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2015年4月

2015.04.19

図書館の「参考調査」とわたくし

こちらではすっかりご無沙汰しております。何と1年4ヶ月ぶりの更新です。

本業がちょっと多忙になったり、プライベートでごく最近身内に不幸があったりはしましたが、そのことはここの更新頻度とはあまり関係がありません。強いて言えば、
「もともとまとまりのない長文が、加齢による持久力の衰えでますますまとめられなくなって、書くのが億劫」
「ブログには記事タイトルが要るので、タイトルを考えるのが面倒」
「図書館実務を離れて久しいし、図書館周りのエピソードや知見を語るのは図書館業界最前線でこまめに情報収集と議論、発信を続けている才気煥発な若手がいっぱいいるし、そんな中で何か書いてもそちらにはかなわない」
などが更新頻度低下の理由でしょうか。

あと、個人情報に踏み込んだ日常話はFacebookやmixi(まだアカウントあり)で読者限定で書いているので、無理してこのブログに書かなくても良い、というのもあります。

これからも、誰でも見られるここに書きたくなったら書く、書きたくなければ放置、というスタンスでゆるゆると続けたいと思います。

さて、最近、以下のブログ記事を拝読しました。

誰かのことは永遠にわからない(けれども諦めたらそこで試合終了だよ) - 腐ハウスブログ

この記事を読んで抱く印象は人それぞれと思いますが、東京に生まれ、東京通勤圏(首都圏ではなくあくまで「通勤圏」)に育ち、ティーンエイジの大半を北国の政令指定都市で過ごした者としては、上の記事の書き手の方が生まれ育ったような田舎に対してはかなり別世界の感が強いです。

書き手の方の親御さんが大学を出られていて、田舎でありながら書き手の方が上級学校に進む選択肢を採ることができたのは、そのことも影響しているであろう、という記述を読み、
「そう言えばうちは両親とも高卒で就職した人達だけれど(学力よりも主に家計の事情や「女に学問は要らぬ」な事情による)、一応うちの兄弟全員大学は出してもらえた。でも、もし、進路の選択肢が限りなく少ない田舎で育てられていたとしたら、同じ道を進んでいたかは分からないな」
などと考えていました。

上の記事の内容について、Facebookで、都市圏と田舎との格差、と言うか結構な田舎しか知らないと、学業や就職に多様な選択肢が存在すること自体に気がつかない、というお話をされた方がいらして、そのお話の派生として別の方が、
「そもそも図書館環境が周囲に乏しかったので、図書館が調べ物をする場所だという概念がなかった」
というお話をされていました。

というわけで、自分がいつ、図書館がそういう調べ物、専門用語で言うと「参考調査」を行う場所だと知ったか、何十年かの記憶を遡って見ました。

……と、書くと大仰ですが、以下はただの思い出話で、全くためにならない内容ですので、お付き合いいただける方だけどうぞ。

その用語を知ったのは、明らかに、図書館情報学というものを教える大学に入学してからのことです。
幼児期に東京生活をしていたお蔭で「図書館」という場がどういうものかは知っていたのですが、小学校時代は東京通勤圏とは言え関東の片田舎で学校図書室にしかご縁なし。政令指定都市に転居後通った中学校は校内暴力激しい時代で開かずの図書室に落胆。徒歩圏に公共図書館はありませんでした。そして高校時代は学校図書室を専ら友達とのお喋りと、当時趣味にしていたマンガのペン入れに使用するという不良利用者状態。

以上のとおり、図書館へのご縁が薄かったこともあり、
「本が置いてあってそれらを借りることができる所」
「探している本が図書館のどこにあるか聞けば教えてくれる所」
という概念しか抱いていませんでした。
また、周囲にそこまで細かく「図書館の仕事」について教えてくれる人もおらず、それに自分自身、司書という職業を強く目指していたというわけでもありませんでした。

図書館情報学とか言う勉強をする大学に入ってから、図書館でそういう調査を業務として行っていることを初めて知りました。
更に、大学の授業で、参考図書とやらを使って、調査依頼事項の回答を探したり文献を特定したりするという演習の内容にすっかり魅せられ、
「ああ、図書館では、実はこんなに面白い業務がなされていたのか!そして、こういう知的調査のために図書館を使う利用者というのが存在していたのか!」
と、いそいそと取り組んでいました。

手に職を付けておけ、という親の勧めに従い、
「他の大学も受からなかったし、まあ、浪人するよりは」
と、やや消極的に入学した図書館学校でしたが、もしそういう面白い仕事ができるなら、図書館という場で是非働いてみたい、と思ったポイントの1つになったと言っても過言ではありません。……まあ、2015年現在で図書館業務には就いていないわけですが、それはさておき。

少しだけ補足しますと、当時から「参考調査」には「レファレンス」という呼び名が存在していましたが、授業の正式名称が「参考調査論」であったこともあり、何となく「参考調査」の方が格好いいと思っていました。

また、その時代ももちろん「参考図書」だけでなく「データベース」というものが存在していました。しかし、学生が使えるCD-ROMやオンライン検索データベースはごく限られていたので、図書資料を使うことを前提とした調査課題がメインでした。

もし図書館のことを勉強する学校に進学しなければ、
「図書館を構成する重要な業務の1つに参考調査(レファレンス)というものが存在する。また、その調査を依頼する利用者の需要というものが存在する」
という事実を自分が知る時期はもっと遅かったように思います。あるいは永久に知る機会を得られなかったかも知れません。

ただ、今にして思えば、
「『何とかは○○である』という事実の典拠は本に書いてある」
という発想自体は、図書館とは無関係に身に付いていたように思います。

子供の頃、自宅には、上のきょうだいが買ってもらった子供向けの図鑑や百科事典がいくつもありました。
子供の頃から十代半ばまで、何かと上のきょうだいと張り合って、相手のすることは自分も、とむやみに真似をしたがる子供だった私は、恐らくは読書についても真似をして、それらの本を眺めていたのだと思います。

わが家には、誰がどういう目的で買ったのか、大人向けの百科事典もありました。全6巻+索引巻という超コンパクトなものでしたが、60年代半ばの少々古めかしいカラー図版を眺めるのが楽しかった記憶があります。

上のきょうだいは幼少のみぎりは結構な本好きで、
「この本にこんなことが書いてあった」
「この本(とある子供向けミステリクイズ本)は面白かった」
などと下の子(私)によく語ってくれました。

「そんな面白い本なら、私も同じに面白く読めないと悔しいから(そこかい)、学校の図書室から借りて読まねば」
と借りて読んでいたら、
「それよりシャーロック・ホームズの方が面白いよ」
と言われたので、また悔しくて今度は少年向けのホームズシリーズにチャレンジする、などを繰り返していました。

少し大きくなり、上の子の真似をしても同じ人間にはなれないと悟った後は、
「○○って何?どういうこと?」
と上のきょうだいに素直に物を訊くことができるようになりましたが、そこでまた本が登場します。
「○○は、こういうことだ。それについてはこの本にこういう説明があるぞ」
と、おもむろに書棚から本が取り出されます。

対話→質問→本。対話→質問→本。
大事なことの典拠は、大抵何かの本を調べれば書いてあるのだ、ということを、私はこの繰り返しで教わったような気がします。

うちの両親ともに、自分でこつこつ調べるタイプではなく、どちらかと言えば分からないことは「人に訊く」タイプなので、どう考えても、
「分からないことは本に訊く」
という発想は上のきょうだいから受け継いだとしか思えません。

先生(誰)、地域環境や親によって与えられた環境って、何なんでしょうね?と、少し思いましたが、更に自分達きょうだいの生育環境を顧みると、

  • 親や親戚が読書を推奨し、本の購入に寛容
  • 読みたい本が整っている学校図書室
  • 公共図書館は寂しいが、町の本屋さんが機能(但し関東の片田舎の話。十代後半で住んだ政令指定都市は近場に公共図書館がなかっただけで大規模書店は非常に充実)

というものであったことに思い至りました。

実は今まで感じていなかっただけで、「本」にまつわる環境には比較的恵まれている方だったのかも?と今更気づいています。

なお、上のきょうだいは本と全く無縁の仕事に就いてはいますが、未だに「本を使った調べ物」をすることはあるようです。但し、私がへっぽことは言え一応司書持ちであるためか、調査方法について多くは語ってくれませんが……。

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