2008.06.13

人生の価値

 日曜日に起きた秋葉原の事件。アキバのあっち側(電気街)は最近めったに歩かないのだけど、傍観者とは言え健康な人間でも見聞きしていて結構辛いのだから、体調のすぐれない人にはかなりのダメージを喰らわせるに相違ありません。
 正直言って、加害者が社会の谷底で苦しめられていて、オタクで……なんて言う話はどちらでも良かったりします。というか、関連記事をじっくり読むと辛くて胸が締めつけられるので、流し読み状態。
 今回のケースが、裁判の結果どういう判決になるかはもちろん分かりませんが、記事を斜め読みする限りでは、心が疲れ切って正常な状態にはなかった可能性はあるにせよ、しっかり計画性も判断力もありそうですし、まず極刑は免れないかと思われます。

 自分としては、人生の喜びとか生き甲斐とかを味わえない暮らしを送っていたらしき加害者の彼には、本当にそれらが自身にはなかったのか?心に余裕がなくなっていて見失っていただけではないのか?ということを、良く考えて欲しいです。その上で、あの時偶然歩行者天国にいた人々が、大なり小なり謳歌していた人生を断ち切るという行為がどれほどエゴに満ちていたかを十二分に理解してから、刑を受け入れてもらいたいと思います。自分の人生の価値が分からなければ、他者の価値など理解できるわけがありませんから。

 ずっとこの事件について何か一言書き残しておきたくて、何度も書いては消して、やっとこれだけ書けました。彼と全く同じではなくても、かなり近い絶望を抱えて生きている人はたくさんいるのだと考えながら。

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2008.04.25

蔵書1469冊盗難事件(神奈川県藤沢市)

 お久しぶりです。仕事で参加したイベントで粘土細工を作ったり、架空の館マンダレイに旅立ってド・ウィンター家当主の美貌に見とれ、歌声にも聴き惚れたり、また、原作未読だけど『図書館戦争』のアニメを視聴したりもしていたら、いつの間にか20日間もこちらを更新していませんでした。そんなわけで本日ちょっと気になった図書館記事でリハビリ投稿です。

 窃盗:神奈川・藤沢市図書館の蔵書1469冊、73歳逮捕 - 毎日jp(毎日新聞)

 窃盗:図書館の本、自宅に1469冊 73歳容疑者「本が好き」--神奈川・藤沢 - 毎日jp(毎日新聞)

 盗まれたのは藤沢市総合市民図書館の蔵書(図書・雑誌とも)で、被害総額は約616万円だそうです。なんで同内容の記事なのに2種類ページが存在するのか、毎日.jpのサイト構築方針がよく分かりませんがそれはさておき。この記事を読んでまず疑問に思ったのは、

○○容疑者は「本が好きで、体が悪くなると図書館に行けなくなるので、その時のためだった」と供述しているという。

という一文でした。この容疑者はある意味立派な図書館ヘビーユーザであるにも関わらず、宅配サービスの存在を知らなかったのでしょうか?ちなみに事件の舞台となった藤沢市図書館で宅配サービスが運用されていることは確認しました(利用案内の該当項目)。
 もし知らなかったとしたら、高齢者に対する図書館の広報が足りないぞ、と言うしかありません。もし知っていてそれでもやったとしたら、そこまで本が好きで、どうしても自分のものにしたかった人間の悲しいエゴに痛みを覚えるばかりです。きっと高齢者故に、こだわりもひとしお強くなり融通が利かなくなっていたのではないか?と考えると尚更に。

 どうしてこんなにごっそり持って行かれるまで、図書館は監視カメラ設置等の対策を打たなかったんだ?とかいう声もちらほら聞こえてきますが、できれば市立図書館という市民に平等に気軽に使ってもらいたい立場では、来館者性悪説に立つような監視カメラ等の設置は行いたくなかったのでしょう。というか、監視カメラを置いたら置いたで、利用者から拒絶反応出まくりになると思うのですけれど。図書館への監視カメラ設置は、図書館が自分の首を絞める行為であり絶対あってはならないことと考える自分は、所詮古き良き時代の図書館情報学徒に過ぎないのでしょうか。
 あるいは、BDSぐらいは出入口に設置していたかも知れない、と推測しかけましたが、通常はかなり見つけづらい場所に貼ってあると思われるタトルテープを、73歳容疑者が巧妙に剥がしたとは考えにくいです。もし剥がしていたとしたら、それはかなり悪質な確信犯である証拠だと思われます。
 でも、この容疑者、本が本当にお好きだったなら、せっかく図書館に納められて市民の皆さまとの逢瀬を楽しめる立場にあった本を、自宅に閉じこめるような真似はしないでいただきたかったです。自分で買うなり正統に譲ってもらうなりした本であれば、自宅で愛でようと何しようと構わないと思うのですけれど。久々に色々考えさせられた図書館の事件でした。

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2008.01.30

消費者庁

 本日気になった以下のニュース。

 asahi.com:霞が関、戦々恐々 首相肝いり「消費者庁」構想 - 政治

 はてブの反応等を見てると「各省庁は利権が減るのがイヤなんだろう」みたいなのが多いんですが、これ、役所の上の方はそれも考えてるに違いないんでしょうけれど、下の方の人間から見たら多少違うと思います。

 まず、省庁が増えても、現在まで何百年と続いてきた縦割りの構図を変えるのはそう容易なことではありません。簡単に変えられるようなら、とっくに変わっている筈。
 あと、首相が頑張って新しく「消費者庁」を作ったとすると、記事にもあるとおり各省庁の定員がそっちに持って行かれると思われます。でも、各省庁内に消費者庁との連絡窓口となる部署(どこかの課の班1つ、あるいは係1つレベルかも?)は必要になるわけです。消費者庁からの指示や依頼の内容によっては明らかに担当原課じゃないと対応出来ないものがある、というか、原課に回すのが大原則だから、窓口担当部署から各原課に指示や依頼を連絡……って、今とあまり変わらない気がするのですが。むしろ、消費者対応の省庁が頭1つ増える分、混乱が生じるように思います。むしろ役所の下の方の人が心配しているのはそっちの方ではないかと。
 「下から上に訴えればいいじゃないか」「労働組合は何のためにあるんだ」と言う人もいるかも知れませんが、役所というのは驚くほどに物の決め方がトップ ダウン、と言えば聞こえが良いけれど、トップで決めたことを下に下ろして、どんな無茶なことであってもこれでよろしく、と言われれば「御意にございます」 と実行しなければならないという仕組みが根付いていて、実行部隊である下の者の意識についてもこの状況で生きやすいように慣らされているので、実際には難しいと思われます。

 もちろんそういう苦しい、しかも却って国民の混乱を招くような状況にならないように各省庁で努力すべきであるとは考えています。でも、原則として現在の役所の定員が増えることはない、ということは、窓口部署の定員も簡単には増やせないから、少ない人数で対応を整備していくのは大変苦しい道のりだとは思いますけれど。
 消費者庁側も同じですね。最近の役所の仕事、増えることはあっても決して減ることはないと思うので、仮に設置されてスタートしたとすると、当初想定していたよりも遙かに多くの担当業務が新庁に課せられることになるのではないでしょうか。

 というわけで、「消費者庁」にあまり明るい展望を見いだすことは自分には出来ません。ただ、役人が利権の多寡ばかり意識して生きてるかっていうとそうではないんだぞ、ということだけは声を大にして言わせてもらいたいと思い、このエントリを書かせていただきました。

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2007.12.02

おせちの話

 本日のニュースより。
Business Media 誠:おせちを「ひと通り作れる」20代、わずか2%

 ……こちら、30代後半ですが、多分何もあんちょこが無い状態ではおせちは作れません。大好きな伊達巻と、野菜の煮しめ、田作り、それと鶏の煮物以外は。あと、数の子を塩抜きして薄皮を剥くぐらいなら何とか。
 いえ、そりゃ、料理は苦手ながらも、独身時代実家でおせちの準備を面倒くさがりつつ多少手伝う位はしていましたけれど、結婚してからおせちを作る機会はほとんど無くなってしまいました。年末年始は連れ合いの実家に帰省するのが慣例になっているのですが、大体大みそかぎりぎりに帰ることにしているので、その頃には大部分のおせちは出来上がってしまっています。早めに帰って手伝いしながら作り方を覚えるのが一番良いのだけど、自宅の用事もあったりしてなかなかそうも行かないのが現状。どちらかと言えば、正月は料理を作るよりは年始のお客様への給仕の方を引き受けることが多いですね。
 お正月って昔と比べると「ハレ」感が減って日常と地続きになってしまっているのは確かですが、そんなことを言っていると伝統文化の継承というのがままならなくなってくるのもまた事実です。いつかは自力で一から十まで正月料理の準備をする機会が必ず巡ってくると思うので、その時には(何歳になっているか分かりませんが)、例えあんちょこを見ながらであっても自分で料理を拵えていたいと思います。でも、昆布巻きは自分で作るより市販品を買った方が美味しいに決まっていると個人的に考えているので、100%お手製にはならなさそうですけれど。

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2007.10.29

「読書週間」に図書館屋が思うこと

 どうやら現在「読書週間」らしく、新聞に最近読書ネタが取り上げられているのを見かけます。他の方のソーシャルブックマーク経由で、

の記事を知りました(最近の朝日新聞は嫌いと言いながら朝日読者なので)。
 後者の社説には、結構図書館屋さん方が「小説や古典(所謂NDC9類)だけが本じゃないぞ」って噛みついてるという印象ですが、世間の大多数の人にとっては本=NDC9類という連想は仕方がないんじゃないか、と更にへそ曲がりな筆者は思ってしまうのです。
 だって、生まれて初めて子供が出会う本というのは、ちゃんと統計を取ってはいませんが恐らく大人の本と同じように仕分けると9類である確率が高いわけで。もちろん人生最初に眺める本が電車や自動車の絵本(あくまで一例)という子供も大勢いるでしょうけれど、9割方の子供が最初に目にするのは、ただの物や言葉の羅列も含めて何らかの「おはなし」を持った絵本だと思われます。そのような状況下では、一般的に本=NDC9類というくくりもやむを得ないでしょう。
 もちろん図書館屋としては、9類にしか造詣のない司書というのは論外です。また、子供たちが学校で勉強するに当たって、9類以外の本を「読む」んじゃなくて「使う」術は是非覚えて欲しい、とも常々考えております。でも、そういう本を使うにはまず言葉を覚えることが必要であって、言葉を覚えるのに最も手っ取り早いのは9類の本だと思うのです。だから言葉の勉強→読書→文学という連想はあながち間違いではないんだろうな、と。
 ただ、ケータイ小説を読む為の言語理解と、調べ物をする為のそれとは決してイコールではないわけで、そう言う意味では他の図書館屋さん方の主張は的を射ていると思います。やはり子供時代から幅広い分類の活字に目を通してもらう為の、図書館側の宣伝努力というのも必要なのです。前にどこかで(某外資系学術出版社のフォーラムだったかな?)「調べる過程が楽しいのは図書館員だけ」という言葉を聞いたことがありましたが、普通の人でもちょっとぐらいは「調べる楽しさ」を知っておいて欲しいし、図書館はそういう目的でも利用出来るんだ、ということが頭の片隅にでもインプットされるよう、じわじわと宣伝するのは大事なことであると思います。

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2007.09.08

省庁等からのWikipedia編集事件

 最近10日ほどの間に話題になっているこのニュース。

 

総務省や文科省もWikipediaを編集していた 「WikiScanner」日本版語版で判明 - ITmedia News(2007年8月29日付け記事)

 asahi.com:ウィキペディア 省庁から修正次々 長妻議員の悪口も - 文化・芸能(2007年9月8日付け記事)

 まず、省庁や公的機関からの匿名編集(IPアドレスが晒される)については、ただただ、
「職場でやるな!」
「どうしてもやらざるを得ないのであればアカウントを作成するか、せめてプロキシ経由でどうぞ」
としか言いようがありません。だってWikiScannerを通すまでもなく、Wikipediaの編集履歴を見ればIPアドレスが残るのは一目瞭然なわけですし。
 ただ、聞くところによると、記事にあるような個人的な趣味の項目の編集とか、一般ユーザの書き込みの取り消しや隠蔽を目的とした編集とか以外に、国際機関からの業務命令で項目追加や編集を行ったケースもあるらしいので、そこは一緒くたにしない方がよろしいかと思います。

 もう1つ、朝日の記事にのみ取り上げられていた、長妻議員を中傷する書き込みの件について。記事によれば書き込みは厚労省内のPCから行われたのだそうです。職場PCからの書き込み行為は当然職務専念義務違反であり、また、相手が誰であろうと誹謗中傷するような書き込みもご法度でしょうけれど、きっと氏から提出された多数の質問主意書に徹夜で対応を強いられた省庁の人間は、氏の「役人は暇なんだなとあきれている。」(アサヒコムより)発言に煮えくりかえることでしょう。
 もちろん政府としては、質問主意書が出てきたら徹夜をしてでも必ず回答を出すのが正しい対応ですし、当のWikipediaの「質問主意書」の項目によれば、日本の年間での質問主意書の提出件数はまだまだ低いようですが、更に暴言を言わしてもらえば、
「毎年着々と公務員を定員削減しており、と言うことは寄せ集める知恵の数も減っているのに何を言うか」
という感じです。イギリスなどの海外では省庁をスリム化しても上手くやっているぞ、という意見もあるかと思いますが、日本で同じことを行おうとしている状況を見るに、政治家サイドも官僚サイドも専ら「文句があっても力ずくで(あるいは数の論理で)押し切る」という手段のみを使っているようにしか見えないので、政府の下々の構成員は反発しつつ不満をため込む一方。無茶するとどこかでしわ寄せがあると思うのだけれど。何て転がる石のような組織であることよ。

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Cellの表紙絵

 既にあちこちでネタになってますが、覚え書きとして。学術雑誌Cell 130(5)の表紙にジョジョの作者荒木先生のイラストが掲載されました(アサヒコムの記事)。紙面では9月7日の夕刊の記事です。論文へのリンクはこちら(リンク先はScienceDirect)。

SCRAPPER-Dependent Ubiquitination of Active Zone Protein RIM1 Regulates Synaptic Vesicle Release
Volume 130, Issue 5, 7 September 2007, Pages 943-957

 同じ朝日の朝刊に載った 「「骨壊し屋」女性ホルモンが抑制 東大教授チーム解明」もCellの同じ巻号に掲載されていて(ScienceDirectへのリンク)、これはこれで画期的な内容の筈なのだけど報道では影が薄くなるんじゃないか?と余計な心配をしてしまうぐらい、今回の表紙(これは別の論文著者が作成依頼したもの)はインパクトも強く、しかしこの名門誌の表紙として何の違和感もなくはまっています。
 ちなみに表紙の元ネタ記事が載っているCellのサイトに、昨日の午後あたりから全くアクセスできない状態になっていました。現在(9/8 8:30)はアクセスできるようです。Cellの表紙にあの種のイラストが載ったことも(そもそもアメコミの絵も載ったことがあるのか謎)、Cellのサイトがアクセス殺到でダウンしたことも、恐らく初めてなのではないでしょうか。

 で、当然のように勤め先関係の図書館にはプリント版は未着。これは受入があり次第表紙をコピーに行こうかな……と思ったのですが、雑誌の最新号はコピーNG。しかも、表紙の画像って1単位の著作物。著作権が荒木先生とCell編集部のどちらに帰属するにしても、あれが創作性のある著作物であるのは確かです。
 じゃあ、Cellの次号が発行されて図書館に入庫してから、「表紙の半分以下」をコピーすればいいのかな?とも思いましたが、どこまでが半分なのか?ポーズを決めてる「壊し屋」(SCRAPPER)部分だけ切り取ってコピーするとかなら良いのだろうか?とか考え出すとまた悩んでしまいます。もっとも図書館側の裁量でコピーを断られてしまっても致し方ないわけですが。やはり大人しくCellやアサヒコムのサイトに載っている画像を個人用にダウンロードしてこっそり眺めることにします。
 あと気になったのは、Cellの最新号のサイトには“Cover Caption”いわゆる「表紙のことば」が載っていて、今なら表紙イラストの解説と、これの絵師が“Japanese manga artist Hirohiko Araki”であることが記載されてます。この文章って次号が出たら消えてしまうと思うのだけど、CellのArchiveには保存されないんでしょうか。保存してほしいけど、保存先として該当する場所は無さそうで、ちょっと残念。

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2007.07.24

お金持ちが図書館をくれたニュース

 昨日びっくりしたのはこのニュース。

 中日新聞:恵那市中央図書館の建物、蔵書を贈呈 バロー相談役・伊藤氏の財団:岐阜(CHUNICHI Web)

 現代の日本において「誰かお金持ちが図書館くれないかなー」というのは「空から女の子が降ってこないかなー」ぐらい荒唐無稽なことだと思っておりましたが、まさか実現するとは。

 で、筆者、このニュースを読むまで「恵那市」がどこにあるか知らなかったという(^_^;)。岐阜県だったんですねえ。中学校の途中で転校したこともあって日本地理の授業をほとんど受けられていないのでどうも地理は弱くて(言い訳)。更に言えば脳内で「恵那市」と「恵庭市」の区別が付いておりません。なにせ、かつての相撲取り「恵那桜」は人生のある時期まで道産子力士だと思い込んでいたぐらいで。流石に道産子でないというのは気づいていたけれど、そうか、岐阜だったのですね。岐阜の人、今までごめんなさい。

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2007.07.06

今更、「Googleブック検索」の話

 ついに「Google Book Search」の日本語版「Google ブック検索」が始まったそうです。
  真っ先に「オペラ座の怪人」とか「劇団四季」とかの趣味のワードで検索してしまったバカがここにいますが何か?今のところ余り良い結果は釣れませんが(^_^;)。
 第7回図書館総合展でグーグル日本法人社長の講演を聴いたのが既に1年半前のことなので(記事はこちら)、ここまで来るのに意外と時間をかけたな、というのが第1印象。Amazonや紀伊國屋といった書店の他、出版社のオンラインショップ(オライリー、新風舎等)とも連携しているので、そこら辺が1年半の成果なのでしょうか。図書館検索は「まず有力大学1校と提携する」(アサヒコム記事より)ということで、まだこれからという感じですが、そのうち大手の大学、果ては大きめの規模の自治体の図書館とも連携を深めて行くのだろうと思います。

 使い勝手は、まだ日本語の対応書籍は数万冊ということなので仕方ないのですが、漢字の単語で検索すると中国語の書籍の方が多く釣れてきます。検索画面で書籍の記述言語を絞り込めれば良いのに、と思いました。

 で、正規のプレス発表は2007年7月5日でしたが、日本語の図書館系サイトで第一報かは分からないけれど、最も情報が早かったのは「Google ブック検索 本番スタート|黒澤公人のドキュメンテーションシステムの100年(1960年-2060年)」の記事(2007年7月3日付け)なんではないかと推測しております。長期的な定点観測の成果ですね。

(2007年7月7日追記)
 昨日のプレスリリースで、提携する「有力大学」は慶應義塾大学であったことが明らかになりました(慶應義塾プレスリリース(注:PDFファイル))(Googleプレスリリース)。「著作権の保護期間の切れた書籍約 12 万冊を対象として」(Googleプレスリリースより)ということなので、著作権問題でごたごたすることはないんだろうと思います。多分。

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2007.07.04

何故爪なのか?

 最近のニュースでどうもわからないのがこの一連のニュース。

 つめはがし:医療用つめ切り使う 北九州・元看護師-事件:MSN毎日インタラクティブ

 足の爪を剥がしたら、とても分かりやすい犯罪の痕跡が残るのに何故あえて爪なの?というのが、今回の爪剥がし事件を聞いた時の感想です。患者に苦痛を味わわせてうっぷん晴らしするだけなら、例えば爪と指の間に針を刺しまくるとか、仮にもナースならもっと傷跡が外から判別しづらいやり方があるんじゃないの?と思わずにはいられません。

 それとも、自力で動くことの困難な老人の足の爪を剥がすというのは、例えば介護者が爪を切る手間を省くためなどの理由で、ある程度認知された医療行為だったりするのでしょうか?で、包帯を巻くなり靴下をはかせるなりしておけば分からないとか?でも家族が面会に来たら一発でばれるでしょうに。
 事件の裏にどんな背景があるか知りたいようにも、知りたくないようなどっちの気もしますが、例えナースの側に同情できる事情があったとしても、弱い立場の患者に無用な苦痛を伴うようなことをするのはいかんなあ、と思います。

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2007.05.04

Webcat Plusで遊んでみる

 NIIのWebcat Plusの連想検索は、凄いらしい。と常々聞いています。新聞記事等の文章を検索枠に貼り付けて連想検索にかけると、その文章に関連する図書の書誌レコードをずるずると連想的に引っ張ってきてくれるという評判です。
 そこでふと、「2chとかのカオスな言語世界をWebcat Plusの検索にかけたらどうなるだろう?」と思い立ち、早速やってみました。
 まずはまっとうなところで、最近はてブで人気を呼んでいる「痛いニュース(ノ∀`):インドで「柿ピー」が大ブームの兆し」の元ネタ「インドで柿ピーが大ブーム? 国際親善 - goo 自動車&バイク」の本文を貼り付けたところ、トップに出てきたのはこんな本でした。
Webcat_plus_01

 1件目にカレーライスの本が出てきました。……柿ピーどこ?と思ったら、9件目にようやく柿の本が出てきてますが、多分柿ピーとは関係ないかと思われます。
 ただ、3件目に、
 スズキのインド戦略 : 「日本式経営」でトップに立った奇跡のビジネス戦略
が出てきていて、元記事はインドにあるスズキの子会社の話なので、これは使えるかも、と思いました。

 本題に戻り、今度は本格的にカオスな言語世界を貼り付けてみることにします。上記痛いニュースの85に引用されていた辛党のボスとハバネロのコピペです。結果はこんな感じ。
Webcat_plus_02

 がぜん胡散臭くなりました。特に中谷彰宏の著書が3冊もあるのが何とも。ハーレクインが2冊ヒットしてきてるのが笑えます。確かにハバネロに燃えまくるボスの姿がハーレクインぽく見えないこともありません。

 もしかするとWebcat Plusは、このボスに贈るべき本は、
 はっきり言うこんな幹部は辞めてくれ!
であり、取引先のお兄さんに贈るべき本は、こんなボスとのお付き合い生活とおさらばするための、
 株のいろは
であるということを示唆しているのでしょうか(^_^;)。

 さらにしつこく。 コピペの名作と呼ばれている「吉野家コピペ」を貼り付けてみました。結果は以下のとおりです。

Webcat_plus_03

 リストには、
 吉野家の経済学
や、
 吉野家
など、いかにも吉野家という組織を学ぶための基礎資料となりそうな本が並んでいます。
 一見このリストは真っ当かと思いきや、家族連れに「150円やるからその席空けろ」とかいう輩に対する返答とも取れる、
 お前のワガママだけ聞いてやる
なんていうのがあったりします(内容詳細を見たらBLでした……しくしく)。
 しかし、一番心に響いたのは、
 わかったようでわからない日本語 : そうか!!言われてみれば納得。
という1冊です。そうか、2ch等の日本語って、そういう日本語だったのか、と納得。
 というわけで、Webcat Plusの連想検索って意外と奥深い示唆に富んでいたということが判明しました。つらつらとネタを探って思索の世界に遊ぶには良いツールかと思います。そして、せっかくの連休にこんなものを試して遊んでいる自分を見つめ直すにも。

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2007.03.21

2007年3月20日のこと

 土曜日に出張したので、その分昨日お休みをいただいて少しだけリフレッシュ。
 本日出勤し、前日たまった仕事を片づけ、午後ちょっとした会議に出席してきたところ、前回の会議に出ていなかった方が、これまであまり突っ込みが入らなかったけれど突っ込むと痛いところを直球ストレートで突っ込んできました。それに対して思うところがあったので吠えてみたけれど所詮それは負け犬の遠吠えでしかなく、まだまだ自分は力も器も不足しているのだと恥じ入った次第。会議のテーマ全体から見たらたいしたことではないのかも知れませんし、突っ込まれると反論が難しい内容ではあったとは言え、きちんとした理論で反駁できないのがちいと悔しかったです。あれじゃあ嫌味を言っただけに終わっちゃったじゃないか。

 帰宅してブログやソーシャルブックマークの巡回をしたところ、西原理恵子さんの元旦那様鴨ちゃんの訃報を知りました(MSN毎日インタラクティブ記事)。サイバラさんと復縁されているという話は聞いていましたが、そういうことだったのか、と思い至り、『毎日かあさん』等のマンガのキャラクターとしても登場しているお子さん達の顔(もちろんマンガの)が脳裏に浮かんで胸がつぶれる思いに。でも鴨ちゃん自身は色々な苦しみから解放されたのだろうか、とそれだけは救いです。所詮何を言ってみても一読者の気休めに過ぎないのだけれど。

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2007.02.24

新聞記事「最近の図書館事情」から

 相変わらず新聞記事等のチェックは亀の歩みなのですが、毎日新聞2007年2月8日付けで掲載されていた以下の記事について、ようやく今日になり知りました。

 特集ワイド:最近の図書館事情 知るへの近道、積極ナビ-話題:MSN毎日インタラクティブ

 記事中にある”ライブラリー・オブ・ザ・イヤー2006「この図書館がすごい!」”とは、2006年の第8回図書館総合展のフォーラムで開催されたものです。ええと、知ってる図書館でこのイベントの第2位に選ばれてたところがあるのですけど、どうも表彰式は第1位の鳥取県立図書館のみが対象だったみたいでして。

 鳥取県立図書館、県内で開催されるイベントに対し、関連資料を集めて会場に届けるという「出前図書館」など、良い事業だと思います、真面目な話。ウェブサイトも活発に更新されている感満々ですし、これは1位になって当然ですわ。
 ただ、できれば、利用者アンケートの結果公表はWordファイルじゃなくてPDFかHTMLになってるとなお良かったかな?と、重箱の隅を突いてみたりして。いや、一太郎ファイルで公表するよりは良いですけどね。自分は一太郎派ですけれど、多分世間にはWord派の方が多いわけですし……。

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2007.02.04

所謂、生活お役立ち科学情報バラエティ番組について

 捏造騒動の起きた例のあるあるだけでなく、ガッテンや目がテン!やおもいっきりTVといった諸々の生活お役立ち科学情報バラエティ番組について、ずっと気になっていたのだけど、一応研究のお手伝いの端っこを背負っている仕事柄、人ごととして軽く書き散らせないものがありました。
 かつて自分がライブラリアンとして在籍していた機関の研究成果や、それに携わった研究員の方も取り上げられたことがあったので、何回かはこの手の番組を視聴したことがあります。

 これら番組の作り込みはそれぞれ異なりますが、共通なのは、例えば食材の成分の効能についての学説を紹介するために、実験をやってみせたりグラフを出してみたりと科学的な切り口で取り上げてくれている(いた)ということです。
 例えば番組の実験のやり方が専門家から見てちゃんちゃら可笑しいものであったとしても、科学的な見せ方で取り上げてくれることで、その学説の裏には、実験や分析をして学会での口頭発表や学術誌への論文発表を行っている研究者達が存在する、ということに思いを馳せてくれる視聴者が少しでもいるのなら、例えダイエットや健康増進といった目先の目的であっても、それがこういう番組の存在意義なのだろう、と思っていました。

 ところが今回の捏造事件。もちろん誠意を持って番組を作っている下請け、孫請けの制作会社も多いとは存じていますが、打ち切りになった番組においては、所詮「科学的な切り口」はテレビ的な演出効果の1つに過ぎなかったようです。視聴者に飽きずに見てもらう為のバラエティ的演出が全く不要とは言いませんが、少しでも彼らが、取材源である研究者や彼らの携わっている研究の中身に対し敬意を払っていたなら、あのような結末を迎えることにはならなかったと思います。
 番組制作者は、もし「エセ科学番組」と言われたくないのであれば、どんなに制作スケジュールに追われていても、研究成果の美味しい部分だけをちぎり取って持って行くのではなく、奥に隠されている実験の積み重ねや苦労をも汲み取りつつ、研究者にもきちんとアドバイスをもらい、番組を見て科学に興味を持つかも知れない人々を裏切らないよう、丁寧に番組を作っていただきたいものです。少なくとも、取材申込みの時点でそうした姿勢の見て取れる取材者には、研究機関の広報部門等でも門前払いを喰らわせたりはしないでしょうから。

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2007.01.27

最近の小言・小ネタ(その2)

 超亀な反応ではありますが、青山七恵さんの芥川賞受賞。デビュー作が第42回文藝賞を受賞された時には、もう1人の15歳の受賞者に話題をさらわれてしまっていましたが(その際の自分の記事はこちら)、今度は直木賞に該当作が無い中での単独受賞。別に出身校つながりというだけでそれ以外に何のつながりも無いのだけど、やっぱり素直に喜ばしく思っております。
 取りあえず、今は消滅してしまった学校の名前まできちんと経歴に書いてくれた文春と読売新聞にありがとう!と言いたいです。別に筆者がありがたがる必要は全くどこにもないわけですが、何故かそう言う気持ちが湧き起こってきたのは不思議な気がします。
 ちなみにそれぞれの記事へのリンクは次のとおりです。
 文藝春秋|各賞紹介|芥川賞
 第136回芥川賞に決まった青山 七恵(あおやまななえ)さん 23 : 出版トピック : 本よみうり堂 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

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2006.12.29

図書館2題

 先日ここでチェックが終わっていない!と大騒ぎした某イベントのカタログは、一昨日の夜、無事チェックすることができました。まずは一安心。仕事納めも過ぎて今日から年末休みですが、また6日後にはいつものように働いているかと思うと、あまり感慨も湧かないと言うものです。

 さて、最近なかなか図書館ネタを拾えていませんが、本日12月29日の朝日新聞に図書館関係の記事が2つほど出ていました。

 1つは「天声人語」。浜松市のイトーヨーカドー浜松駅前店の「子ども図書館」(130㎡、蔵書約10,000冊)が、店舗が年明けに閉店になることに伴い、閉館の危機に見舞われたが、地域の署名活動により別の店舗に移転して存続することになった、という話。開館19年にもなるので、「親子2代で親しんできた」(記事より)方もいるそうです。子供の頃なじみの図書館というものを持っていなかった(田舎だったので……)自分に取っては、純粋に羨ましい話であります。

 もう1つは同じ朝日の国際面(9面)の「お寒い文化行政」と題された「特派員メモ」。モスクワ在住の劇作家が、作曲家ショスタコービッチと亡父との間で交わされた書簡や指示つき楽譜、演奏テープなどを大量に所蔵しているが、保管先の部屋の家賃の負担が難しくなってきたため、モスクワの公文書館に寄贈しようと考えた。ところがロシアはエルミタージュ美術館で盗難事件は起きるわ、国立音楽博物館は料金滞納で電話が通じなくなっているわで不安に。更に、
「予算難で老朽化した文化施設は火事や水漏れの恐れもあり、文書館勤めの友人ですら寄贈を勧めなかったという。」(本文より)
ということで、困り果てる持ち主。さて資料の行方は?という内容でした。
 国や自治体が確実に資料を保存してくれる保障が失われてきているのは、ロシアに限った話ではなくて、多分今の政治のまま進むと日本もそうなるんだろうな、という気がします。同時に、日本のそういう体制を煽る尻馬に乗った朝日新聞に言われたくねーな、とも考えてしまいますけれど。

 今こそ、国の省庁や自治体の枠に縛られず、そういう文化を守る人的ネットワーク作りが必要なのだろうと思います。当たり前に享受していたものがそうではなくなる日も遠からずやってくるのだと、どれだけ多くの人が理解してくれるでしょうか。
 最初のヨーカドー子ども図書館の記事に戻りますが、1つ気になったのは、この館は、いくら地元が声を上げようが、ヨーカドーの経営状態次第でどうにでもなってしまう、ということです。継続的に文化の質を保ち続けるにはお金が不可欠なのだけど、今や国も自治体もそっちにかけるお金がない、という間違ったことになっています。財団法人やNPOが文化施設の経営を預かって、利用者が年会費なり募金なりで支えていけば良いのかも知れないけれど、それって言ってみればNHKの受信料みたいなもので、かなり収入源が不確実。うーん、どうしたら良いのやら。ということで、妙案の出ないままひとまずこの記事は終わりです。

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2006.12.21

訃報続き

 昨日今日は語る人が多いと思うんですが、それでも。
 午後、青島幸男さんの訃報にまず驚き、続けて岸田今日子さんの訃報を知りもっと驚きました。でも最も衝撃だったのはカンニング中島さんの訃報です。
 自分のこれまでの人生で馴染んできたのは青島さんが作詞したクレイジーキャッツの歌であり、岸田さん演じるところのムーミンの声であったわけで、決してカンニングのキレる竹山とオサえる中島(あえて敬称略)ではなかった筈なんですが。別にカンニングファンでもないし、竹山のキレ芸もむしろ好きではないのだけど、それでも竹山は相方の帰りを待っていたんだろうな、と思うとせつないものを感じます。しかも35歳って自分より若い。若い人が亡くなるのは余計に辛いです。つい最近身近な友人の父親が急な病で亡くなったりしたので、今余計に人の死に敏感なのかも知れません。

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2006.12.13

モラルの話

 本日あちこちで話題沸騰のニュース。

 図書館の本、傷だらけ…「切り抜き」「線引き」横行 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 これ自体は昔からある問題だし、モラルの低い人の存在も今に始まったことではないです。しかしこの記事に出てくるモラルのかけらもない若い女性の話を読むと、昔はごく普通に家庭と社会で生活しているだけで自然に身についていたものが、意識して身につけよう(つかせよう)としなければつかないような生活習慣になってしまったんだなあ、とつくづく感じ入っております。
 このニュースを見てふと思い出したのですが、10年以上も昔の一時期、PC-9801版の「プリンセスメーカー2」(略称:プリメ)にのめり込んだ時期がありました。プレイしたことのある方はご存じと思いますが、このゲームは養女に習い事やアルバイトを通じて、プリンセスとして嫁がせるのに相応しい「気品」「色気」「知能」「芸術」「体力」「モラル」などの各種能力ポイントを身につけさせなければなりません。このうち「色気」「知能」「芸術」「体力」は比較的容易に身につくのですが、残りの2つ「気品」と「モラル」をアップするのには苦心しました。特にモラルは、教会でのわずかな給金のアルバイト(ほぼボランティアに近い)や、授業料の高い神学の勉強を重ねる以外にほとんど習得手段がなく、しかもモラルを高めすぎるとプリンセスどころかシスターになってしまったりするので、ああでもないこうでもないと試行錯誤した覚えがあります。

 本当は、現代社会で自分以外の人間やその他の生き物と共存するためのモラルについても、「プリメ」のように信仰を通じて学べれば良いのかも知れません。でも現実に生きる人々のモラルは、神仏に仕える道を選んだ聖職者達を除いては、社会の中で人との関わりを持って揉まれる中で、何が良くて何が良くないかを知る機会を得ることにより育てられるのだと思います。
 そう言えば「プリメ」でも、直接のモラルポイント獲得に結びつきこそしませんが、ライバル達との切磋琢磨や武者修行でのお尋ね者との渡り合い、妖精達との交流などが欠かせないエピソードとなっていました。あのエピソードは、人との関わりというのは実に面倒なものだけど、逃げずに向き合いましょう、というメッセージだったに違いない、というのはうがち過ぎでしょうか?そうそう、反抗的になりかけた「娘」に対しては、バカンスなどで時間をかけた親子の交流と適度な説教も有効でしたね。
 ところでうちのプリメの「娘」はプリンセスには何度かなりましたが、とうとう「女王」にはならずじまいでした。どうやらモラルはともかく、気品がかなり不足していたようです……。

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2006.11.21

慶應大・共立薬科大の合併

 図書館総合展を回るため、ちょっと早めに横浜にやってきています。こんな早い時刻に横浜にいるのは初めてなので、参加する予定のフォーラムやプレゼンの開始時間まで、どこから会場を回ろうかと考え中です。

 さて、昨日ニュースになったこの記事。

 asahi.com:慶応大と共立薬科大、合併へ 08年4月めどに - 暮らし

 薬学部のように手に職が付けられて人気のある学部で、ましてや薬剤師養成実績の高い大学であってもこのような合併を考えなければならない、という少子化の深刻度を、このニュースで改めて思い知りました。

 また、そういえば慶應大に医学部はあっても薬学部ってなかったんだなあ、と惚けたことをまず考えました。文系だったもので、どこに医学部や薬学部があるとかそういうのはあまり意識したことがなかったというのもあります。実際、共立薬科大の薬剤師養成実績の高さというのは、今回のニュースで初めて知った次第です。
 しかしながら、そもそも一応司書の勉強をする為の学校を受験して入学したというのに、慶應にライブラリー・スクールがあるという事実を知ったのは受験生活が完了してからだった、という事実もありますので、単なる物知らずかも知れません。
#仮に知っていて受験したとしても、そもそも入れなかったとは思いますが(^^;)

 共立薬科大は合併によって慶應の一学部となります。OBの方から見ると、合併しても校風は消えないで欲しいという想いがあるのではないかと考えますが、そこはどうしてもひとつの学校としてやっていくことになるので、どこかで折り合いを付けることになるのだろう、と、母校が大きい大学に合併されたことのある者としては思いを巡らせます。

 慶應にも医学部の伝統がありますし、共立薬科大も他大学の医学部や大規模な総合病院との交流が豊富のようなので、そこはスケールメリットというんでしょうか、カリキュラムにお互いの交流ネットワークを幅広く活かしていただきたいですね。ネットワークと言えば、ドメイン変更など所謂ネットワークの調整やシステム統合もあるでしょうし、これから色々クリアしなければならない問題や山積みであるとお察しします。図書館屋としては、個人的に図書館システムの統合なども気になったりします。まだ道のりは長そうです。

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2006.11.02

図書館における実名報道紙誌原則公開方針(from 日図協)

 本日の朝日の夕刊1面トップに掲載されていたこのニュース。

 asahi.com:少年犯罪の実名報道紙・誌 図書館協会「原則公開」へ - 社会

 この方針は、日本図書館協会の「図書館の自由委員会」の素案として、先月27日の全国図書館大会の分科会で公表されたそうです。「詳細は、機関誌『図書館雑誌』12月号で発表される予定」とのこと。

 個人的には以前の記事にも書いたように、公共図書館での閲覧制限はほいほい簡単に実施するもんじゃないし、むしろ行わないのが基本スタンスだと思っていますが、今回日図協として方針を定めたことは、公共図書館にとっては大きい意味を持っているのでしょうね。日図協のウェブページにまだ載ってないけど。

 また、G.C.W.さんのブログの記事にある「一般の会員に議論の詳細を知らせることなく新聞報道が先行したことに疑義を唱えておきます」については、確かにそう思います。とは言え、一般の会員に最も確実に議論の詳細を知らしめる為の手段として存在しているのが『図書館雑誌』なわけですが、まあ、号外を出す程の予算はあそこにはないんだろうな、と想像してみたり。ただ、少なくとも、正式に新聞社等に報道資料を送付したのであればそれは(全ての会員がアクセスできるわけではないけれど)公式サイトに載せておいてほしいですし、それができないのであれば委員の判断のレベル(想像)でこういう重要な情報の掲載を許可するのは止めた方が良いと思います。
 あと、『図書館雑誌』の誌名が新聞の1面トップに出ること自体珍しいと思います(^_^;)。結構レアかも。

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2006.10.29

創作者のプライドと著作権

 かなり今更ですが、ここ2週間ほどの間に出てきた、松本零士vs槇原敬之(マッキー)問題とかテルーの唄盗作(?)問題とかについて思ったこと。
 どうも追及している側もしくはマスコミの皆さんが、著作権法上の権利と創作者としてのプライドの問題をごっちゃにしてるような気がして仕方がありません。

 まず、松本先生の主張(MSN毎日インタラクティブ10月19日記事より)には、何よりも先に創作者のプライド故の傲慢さを感じ取ってしまいました。筆者自身は999のコアな読者・視聴者ではないのであのフレーズは存じませんし、ましてやマッキーが本当に知らなかったのかなどは分かりません。ただ、あのフレーズには無意識に身体に染みこんで来るパワーはあるんだろうな、と思います。とはいえ、松本先生の付けてきた因縁苦情は、その創作者の身体に染みこんだ(かも知れない)ものについて今更「返してくれ」と言っているようなものなので、ちょっと解せません。
 この松本vsマッキーの件については、その後大人の和解が進みつつあるようです。松本作品もマッキーの曲も大好きな人間として今回の争いは辛かったので、少し胸をなで下ろしております。
 また、友人達とのやりとりの中で、松本先生が以前に某プロデューサー氏のせいで『宇宙戦艦ヤマト』の著作権問題で相当に苦しめられたということも思い出しました(参考:当時(2003年)の東北新社のニュースリリース)。そう言えば某プロデューサー氏もマッキーも過去に同じ罪状で…ということで、一概に松本先生の大人げなさを責めることはできないなあ、と今では思っております。

 もう一点のテルーの唄について。最初に見た記事はこちら。
 ゲド戦記:挿入歌の歌詞が朔太郎の詩と酷似-今日の話題:MSN毎日インタラクティブ
 詩人の荒川洋治さんという方が、月刊『諸君!』の2006年11月号で指摘されたらしいです。原典は未見なのですが、記事の文面から察するに荒川さんが本当に主張したいのは、
「先人の名作にインスパイアされて作るなら作るで、もっと創作者としてひねりのあるものは作れなかったのか?」
ということなんではないかと思いました。そもそも朔太郎の作品は既にパブリック・ドメインになっているのだから、素材として使われること自体には著作権法上の制限はない筈。ですが、もう少し作品としてひねりを効かせるとか、拡がりを出すとか、何とかならなかったの?あなたには創作者としてのプライドはないの?大ジブリの作品なら何をやっても許されるの?と言う嘆かわしい気持ちの発露の結果が今回の荒川さんの記事なのであれば、大変良く理解できます。
 だから、今回のテルーの唄問題について「著作権問題に詳しい日本文芸家協会副理事長、三田誠広さん」にコメントされると非常に腹立たしかったりします。何故あなたがこの問題を語る?みたいな。それはもしかしたら筆者の三田さんに対する個人的感情かも知れませんが(笑)。コメント中では「盗作とは言い難い」「モラルの問題として、朔太郎への感謝の言葉を入れるべきだ」「先行する芸術への尊敬の気持ちが欠けている」という正論を一応吐かれていらっしゃいますので。
 ――で、その後この問題に関してジブリ側が出したコメントがこちら。
 スタジオジブリ - STUDIO GHIBLI - 「テルーの唄」の歌詞の表記の問題について
これまでの事務面・広報面での対応に特に問題があったわけではなさそうですが、何だか創作者の尻ぬぐい的印象が否めないのはどうしたものかと思います。

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2006.10.19

司書07年問題

 時間がないので少しだけ。後で書き足すかも知れません。
 ――と、書いたのが今朝のこと。とりあえず、以下のニュースについて思うところを書き残しておきます。

 司書07年問題:今後5年で半数定年 都立図書館ピンチに−話題:MSN毎日インタラクティブ

 東京都で司書職の採用が中断されたことによる、火を見るよりも明らかな結果だと思います。現場の職員はこの数年ずっと歯がみし続けているんでしょうね。今の都知事が替わらない限り方針転換は難しいのだろうけど、ねばり強く戦っていただきたいです。その昔、今の職場と東京都を併願して、都を袖にしてしまった不届き者としてひっそりと見守っております。

 とは言え、実はうちの職場も似たような状況に陥っているのであまり人のことばかり言っていられなかったりします。新人さんの採用が抑制されている上に、司書の職種の採用試験は2、3年前に廃止になりそれっきり。採用試験の廃止に当たっては色々議論があったらしいけれど、結局は別職種で採用された人員の中から、司書資格が無ければ講習で取らせるなどして育成しなさい、ということになったようです。
 そう言えば自分より職階が上の、中間管理職に近い立場にある方を見やっても、10年昔ならヒラの職員や係長がやっていたような実務的作業を今なお担当しているケースが非常に多かったりします。かく言う自分も部下無しの立場なので、各種実務は基本的に自力本願です。若い世代の職員の数が減っている影響がこんな所にも出てきております。現在合理化の波と戦ってくれている、図書館部門生え抜きの課長クラスの方々が2、3年のうちに定年を迎えたら、果たして我々の運命は?という不安でいっぱいです。

 とりわけ都立図書館のように、「(中央図書館の)各フロアで特定分野に精通した司書がいる」(上記記事より)レファレンス態勢を整えてきたようなところにとっては、ベテランがごっそりと職場を去るのはかなりの痛手であるに違いありません。「都立図書館のレファレンス」でかいま見られるようなレファレンスの質の高さを少人数で保っていくには、「広く浅く」ではなく少しでも「広く深く」を目指しつつ、長年のノウハウ伝授を断ち切らないような司書の努力が必要と思いますが、世代交代ができなければそれは難しそうです。
 逆に、外注や派遣という形で新しい世代の司書を増やすとしても、「先人のノウハウを断ち切らず」「広く深くツールに精通し」「一定以上の質を保つ」ことのできる中堅クラスの司書と、そうしたノウハウを吸収し拡大再生産することのできる若手クラスの司書と、両方必要なのではないでしょうか。そして、本人及び職場が希望すれば継続することのできる雇用の保障も。

 自分でこれを書いていて、かなり保守的かも、とは思いますが、司書の資格も、ある分野に関する専門的知識も、あればそれで済むというものではなく、経験の伝授というのが欠かせないので、やはり業務の継続性がものを言ってくると考えます。また、個人的には司書にもライトスタッフというのが存在すると信じておりますが、例えばそれがやや欠け気味だとしても、過去の積み重ねを受け入れ応用する柔軟性があれば、十分補えることでしょう。
 司書という職業は、金銭的に魅力が薄れていく一方で、そうした意味で今後一層質の高さが求められていくのではないでしょうか。いや、質が高くても生活が立ちゆかなければ何の意味もないのですが。生き延びるための条件の何と厳しいこれからの社会であることか。

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2006.10.13

公務員の海外出張

 昨日のニュースから。
 asahi.com:衆院職員「海外研修」実は、国政調査費で欧州芸術の旅 - 社会

 いつもの朝日新聞の釣り記事だ、と思っても、つい擁護したくなる私。とは言え、衆院事務局側の、
「(前略)研修中の余った時間をいかに活用し、海外の知識を深めるかという意味を含めて海外研修が行われている。(後略)」
「(美術館の入場料を公費から支出することについて)意識の問題。本人は行きたくないのに、職務として行っていることもある。(後略)」
等の発言を見ると、例え本当に予算消化だったとしても、もっと上手な言い訳をせんかー、といらだちます。いや、当事者側が「予算消化のための慣習なんてなくなれ」という深慮遠謀の元にコメントしてるんだったら話は別ですが。

 ごくごく個人的には、公務員の海外出張に目くじら立てる国というのは、何て味気なくつまらない国だろうと思うのです。もちろん、今回の事例では世論の支持は得られないだろうと感じますし、「無駄のない海外出張をすればいいじゃないか」という意見があるかと思いますが、実際のところこういうことがあると、内部の審査が極端に厳しくなって、本当に「無駄」であると言い切れない出張まで取り下げられたりするのが現実です。

 例えば図書館関係の国際会議など、海外と業務上密接な交流のある図書館だったら公費で行かせて欲しい、できれば若い有望株に大舞台を経験してきてもらいたい、というのが人情ではないかと考えますが、そういう伺いが「若いから」「具体的な業務上の交渉に行くんじゃないから」、という理由で却下された例を耳にしました。確かに国際経験を積むには必ずしも公費を使う必要はありませんが、ノンキャリアの若手を送り出すにはベストな選択肢だと思ったのですが…。海外出張の支度金とか美術館の入場料(笑)なんて要らなくて、飛行機のチケットと最低限の宿泊代さえあれば十分なのに。
 そんなに行かせたければ有志がカンパでもして送り出せば?と言われるかも知れません。けれど日本はいつからそんなに余裕のない国になったんでしょう。…って、嘆いてばかりじゃ仕方がないのですけどね。

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2006.10.11

YouTube買収

 北朝鮮が地下核実験なんていう物騒な事をかましてくれましたが、自分にとってそれよりインパクトが大きかったのが次の記事。
 GoogleがYouTubeを16億5,000万ドルで買収(INTERNET Watch)
 当たり前のことなんですが、この件で、ようつべことYouTubeも立派なビジネスなんだということを認識いたしました。YouTubeというのを「みんなの遊び場」的にしか考えていませんでしたが、あるメッセージを動画という媒体に託し、世界の人々に遍く見てもらうには現在最強の場ですし。
 YouTubeというのは言ってみれば土管の置いてある原っぱだと勘違いしていたけど、実は初めから整備管理された公園だったんですね。恐らく原っぱで遊んでいた時のような宝探しのわくわく感はなくなってしまうけれど、きっと手軽に安全