カテゴリー「学問・資格」の記事

2010.08.21

科研費研究成果報告書に関する産経の記事について

 昨日産経新聞に載ったこちらの記事。

 国費で作った研究報告書なのに読めない、コピーできない…年間2000億円の科研費 (1/2ページ) - MSN産経ニュース

 例え主張自体が正しいとしても、論旨展開を誤ると軽く見られてしまう記事の分かりやすい例です。
 推測するに、記者さんが最も言いたいのは、
「科研費研究成果報告書について、折角国立国会図書館(NDL)に納本されているのに、著作権法に照らして全文複写が認められない。国の予算を費やしているのだから、電子媒体で提出されていない過去の報告書についても、著作権問題をクリアした上で是非遡及電子化・インターネット公開を進めてもらいたい」
ということだと思うのですが、
「文科省担当者だって忸怩たる思いでいるのに、著作権法を盾に全文複写を認めないNDLの唐変木め」
としか読めない文章になっている辺りがかなりダメだと思います(笑)。せっかく良いことを言おうとしているのにもったいない。「内容はおっしゃってる通り」とか言ってこういう文章を許しちゃいけない(そこまで言うか)。

 というわけで、科研費研究成果報告書について少しだけ思う所を語ります。
 もう何年も前にNDL関西館で受けた「科学技術情報研修」で教わったJIS規格資料の探し方等は綺麗に忘れたのに、科研費研究成果報告書が必ずNDLに納本されていること、でも装幀や印刷費のかけ方は、科研費を受けている人が報告書に費用をどれだけ回すかによりまちまちであること、という話だけは妙に覚えております。そして講義のサンプルとして示された報告書がいかにもお手製で、「これで永年保存?」と思ったことも。
 しがない一司書にして一事務屋である自分は、科研費を受け取るような立場になったことはないのですが、研究の推進に当たって競争的資金の獲得が重んじられる昨今、科研費は文科省に頑張って(研究者本人も事務方(その事務方もまた研究職である場合も多い)も頑張って)要求してゲットする貴重な資金。そりゃ普通に報告書の作成費をできるだけ切り詰めて、少しでも実際の研究を進めるのに使いたい筈です。
 研究成果報告書の作成費を自分が受けた科研費から捻出するという考え方は決して間違っている訳ではありませんが、その考え方により、印刷部数が切り詰められた結果、国立国会図書館には必ず納本されるのに、研究者自身の所属機関図書館まで部数が回らないという問題も生じるんじゃないかと思います。
 また、同じく費用の都合で報告書の装幀が、価格が安い、というか普通の論文製本と同じような手作り感満載で仕上がる→それって永年保存に耐えられる?という疑問もあったりしますが。いや、こんな印刷受注もあったりするので、本当に手作りしているわけじゃないでしょうけれど。

 自分としては、個々の研究の科研費から研究成果報告書作成費を捻出するんじゃなくて、一定部数までの作成費を別枠で出してくれれば良いのでは?と考えています。一定部数を超える場合は超えた分だけ個々の科研費から支出する、とか。
 その上で、遡及電子化も何とかして欲しいと思います。もちろん電子化費用を科研費からピンハネするなどではなく、文科省の予算で。
 実現するには著作権の許諾手続きとか、何よりも鬼のように厳しい財務省をクリアした上予算を確保しなければならないとか色々あると推測されます。それに利用者は、本当に欲しい時は「研究者本人に直接コンタクトする」という手を使うでしょう。
 それでも遡及して電子化を行い、できればインターネット公開も行うことで、原文が参照しやすくなり、少しでも研究活動の進行がスムーズになるというのは決して悪い話ではないと考えます。できれば著者最終稿で別冊論文なんかも載せてくれるとありがたいと思うのですけれど。無理なら電子ジャーナルのDOIを示すとか。

 せめて、こういう出版社の利益等への配慮を要する部分の少ない学術情報については、広く活用されてなんぼ、の姿勢で公開を進めてもらいたいです。まあ、所詮は自分が文科省の人間ではない故に気楽に言えるのですが(^_^;)。

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2009.02.07

レポートコピペ問題雑感

 今日、これから出かけるのであまり時間がないのだけど、「レポートコピペ問題の問題 - Ohnoblog 2」の記事に対するはてブの反応(の一部)を見てちょっと違和感を覚えたので。
 学校でちゃんと文章の書き方を教えてくれなかったのに、書けと言われても困るだろう、とか言う意見があるのだけれど、じゃあ、コピペする児童・生徒・学生は、これまで文章に出会った時、そこに何が書いてあって、書いた人が何を言いたいのかを気にしたことはなかったんだろうか?と激しく疑問。
 自分のブクマコメにも書いたんですが、コピペを容認し、学校での文章教育が行き届かなかったことに責任を求めるのは、子供達が自らの文章読解経験がいかに少ないかという事実と、これまでの文章との出会いで学んでこなかった事実を恥じないことを認めた上、更にそれを他人に責任転嫁しているに過ぎないと思うのです。
 まあ、元ブログにもあるように、学校のレポートとか読書感想文というのは単位や評価がもらえれば何でも良いし、また、相手方(先生方)を欺ける場合も存在するだろうから、一つの通過手段としてコピペを行うことをいとわない、という子供達は結構いると思います。先生方をどこかでなめてることには変わりないけど。
 あと、文章読解経験の無さを恥じる、という発想も多分ないのでしょう。それが何で恥ずかしいの?誰も教えてくれなかったのに?という感じで。……だから教えてくれなきゃ何一つできない、というのは恥ずかしいのに。そりゃ世の中には教わらないとできない、教わらずにやると恥をかく(時には命に関わる)ことも山ほど存在しますけど。そもそも「教えてくれない」じゃなくて分からなかったら訊けや、と思います。命に関わるような事態に遭遇する前に。

 ちなみに私自身、昨年とある著作権講習会の課題レポート執筆に大いに悩んで、コピペにもちょっと魔が差したのですが、それだと自分の意見が出せない!考えてる所が十分伝わらない!と断念。結局連れ合いに意見と添削を求めて、何度かの応酬の末、主催者に提出。昨日、無事講習会の修了証書をゲットすることができたことを申し添えます。自分の力だけで書けなかったことを未だに猛省中です。

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2006.12.11

バイオセラピー学科

 土曜日はとあるセミナーを聴講するために、早朝から経堂の東京農大まで出向きました。
 セミナーの内容は、農大に今年から新しくできた標記の学科の教育・研究内容に関するもの。実のところ、自分の今の業務とは直結しないテーマであったため、あまり期待していなかったのですが、これが意外に面白い内容でした。

 今回セミナーのテーマとなった新設学科で教育、研究されるのは、人間と生物(動植物)が共生していくための学問だそうです。研究テーマには例えば、野生動植物の保護、都市生活や教育、福祉の場において効果的な緑化計画、植物・動物介在療法など、現代社会と密着した内容が挙げられています。恐らくは研究室毎に作成したものを寄せ集めたと思われるプレゼンテーションは、様式が綺麗には揃っていなかったりもするのですが、いずれも研究室のこだわり、意気込みが伝わってくるものでした。
 どこの大学でも、受験生の減少に伴い学生の獲得競争は激しくなっており、今回の学科新設もそうした状況に対する一策だとは思います。上記の研究テーマは農学の中では比較的新しい内容であり、従って主流ではない(むしろ隙間的な内容)のだけれど、今後社会の中で確実に必要とされていくであろうテーマばかりです。

 一つ心配なのは、こういう分野ってなかなか形になった研究成果が出にくいのですよね。特に「癒し効果」とか「ストレス解消効果」というのはなかなか数値では表現しづらいですし。
 大学の役割と言うのは、人材を単に育成するだけでなく、そうした人材にいかに学際的な知識をもたらすかということだと常々考えています。とかく農学という分野は「実学」であるだけに、数学や物理学、哲学などと比べて「学術」じゃなくて「技術」だとか貶められがちなのですが、実社会と密接に関わることで多面的に展開できるという利点も大いに有していると思います。生意気な言い方ですが、今後まずは学生の就職面で良い成果を挙げ、社会に人脈網を広げることで、より戦略的に研究を展開して行かれることを願っております。

 ちなみに、この学科の第1期生のうち、女子は何と7割を占めるそうで……。何となく図書館情報学系の学科を彷彿とさせるものがあります。もっとも、図書館情報学系が、現代社会において隙間的であっても良いから本当に必要とされているのかどうか、昨今の情勢を見るにかなり疑問ではありますけれど。

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2006.06.10

JST、SciencePortalを公開

 知らない間に科学技術振興機構(JST)がこんなページを作っていました。

 Science Portal

 ちなみにプレスリリースはこちら。
 科学技術の今を伝える -サイエンスポータル- 公開(JSTのプレスリリース)

 用語表現はやや堅めで、あー、お役所だなあ、という感じですが、幅広い科学分野について取り上げていて結構楽しいです。東北大の川島教授(『脳を鍛える』脳科学者)やノーベル物理学賞受賞者のインタビューのPodcastsやからくり人形の映像を流すなど、コンテンツの種類も豊富。
 しかしこの手のページに最近は大体用意されているRSSが、なぜかこのページには用意されておりません。RSSの更新情報に頼らせずトップページのページビューを稼ぎたいという意図があるなど、意識的な設定なのかも知れませんが、利用する側としてはあれば便利なのに、とついつい不満を覚えてしまうところです。

 図書館屋的には文献と図書機関提供データベースが気になるところ。J-STAGE、ReaD、J-STOREがいつの間にか横断検索できるようになっていたとは。データベースは筆者の職場関係で使ってるライフサイエンス系のものが何故かリンクにないので、もっと充実してほしい、と個人的には思います。

(2006/6/13追記)
 ライフサイエンス系ポータル、ちゃんとありました。(情報源:サーチャーの会ブログポータルいくつか

 Jabion-日本語バイオポータルサイト-

 しかもRSSフィードも提供されています。便利です。
 個人的にはPubMedの日本語検索機能が楽しいです。当然検索結果は英語だったりしますが(^_^;)。

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2005.12.09

登録は忘れずに

 本日うろたえた出来事。

 筆者は極まった不精者でして、試験勉強などはどちらかと言えば文句をぶーたれながらやるタイプなのですが、それでも 10年ほど前に旧・データベース検索技術者2級(サーチャー2級)を、3年ほど前に初級シスアドを取得しました。これらは数少ない取得資格なので、しっかり職場の人事記録簿に載せてもらった上、後生大事にしてきた、筈でした。
 ところが最近になり、人事記録簿に何とこれらの資格の取得記録が記載されていないことが判明。あのー、初級シスアドの方は業務命令で合同受験して、合格時にもしっかり報告したんですけど。記録搭載を人任せにしてきた私も悪いと言えば悪いのですが。

 そして本日うれしかった出来事。

 上記のような理由で、人事記録簿に追記してもらうのに改めて合格証もしくは資格証明書が必要になったわけです。

 初級シスアドの合格証本体は家のどこかにしまわれているものの、手元にコピーを残してあるのでこれを提出すればたぶんOK。

 問題はサーチャー2級。
 合格証は所在不明。果たして自宅にあるのか実家にあるのかも判然としておりません。仕方なく今日の午後試験の主催者にメールで合格証明書を発行してもらえないかとコンタクトを取りました。一応、合格年度なども添えて。

 ・・・何と最初のメールから20分弱で先方から返事が。
「生年月日と当時の住所をお知らせ下さい」
とのことだったので、早速回答したところ、更に20分後、明日郵送する旨の連絡をいただくことができました。

 ここまでで40分。このような迅速な対応を取っていただけたのはありがたいことです。
 問題は来週頭にちゃんと証明書が届くかということですが。きっと大丈夫と信じています。

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2005.11.30

“「東京」を観る、「東京」を読む。”展

土曜日、「東京人」観察学会主催の展示会“第1回“「東京」を観る、「東京」を読む。”展”(リンク先:PDFファイル)に出かけて参りました。
 “「東京人」観察学会”では、東京という移ろいゆく都市の風景を撮影した写真を素材に社会考察を行う「集合的写真観察法」という手法を用いて、1994年以来「写真+タイトル+解説」という形で、大学のゼミに所属する学生たちが作品を発表し続けています。よくわからない方は観察学会のウェブサイト(上のリンク参照)で過去の作品が公開されていますので実際にご覧いただくのが早道かと思われます。

展示会場では今年度の作品の実物を拝見しました。今回は例年に比べて全体的にやや突っ込みが足りないような印象を受けました。「個性が薄すぎる」とも思いましたが、こちらの感想は全く的はずれであったことが後に判明します。

展示会を観る前に、同時開催の講演会“「東京」と「東京人」を写真によって読み解く”も聴講させていただきました。今回の観察学会の作品展はプロの写真家である柿沼隆氏が東京を撮影した作品とのコラボレーション展示として企画されたものであり、講演会にも柿沼氏がゲストとして参加されていました。
 講演会では、柿沼氏と観察学会それぞれの、様々な東京の現代の姿を撮影した作品から、そこに見られる社会状況の分析を行うという試みが行われていました。例えば、警告ポスターや監視カメラに頼らなければ犯罪を抑止できなくなった社会病理を表現した2004年度の作品「コミュニティの衰退 -監視社会化を引き起こす根本原因-」の後に柿沼氏の撮影した現代の子どもの笑顔の写真、そして土門拳氏撮影の昭和20年代の腕白坊主の写真を比較対照することにより、地に根の生えた生活感を我々が切り捨ててきてもはやノスタルジーの中にしかそうした生活感を見出せなくなった社会状況を浮き彫りにする、といったスタイルで、数枚の写真からこんなにも多面的な社会分析を行えるものかと感心し、そして考えさせられた会でした。

講演会・展示会を全て見終えた後、連れのおまけとは言え、何と図々しくも観察学会のゼミ懇親会にお邪魔させていただくことになりました。ほとんどの時間は、大量の料理とお酒をあっさり消費していく若者たちのパワーに圧倒されるばかりでしたが、その中でも何人かの若者が話しかけてくれ、会話することができました。
 彼らの説明から、観察学会の作品を作る上で、写真を撮影するのは各個人が行うものの、その後写真をセレクトし、タイトルや解説文を練り上げるのはあくまで集団討議で行われることを知りました。また、写真の撮影者は思い入れを避けるために自分が撮った写真の討議からは外されるとのことです。―つまり、それら作品にとっては個性から脱却することが重要であり、「個性が薄い」ことを批判するのは勘違いもはなはだしかったわけです。しかも観察学会のサイトの「はじめに」にを読むと、こうした作品の作られ方がしっかり解説されておりました。・・・すみません、勉強不足でした。
 しかし、何だかんだで「社会学」とはどういうものであるか、その一端に触れることのできた大変有意義な1日でありました。

 ところでついででしたので、あまり時間もありませんでしたが、大学の図書館も軽く見学してきました。新しい図書館で、内装も綺麗、机には情報コンセントも完備、という誠にうらやましい環境でしたが、ただ1点気になったのは学術雑誌のカレントなタイトル数があまりに少ないということ。まあ、本当にコアなものは研究室でも買っているだろうし、オンラインジャーナルも活用されているのだろうけれど、総合的な学問を取り扱う学科の図書館なのだから、もう少し冊子体が揃っていても良いのでは?と思いました。とにかく時間がなかったので、書庫や学習室の充実ぶりをきちんとチェックすることができなかったのがかなり心残りです。
 ・・・ということで、図書館の話が少ないのですが、一応この記事のカテゴリには「図書館」を付しておきます。意地のように(^^;)。

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2005.04.03

司書(ライブラリアン)の専門性について

 山中湖情報創造館ブログの記事司書の専門性(ライブラリアンって何の専門家なの?)を拝見したところ、同館にはデジタル・ライブラリアン、レファレンス・ライブラリアン、チルドレンズ・ライブラリアンの3種類のライブラリアンがいらっしゃるとの記述がありました。

 これを見て思い出したのは、昨年連れ合いが海外のとある会議に出張した時のこと。会議参加申込用のフォームに職種の記載欄があり、そこにはレファレンス・ライブラリアン、システム・ライブラリアン等の選択肢が用意されていました。しかしそこで彼は、どの選択肢にチェックすべきか悩んでしまいました。以前はシステム・ライブラリアン的な仕事もしており、彼的にもその仕事に随分思い入れを持っていましたが、今の担当はカウンター業務がメイン。でも最近はレファレンスも専用のシステムがあるなど、システム・ライブラリアン的な仕事とも無縁ではないですし・・・。
 結局はレファレンス・ライブラリアンとしてエントリーしたそうですが、じゃあ、と我が身を振り返ってみて、自分の専門性って何だろう?と考え込んでしまったわけです。これまで回ってきた館はどこも比較的小規模で、図書館業務を担当している人員数が非常勤職員を含めても4、5名しかいない所ばかりでした。簡単なカウンター業務や雑誌の受入、相互貸借(ILL)の一部は非常勤さんが担当しますが、それ以外の全ての業務は2人程度の職員が回すというのが常態です。レファレンスもやれば、ILLシステムの操作も、図書館のWebサイトの更新も行う。もちろん雑誌の年間契約や図書の購入取りまとめも行い、場合によってはこの他に配属先の職場全体のLAN管理も担当していたりする。そんな状況が自分の所属組織では普通のことであり、これらのうちどれかに特化された専門性というのを追求する機会はなかなかありませんでした。ちなみに連れ合いがいるのは、同じ系列の館の中でも割と大規模な所で、担当係ごとの分業は比較的はっきりしていますが、それでも他館との人事異動はあるので専門性が確立されにくいのは同じです。

 確立された専門性を有していなくて果たして今後それで良いのか?という疑問は残りますが、以上のような状況において求められるライブラリアンの理想像は、
「図書館の各業務について広く深く学び、どれについても豊富な知識を有し、かつ確実に実践すること」
であると思われます。しかし、口で言うのは簡単ながらなかなかうまくいかず、どれも中途半端になりがちなのが現実です。第一我が身に当てはめてみると、知識の確実な実践どころか、知識以前のルーチンワークで失敗して人に迷惑をかけることが実に多いですし(^_^;)。また、周囲を見渡すと、通常業務をこなす上で別に知らなくても良い知識というのは、つい身につけるのを後回しにしてしまうという人も少なくないようです。
 それでも。図書館における各業務について、その道の専門家を目指す「つもり」で知識を仕入れ自分の物にするための勉強というのは必要であると考えます。Webでも情報は流れてますし(未だに英語の情報には恐怖(笑)を覚えてしまいますが)、専門の雑誌も何誌か存在します。図書館大会とかシンポジウムも開催されています。これらによりもたらされる情報量は膨大ですが、それらの中から有用な情報をすくい上げて身につけること。それができてこそ「情報の専門家」であると思うのです。何だか月並みなオチではありますが、「継続は力なり」を信じてこれからも行きたいものです。

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2004.07.09

研修9・10日目

 人権問題について勉強。世の中には人種や門地、性別や家業あるいは身体・精神の障害などに起因する根強い差別が存在します。それらについて目をつぶるのではなく少しずつでも知ることにより境目をなくすことが大事だと改めて実感。それでも重いテーマでした。
 夜は同室の皆さまと電車で二つ目の街まで出向き打ち上げ。寮に戻ってからも語りまくり、眠りについたのは午前3時。
 明けて10日目。最後の講義(ほとんど寝ていた)もつつがなく終わり、これから閉講式です。
 違う事業所や職種の人と知り合えたので、いろいろな話を聞くことができました。時間外もかなり楽しかったですし。(^o^)
 そして来週からまた通常勤務です。気分新たに淡々とがんばりましょう。

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2004.07.08

研修8日目

 7日目の夜半、寝入りばなに金縛りにあってしまいました。しかも悲鳴が部屋全員に丸ぎこえ。なかなか恥ずかしい思いをしました。
 今日のお題は午前中がメンタルヘルス、午後が説明を図解して示すための図の作成訓練でした。
 図の作成について最初簡単とたかをくくっていたのですが、この演習、手書きで図を作成する訓練。時間内に最終課題の下書をまとめるのが精一杯で、
「くぅ…PowerPointさえあれば…」
と歯がみしておりました。生まれてから数少ない、マイクロソフト万歳、と思った瞬間でした。

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2004.07.06

研修7日目

 今日の午前は世界の食料情勢、午後は職場倫理について勉強しました。そろそろ最終提出レポートの課題を決めないと非常にまずいのですが、まだ何を書くか決めてません。研修終了まであと2日半。ちなみに夏休みの宿題は、(1)8月31日まで放置、泣きながら処理 (2)提出せずに放置して翌学期の成績を下げる の2パターンで生きておりました。三つ子の魂なかなかしぶといです。

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