« 2012年1月 | トップページ | 2012年8月 »

2012年7月

2012.07.25

「『民間企業は図書館の運営には向かない』論のウソ」を読んで

 またまたお久しぶりです。約6ヶ月ぶり、本年3記事目の執筆となります。

 本記事は、aliliputさんのブログ
 「民間企業は図書館の運営には向かない」論のウソ - 図書館学徒未満
を読んでの感想です。
 まず、上の記事を、「圧縮新聞」並みにもの凄く論旨を端折ると以下のとおりとなるかと思います。これは端折りすぎているので、きちんとした内容は元記事の方をお読みください。


公共案件には絶大なブランド力とそれによってもたらされるステータスとがあるこそ、一度重大な失敗をしたらその分取り返しが付かないというリスクを認識しながらも、業者は頑張って札入れし、受注する。図書館の指定管理、業務委託も同様である。 とは言え、問題業者を引いたり業務に問題が生じたりするのは調達をかける側の能力(要件定義能力?)にも問題があったりする。
そして委託とか指定管理では専門性が持てないという説を図書館の人は主張するが、何故そのロジックが成立するのか理解できない。

 このうち、公共案件の採算とは別の所にある旨味については、正にそのとおりだと頷かざるを得ません。
 ただし、いくらブランド力があるからと言って、自分の所のスキルも顧みずに極端に採算を度外視した金額で特攻してきて、自爆……まで行かずとも重傷を負った上に、発注者にも少なからぬ傷を負わせるような真似だけはしない方が良いと思いますが。

 1点だけ「委託とか指定管理では専門性が持てないという説」にツッコミ語りいたします。
 こういう説がどうして出るかと申しますと、図書館の専門職員が働く職場としての図書館を、「専門性が高い職員」が能力を発揮すべき場として保とうとする、職能団体による大人の事情もあったりするわけですが、それはさておき。

 別に委託や指定管理の図書館、あるいは営利機関が経営母体となっている図書館に勤務する専門職員の能力の有無を取り沙汰しているわけではないだろう、と思うのです。
 例えば、本文にもある業者の例のように、指定管理・委託業務の受注実績を伸ばし、更には大企業を後ろ盾に付けて大手業者になるか、あるいは1つの公共案件を継続的に受注しない限りは、業務上のノウハウの承継が難しい、という点が問題なのではないでしょうか。

 お仕事には、専門的知識さえあればその場で応用的に何とかなるお仕事と、専門的知識はもちろん必要ですがある程度継続的な取り組みがものを言うお仕事とがあります。少なくとも図書館という職場は、どちらかと言えば後者の色合いが濃いながらも、前者の要素も物を言う場であると思われます。

 ここで、「専門的知識(図書館の場合は図書館情報学の知識)も必要」という所は強調しておきます。「専門的知識」と書くとご大層なもののように思われがちですが、自分としては、実は全くそんなことはないと考えています。単に、ある学際的知識を体系的に学んだ時に、無意識のうちにその体系に見合った思考パターンを身につけていて、そのパターンを適用するのが「専門的知識の発揮」ということではないかと思います。そして、働く上では、ただ知識を発揮するだけじゃなく、それを事例として蓄積し、誰かに引き継げないと意味がないのではないかとも思うのです。それがつまり、ノウハウの承継。

 と、綺麗事を言うのは簡単ですが、経験上、その人物の得意分野に応じて、ある程度どうしても依存する所は出てきます。しかし、だからこそ、「その人がいなくなっても同質のサービスを継続できるよう」ノウハウを平準化する能力が誰かに備わっているかどうかが物を言うのではないでしょうか。
 まあ、この、サービスを特定人物に依存させない、というのは、図書館に限らず公共機関の職員の基本だったりするわけですが。
 ここで「公共機関の」と敢えて書くのは、自分が所謂民間企業での就業経験がないからです。他でも多分そうなのだと思いますが、経験がないので断言できません。ちなみに「図書館に限らず」は、図書館の人でなかった経験がある(というかその年月の方が多い)ので書けます。

 ――で、最近思っているのは、先に述べたような専門的知識の発揮能力に加え、ノウハウを平準化する高い能力が備わっていれば、例えば異なる指定管理者間を渡り歩いたとしても、オールマイティーに働けるのではないか、ということです。そうした働き方を、図書館ではやや自虐的に(?)「流れ司書」あるいは「流し司書」とも言われますが、それらの能力もある意味「専門性」と言えるのではないかと考え始めています。

 ただ、その経験や能力に正統に報いるための賃金制度や雇用制度がどれだけ充実しているか?と言う問題があるわけです。実のところ、専門性云々かんぬん議論されているのは、何も図書館を神聖化するためではなく(中にはそうしたい人もいるかも知れませんが)、そっちの問題の方が大きいと思うのですが、あまりそれを言い始めるときりがないので、この辺にしておきます。

 以下、色んな人にケンカを売るかも知れない乱暴を承知で、独り言風の結論です。

 図書館で働く事の専門性を高めるには司書資格に必要な教育課程の高度化が避けられず、検討はされたけど、結局現時点での大幅な高度化は見送られて、職能団体では「認定司書」とか言う公共図書館員専門の資格を作ってお茶を濁しているの。
 しかも図書館、特に公共図書館の指定管理者や委託の、決して高くはない賃金で長期間、自活して働くことは難しい、という問題があるの。
 もっとも、それについては、図書館以外の職場でもある程度似た状況になっていることを承知していないわけじゃないけど、誰でも自分の職業は確立したくて、貶められたくなくて、図書館を職場とする人も同じだけなの。
 図書館を聖地あるいは絶対領域(オタク的な意味ではなく文字通りの意味)にしたい人もいるかも知れないけど、いつかきっと、それだけじゃ生きていけないといずれ分かる日が来るの。分からない人は、まあ、いいじゃん、放っといたれや。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

« 2012年1月 | トップページ | 2012年8月 »