつ考えていましたが、同じ家に暮らす連れ合いから「誕生日おめでとう」と言われたり、離れて暮らす親兄弟や同僚からお祝い写メールやらプレゼントやらが贈られた時、不覚にも「嬉しい」と思ってしまったのは大変不思議なことです。
 特に両親には、
「この歳まで無事生きられたのはあなた方のおかげなのだから、むしろこちらが感謝すべき。だからプレゼントは要らない」
と告げたのですが、それでも数時間後にはプレゼントと差し入れの食べ物を手にした父親が職場にやってきました。
 プレゼントはもらわなくても別段悲しくはありませんが、もらうことはやはりそれなりに嬉しく、幸せな気持ちになります。でも今回は自分の心境はバラ色とは言えないのに素直に喜んで良いものか?とか、はたまたこの親達とは、一体あと何年こうして対話できるのか?とか、複雑な思いが入れ子になった、ややバランスの悪い幸福感を覚えたのでした。

 それでも、これだけは惑うことなく確実に言えます。
 私のこれまでの人生に関わり、生きることを手助けしてくれた全ての皆さまへ。ご健在の方々にも、既に天に召された方々にも、心より感謝しております。どうぞこれからも人生の坂の途中で素晴らしい出会いがありますように。

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