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2013.08.10

「システムを作りたい人」、そして「システムを作ること」について考えてみた。

ここしばらく、また、本業多忙につきろくにこちらで語れていませんでしたが、以下のブログや記事を読んで、今も癒えていないちょっとした心の傷口が開き、スイッチが押されましたので、少しだけ自分語りします。



実は自分、大学のシステム系の授業が苦手で、プログラミングの課題はできる人の作品を借りて少しだけ改変して提出してお茶を濁していた癖に、システム(ズ)ライブラリアンを目指そうかと思った時期が少しだけありました。
しかし、研究者の方と共同で、フォームから入力されたテキストを定型フォーマットに変換するための簡単なシステムを、Perlで書いて発表する機会を、一度だけ与えられた時。深夜までコードとにらめっこして、いくら研究者の助言をいただいても、どうしてもPerlのライブラリという概念が理解できず、コードを自力で完成させることができませんでした。確か何とか発表にはこぎつけたと思いますが、自分的には黒歴史、挫折感で満載の出来事でした。
そんな状況下で、せめてPerlぐらいは一からきちんと勉強して身につけたい、と思い、いくらラマ本やラクダ本を読んで勉強しても、簡単なスクリプトを書いてみても、とうとうコーディングが身に付くことはありませんでした。多分、そもそもそっちの才能がなかったのでしょう。

ついでに申しますと、その頃はシステムの完成形をきちんと頭に置いてそれを目指してスクリプトを書くなどという発想は、全く頭にありませんでした。大体、どういうシステムを作るのかをまずきちんと定義して、それを実現するためにコードを起こすのが「コーディング」であるのに、それができていない時点で初めから間違っていたのだと思います。

では、それから十数年が経過し、システム構築に詳しい人の助言をいただきながらであれば、どうにか要件定義の真似事ぐらいできるかも?というレベルにいる現在の自分なら、コーディングができるか?と言えば、恐らく無理でしょう。何故ならコーディングは「センス」だと思いますので。上手く言えませんが、自分にはそのセンスがないことを痛いほど分かってしまっていますので。
これは言い訳になるかも知れませんが、十数年の間に、業務用システムの構築まがいのことを中途半端に経験してしまったが故に、「システムを作る」ことは「楽しいこと」ではなく「責任の重いこと」という認識が身に付いてしまったというのも大きいです。

昨今では、業務用のシステムというのは、それを作ってはい終わり、ではなく、継続的にメンテナンスして、そのシステムでコアな業務を担当する人達(図書館で言えばILL担当者や目録担当者の皆様)、そして一般の利用者(図書館で言えばOPAC検索や相互貸借・複写申込をする皆様)が常に使いやすく安心、なだけでなく、セキュリティ対策もばっちりで安全、に利用してもらうことができるようにすることが大きく問われると認識しています。
特に、システムを運用する母体組織が大規模かつ公的存在意義が大きくなればなるほど、そしてシステムがオープンであればあるほど、セキュリティ対策はかなりガチガチに問われます。その「ガチガチ」を維持することができずに消えていく(あるいはクローズドに切り替えざるを得ない)システムもあったりするわけですが。
本来システムを作る技術とセキュリティ技術は似て非なるものの筈ですが、今や切り離せないものになってきて、昔ほどシステムは気楽に作れないものに……と、話が思い切り逸れました。

無理やり話を戻しますと、もし、業務上システムを作る立場になりたいのに、システム作りとは全く別の才能を持っているが故に、昨今の人材不足の状況下、なかなか望みの業務を担当できない、というのであれば。加えて、自身にコーディングのセンスだけでなく、システムエンジニア的なセンスもあるという自負があるなら。何よりも、諦めないことが肝心だと思います。

光る才能に縁がなく、とろとろぐだぐだと仕事を片付けるしか能のない自分のような立場からすれば、光り輝く別の才能があるというのは本当に羨ましい限りで(嫌味とか褒め殺しでは決してなく、本気でそう思っています)、そっちを研鑽してもっと輝けるならそれも1つの道だろうと思わなくもありません。
しかし、システムを作ることの面白さも苦しさも、そして作ったシステムのバグフィックスだけでなく、セキュリティ的にも利用に耐えるよう維持し続けることも、そして自分と技術レベルや立場の異なる利用者を粘り強くサポートし続けることも、全部引っくるめて「自分(達)の仕事」として引き受ける覚悟があるならば。それらにやり甲斐を感じ続けることができる自信があるならば。是非、「システムを作る人」を目指して欲しい。そんな風に自分は考えるのです。

自らにはなし得なかった荒行・苦行に取り組み、それらを物にして、かつ結果を出せる(あるいは常に結果を出すために努力を続けられる)人を、自分は一体に尊敬します。それだけです。

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