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2013年12月

2013.12.31

2013年を述懐する

2013年も残り1日で終わろうとしています。今年1年は精神的に苦しい時期が多く、節目節目のことを思い出すだけで辛い気持ちになってしまうのですが、以下、何とか今年の出来事やニュースを、図書館関係中心に振り返ってみました。

2013年1月
南三陸町図書館のオーストラリアから贈られた「コアラ館」の再開作業お手伝いへ出向きました(1月19~21日滞在)。コアラ館の図書館はあくまで次のステージに向かうまでの仮設です。
ちなみに、この作業から帰還した一週間後、身内に不幸があり遠出することに。自分にしては移動距離の長い月でした。

【連載】県立図書館「廃止」を問う(3)=手に取ることで「出会う」/神奈川:ローカルニュース : ニュース : カナロコ -- 神奈川新聞社

神奈川県立図書館の蔵書閲覧・貸出廃止案と、県立川崎図書館の移転問題。
その後閲覧・貸出廃止案は異論が提示され撤回されたようですが、移転問題は今なお継続検討中のようです。

2013年2月
自分自身の話ではないのですが、職場の大先輩のお子さんが震災ボランティアをきっかけに東北に移住し、復興支援事業に従事しているという話をこの頃知りました。その後めでたくご結婚、ご夫妻で現地で生活を始められたように聞いています。ええ話や。

代替時給180円 図書館で行われた低賃金労働 〈AERA〉-朝日新聞出版|dot.(ドット)

この事例により業務委託自体が全否定されるわけではありませんが、これはあんまりにもあんまりな事例だと思います。
そう言えば、司書は厳密に言えば「国家資格」じゃないぞ、という指摘がTwitterでありました。講義の受講と単位の取得で資格は得られるけど、国家試験で取得する資格ではないということで。

2013年3月
月初めは筑波大の震災シンポジウムを聴講するなどしていました。

シンポジウム「大災害における文化遺産の救出と記憶・記録の継承 ―地域コミュニティの再生のために―」(2013.3.2開催)聴講感想: 日々記―へっぽこライブラリアンの日常―

この月には、自分の部署異動の後半年を経て、すっかり頼りまくってきた上司の異動が決まったのですが、その月末に大きなトラブルが勃発。詳細は伏せますが、4月に来た新上司とろくに対話もできないままで走り回り、結局収束まで1ヶ月近く、気の抜けない日々を送りました。

国立国会図書館東日本大震災アーカイブ(ひなぎく)が正式公開 | カレントアウェアネス・ポータル

これは、「ひなぎく」の業績自体、言うまでもなく素晴らしいのですが、“Hybrid Infrastructure for National Archive of the Great east japan earthquake and Innovative Knowledge Utilization”=HINAGIKUというフルネームと略称の対応付けを考えた人も凄いと思った案件でした。

2013年4月
前月末のトラブルをほぼ1ヶ月間引きずっていて、精神を削られる思いをしたので、細かい事はあまり思い出したくありません。
何を置いてもこの月最大の出来事はこれだったと思います。

武雄市図書館 2013年4月1日(月) 9:00 リニューアルオープン

図書館の指定管理者を決める際のいきさつ、純粋に装飾目的で設置されたと思われる手の届かない書架、スタバ専用席、物販エリアを通過しないと行き着けない図書館エリア、所蔵雑誌の扱いの軽さ等々、ツッコミ所満載の図書館ですが、自分は現地に行ったことがないので細かい論評は避けます。
ただ、ウェブサイトの「お知らせ」を見る限り、スタッフはコンスタントに仕事している感じがするので、良きにつけ悪しきにつけ器の要素ばかりが注目されて(それが市長殿の戦略なので仕方ない面もありますが)、図書館としての活動の評価に結びつかないのは、この図書館の不幸であると思うのです。
図書館がどんな設備を備えているか?だけでなく、市民がこの図書館を使って何かを実践するために図書館がどんなサービスを提供しているか?が問われるのが最近の潮流だと思うのですが、これまであまりその辺の話が見えてこないのですね。

この図書館の美点も問題点も比較的公平に並べて評価しているのは、以下でレポートされている「図書館総合展」のフォーラムでの糸賀先生のご発言かと思います。

図書館総合展「"武雄市図書館"を検証する」全文(樋渡啓祐市長、糸賀雅児教授、CCC高橋聡さん、湯浅俊彦教授)―激論、進化する公立図書館か、公設民営のブックカフェか?
図書館総合展「"武雄市図書館"を検証する」全文(樋渡啓祐市長、糸賀雅児教授、CCC高橋聡さん、湯浅俊彦教授)―激論、武雄市図書館の今後とCCC図書館の全国展開

2013年5月
あまり記憶がありませんが、広報業務の研修出張などもあり、結構楽しかったのではないかと思います。嵐の前の静けさ。

学校司書の図書の転売事件の感想まとめ - Togetterまとめ

中学校の学校司書の方が学校図書館に蔵書として納品された本を3千冊転売し、代金を生活に充てており、しかもそれが3年間発覚しなかったという事件です。
この犯罪の背景には学校司書(基本は非常勤職員)の薄給という問題もありますが、「誰も気づかなかった」という事実が、この学校で図書館業務がいかに任せきりでチェックされていなかったかを如実に示しているという点で、かなり切ない事件でした。

「検索してはいけない」で有名な、あの愛生会病院HPが閉鎖へ | ICT Headline directed by P検

愛生会病院のHP(あれは正に『ウェブサイト』ではなく『HP』でした)と言えば、管理者は至って真剣であるにも関わらずネタサイトとして認知されてしまった代表例ですが、2000年代初頭にあのサイトで楽しませていただいた一人としては、閉鎖は誠に惜しいことでした。

2013年6月
この辺りから新しい仕事で少しばかり忙しくなってまいりました。その余波がこれを書いている現在でも継続中です(^_^;)。

大学図書館職員初任者マニュアル 第二版

東北地区大学図書館協議会研修部会で作成されたマニュアル。人を育てる余裕が無くなってきている、という事情は多くの大学図書館(蛇足ながら研究図書館も)が抱えていると思いますが、こうしてきちんと業務マニュアルを共編でまとめ上げられる所に大学図書館のポテンシャルの高さを感じました。

図書館デジタル化の波紋、パブリックアクセスと出版は両立するか | カーリルのブログ

理屈では「それは違う」と言えるけれど、では汗水垂らした人の感情をどう収めるのか?ということについて考えさせられた件でした。

2013年7月
仕事面では精神的にかなり落ちてました。生活面では『あまちゃん』にどっぷりはまってました(^_^;)。

千代田区ホームページ - 千代田区立日比谷図書文化館における映画「選挙」上映会に関する区の対応について

TRCの脇の甘さと千代田区の他人事感で満ちたコメントとに、「どっちもどっち」と思わずにいられませんでした。

TSUTAYA、宮城・多賀城市の図書館をプロデュース 「お酒も食事もできる図書館に」 - ITmedia ニュース

多賀城市の件は、最初に報道されたのは5月でしたが、CCCと市が合意したのは7月11日の話でした。あまり気をつけてウォッチできているわけではありませんが、取りあえず経過観察が必要かと思います。

2013年8月
月初めから盛り上がったのはこちら。

ラピュタ図書館員 - Togetterまとめ

第44回大学図書館問題研究会全国大会(会場:つくば)に参加しました。前年の京都大会に引き続いての参加でした。

第44回ダイトケン全国大会20130810-12 - Togetter

分科会はディスカバリサービスとオープンアクセスに参加。自分は大学所属ではない上、現在図書館担当ですらないので、問題を共有しきれない点が山ほどあって寂しいところもありましたが、現状の課題の把握と認識には役立ったと思います。

E1459 - DSpaceコミッター就任の鈴木敬二さんにインタビュー | カレントアウェアネス・ポータル

この記事に関して思った所は次に記しました。

「システムを作りたい人」、そして「システムを作ること」について考えてみた。: 日々記―へっぽこライブラリアンの日常―

全国で水害が多発したこの月のもう1つのニュースはこちら。

番外編:水害からの復旧::山口大学総合図書館改修日記

記事の文面と写真から、被害の大きさと復旧作業のハードさが伝わって来ます。当時改修工事のため休館中だった図書館も、12月現在では無事改修が成り再開しているようです。
なお、実はその後、自分の館も軽微な水損被害に遭い、復旧作業を行いましたが、新聞紙は吸い取り効果抜群でした。

2013年9月
以下のイベントに参加しました。

E1486 - Code4Lib JAPANカンファレンス宮城県南三陸町にて初の開催 | カレントアウェアネス・ポータル

このイベントで心に響いたことはいくつかあるのですが、特に感じ入った内容を当時のツイートから抜き出しておきます。

このカンファレンスの参加者ツイートのまとめは以下に掲載されています。

Code4Lib JAPANカンファレンス2013 #c4ljp - Togetterまとめ

ところで自分は講演やシンポジウムをTwitterで実況する際には、ある程度「ストーリー」を意識して記述することにしていますが、打ち込みが遅れたり、内容への自分の理解度のおぼつかなさが原因で要約が上手くいかなかったりすることがままあります。上記まとめに含まれる自身のツイートを読み返すとそうした力不足が非常にもどかしく、「これ、記憶が新しいうちにもう少しきちんとしたレポートにまとめておくべきだった」と悔やんでいます。当時、現実には時間と心の余裕が不足していて、レポートを書くどころでなかったのは惜しいです。

なお、このイベント以前にも南三陸町は2回ほど訪問していましたが、この訪問の時、初めて町役場の防災庁舎跡で震災犠牲者の冥福を祈りました(それまでは遠くから見つめるだけでした)。自分は震災の後「3階建てなんて、低い建物に逃げてさえいなければ」と嘆いていた者ですが、3階建て、意外に高さがありました。外壁が存在していた頃を生で見ていないので断言はできませんが、これだけ高さがあり堅牢そうな建物なら皆信頼を置くだろう、と感じ入った次第です。

2013年10月
3時間だけ図書館総合展に参加したのは、この月末のことです。

第15回図書館総合展駆け足参加報告(2013.10.29): 日々記―へっぽこライブラリアンの日常―

われわれの館~図書館司書就職支援の館~

の閉鎖も10月20日のことでした。

E1503 - われわれの館~図書館司書就職支援の館~管理人インタビュー | カレントアウェアネス・ポータル

のインタビューを読むと、個人の力で運営していくのはガチで限界だったようですので(痛いほど理解)、やはり継続性のある事業として志が受け継がれていって欲しい、と考えます。

それから、次のツイートも10月のことでした。
作家さんの心情も理解できますが、公共図書館側にもそうしなければならない予算面での事情というのがあるだろうし、でも、市民に対して丁寧にお願いすることで逆に作家さんに無礼な結果になるとしたら、じゃあ一体どうしたらいいんだろう?と、もにょもにょした案件でした。

2013年11月
前述の図書館総合展の武雄市図書館に関するフォーラムにおいて、登壇者の方が来場者名簿を読み上げ来場者を名指しした件が、以下のブログで問題として採り上げられました。

何であなたが知っているの?|浅慮相乗のブログ

この件は、ある登壇者が来場者を名指しし発言を求めながら議論を展開させる傾向の強い方でいらしたこと、また、別の登壇者の中に「個人の所属などを教えたら何をするか分からない」と一部に認知されている方がいらしたことなど、かなり状況が特異なケースだったと思われるので、あまり一般化はできません。
一方で、「登壇者や会の参加者には渡すのが普通。むしろ渡さなくてどうする」という常識と「例え名簿の配付範囲が限られていても不用意に渡すべきではない」という常識とは併存し得ますし、現実に併存しています。
自身で譲れない常識の一線を保つことはもちろん大事ですが、他人の常識を単純に非常識と一刀両断することは自分は好みませんし、非常識と判断するには議論が尽くされるべきと認識した一件でした。

2013年12月
12月5日に、以下の声明が日本図書館協会から発表されました。

特定秘密保護法案に関する声明_JLA図書館の自由委員会

この件について思う所は、12月上旬からほとんど変わっておりません。
強行採決という手段は全くいただけないものであったと思います。また、戦前に起きた、軍需工場の工員をモデルに絵を描いただけで逮捕された事件のようなことが再度起きて欲しくない、とも考えます。
ただ、国家安全保障の必要性と、閾値としての法律の必要性は感じているので闇雲に反対するつもりはありません。今後、単に今後法律を運用する役人が判断と措置を誤らなければ良いだけのことです。役人の、恣意に左右されぬ公明な判断力が今以上に問われることになると考えています。

明治大学和泉図書館のブックツリー - Togetterまとめ

これについては散々書いたので(^_^;)、ここでは省略します。
この件に関する意見や議論を総括した以下のまとめが秀逸です。

ブックツリーを実施するときに気を付けるべきこと - 発声練習

……振り返りは以上です。それでは皆さま、良いお年をお迎えください。

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2013.12.29

蛇足ながら、ブックツリーについて更に思う

この忙しい年末にお前は一体何をやっているんだ、と怒られそうですが、

ブックツリーについて思う: 日々記―へっぽこライブラリアンの日常

に関連して、他のブログでブックツリーに言及している記事を2点ほど拾い上げておきます。

なぜブックツリーに胸が痛むのだろうか、を考えてみた: egamiday 3

個人的には、ああ、そうそう、これだよ!と共感した記事でした。
私自身は、ブックツリーに対して書物の「著作としての人格や尊厳の否定」までの強い思いを抱くには至っていません。しかし、
「ユーザからの手に取るというアクセスに対して物理的以上に心理的に高い障壁を設けているのがブックツリーの構造です。」
という指摘には、例のツタヤ図書館の書架との対比と合わせて、深く納得させられます。
ブックツリーには公共図書館等での幸運な成功事例もあるようですが、あれは恐らくは図書館員と利用者との間の信頼関係の賜物ではないかと思うのです。

「なぜブックツリーに胸が痛むか」はもっと深堀りして考えてもいいのでは? - 図書館発、キュレーション行き

上記「egamiday 3」の記事への、ひいては現代の図書館員への批判的内容を含んだ記事です。
これについてあまりくどくどと語ることは避けますが、少なくとも、出版流通上の問題、情報流通の効率化、知的書評合戦の裾野の広がり……論点の違うものを全部引っくるめて「書物を殺す試み」に図書館員が荷担した、と言い切っている論旨には、元のブログの論旨からわざわざ論点をずらしている印象があって、申し訳ないながら、ちょっと「違う」と思いました。
江上さんのブログでは、
「私のいくつかあるポケットのうち、このポケットの中身はこんな感じだよ。でも他の人のポケットの中身とは違うかも知れないよ」
と言っているのに、
「そのポケットの中身はちょっと行きすぎだと思う。貴方の他のポケットや、他の人のポケットの中身が良くないから、そのポケットもそんなんなっちゃったんじゃないの?」
と言っているように読めて、少々的外れだと感じました。

まあ、論点のずれを承知で、図書館員を皮肉るための材料としているのであれば、引っかかるけど仕方ないかな、とは思いました。
ただ、図書館員が「書物を殺す試み」に荷担している、という点だけは少々聞き捨てならぬ、と感じましたので、少しだけ釣られて反駁してみます。

例えば電子的な情報の流通の話で言えば、図書館で働く者においては、広く利用されるべき情報の流通手段の効率化が問われている分、そうした流通に適さない情報の重要性はより強く意識されるべきであり、また、取扱いノウハウも着実に共有して引き継がれなければいけない、という使命感のようなものがあります。
図書館員が主に携わっているのは、情報を闇雲に「消費」するための試みではなく、言わばそれらの命を繋げ、多くの人に命を伝えていくための試みですので、そう言う意味では書物を殺すというのとは、あえて挑発的なワードを使っているとしても随分「違う」なあ、と思います。
一方、予算やスペースに限りがあるので、残念ながら全ての命に対して平等ではいられない、という厳しさも現実にありまして。そこでは「割り切り」も発生して、命を伝える仕事もなかなか単純ではありません。
その割り切りを「思考停止」と捉えるかどうかは、これまた個人の考え方なので、善し悪しを論じることはできないかも知れませんが、それこそがあまりにも純朴な非難でありすぎて、ちょっとどうしたら良いか分からない、というのが正直な考えです。

……と、ここまで書いて改めて思ったのですが、図書館員が書物を殺しているかどうか?という話と、利用者に書物の利用を提供する手段として果たしてブックツリーってどうなのよ?という話って、全然関係ないですよね(^_^;)。
なので、この件について語るのはひとまずこれで止めておきます。

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2013.12.23

ブックツリーについて思う

はじめに、このブログの筆者は、最先端の技術や考え方、業界の最前線の動向に対する視点や論点というのは持ち合わせておりません。いや、一応目で追いかけていても、それを独自の知見で語るとか、そういうことは全くできない人間です。
ですので、あまりここを読んでも実入りにはならないと思いますが、それでも読んでくださる方、ありがとうございます。

さて、昨今話題の明大のブックツリーの件、Twitterの方にもいくつか駄文を書きまして、更に投稿主さんとも少しだけやり取りさせていただきましたが、色々思う所があります。明大図書館に全く知り合いがいないわけではありませんが、比較的ご縁は薄いのを良いことに、ちょっと語らせていただきます。

まず個人的には、所謂貴重書でなければ、ツリー企画自体は「ダメ」ではないと考えています。本は利用者にサービスするために大事にこそすれ、廃棄すべき時には廃棄するし、過度の神聖視は業務上の妨げになる、という考え方の持ち主なので。
ただ、この学生が忙しい時期に全く利用する可能性がないとは言えない蔵書の排架場所が、ツリーに使われたことで分からなくなるとしたら、それはクレームが来ても仕方ないだろう、と思いました。図書館側で所謂「動きの少ない」本をツリー構成メンバーにセレクトしていたとしても同様です。
あと、積み上げ型でツリーにしなくてもいいじゃないか、とは思いました。本を取り出しづらい形で積んでツリーの構造物にする以外にも、例えば普通の展示棚でツリーっぽく見せるなど、やり方はいくつかありそうです。
もし、明大図書館のTwitterでコメントされているように、本の存在を知って貰うことが目的だったのであれば、書名リストを添えておいて、更に元の書架には代本板等で「12月○日までツリーに展示」とか示しておけば良かったのでは?と思います。
と、考える一方で、「紙の本を笑うものは紙の本に泣け」という考え方も正しいと考えるので、紙の本を大事にしないのは気持ち悪いこと、という考えを全く否定したくもありません。ここは上手く説明しきれない矛盾と揺らぎがあります。

一方、同じ図書館員でも、紙の本、現物が命の分野の人については、ツリーに対して否定的な考え方を持たれる方もいらっしゃるかと思います。これについては、こういう場末のブログへのお返事でなくて良いので、どこかできちんと考え方を伺えたら、と考えています。

そして、この件で、ツリーの是非よりも気になったのは、図書館側と投稿主さんとの意思疎通がどの程度成立していたか?という点でした。
投稿主さんは口頭で意見を呈そうとしましたが、それを図書館側が「意見は投書箱へ」と提示したそうです。

この点について投稿主さんに、
「もし投書していたとすれば、その回答を得る前にTwitterに投稿したのはアンフェアだったのでは?」
というツイートを送りましたが、これ以上は感情論になってしまうので、ということで、残念ながら明確なお返事はいただけませんでした。

図書館員から見ると、利用の不便さよりも書物へのイコン的な思い入れが強すぎるように見えたこと(実際最初の投稿からはそう読めますし、投稿主さんもその思いに個人差があるだろうことは認めていらっしゃいます)、そして、何より口頭でのやり取りで行き違いを生じる可能性を恐れたことからの提示であったと推察されます。

それから、投稿主さん(学生さん)の立場で考えてみると、何となく、学生時代、特に高校生ぐらいまでの間は、「先生や学校の人の言うことは絶対」という雰囲気があって、だから先生や学校の人に「それはちょっと……」と言われたらもう「ダメ」と理解してしまう所もあるのかな、と。
図書館側が学生さんのそこら辺の心理を上手い事酌み取れなかったとしたら、残念な面はあります。

ただ、図書館側としても、基本のバックグラウンドと価値観が異なっている可能性が高い(と判断された)、不特定の匿名の人も含めた相手と徹底的に対話するよりは、無難に撤去するのが大人の判断だろうな、とは思います。だから、明大が公式Twitterでぐだぐだ説明しなかったのは当然でしょう。
繰り返しになりますが、図書館側の考え方を投稿主さんや他の学生さん達に伝えきれないまま、また、何故あの形のツリーが受け入れられなかったのかが検討されないままで撤去されたとしたら、かなり残念です。
また、投稿主さんにも、Twitterという公開の場に写真を投稿して世間の本好きさんの同意を求めることで圧力にするのではなく、ご自身、あるいは他の学生さん達との共同でも良いですので、是非図書館に直接書面で物申していただきたかったな、と思うのです。学生もまた大学という組織の一員であり、かつ図書館の利用者である以上、物を申す権利はあるのですから。あ、個人的にも社会人的にもTwitterは「書面」に入らないと考えています。

ということで、あまり綺麗な結論は出ないのですが。

自分がこの件で最も引っかかり、かつ最も言いたいのは、ブックツリーを作った図書館員は本に対して薄情とも見えますが、必ずしもそういうわけでもないので、
「図書館員“なのに”本を大事にしない」
というステレオタイプな見方でなく、もっと多面的に見て欲しいし、図書館員は自分達の多面性をもっと語ってもいいんじゃないか?ということです。
あと、所謂「本好き」さんにも、ブックツリーを「本を粗末にするなんてひどい」と受け止める人もいるし、「焼いたり汚したりするわけじゃないから別にいいじゃん」という人もいます。「本好き」にも色々な種類があり、単純ではない、ということは、本に携わる人は常に頭に置いておいても良いと思うのです。

……以上です。いつもいつもエエ加減でまとまりのないオチですみません。

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