2009.05.02

漫画『私の血はインクでできているのよ』感想

 以下の漫画について、2ヶ月近く前に、『暴れん坊本屋さん』等にはまった私を見ていた連れ合いが購入してきてくれて、比較的すぐに読了してましたが、その後何となく感想を書くきっかけを失っていました。

 私の血はインクでできているのよ / 久世番子著. -- 講談社, 2009.2

 この漫画の内容を一言で申し上げますと、「余はいかにして漫画家となりしか」ということですが、まあ、ここまで身も蓋もなく描いてしまって良いのだろうか?とこちらが危惧するほどに、幼児期の無邪気な「お絵描き大好き」(何と実際のお絵描き帳まで公開している!)から、子供ならではの強烈な自己顕示欲とない交ぜになった漫画創作へのこだわり、高校時代のラノベの主人公や某私鉄の素敵な制服に身を固めた駅員に手向けられた、腐りゆく愛の込められた同人活動、そして雑誌投稿時代のライバル達への妬み、等がかなり生々しく、そして痛々しく描かれています。

 創作者が読者に読んでもらうための物語を「生々しく」「痛々しく」綴るのは、実はとても難しくて、一歩間違えると「見て見て、これが私の張り巡らされた神経と、その奥に息づく辛いトラウマをさらけ出した中身よ!」となってしまい、一部の読者には喜ばれるかも知れませんが、逆にドン引きされる場合も少なからずあると思われます。
 しかしこの作品は、これだけ惜しげもなく自虐とヨゴレを見せておきながら、この作者の絵柄の特徴でもある端正さを保って崩れることなく、読者に爆笑を提供してくれます。それだけでなく、過去に少しでもインクの血中濃度が上昇し、一次あるいは二次創作に熱中した経験のある読者に対しては、軽く針で刺すような痛みとともに甘酸っぱい郷愁を呼び起こしてもくれるという、何重にも周到に美味しさが用意されています。

 という理屈はともかく、お友達が同級生の仲良し男子コンビをネタに妄想イラストを描いたとか、投稿時代に自分を差し置いてデビューしたライバルの作品が載った雑誌の表紙の、PP加工を剥がして憂さを晴らしたとかいうエピソードには素直に笑わせてもらいました。流石に血がインクでできている方は凄いです。
 そして自分はまさに、痛みと共に郷愁を呼び覚まされてしまった人間です。もちろん作者の様に漫画を職業とすることもなく、創作からもとうに足を洗っているわけですが、ある対象に愛と熱中を手向ける行動は未だにとどまるところを知りません。そこで、さて、私の血は一体何でできていることだろう?と考えてみましたが、良く分からないというのが正直な所。少なくともインクではないのは確かなようです。本当はここで「十進分類法でできている」とか「シェルスクリプトでできている」とか、はたまた「帝国劇場の地下水でできている」とか言えれば、少しはかっこいいんですけどね。

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2008.05.11

久世番子『番線』

 少し前に購入した、久世番子さんの『番線』をようやく読了しました。番線というのは書店で発注等に使われる「書店の識別コード」の業界用語だそうで、元書店員番子さんらしいネーミングです。「元」と書いたのは、これを書く前にWikipediaで番子さんの項目に当たった所、既に書店員は辞められているという記述があったからです。少し残念ではあるけれど、本業に専念できるのは幸せなことであるとも思います。
 表紙を開いた瞬間、口絵イラストの布団に横たわる番子さんの図のインパクトが強烈でした。きちんと書棚があることを除けば、自分の寝室にそっくりだったからです。読みかけの雑誌、漫画、文庫本、演劇パンフ:-)やらを枕元に貯めこみ、しかもそれらをなかなか片づけられず、ドレッサーの椅子の上にまで積み上がっていっている体たらくなので、家族から「営巣」と呼ばれています。多分、番子さんは「本好き」だけでなく「読書家」でもあると思うのですが、「読書家」にコンプレックスを抱いている人間としては彼女の「本好き」ぶりの方に共感しております。

 一応図書館屋としては、国立国会図書館の前後編ルポを丁寧に読みました。積層書架や火災発生時の消火方法に関する説明を、蔵書保護至上主義という切り口で描いているのが面白いと思いました。確かうちの職場のコンピュータセンターもガス消火だったよな、と思い起こしてみたり。
 あと、蔵書のカバーの脱衣についても触れられてましたが、カバーに奥付が付いている場合は切り抜いて本体に貼り付けるというのは初めて知りました。そう言えば前の職場(うちの職場系列の図書館は大体カバー脱衣後装備方式です)でも同じことをしていたなあ、確か。あ、「爆弾に注意」プレートも笑わしてもらいました(書庫内で出庫にかかる時間を知らせるプレートだそうです)。
 同じ国立国会図書館の修復部門のルポも、自分には縁の薄い分野なので興味深かったです。古文書を「原型を壊さず直すことはもちろん必要があれば元に戻せる方法で補修しています!」に深く頷いたりして。

 この作品における図書館以外にマイツボに入ったキーワード、キーフレーズは、
「もしも私が家を建てたなら(略)壁全面の本棚ぁぁぁ~」
「手動写植機」
「教科書やおい」
「近年のツンデレブームは…文部省の陰謀!!」
「トリックの穴 見つけちゃいました」
「一箱古本市」
あたりでしょうか。

 余談ですが東京創元社の校正課のエピソードである「トリックの穴」の件。仕事関係で学術論文の校正ならやったことがありますけど、その時は用語の統一ぐらいまでなら気づけたものの、流石に実験過程の穴を見つけるレベルには至れなかったです。まあ、それをチェックするために学術論文には査読者というのがいるわけでして。でも見つけられない時は数人がかりでも重大な間違いを見つけられないことというのは本当にあるので、恐ろしいことです。

 『番線』は漫画ですが、本好きさんは結構楽しくいちいち納得しながら読める本かと思います。お勧めです。

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2008.05.04

ICタグ付きポストイット

 連休が始まったというのに見事に風邪を引いてしまいました。風邪薬が手放せない状況であるものの歩けないほどではないので、今日のチケットを既に取ってしまった観劇は出かける予定です。ただ、明日の上京予定はキャンセルするかも知れません。

 さて、筆者はポストイットを使うのがかなり好きです。仕事にももちろん使っていますが、プライベートでも持ち歩き用に表紙の付いたポストイットノートを愛用しています。
 LISNewsの記事(Post-Its + RFID | LISNews)と、その元ネタのEngadgetの記事(MIT reinvents the Post-It note... with Post-It notes - Engadget)によれば、MITで、RFID付きポストイットというのが開発されたそうです。紹介されている映像を見ると、PCに接続された専用パッドの上でRFID付きポストイットにデジタルペンでメモを書き込んで、そのメモ情報をPC側にOCRで読み込んでデータベース化することができるということのようです。また、RFIDなので、当然位置情報も記録できるとか。本のページの間にしおりとしてRFIDポストイットを挟み込むという使い方ができるようです。
 ポストイット貼りっぱなしにしておくことが本の長期保存のために良いとは到底思えないので、あくまで一時的な情報の整理を前提にしたものなのかどうかは分かりませんが、上手に使えば楽しく仕事に活用できそうです。しかし高そうなポストイットだなあ。これじゃ普通のポストイットのように使い捨てできないし、そもそもタグの情報を手軽に消去できる手段がない限りは簡単にその辺に捨てられないじゃないか、とも思ってしまいます。

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2008.04.03

水面の雲を見つめて

 4月2日、石井桃子さんが101歳で亡くなられました。

 訃報:児童文学者の石井桃子さん=101歳 - 毎日jp(毎日新聞)
 「ノンちゃん雲に乗る」作家・石井桃子さん、101歳で死去 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 年度初めにつきめちゃめちゃ忙しい日が続いており、ニュースサイトもほとんどチェックできていなかったのですが、メールで更新情報が送られてきた友人の日記のタイトルに「星が落ちた」って書いてあるものを見つけ、何?誰か亡くなったの?と急いでGoogleニュースをチェックして訃報を知り、このことだったか!と愕然。

 図書館屋の端くれとしては、この方のお名前を聞いてまず連想するのは「東京子ども図書館」。そして「おはなしのろうそく」。そう言えば大学の時に、創作絵本『くいしんぼうのはなこさん』のパネルシアターをおはなし会用に作らせていただいたこともありましたっけ。もちろん著作権処理なんてやっている筈もなく、今にして思えば、良くもまああれを子供に見せて堂々と上演したものだ、と穴に入りたくなるような素人の作品でした。美しく封じ込めたい思い出です。

 おはなし会に夢中で取り組んでいた割に児童文学への造詣は無さ過ぎな人間なので、石井さんの業績として名高い翻訳物では、とっさにはブルーナ、ピーターラビット、クマのプーさん位しか思いつかなかったりします。そう言えば『ちいさいおうち』もそうでしたね。ああ、ドリトル先生の担当編集者でもあったのね。
 石井さんが翻訳された海外の長篇作品に関する知識なんて、ほとんど壊滅状態。例えば『たのしい川べ」が名作だという知識はあるし、単行本の見返しに載っていた物語の舞台のマップに示された世界観が良くできていると感心した覚えはあるけれど、ちゃんと読み通したことはありません。

 そんな人間が語れる数少ない石井さんのお仕事は、創作の『ノンちゃん雲に乗る』位です。戦前日本の中産階級の少女ノンちゃんが、大人のごく日常的な理不尽なふるまいに対する憤りがきっかけでお家を飛び出して木に上り、木の上から落ちて気づいたら雲の上に乗っており、謎のおじいさん(神様?)に巡り会います。自分、家族、そして友人との日常のエピソードについて、同級生の悪ガキも交えて対話していくうちに、知らず知らず自らを見つめ直していく、というお話でした。
 この本、確か十代前半の頃に母親から誕生日に贈られたものです。版型は文庫本でした。そろそろ大人に買い与えられる本だの洋服だのを素直に受け入れられなくなり始めていた年齢でしたが、何故かこれは素直に最後までさくさくと読み進めることができたと記憶します。ラストで小さかったノンちゃんは大人になり看護婦になったけれど、雲の上で語らった悪ガキの長吉は戦争に行ったまま帰ってこなかった、というくだりが何とも寂しかったです。
 ノンちゃんを読了して程ない頃、NHKで休日に映画版を放送していたので観ましたが、鰐淵晴子があまりに美少女過ぎてバイオリンなんか弾いてたりして、ちょっとイメージと違っていました。でもあの映画はファンタジックで温かくて、決して嫌いではありません。

 石井さん、人間の愚かさをカバーして余りある善意と賢さを信じることを、十代前半の娘に教えてくれて、本当にありがとうございました。

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2008.03.29

脱衣カバー

 『もえたん』と言えば、どう見ても小学生女児にしか見えない幼児体型の美少女という、ある種の趣味の皆さんのストライクゾーンをあからさまに狙った設定の女子高生虹原いんくが、魔女っ子家庭教師ぱすてるインクに変身して活躍する英語教本で、アニメにもなったアレなわけですが。最近は次のような関連本が発売されています。

Amazon.co.jp: もえたん ビジュアルファンブック: ポストメディア編集部: 本

 この本の現物を見たところ、帯には「脱衣カバー」と書いてあるではありませんか。上記リンクの表紙画像をご覧いただくとお分かりのように、書籍本体にはぱすてるインクの全身像が印刷されています。で、くだんのカバーは透明なアニメのセルっぽいカバーで、ぱすてるインクのコスチューム「だけ」が印刷されております。つまりカバーを剥がすと……そういうことです。皆まで申しません。ちなみに裏表紙にも別の魔女っ子2名がいて、全く同じ状態になっています。

 で、気になったのは、この本、国立国会図書館(NDL)にちゃんと納本されるかは分かりませんが(2008年3月29日現在未納本ですが、同じ出版社の他の本は結構こまめに納本されている模様)、もし真面目に納本された場合、脱衣カバーは一体どこに行ってしまうのか?ということです。確か、NDLに納本された図書は全てカバーを剥がした上で装備され、受入されると聞いています。と言うことは、『もえたんビジュアルファンブック』も容赦なく脱衣状態になる訳で(汗)。
 多分、例外はあり得ないでしょうけれど、今後永久に美少女達が脱衣状態で保存されるのは忍びないので、何とかならないものかと気になっております。いえ、お好きな方にはたまらない状態なんでしょうけどね。

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2008.03.01

書店の力

 今回の記事は、以下のお話に触発されて書いています。
ニートの19歳女の子を札幌『紀伊国屋』に連れてったら感動して泣かれた話*ホームページを作る人のネタ帳

 はてブのコメントを見るに、話の本筋よりも、この話を「捏造」「作り話」として捉えている人の多さに驚きました。例えば小説家が私小説を書く場合に実話をベースにしながらも何%かは嘘を混ぜるのがセオリーであると聞いてますが、それと同じくこういうネタ話が100%実話ではないにせよ、まるっきり作り話ではないんじゃないかと思うのだけれど。
 元記事の作者さんの日頃の評判は存じませんが、こういう感動系話に「嘘つき」って突っ込んで楽しむ屈折した文化というのが確実に存在するんだなあ、と嘆息。

 amazonやbk1を探せば確実にあり、近所の書店には無い可能性が高い本と分かっていても、それでも私は時間のある時に近所の書店を巡ってしまいます。理由はシンプルに「楽しい」から。「楽しい」の中身について言葉にすると次のような感じです。
・たくさん本が並んでいる書棚を眺めて、その中から目当ての本を探すのが楽しい。もちろん、書棚の整理が行き届いている書店であることが大前提です。
・たまに思いがけない本を発見して眺めて、時には購入するのもたのしい。
・どうしてあの本を置いてないの?って文句たれるのもまた楽しい(末期症状?)。

 最後に、図書館屋の端くれ者の本音としては、冒頭のネタ話の娘さんの感動を呼ぶのは書店ではなく図書館であって欲しかったなあ、と思います。でも、
「人気のある最新刊をすぐ手に取れて自分のものにすること」
と、
「ネットで入手できるものより微妙に枯れているけど決して陳腐化していない情報の現物が多数並んでいる中から自分の責任(お金を出すという意味において)で選び取ること」
とが同時にできる場所となると、やっぱりリアル書店という選択肢になってしまうんでしょうね。複雑。

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2007.10.07

「町の本屋さん」が無い町の住人より

 以下は、先日の毎日新聞の記事「発信箱:本屋がなくなる=中村秀明(経済部) - 毎日jp(毎日新聞)」を読んでの感想です。
 子供の頃、家から歩くと30分ぐらいかかる「町の本屋さん」にたまに連れて行ってもらって、そこで主に「なかよし」等の女の子雑誌や、時々児童書(うちの親は偉人伝を読ませるのが割と好きだったなあ)を買ってもらえるのは確かに嬉しかった覚えがあります。
 引っ越しで一旦その町を離れて、8年後に再び戻ってきた時、町に駅ビルなんかができて栄えているのに反比例してその本屋さんが品揃えも店内の雰囲気もすっかりさびれまくっていたのは悲しかったです。今思えば取次から本が回ってこないとかの問題もあったんでしょうね。町の本屋さんが消費者へのアピールに知恵を尽くしたとしても、取次の体制として小さい書店に本が回って来づらくなっているんだからどうしようもありません。

 で、一消費者としては、本がなかなか入ってこない町の本屋さんよりはAmazonさんなどネット書店を利用したいというのがやはり人情です。というより、筆者の現住地はここ40年ほどで造成された研究学園都市なので、そもそも所謂「本屋のオヤジさん」がやってるような小規模書店というのが皆無な訳ですが。
 また、所謂リアル書店――地元の中規模書店や郊外型書店、それから大手チェーン書店――においても、東京都区内に電車で1時間、車で2時間もあれば出られる地方都市であるにもかかわらず、新刊書がなかなか発売日に入ってこないという欠点が存在します。飛行機に乗らないとその日のうちに東京に行けない場所に住んでいた経験から申し上げると、雑誌が発売日に入手できるだけでもマシと言えばマシなので、あまり贅沢は言えないのですが、それにしてもあんまりと思うことがちらほらあります。

 と言うことで、そういう場所に生活している消費者としては、郷愁だけでネット書店を全否定することは出来ないなあ、と考えるわけです。ネット書店だと、Amazonのレビューやbk1のブログトラックバック受付等、読者のレビューも見られて参考になるという利点もありますし。ちょっとマニアックで出版年次がやや古めの本も、リアル書店だと返本されちゃったりしてて、取り寄せにも時間を要することが多いけれど、ユーズドで見つかることが多いですし。
 まあ、昔よりつくばと東京が近くなったと言っても、それはあくまで電車の話であって、取次からの書籍の運搬手段である自動車の交通インフラは何ら変わっていないので、仕方ないかも知れませんが。いっそTXで貨物を扱ってくれればいいのに、とか非現実的なことを言ってみるテスト。

 あ、こまごまと色々書いてますが、今回は全部、リアル書店の取次に対して、もうちょっと何とかせい、と言ってます。取次の事情、井狩春男さんのエッセイでしか知らない素人だから言えるご託ではありますけれど。

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2007.09.29

今日の早川さん

 先ほどの日刊スレッドガイドのネタの半分近くは昨日書きかけていたものなのですが、昨日最初に書こうと思っていたのが、『今日の早川さん』のことです。原作のブログはこちら
 まずこの本が早川書房から出ているというのが最大のネタだと思うのですが。先週末に購入し、4コママンガなのですぐ読了。
 感想としてまず思ったのは、こういう奴らは決してマンガ表現の誇張でも何でもなくて、必ず現実に存在しているであろう、ということ。これを絵空事と思っていたら大間違いです。
 同時に、自分自身は彼女らのような「本読みさん」ではないということも実感。本も読みたいけど他の楽しいことも並行してやっておきたい、とか考えてしまうところから、既に違っているんじゃないかと思います。しかも私、本を読むのがとても遅いのです。と言っても、ノンフィクションやハウツー本は普通に読めているのだけど、問題は小説。気になった記述をいちいち反芻して読んでしまう上、何ページか前に読んだ伏線をすぐ忘れてしまって読み返すのが一つの原因だと思うのですけど。
 だから、本読みの速読みだったらもっとたくさんの面白い本を体内に取り込むことが出来たのに、といつも思っているのでした。そういう意味でも大量の読書をこなせる本読みさんは羨ましい限りです。たまに駄作に当たってしまったとしてもね。
 登場人物の中では「富士見さん」が少しだけ心情的に近いです。あと、結構素敵だと思うのは「岩波さん」。ひねくれ者で性格悪で理屈屋なんだけど、実は年少の仲間たちを可愛がっているし、ついでに巨乳だし。ご近所の住人とかだったらちょっと厄介かも?とは思いますが(^_^;)。

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2007.09.08

Cellの表紙絵

 既にあちこちでネタになってますが、覚え書きとして。学術雑誌Cell 130(5)の表紙にジョジョの作者荒木先生のイラストが掲載されました(アサヒコムの記事)。紙面では9月7日の夕刊の記事です。論文へのリンクはこちら(リンク先はScienceDirect)。

SCRAPPER-Dependent Ubiquitination of Active Zone Protein RIM1 Regulates Synaptic Vesicle Release
Volume 130, Issue 5, 7 September 2007, Pages 943-957

 同じ朝日の朝刊に載った 「「骨壊し屋」女性ホルモンが抑制 東大教授チーム解明」もCellの同じ巻号に掲載されていて(ScienceDirectへのリンク)、これはこれで画期的な内容の筈なのだけど報道では影が薄くなるんじゃないか?と余計な心配をしてしまうぐらい、今回の表紙(これは別の論文著者が作成依頼したもの)はインパクトも強く、しかしこの名門誌の表紙として何の違和感もなくはまっています。
 ちなみに表紙の元ネタ記事が載っているCellのサイトに、昨日の午後あたりから全くアクセスできない状態になっていました。現在(9/8 8:30)はアクセスできるようです。Cellの表紙にあの種のイラストが載ったことも(そもそもアメコミの絵も載ったことがあるのか謎)、Cellのサイトがアクセス殺到でダウンしたことも、恐らく初めてなのではないでしょうか。

 で、当然のように勤め先関係の図書館にはプリント版は未着。これは受入があり次第表紙をコピーに行こうかな……と思ったのですが、雑誌の最新号はコピーNG。しかも、表紙の画像って1単位の著作物。著作権が荒木先生とCell編集部のどちらに帰属するにしても、あれが創作性のある著作物であるのは確かです。
 じゃあ、Cellの次号が発行されて図書館に入庫してから、「表紙の半分以下」をコピーすればいいのかな?とも思いましたが、どこまでが半分なのか?ポーズを決めてる「壊し屋」(SCRAPPER)部分だけ切り取ってコピーするとかなら良いのだろうか?とか考え出すとまた悩んでしまいます。もっとも図書館側の裁量でコピーを断られてしまっても致し方ないわけですが。やはり大人しくCellやアサヒコムのサイトに載っている画像を個人用にダウンロードしてこっそり眺めることにします。
 あと気になったのは、Cellの最新号のサイトには“Cover Caption”いわゆる「表紙のことば」が載っていて、今なら表紙イラストの解説と、これの絵師が“Japanese manga artist Hirohiko Araki”であることが記載されてます。この文章って次号が出たら消えてしまうと思うのだけど、CellのArchiveには保存されないんでしょうか。保存してほしいけど、保存先として該当する場所は無さそうで、ちょっと残念。

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2007.07.23

『世の途中から隠されていること』を読む

 300p以上ある本を全ページ読了する目的で図書館で借りることはめったにありません。何故なら読むスピードが遅すぎて、図書館の貸出期限までに読み切れない恐れがあるからです。これが原因で手を出さない(出せない)作家や作品は結構多いです。
 にも関わらず借りてしまったのが以下の本。

 世の途中から隠されていること : 近代日本の記憶 / 木下直之著

 広島の平和塔(旧日清戦争凱旋碑)のように、第二次大戦敗戦後、突然別の意味を持つ物に造り替えられてしまったオブジェだとか、「古墳時代以降の日本文化は天から降臨してきた天孫がもたらしたものであって、それ以前の石器時代人は現代人とは別の先住民族である」という説のように、ある時代を境に無かったことにされてしまった学説であるとか、文字通り美術史の「途中から隠されて」しまったことについての検証が、この本のテーマです。
 返却期限の前々日に何とか読了することのできた感想としては……木下先生、ごめんなさい、という感じです。自分の興味の方位磁針はどちらかと言えばサブカル的にオブジェや歴史を面白がってしまう傾向にあるのですが、この本では、純粋に学芸員そして美術史研究者として、ある時代に当たり前に存在していた美術品やそれに対する評価が恒久的に同じものではあり得ない、という極めて真面目な視点からオブジェの存在意義や学説の正当性が覆った過程について語られていました。
 無知なことに石器時代人先住民族説だとか、特別名勝兼六園の中に建っている明治紀念之標がごく一部で余計物扱いをされていた(でも平成4年に解体修理は完了している)なんてこの本で初めて知りましたし、その他の美術史上「隠されたこと」についても知らないことだらけで、大変勉強になる本でした。また、オブジェや学説が最初に造られた(唱えられた)時代、そして作者や研究者に対する敬意も文面から感じ取れて、読後感も良かったです。
 ただ、ごく個人的趣味で言うと、同じように世の中に残されている違和感をもたらす物件について語るのであれば、どうも建築探偵とか超芸術トマソンのようにアーティストの目線から見た美術批評の方が心にフィットするようです。自分的にはもっと詳しく語って欲しいポイントを、淡々と語って流されて肩透かしを喰らってしまうようなそんなところがこの本にはありました。
 とは言え、この本の文中に一貫している、「隠されていること」をそのまま「無かったこと」にしてはならないという視点はやはり大事であると思います。例えば、著者が1995年当時兵庫県立美術館の学芸員として体験した阪神・淡路大震災の直後、大学の研究室に依頼して彫刻の耐震調査を行った際に「彫刻の重さ」を聞かれて、それらの縦・横・高さについてのデータは存在したものの、重さのデータは全く存在せず答えられなかったことに愕然とするエピソードなどは、まさにそれまで常識と信じられてきたことが覆され、逆に新たな常識(=彫刻にも地震対策が必要であり、その為には重量のデータが必須となる)が生まれた瞬間を切り取ったものと言えるのではないでしょうか。現在彫刻の地震対策はごく当たり前のように行われていますが、以前はそれが当たり前ではなかったという事実を忘れてはならないのだと考えます。

 地震と言えばちょうどこのエピソードの章を読み終える前後の7月16日午前、新潟県中越沖地震が発生しました。3年前の中越地震の影響が癒えないうちに再度被災した住民の苦しみは未だ続いています。被災者が1日も早く苦しみから解放され、傷が癒されていくのを願うばかりです。

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2007.07.18

読んだ本の備忘手段

 最近、ITmedia Biz.IDに載っているLifehackネタに時間の許す限りは目を通してツッコミを入れるのが密かで小さな楽しみです。7月14日付けの

“PCで仕事”を速くする:第9回(番外編) 読んだ本を忘れない5つの方法 - ITmedia Biz.ID

の記事には、

  1. 本文の脇に線を引く
  2. ページの上隅を折る
  3. ポスト・イット(のり付き付箋)を貼る
  4. ノートに書き留める
  5. 表紙を写真に撮っておく

の5つが読書中の備忘手法として紹介されていましたので早速ネタにしてみます。
 このうち1、2は自分的には論外です。仕事用の資料に蛍光ペンで線を引くことはありますが(その時もモノクロコピーに写らないよう、必ずイエローで引く)、個人用の資料はどうも汚すのが嫌で、線引きもドッグイヤーも駄目なのです。仕事用の資料でも、プリントアウトホチキス止め資料ならともかく、ちゃんと業務用に共同購入している雑誌に堂々とボールペンで(!)傍線を引いた上で回覧されると殺意を覚えます。
 もっとも、作家の井上ひさしさんの蔵書を元に運営されている山形県川西町の「遅筆堂文庫」は、作家が付与した付箋やメモや傍線をあえてそのままにしているそうですが、あそこはまあ、公共図書館であると同時に名作を生み出した作家の息づかいを肌で感じる場でもあると思うので、例外中の例外で良しとします。
 3は筆者もよく使う方法なのですが、はてブの上記記事のコメントに、図書館の本に付箋紙を貼ると糊が残って虫食いやカビや紙魚の元、というのがあって、ええっ!?という感じです。上の記事に紹介されている「ポスト・イット フラッグ 丈夫な見出し」なんて、いかにも糊がべっとり残りそうで大変やばそうなんですけど。個人的にあのいかにもケミカルそうな糊は、虫が食うよりは書籍用紙が劣化するんじゃないか?という不安の方が大きいのですが、要は数十ページに渡りベタベタ何十枚もまんべんなく貼りまくるとか、あまつさえ貼りっぱなしで返却するとかそういうことをしなければOKなんだと思います、きっと。
 4は時々やります。このブログもその媒体の一つ。ただ、最近書き残す程本を読めていないのですが(^^;)。ノートはどちらかと言えば観劇メモを残すことの方が多くなってきていますし。
 そして問題は5。そこまでしたい本というのに滅多に出会ったことがありません。買って一度読んだ本の書影は割と頭にインプットされていますし。本棚.orgあたりが記憶補助装置と言えばそうなのかも(参考:MIZUKIの本棚)。ただ、本棚.orgに入れている本って、自分あるいは家族が購入したものであって、そう言えば図書館で借りた本って入れていません。そもそも市の図書館自体年1、2回行けば良い方なので、図書館で借りて読んだ本自体少ないのですが、借りた本ってどこか記憶が心許ないのは事実。図書館サイトの所謂マイライブラリー機能って使ったことがないのだけど、そういう現実を考えると、書影付きで自分の読書履歴が取っておけたりするのは便利かも、と思います。しかも自分が人に晒しても良いぞ、と思った履歴だけ公開モードにして、他の人の履歴と共有できたりするともっと楽しい。とは言え、現在自分がそういう機能を使える環境にないのは事実。ある本に関する履歴と評価の共有は既に本棚.orgでも出来ているから、ここに図書館で借りた本も記録しておくことで当面はしのぐことにします。

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2007.05.19

自己収書方針を考えてみた

 最近別館の方が更新がマメになってきています。ここ1ヶ月程ひどいじんましんに悩まされていて、皮膚科で飲み薬をもらって飲んでおり、副作用で夜かなり眠かったのも一因かも知れません。もらった薬を2週間分飲み終えたので昨日今日と薬をもらいに行かず様子を見ているのですが、何だかかゆみが倍増してきているようです。というか、今キーボードを叩いている指もかゆくて仕方がないんですけれど……。

 さて、ちょっと前のMyrmecoleonさんのブログの記事を読んでいて、本筋とは全く関係ないところで自分の本との付き合い方、つまり収書方針についてふと振り返ってみました。こういう付き合い方をすると本がたまりまくるという悪い事例です。

1.コミックス

《基本方針》

  • 長編物は基本的に余程はまった、ツボに響くタイトルで無ければ購入自粛。
    (例:『ヒカルの碁』はあるが『ONE PIECE』はキャラクターブックのみ、等)
  • 短編物も同様。ただし敷居が少し低くなる。
  • 文庫化された頃になってもなおツボに響くタイトルは購入。
  • 新書、文庫の別を問わず、重版の見込みが低そうな物は直ちに購入。ただし長編物は再度お財布、スペース、ツボへの響き具合と相談。

《問題点》

  • 一時期はまったが飽きたもしくは挫折したタイトルの取り扱い。全巻揃いでないためブックオフにも売り飛ばせない。

《課題》

  • 昔勢いで買いまくった愛蔵版コミックスの取り扱い。造本も良くサイズも大きくて見やすいのだけど、自宅のスペースを食うわ、実家に残した分は邪魔にされるわで良いことが無い。

2.ノンフィクション・専門書

《基本方針》

  • 読みたい本はその場で買う。

《問題点》

  • その割にすぐに読まず「積ん読」または中断状態にする。

《課題》

  • 早く読め。

3.小説

《基本方針》

  • 読みたい本は文庫化を待ってから買う。

《問題点》

  • 比較的購入割合が低いため問題点は少ない。

《課題》

  • 厳選されている故に捨てづらい。しかし元々さほどスペースは取っていない。

4.エッセイ

《基本方針》

  • 3に同じ。

《問題点》

  • 特定著者(例:ナンシー関さん)の文庫増えすぎ。でも故人の著書なんて捨てられない。

《課題》

  • 3に同じ。

5.雑誌・同人誌

《基本方針》

  • 読みたい雑誌は買う。
  • 演劇雑誌は贔屓の役者、あるいは注目作品の記事が掲載されていたら何を置いても買う。
  • コミック誌、資料性の低い雑誌はたまったら古紙回収に出す。
  • 資料性が高い雑誌は時間が経ったら冊子保存/切り抜き保存/古紙回収をランク付けして処理する。

《問題点》

  • ここ1年程で演劇雑誌が急激に増殖している。
  • 特集記事の資料性が高くかつ切り抜きしづらい雑誌(例:『東京人』)は捨てづらい。
  • 『図書館雑誌』が薄くてがさばらないので放置して気づいたら増殖。
  • 同人誌は造本が綺麗なものが多いので心情的に捨てづらい。

《課題》

  • 『図書館雑誌』は職場関係や近所の図書館でも閲覧できるので、余程保存したい号を除いては処分する。ただし、本来家族2名分送付される所を日図協に申し出て1名分にしてもらっているので(もう1名分は『現代の図書館』を送付)、処分時は家族に要相談。
  • 演劇雑誌の処理ランク付けおよび適切な処理。
  • 捨てづらい雑誌の処理ランク付けおよび適切な処理。
  • 「切り抜き保存」ランク雑誌の切り抜きはさぼらずやる。

6.演劇公演パンフ類

《基本方針》

  • 基本的には1作品1冊購入、の筈だが…。

《問題点》

  • ここ1年程で尋常でない増殖っぷり。
  • 別館ブログの資料用としてつい積極購入しがちである。
  • 1作品が2、3ヶ月連続で上演される場合、公演前半は稽古写真、後半は初日後の舞台写真が掲載されるため、勢いパンフを前半後半の計2冊購入することになる。特に贔屓役者の出演作の場合は顕著。

《課題》

  • 例えば購入パンフは1冊にして、残りの情報は雑誌や劇場チラシで補う等の対策が必要か。

7.検証

  • 雑誌以外に廃棄方針が無い。『積ん読』状態の図書の処理方針が必要か。
  • 特に演劇雑誌、パンフについては急激な増殖により、我が家の書架の上に行き場無く置いてあるクマの木彫り(笑)がずり落ちかけている。早急な課題の実施が求められる。
  • 「切り抜き保存」を決めたまま放置してある雑誌が存在。ここ2、3年読み返していない物は処分等も検討か。

8.まとめ

  • むしろ自分の場合、「買い直しの利く/近所の図書館で読める/めったに読み返さない本は消耗品である」ことの自己徹底が必要か。
  • とにかく足の踏み場が無いのだから、いいから整理しなさい!

以上。

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2007.03.24

INFOSTA発行誌、CiNiiで全文無償公開

 カレントアウェアネス-Rの3月23日付け記事によれば、これまでNIIのCiNiiで全巻号有償公開されていたINFOSTA発行の『情報の科学と技術』等が刊行後6ヶ月で無償公開に切り替わるそうです。「CiNiiヘルプ」上のお知らせはこちら

 今の職場は会員になっているので毎月最新号が読めますけど、エンバーゴ付きであってもバックナンバーをオンラインで全文参照できるのは嬉しい限り。特に『UDC information』のように今は亡い雑誌を無償公開してくれないかな、と思っていたので。別に普段UDCを使っているわけではありませんが単なる歴史的興味で(^^)。職場の近くの図書館で全号ではないけど冊子体を所蔵してるのだから、そっちに行けよって感じですが、自分のデスクにいながらにして見られるというのはありがたいことです。
 ただ、同じCiNiiのお知らせに、これまでの全巻号無償公開から定額許諾利用に切り替える学協会も出ていました。これを見て、あくまで無償・有償は学協会側でどう判断するかに委ねられているのだと実感しています。学協会誌って学協会の活動を行っていく上で貴重な収入源だし、また、著作権の問題なんてのもあるので、そうした事情を学協会内で斟酌した上での判断であれば仕方ないとは思うのですが、結局のところ「専門的知識は金を払ってでも身につけろ」ということに帰結するのかなあ、と思いました。

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2007.01.27

最近の小言・小ネタ(その2)

 超亀な反応ではありますが、青山七恵さんの芥川賞受賞。デビュー作が第42回文藝賞を受賞された時には、もう1人の15歳の受賞者に話題をさらわれてしまっていましたが(その際の自分の記事はこちら)、今度は直木賞に該当作が無い中での単独受賞。別に出身校つながりというだけでそれ以外に何のつながりも無いのだけど、やっぱり素直に喜ばしく思っております。
 取りあえず、今は消滅してしまった学校の名前まできちんと経歴に書いてくれた文春と読売新聞にありがとう!と言いたいです。別に筆者がありがたがる必要は全くどこにもないわけですが、何故かそう言う気持ちが湧き起こってきたのは不思議な気がします。
 ちなみにそれぞれの記事へのリンクは次のとおりです。
 文藝春秋|各賞紹介|芥川賞
 第136回芥川賞に決まった青山 七恵(あおやまななえ)さん 23 : 出版トピック : 本よみうり堂 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

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2007.01.13

1年の計?

 今年の元旦~2日にかけて帰省した際、往復の道すがら書店に寄って購入したのはこんな本でした。

 (元旦購入分)
 となりの801ちゃん / 小島 アジコ著. 宙出版 (2006.12)
 (2日購入分)
 辣韮の皮 1 / 阿部川 キネコ著. ワニブックス (2002.2)
 辣韮の皮 2 辣韮の皮 3 辣韮の皮 4
 シャアへの鎮魂歌 / 池田 秀一著. ワニブックス (2007.1)

 文章本でもマンガでも読むのが遅いので、やっと『辣韮の皮』以外を読了したところです。『801ちゃん』は28歳の男性から見た所謂「腐女子」の彼女とのおつきあいを、下書きっぽい4コママンガ形式で描いたもの。現在もブログで連載されています。読んでると作者も十分オタクなのだけど、それでも腐女子ってやはり違う生き物に見えるんだなあ、と不思議。801ちゃんは……色々な意味で若いなあ、と思いました。
 池田さんの御本は、書店で偶然見かけて衝動買い。内容は、「シャアとわたくし」(笑)でした。ガンダムつながりだけど流石に元の奥様のことは書かれていないのね、と思う自分の汚れ加減はどうかと思いつつ、池田さんが旧Zガンダムでのシャアの情けない扱いに違和感を抱いていたが新作Zを演じることで気持ちに折り合いを付けることができた、というくだり等を興味深く読ませていただきました。鈴置さんや井上瑤さんとのエピソードが泣けます。あと、エピソードの端々から見える池田さんの酒豪っぷりが微笑ましいです。

 そして『辣韮の皮』。地方の高校の漫研メンバーの暴走するオタクな青春を描いた4コママンガです。ずっと前から気にはなっていたのですが、2日に非常につまらないことで機嫌を悪くしていたこともあり、八つ当たり的に1~4巻を一挙購入してしまいました。実際は5巻まで出ているようですが、そこの書店にはなかったので未購入です。
 日常の合間合間に細切れで読んでいるので、ようやく2巻まで読了。彼らの高校生活は、自分がその年頃に「こんな生活してみたい」と思っていた暮らしそのもの。つまり、この年齢になって振り返るととてもイタタな感じなのだけど、その痛さ加減が絶妙で面白いのです。しかも、ごく断片的には彼らに類した生活を送っていたので、懐かしさもこれまたあったりして。で、月刊誌連載でコミックスが5巻まで出ているということは、若い読者層にもそれなりに受けて長期連載されているということなんでしょうね、これ。連載誌まで追いかける根性はありませんが、続きを読むのが楽しみなマンガが1つ増えました。

 これから1年、こうしてまたずるずるとはまり物が増えていくのでしょうか……。

(追記)
 ところで筆者、『辣韮の皮』2巻の年越し名作上映会で出てきた特撮ドラマ『緊急指令10-4・10-10』、リアルタイムで見た記憶があります。物心ついたばかりの頃だったので、内容まではほとんど覚えてませんけれど、円谷プロ制作だったと今回初めて知りました。30年以上記憶の奥底に封印されていたのに、このマンガのせいで無性に見てみたくなっております。どうしてくれよう。

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2006.10.29

創作者のプライドと著作権

 かなり今更ですが、ここ2週間ほどの間に出てきた、松本零士vs槇原敬之(マッキー)問題とかテルーの唄盗作(?)問題とかについて思ったこと。
 どうも追及している側もしくはマスコミの皆さんが、著作権法上の権利と創作者としてのプライドの問題をごっちゃにしてるような気がして仕方がありません。

 まず、松本先生の主張(MSN毎日インタラクティブ10月19日記事より)には、何よりも先に創作者のプライド故の傲慢さを感じ取ってしまいました。筆者自身は999のコアな読者・視聴者ではないのであのフレーズは存じませんし、ましてやマッキーが本当に知らなかったのかなどは分かりません。ただ、あのフレーズには無意識に身体に染みこんで来るパワーはあるんだろうな、と思います。とはいえ、松本先生の付けてきた因縁苦情は、その創作者の身体に染みこんだ(かも知れない)ものについて今更「返してくれ」と言っているようなものなので、ちょっと解せません。
 この松本vsマッキーの件については、その後大人の和解が進みつつあるようです。松本作品もマッキーの曲も大好きな人間として今回の争いは辛かったので、少し胸をなで下ろしております。
 また、友人達とのやりとりの中で、松本先生が以前に某プロデューサー氏のせいで『宇宙戦艦ヤマト』の著作権問題で相当に苦しめられたということも思い出しました(参考:当時(2003年)の東北新社のニュースリリース)。そう言えば某プロデューサー氏もマッキーも過去に同じ罪状で…ということで、一概に松本先生の大人げなさを責めることはできないなあ、と今では思っております。

 もう一点のテルーの唄について。最初に見た記事はこちら。
 ゲド戦記:挿入歌の歌詞が朔太郎の詩と酷似-今日の話題:MSN毎日インタラクティブ
 詩人の荒川洋治さんという方が、月刊『諸君!』の2006年11月号で指摘されたらしいです。原典は未見なのですが、記事の文面から察するに荒川さんが本当に主張したいのは、
「先人の名作にインスパイアされて作るなら作るで、もっと創作者としてひねりのあるものは作れなかったのか?」
ということなんではないかと思いました。そもそも朔太郎の作品は既にパブリック・ドメインになっているのだから、素材として使われること自体には著作権法上の制限はない筈。ですが、もう少し作品としてひねりを効かせるとか、拡がりを出すとか、何とかならなかったの?あなたには創作者としてのプライドはないの?大ジブリの作品なら何をやっても許されるの?と言う嘆かわしい気持ちの発露の結果が今回の荒川さんの記事なのであれば、大変良く理解できます。
 だから、今回のテルーの唄問題について「著作権問題に詳しい日本文芸家協会副理事長、三田誠広さん」にコメントされると非常に腹立たしかったりします。何故あなたがこの問題を語る?みたいな。それはもしかしたら筆者の三田さんに対する個人的感情かも知れませんが(笑)。コメント中では「盗作とは言い難い」「モラルの問題として、朔太郎への感謝の言葉を入れるべきだ」「先行する芸術への尊敬の気持ちが欠けている」という正論を一応吐かれていらっしゃいますので。
 ――で、その後この問題に関してジブリ側が出したコメントがこちら。
 スタジオジブリ - STUDIO GHIBLI - 「テルーの唄」の歌詞の表記の問題について
これまでの事務面・広報面での対応に特に問題があったわけではなさそうですが、何だか創作者の尻ぬぐい的印象が否めないのはどうしたものかと思います。

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2006.08.03

佐々木丸美さんの訃報と著書復刊

 以下の記事を読んで、作家の佐々木丸美さんが昨年亡くなられたこと、また、佐々木さんが生前ひたすら拒まれていた、絶版になった著書の復刊が、ご遺族の許可を得て実現することになったことを知りました。

 Copy & Copyright Diary - 著作物は誰の物
 復刊ドットコムblog: 佐々木丸美復活!

 高校在学中に母校がこの方原作(後から振り返るとストーリーはかなり違ったけど)の映画『雪の断章』のロケに使われたことで初めてお名前を知りましたが、実際に『雪の断章』に始まる連作小説を友人に借りて読んだのは大学生になってからでした。どっぷりはまるというまでは行きませんでしたが、あの独特のファンタジックでほんのりミステリーの香りも漂わせた、異なる作品の登場人物同士がゆるやかに連環している佐々木ワールドには一時期かなり惹きつけられました。そんなわけで、訃報を聞いてひたすら嘆息しています。

 以下、さっき事実を知ったところなので、後で気持ちが整理されて変わるかも知れませんが。
 一般にリリースされた著作物は既に著者だけのものではなく、読者のものでもある、という考えは、本当にそうだと思います。しかしその一方で、それでも著者の固い意向があるなら仕方がない、著者がそう願っているのなら諦めもつく。そのように納得していた自分がここにいます。権利問題というのは情実抜きでシビアに判定されるべきものであり、ご遺族が了承されたということなので文句を言う筋合いはどこにもないのですが。…でも作家本人の遺志がどんなに強かったとしても、ご本人がこの世からいなくなられた以上、今やどうにもならないのだな、と思うとやはり「複雑」なのです。

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2006.07.31

NII流連想検索データベース料理

 ここ2年ほどの間に、NII発の検索データベースがちょこちょことできているようです。
 ちょっと思いついて書き出しただけでもこんなにあります。

 新書マップ~テーマで探す新書ガイド~
 BOOK TOWN じんぼう
 治療の体験記を病名から探せる 闘病記ライブラリー
 想-IMAGINE

 特に、最も最近公開された「想」では、新書マップ(テーマ/本)、Webcat Plus、Wikipedia[ja]、BOOK TOWN じんぼう等、計7種類のデータベースを検索できるらしいです。検索してみたところ、脈絡があるようなないような検索結果は、連想検索という細い蜘蛛の糸でつながってぷかぷか浮かんでいる本でできた雲の海にたゆたっている感じで、何だかなごみます。
 だけどNII、こんなに手を広げちゃってどうする?と言うか、何を目指しているんだろう?料理に例えると、それぞれは違う食材を使っているのに、何となく味付けが皆同じように感じられてしまうのは気のせいでしょうか。そろそろ違う味付けも楽しんでみたいぞ、と思うのは欲張り?
 もっとも、プログラム一つまともに組めたことがないくせに、所謂システムライブラリアンと呼ばれる方々には根拠なきコンプレックスを抱いているので、上の印象もその反動なのかも知れません。すねた視点からではなく、もう少し前向きに今後の成り行きを見守ることにします。

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2006.06.25

物みなは歳日と共に亡び行く

 あのアップルストアがついに札幌にもできたというニュースを耳にしました。

 アップル、6月24日に直営店「アップルストア札幌」をオープン - CNET Japan
 フォトレポート:700人の大行列--アップルストアが札幌にやってきた - CNET Japan

 ちなみに筆者、アップルには特に思い入れはありません。どちらかと言えばあの1ボタンマウスが苦手な方ではありますが、普通にiPodは1台持っていてもいいかな?と思う程度です。
 お店の場所は札幌三越の隣。え、三越の隣?何か引っかかる、ちょっと待て…と思って確認したら、やはり丸善南一条店があった場所ではないですか。調べたところ、丸善は2005年10月16日をもって閉店し、苗穂に移転と相成ったようです。あの京都河原町店の閉店と同時期。会社本体の経営不振によるとは言え、大きくて品揃えもきちんとしていた本屋さんが無くなったのは残念です。輸入品や文具を見るのも楽しかったのだけれど。
 いや、大通近辺にはまだパルコ札幌のブックセンターがあるじゃないか!と思い直そうとしましたが、パルコブックセンター冨貴堂もどうやら撤退してしまったようです。…まあ、1年前には紀伊國屋の札幌本店も移転オープンしているらしいし、ポールタウンにあった旭屋書店札幌店もJR札幌駅方面に移転したらしいし、本屋の中心は大通周辺からJR札幌駅周辺に移ったということなのでしょうか?

 本屋とは全く関係ありませんが、オーストラリアで健在だった、ダーウィンと面識のあるカメ、ハリエットさん(175)もついに先日(6/22)大往生を遂げられたそうですし、物事に永遠というのはありえないと頭ではわかっていますが、実際に移り変わりゆく様子を見聞きすると感慨深い物があります。
 ハリエットさん、誰かカメ語を話せる能力のある人などがいて、彼女の昔語りを聞き書きしてくれていたりしないかな?(妄想)

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2006.03.18

『リサ ママへプレゼント』感想

 後2週間足らずで他の職場に移ると言うのに、相変わらず残務処理がはかどっておりません。昨日などは、月曜日用事があって休むつもりでいるところへ、夕方になり水曜日の朝が期限の仕事が飛び込んできたため、残務処理そっちのけで残業。加えて定時過ぎだというのに周りで小さいトラブルが発生して巻き込まれることを余儀なくされたり。おかげで折角夫が出張から帰ってくるのに夕食も用意できず遅い時間に帰宅する始末。

 ついてないなあ、と憂鬱になっているうち、夫がやむを得ず外で食事を済ませて帰宅しました。彼の手から「買ってきたよ」と差し出されたのは、何と「リサとガスパール」の最新巻!

リサ ママへプレゼント
アン・グットマンぶん / ゲオルグ・ハレンスレーベンえ / 石津 ちひろやく

 九州某所の「どんぐり共和国」というキャラクターショップで見つけてきたとのこと。早速読み始めました。学校で母の日のプレゼント用にせっかくねんどのお皿を作ったのに、うっかり作品をだめにしてしまったリサが、仲良しのガスパールと代わりのプレゼント探しにスーパーまで繰り出したら、またまた「ひゃー やっちゃった」な事件が…というのが今回のお話。
 このシリーズの見どころの一つはどんな目にあっても(トラブルを起こしても)懲りないしくじけないリサの元気っぷりなのですが、もう一つにヘタレだけど辛抱強く心優しいガスパールの存在というのがあります。今回もスーパーでリサが乗り込んだ荷物カートの押し役を務め、売り物の香水を顔面噴射されるなどの被害を受けた上に、リサの起こした事件に巻き込まれて大人への謝り役まで引き受けるという活躍を見せていました。なんてけなげな子なんだ君は!リサは相変わらず(笑)だというのに。

 絵本を読んだからと言って、憂鬱と気持ちのすさみの原因そのものが解決されるわけではないのだけど。それでもこの子供たちの物語は不思議に心をなごませ心地よくしてくれます。ここ1、2年で急速に日本での人気が高まっており、最近はパスコのCMへの登場なども果たしていますが、どうかこの絵柄や物語に漂う温かさはいつまでも失わないでほしいものです。

 なお、ガスパールの活躍にばかり触れましたが、今回のお話における影の主役は実はリサのお母さんだと思います。我が子に対する愛にあふれた素敵な対応を見せてくれます。こういう懐の深い母親になりたいなあ。

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2006.01.22

第42回文藝賞受賞者(最年少じゃない方)

 昨日の関東地方は雪でした。にもかかわらず、筆者は朝6時過ぎのTXで上京。何しに出かけたかは別記事で書くといたしまして、そういう訳で一日活動しすぎて疲れたので、昨夜はブログ巡回もせずとっとと眠ってしまったのであります。
 そして先ほど目覚めていつものブログを巡回したところ、図書館雑記&日記兼用記事経由でこんな報道を見つけてびっくり。

 第42回文藝賞受賞 青山七恵さんに聞く(ゲンダイネット)

 文藝賞の発表の報道があったのは存じておりましたが、ニュースではもう一人の「史上最年少15歳受賞者」の方にスポットが当たっていて、この方のことは見落としていました。

 小説をあまり読まない筆者にとってこの記事のどこが驚きポイントかと申しますと、くだんの彼女のプロフィールの「05年、図書館情報大学図書情報学部卒後」というところです。学部名が間違ってるぞ、というのはさておき、筆者の後輩なんですね、知らない方だけれど。図書館ではなく旅行会社にお勤めということですが、これが昨今の情勢の下、やはり図書館の就職口がなかったためなのか、あるいはご本人の志向が図書館方面ではなくシステム系だったのか、それとも執筆の時間が必要だったためかはわかりません。

 ちなみに受賞作はこちら。
 窓の灯(あかり) / 青山 七恵著. 河出書房新社 (2005.11)

 図書館職員養成所時代まで遡ると阿刀田高さんという大御所がいらっしゃいますが、多分大学OB・OGでこういう文芸の大きい賞の受賞者は久しくいなかったのではないかと思います。筆者は小説読みではないので今回の受賞作品の位置づけ等を身体で分かっている訳ではありません。また、彼女の受賞で自分に何の変化が起こるわけではありません。でも何でかうれしいです。

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2005.12.06

『テレビの黄金時代』

 小林信彦さんの『テレビの黄金時代』(文春文庫)を読んでいたら、「多角経営人間」という言葉が出てきました。1962年に小林さん(当時は中原弓彦さん)のもとに取材に訪れた『サンデー毎日』の記者の発言として出てきたもので、「(テレビ界で)才能を多角的に経営している人」、つまり現代で言うところの「マルチタレント(この言い方も古いかも)」を言い表した言葉だそうです。
 当時この取材対象のラインナップに入っていたのは青島幸男、前田武彦、永六輔、そして中原弓彦の各氏だそうです。ただ、中原(小林)さんはその時既に自分がほかの三方とは異質で、文芸志向が強いことに気づいていたものの、編集部の意向により人選のバランスを取るために加えられたとか。そういえばマルチタレントという用語はごく新しいものと思いこんでいましたが、最近その用語に該当するようなタレントも含めて余り耳にしません。単に近頃テレビを熱心に見ていないので知らないだけかも知れませんが。

 日本での草創期~1960年代のテレビ界というのは作る側のスタッフが、自分たちが知的階級に属する文化の担い手であるという強い自負の元に作っていたというイメージがあり、そのイメージに対して自分は昔から興味を抱き続けてきました。それは自分が現実に体験し得なかった時代に対するノスタルジーもあるのかも知れませんが、恐らく当時のスタッフが込めたメッセージが放つ独特の臭いにも惹かれているのだと思います。
 『テレビの黄金時代』には、小林さんがかつて身を置いていたテレビ界のそうした臭い、そして、当時はビデオすら残らない「消え物」であった番組に自分たちの美学を注ぎ込もうとするスタッフの姿が、可能な限り客観的に突き放そうと試みた視点の元でたっぷりと語られています。これだけがテレビ史だと思って読むとたぶん偏ってしまうに違いありませんが(^^;)、同時代に同じ世界に生きていた他の人(青島さん、井上ひさしさん他)の著書と比較しながら読むと楽しいかと思います。
 一点だけ文句を述べるとすれば、小林さんは現代のテレビ番組を辛辣に批判されるのだけど、今の番組にも決して捨てた物ではない内容の物はあるよ、ということでしょうか。むしろ、昔より社会的制約が増えた中で作り続けることには違う面の努力が費やされているとも感じるのですが・・・。

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2005.11.11

誰のためのパクリ

 もう3日前の出来事ですが、
 飛鳥部さんの小説を回収 類似表現が多数(Yahoo!ニュース)
 ご報告(原書房)
の一連のニュースを知りました。

 まず、原書房のお詫び報告にある「許可を得ずに一部表記を引用」という表現はいただけません。「一部引用」自体は著作権法の範囲内で許された行為です。筆者は問題の小説を読んでいませんしこれからも読むつもりはありませんが、この問題について取り上げたまとめサイト(飛鳥部勝則氏「誰のための綾織」における、三原順氏「はみだしっ子」との類似点比較)や他のブログを読む限りは「エピソードや表現の盗用」という方が正しいでしょう。お詫び文のような書き方をすると、「パクリ」や「盗用」や「全文引用」だけでない「無断引用」全般が犯罪であると勘違いする人もいるので止めた方が良いと思います。

 しかしそのいきどおり以上に畏怖を覚えたのは、盗用した作家氏にも、そしてそれを見つけた読者の心にもどっぷりと染みついていたであろう、三原さんの作品表現の強烈な影響です。確かにあれは一度はまると抜け出すのは容易ではありません。20年近く昔の筆者はそれを経験しました。

 高校から大学時代にかけて、一時期マンガの自作に手を染めていた時期があります。絵柄もプロットもついにど素人の域を出ることはありませんでしたが、その頃の絵柄やセリフ回しの端々には小学校高学年~中学生の頃読みふけった『はみだしっ子』の影がちらついていました。
 ここでいけなかったのは、同時期に川原泉さんの作品にもはまりこんでいたこと。一時期はシリアス場面では三原的ちょっと大きめお目々、ギャグ場面では川原的点々お目々のキャラクターが、三原・川原作品をまぜこぜにして時にはパクった場面設定で川原風おとぼけ口調で語るというとんでもない状態に陥っていたことがあります。

 正直な話、『はみだしっ子』の作中で極限状況において仲間が引き起こした殺人(しかも本人は幻覚状態だったため罪の自覚なし)を1人で背負い込み貫いたグレアムの心情を、大人になった今も十分理解できたわけではありません。しかしながら、未だに考えてしまいます。殺人の遺族がその罪を赦すことが必ず罪人の解放につながるのか?ということや、当初は仲間を守るためだった筈の行動がいつの間にか仲間を置き去りにしているという矛盾の重さなどを。

 作者の没後10年を経た今も、『はみだしっ子』だけではない三原作品の濃密な人間描写やハードなストーリー、そして難解なネームにノックアウトされっぱなしの方は多いのではないでしょうか。今回の事件を知って、一層そう思いました。

 だからこそ、三原作品がそのように比類なきインパクトを有しているのを理解しているからこそ、今回の作家氏に「盗作」はやらないで欲しかったと強く思います。表現することを生活の糧にしている創作者が偉大な先達の手のひらから抜け出せなかったというのはあまりに悲しいことです。三原さん自身が先人の多様な影響を経て独自の立ち位置を築いた方なだけに余計にそのように感じるのかも知れません。

 ちなみに、筆者が所有していた新書判の『はみだしっ子』コミックスは実家に置いてきてしまい、現在消息不明となっています。文庫も出ていることですし、新しいのを買おうかな?とちょっと思ってみたり。(置き場所は考えていません・・・)

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2005.11.03

なか見!立ち読み!

 取り急ぎ、ニュースの覚え書きです。

Amazon Japanが「なか見!検索」機能開始スラッシュドット ジャパン
(→ なか見!検索(11月1日スタート))

アマゾン 「バーチャル立ち読み」機能を公開bogusnews

 スラドの記事内にもあるように、Googleばかりに気を取られていたらAmazon、いつの間にこんなものを、といった印象です。全部の出版社の書籍が見られるわけではないとか、検索結果画面の「引用」文が文字化けしているとか、まだ課題はありそうですが、すごいものを作ってくれたなあ、と思います。

 しかしながら筆者的には、どちらかと言えば後者の機能の方が実に楽しげに見えたりします(^_^)。
 もしこの機能が実在していたなら、ぜひとも「店員」になって「ハタキでバタバタ」したいです。もちろんお客としてシュリンクラップを破る行為にも惹かれますけれど。

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2005.10.13

『暴れん坊本屋さん』

 この間の日曜日、

 暴れん坊本屋さん 1 / 久世 番子著. 新書館 (2005.10)

を行きつけの書店で購入しました。
 この本は、書店員と少女マンガ家の二足のわらじを履く作者さんによる「実体験をもとに構成されたフィクション」エッセイコミック。先週(確か10/2)の朝日新聞の書評欄に出ていて実に面白そうだったので、書店を数ヶ所ハシゴして探し、買ってしまいました。

 「レジで書店員さんにカバーをかけてもらう時に見られて恥ずかしい口絵はあらかじめカバー折り返しに差し込んでおく」
 「店の隅に人気コミックス全巻が積み上げられている時は、新古書店への転売目的で盗りやすいように用意されているので要注意」

といった書店ウラ豆知識にも含蓄がありますが、図書館屋としてはやはり、同じ本という媒体を扱っている場としての相違点と共通点とに興味を持ちました。

 「本屋さんのたのしい一日」のエピソードに見られるように、書店にとって「本」とは版元から取次経由でやってきてお客さんの手元に渡るなり、売れ残れば返品されるなりする(買い切り本は別)、言ってみれば「この場を通過していくもの」「店に直接的利益をもたらすもの」であり、そうした点で図書館とは異なります。しかし、

  • 販促のために独自に作家やテーマフェアを組む、手書きPOPを作るなどの作戦を実施する
  • 陳列方法を工夫する
  • お客のうろ覚え・勘違いを頼りに正しい書名・著者名をたどる
  • マナーの悪い客(問題利用者)と戦う

など、来店(来館)者が心地よく滞りなく本を選べる場を整え、商品を積極的に手に取ってもらい、できれば買って(借りて)いただくための苦心談やノウハウには、サービス業として学ぶべき面がかなりあると思いました。

 ・・・と、真面目に書いてみましたが、この作品、連載誌が『ウィングス』等のマニア向け少女マンガ誌なので、ほどほどに散りばめられたBL(British LibraryではなくBoys Love)ネタやその他のオタク臭のするネタが楽しいです。BL好きの店員さんが自分の好みをねじ曲げ客層に合わせて組んだはずのBLフェアが―のエピソードは泣けます。
 そうした意味で、個人的には第11刷(注.話数)の「抜いては入れて」がツボでした。職場できつきつの書架から本を出し入れする時に、あの無意味なインサートカットを脳裏に浮かべながら口ずさんでしまいそうです。

 最後に告白しますと、朝日の書評でも引用されていた「新聞に載ってたアレないか?」を、書店員さんの前で口には出さなかったものの筆者もやってしまいました(^^;)。書店の平台で現物を見つけたその時までとうとう正確な書名を思い出すことはできませんでした。番子先生ごめんなさい。

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2005.10.02

丸善京都河原町店の閉店と檸檬

 昨日(10月1日)の朝日新聞の夕刊で、丸善の京都河原町店が10月10日付けで閉店されると知りました。あの梶井基次郎の小説『檸檬』で、主人公が重たい美術書を積み上げてその上に1個のレモンを置くという(書店員にははた迷惑な)行為をして立ち去ったことで有名なお店です。閉店は以前から伝えられている丸善の不採算を精算するための資産処分の一環であると思われます。
 その京都河原町店で、今春に閉店が決まって以降「売り場の本の上にレモンを置いて立ち去る客が相次いでいる」(記事本文より引用)そうです。酔狂を気取る大学生などの仕業でしょうか?美しい話です。お店では置き去りにされたレモンたちを籠に入れて『檸檬』の文庫本コーナーに飾っている他、「踊る阿呆を、観る阿呆。: さよなら、丸善京都店。」のブログ記事によれば、『檸檬』の上記場面を再現したオリジナルスタンプを押すことができるようです。あちら方面の住人だったら絶対押しに出向いたのだけど、残念。

 実は京都の丸善に行ったことはなく、むしろ『檸檬』と言うと、別離寸前のカップルが赤や檸檬色の電車を眺めながら聖橋から檸檬を放る場面のある同名のさだまさしさんの歌を先に連想してしまいます。なのにこんなにせつないのは何故なのでしょう。梶井『檸檬』に活写された、病魔に取り憑かれた青年の詩情あふれる鬱屈した心がそうさせるのでしょうか。

 一方現実に立ち返れば、丸善は洋書・洋雑誌に関して、図書館としてきわめて重要な取引先です。経営面での不安が影響しているのか、最近クレームへの不十分な対応ぶりなど、目に見えて質が落ちているという事実があります。ある意味同社の栄華の象徴の一つでもあった京都の店舗を売却するという身を切る行為により、少しでも経営が潤い、以前のように信頼の置ける「丸善さん」に立ち戻ってほしいと願うばかりです。

(追記)上の文章をアップした時にはまだアサヒコムなどのWeb上に新聞記事が掲載されていませんでしたが、その後掲載されました。時間が経つと消えてしまうかと思いますが、一応リンクを示しておきます。(情報源:丸善 檸檬ゆかりの地悲喜こもごも)、檸檬愚智提衡而立治之至也))

 閉店惜しみ置きレモン 小説「檸檬」ゆかりの京都・丸善(アサヒコム)

 閉店惜しみ置きレモン 小説「檸檬」ゆかりの京都・丸善(gooニュース)

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2005.07.31

四角いところをまるく掃け(ケロッ!とマーチより)

 前の記事にも少し書きましたが、ここのところ『ケロロ軍曹』にはまっております。
 発端は2週間前。わが家を訪れた連れ合いの友人が持ってきたアニメDVDがきっかけでした。
 ストーリーの骨格は、地球侵略に来たはずのカエル型異星人(ケロン人)がいろいろあって地球人の家庭に居候することになり、おかしな侵略作戦を繰り広げるなどして毎回騒動を巻き起こす・・・というものですが、内容の中心をなしているのはガンプラ話や1980年~90年代アニメのパロディ。体裁は小・中学生向けマンガ(アニメ)なのに、ストーリーの小道具の元ネタがどう見ても30歳代半ば以上向けというのがアンバランスで面白いと思いました。女性キャラがビジュアル的に可愛い(美しい)だけでなく、次々巻き起こされる異常事態に堂々と渡り合える強かさを持ち合わせているのも良いです。(参考:ケロロ軍曹 - Wikipedia
 というわけで、通常版コミックス既刊10巻を一気買いする勇気はなかったので、とりあえず「特別編集版」(『よりぬきサザエさん』みたいなもの)と称する以下の3冊を購入してしまいました。

ケロロ軍曹 Green / 吉崎 観音. 角川書店, 2004.3
ケロロ軍曹 Red / 吉崎 観音. 角川書店, 2004.3
ケロロ軍曹 Pink / 吉崎 観音. 角川書店, 2004.3

 そして、アニメは毎回録画開始(昨年度放映の第1期の方が面白かったという話ですが、そこそこ楽しめます)、通勤BGMは第1期主題歌「ケロッ!とマーチ」をリピート再生、という日々が続いてしまっております。また朝の半出勤拒否的なけだるい気分に気合いを入れるのにぴったりなリズムなのです、これが。

 ここのブログを使って図書館の話やら趣味の話やらをごっちゃに語っているので、分離した方が良いのかも?とたまに思うこともあります。しかし図書館も趣味ももはや自分の血肉と化してしまっており、簡単に分けることはできないなあ、というのが現状です。別に分けた場合、複数のIDを管理するのが面倒くさくて嫌、というのもあります(*1)。なので、しばらくは硬軟取り混ぜてここで書いていこうと考えています。(*2)

*1 ぬいぐるみネタだけはやりたいことが別だったのでやむをえず分離しました。
*2 硬い話だけだとネタが続かないという事情もあります。(^_^;)

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2005.06.26

【訃報】長新太さん

絵本作家の長新太さん死去(読売新聞)

この方の絵は子どもの頃から絵本『ごろごろにゃーん』とかその他様々な本や雑誌の挿し絵で当たり前のようにそこにありました。自分の子ども時代が何十年前だったかを考えると77歳というお年になられていて当然なのですが、うーむ、そうだったのか、といった気持ちです。いつまでも新作が出てくるような錯覚に陥っていたので。ナンセンスでシュールでユーモラスで古びなくて、一目でこの方の手になるものとわかる絵が印象的でした。合掌。
ところで長新太さん、確か今は亡き『話の特集』(先日創刊40周年記念ムックを書店で見ました)にも描いていらしたなあ、と思って、とりあえずググってみたら、こんなページが見つかりました。

長新太 資料編「話の特集」

たぶん、筆者が見たのは

1986年11月号~1995年 3月号 「チンプンカンプン トンチンカン」101回

のあたりではないかと思われます。ちなみに購入した号はたしか、上岡龍太郎氏のインタビュー掲載号でした。懐かしい。

親ページはこちら。

長新太の世界

のけぞるほど内容が充実してます。

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2005.06.09

研究者にとってのオープンアクセス

 昨日、職場の上役から、『科学新聞』の5月20日号および5月27日号に、
 「座談会・オープンアクセスで何が変わる?」(参加者:黒川清氏(日本学術会議会長)、北澤宏一氏(科学技術振興機構理事)、尾身朝子氏(東海大学教授))
という記事が掲載されていると教わったので、ざっと読んでみました。各日見開き2枚という、新聞の特集記事としてはかなりのボリュームです。
 記事の内容については、研究を実施する立場、あるいは学術雑誌に投稿される論文の査読や評価を行う側の立場で語られている座談会なので、一介の図書館員としては正直言って感覚的に少々わかりにくい点があったのも事実です。しかし、オープンアクセスの実現により研究者に対しもたらされるメリット・デメリットについて研究者自身がどのように考えているかを知るには良い記事だと思います。
 例えばオープンアクセスによって論文の読者範囲がぐっと広がる一方、Googleなどサーチエンジンでヒットした論文は、掲載誌のレベルと無関係な評価の場にさらされる。従って、これからの研究者には玉石混淆の中から論文の質を見抜く価値観の向上が求められる、という見解には、図書館員の立場で考えさせられるものがありました。これは極端かもしれませんが、図書館員としては、伝統と定評と権威のある雑誌に載っている論文や、PubMed Centralに掲載されている論文は、一定以上のレベルを保ったものばかりであると信じたいのに、そんな判断基準は研究者にとっては無意味になり始めているのかも?と今更思ってみたり。やはり購読誌の選定に当たっては、お金の許す限り研究者の皆様のご意見は聞き捨てず真面目に拝聴しよう、と当たり前の事を改めて自戒する筆者なのでした。

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2005.06.01

続・知られざる雑誌

 先ほど30分ほどかけて書きかけた記事を、途中でバックアップのためCTRL+Cでコピーしようとしたところ、間違ってCTRL+Vを押してしまいました・・・orz。やや投げやりに書き直しです。
 昨年3月17日付け記事「知られざる雑誌」で雑誌『缶詰時報』を取り上げた際、

 不思議なレギュラー記事としては、「魚肉ソーセージコーナー」というのがあります。目次を見て矢も楯もたまらず記事の内容をチェックしたところ、なんと、魚肉ソーセージの生産量などの統計表に加えて魚肉ソーセージの販売などに関する最新動向が掲載されていました。なぜ魚肉ソーセージだけ特別にページをもらえるのかが謎です。チーズかまぼこやサラミソーセージは無視してもいいというのでしょうか?

という疑問を呈しておりました。
 その後謎が解けることもなく1年以上が経過していましたが、今日になって、『魚肉ソーセージ』という何とも脱力を招くタイトルの雑誌の存在を耳にしました。このWebcatの書誌(リンク先参照)がまた、誌名とヨミと変遷情報しか記されておらず、発行元などがまるきり不明という脱力っぷりなのですが、何と国内で17館もの図書館で所蔵されています。それはともかくWebcatの前後誌情報をたどっていくと、どうやら以前は「日本魚肉ソーセージ協会」という団体から発行されていた模様です。
 ではこの団体の正体は?と思い、Googleで検索したところ、トップにいきなり「日本缶詰協会の歩み」が引っかかりました。日本缶詰協会と言えば、『缶詰時報』の発行元。青い鳥はすぐそばにいたようです。

 このサイトの年表の2002年(平成14年)の項によれば、

6月   魚肉ソーセージ部会設置(社団法人日本魚肉ソーセージ協会6月解散)
12月  (社)日本魚肉ソーセージ協会の残余財産(9,499,355円)の寄付を受ける。

とのこと。つまり、解散した日本魚肉ソーセージ協会の資産および事業を引き継いだのは日本缶詰協会であり、おそらくはかつて『魚肉ソーセージ』誌で提供されていた統計資料や業界最新動向の一部を引き継いで掲載しているのが、『缶詰時報』の「魚肉ソーセージコーナー」であると推測されます。『魚肉―』誌の現物を見ていないのであくまで推測ではあるものの、思いがけず1年以上前の謎を突き止めることができました。ごく小さな胸のつかえが下りた気分です。

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2005.05.30

生き物ばんざい

 昨年秋ぐらいからずっと愛読していましたが、3月半ば以来更新が途絶えていた柴犬ブログ「いつも毛だらけ」さんが昨日付け記事で復活していました。\(^o^)/
 主役である古株わんこのコユキちゃんと、つい先日まで赤ちゃんだったのにすっかり大人顔になったフブキちゃんが、この2ヶ月の間も元気に暮らしていたんだなあと思うと、彼女らには一度も会ったことがないのに何だか幸せな気持ちになります。
 ちなみに筆者自身は実家の方針で、子どもの頃から動物というものをあまり飼うことがありませんでした。唯一赤ちゃんの頃から連れ添っていたインコが中学生の頃死んでからは、現在に至るまで全く飼っていません。しかも今暮らしている集合住宅はペット禁止ときています。そんなわけで、岩合光昭さんの犬や猫の写真集を眺めたり、上記のような動物サイトをチェックしては、生き物との交流願望を満たしているのでした。

 ・・・話は変わりますが、たった今、岩合さんのサイトを読んでいて、何と今年4月(発行日は5月)に最新写真集が発売されていたことが判明しました。

ちょっとネコぼけ / 岩合 光昭. 小学館 (2005.5)

我が家の書架は本の買いすぎ・貯めすぎでもういっぱいになりつつあります。でも飼わねば。もとい、買わねば。

 なお、所謂「犬派」か「猫派」のどちらに自分が属するかと言いますと、「飼ったことがないので不明」です。でもどちらも観察するのは大好きです。現実に飼うなら犬かな、とは思いますが、猫と人間、互いのプライドを尊重しながら暮らすのもまた一興かも知れない、と夢想しています。

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2005.05.23

最近購入した本(2005年5月下旬)

 ここ数日中に購入した本をメモしておきます。

ハルコビヨリ 2 / 小坂 俊史著. 竹書房 (2005.5)
スーパー店員の里見と体育会系大ざっぱ娘ハルコの同棲生活物語。この状況設定でここまで色気も素っ気もそして妄想のかけらもなくなおかつマンガとして面白いというのが、巧いなあ、と思います。そして、憎めないけどどこまでもマイペースなハルコちゃんにいっぱい迷惑かけられつつそれでも一緒にいる里見くんには感服です。これも一つの愛の形?

お江戸でポン! / 松坂 風香著 ; 丸山 薫イラスト. ジャイブ (2005.5)
カバー絵作者買いです(^_^)。丸山さんのオリジナル絵は割と中国物が多いので、和物は新鮮です。ところでここの出版社、文芸出版社ではなく、コミックやゲーム本などのマニア向け部門をメインにやっていたようで、そうした分野からこういう健全なジュニア小説部門に参入してきているというのは面白いケースだと思ったのですが・・・。他にこのような事例はあるのでしょうか?

小さな人のむかしの話 / 佐藤 さとる作 ; 村上 勉絵. 講談社 (2005.4)
コロボックル物語シリーズの別巻で、コロボックルの昔話で構成された番外編。このシリーズは青い鳥文庫で読み始め、できればこの版型で集めたいと考えていたので、今回最終巻が同文庫で出揃ったのはうれしいことです。でも実はまだ『ふしぎな目をした男の子』『コロボックル童話集』は未収集です。入手しなければ。(既に義務?)

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2005.05.10

ミッフィー展

 日曜日にようやくミッフィー展(2005.4.27―5.9 松屋銀座にて開催;リンクは消えるかも知れませんが一応張っておきます)を見に行くことができました。筆者はもちろんディック・ブルーナさんの絵本を読んだことがありましたがどちらかと言えばキャラクター物としてミッフィー(うさこちゃん)を認識しており、さらに数々のキャラ物の中でミッフィーだけに特段の思い入れがあるわけではありませんでした。学生時代図書館や学童保育のお話し会に関わっていた頃も、読み聞かせにブルーナの絵本を選んだことはありません。ブルーナ絵本は幼児向けという頭があったので、小学生がメインターゲットであったお話し会には向かない、また、定番すぎてつまらない、と思いこんでいたためです。
 しかし、今回の展覧会を見て、改めてブルーナさんの作品が絵本として、絵画的にも物語的にもきわめて慎重に計算され尽くして創作された物であることを知ることができたように思います。例えばキャラクターの衣装や背景に見られるあのマットな質感はどのような手法で表現されているのか?カラースプレーか、あるいはシルクスクリーン?などと想像していましたが、会場で示されていた種明かしは丹念に筆で描かれた黒い線画を透明フィルムに転写したものに色数の限られた色紙をカットして組み合わせるという、実にシンプルなものでした。会場にはこの手法が完成されるまでのブルーナさんの試行錯誤の過程も展示されていました。
 また、物語についても、幼い子にもわかりやすいお話でありながら、わくわく感が高くかつ作者が伝えたいメッセージは穏やかに、でもストレートに伝えていることが展示からわかりました。特に、子どものわくわく感を高めるようなアイテムが物語のポイントに登場するのは大きいと思います。パイロットのコスチューム、おばあちゃんに贈るショール、両親と出かけるオープンカー、自分で耕した畑で取れるおいしいニンジンなどなど。
 絵本を適切に評価するには、本当は絵とストーリーだけでなく文章に使われている用語のわかりやすさについても判断しなくてはいけないところであります。残念ながら筆者はオランダ語を読むことができませんが、展示されていた原画に付与されていた文章は、読み慣れた日本語訳の絵本と同様、少ない単語で簡潔に記されていました。きっと、オランダの子どもがこれを読んだ時に受ける感銘は日本の子どもが日本語で読んだ時に受けるそれとさほど違いはないことでしょう。その絵柄の魅力とあいまってグローバル・スタンダード、というのはまさにこういうことであり、ミッフィーがキャラクター物としても長年人気を保ち続けている秘密の一つがそこにあるのだと悟りました。

 そうして会場を後にした筆者が抱えていたのは、図録の他、Tシャツ、ステイショナリーなどブルーナグッズでいっぱいのビニール袋でした。負けた、でも今日は絵本は買わなかったぞ、と奇妙な勝負感にとらわれながら。

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2005.04.30

積読増殖中

 まるで余裕の無かった4月期の反動で、最近本をバカ買いしています。ただ、本と言っても半分以上はコミックなのであまりいばれたものではありません。
 最近の主な購入本は以下のとおりです。たぶん多少抜けがあると思います。雑誌は数に入れていません。

夏の葬列 / 山川 方夫. 集英社, 1991.5
高校時代の国語の教科書で知り、面白く読んだのを覚えています。購入する少し前に表題作の掲載誌が所謂文芸誌ではなく『ヒッチコックマガジン』だったというのをWeb上の作家研究サイトで知り、ストーリーのミステリー仕立てさもありなんと一人で納得していました。半分過ぎまで読んだところで中断しているので早く残りを読まねば。

万博幻想 / 吉見 俊哉. 筑摩書房, 2005.3
つくば科学博の評価を知りたいと思い購入したものの未読です。

ミカドの肖像 / 猪瀬直樹著. 小学館, 2005.4
本日購入。昔流し読みしただけなのできちんと読み返したいと思いました。

クイズ植物入門 : 一粒のコメは何粒の実りになるか / 田中修著. 講談社, 2005.4.  (ブルーバックス ; B-1474)
これも本日購入。仕事上植物の知識が必要な時が多いので活用できればと考えました。

女の子ものがたり / 西原 理恵子著. 小学館, 2005.5
4月の忙しい時期に購入。姉妹編『上京ものがたり』以上にせつなそうな話なので、心を落ち着けてから読もう、と思いつつまだ読めていません。
ところで『上京ものがたり』について、amazonの書評で「面白いけれど、ある程度経済的に恵まれた者が自ら望んで美大という世界に飛び込んだ故の貧苦体験だから素直に感動できない」というのがありましたが、あえて苦界に身を投じるというのが若者にとって美徳だった時代がかつてあった筈です。そういう青春小説(コミック)としての面白さがこの作品にはあると思います。

誰も寝てはならぬ 3 / サライネス著. 講談社, 2005.4
本日購入、即読了したコミック。「エエ年したオッサン」である主人公たちを取り巻く美女群の一人で、一番常識人だったはずの気象予報士の「オカちゃん」が、変人の群れの中めきめきたくましくなっているのが良いです。

狼の星座 1 / 横山光輝著. 講談社, 2005.3
狼の星座 2 / 横山光輝著. 講談社, 2005.3
昨日購入のコミック。約30年前、叔父や兄が時々買ってくる週刊少年マガジンに連載されていましたが、いつもマガジンを買うわけではないのでストーリーが飛び飛びになっていました。通して読んでようやく話がつながりました。3巻・4巻が「4月発売」と帯に書いてあるのにどこの書店にも見あたらず。発売延期?

 ―これらの購入本にまつわる最大の問題は、未読の多い活字本を読み切るかどうかよりも、モノを捨てられない我が家のどこに読後の本をしまうかということですね。(^_^;) さてさて、どうしましょう・・・。

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2005.03.26

リサとガスパール絵本原画展

 1時間ほど前に東京から帰宅しました。高速バスに退屈し、トイレを我慢しつつ(笑)、何の目的で上京していたかと言うと、大丸東京店で2005年3月24日から4月12日まで開催されている「リサとガスパール絵本原画展」を見に出かけていたのでした。以前雑誌「MOE」に掲載されていた小特集で美しい色遣いでかつ可愛らしい油絵タッチのイラストに惹かれ、書店で立ち読みしてリサとガスパールの暴れっぷりに笑い、先日はパペットまで購入するほどにこのシリーズにはまっています。でも何故か絵本は1冊も持っていなかったというのが謎です。
 さて、実際に鑑賞した展覧会には、絵本の主読者である小さな子が当然多かったですが、親子ではない大人の客も男女を問わず多く訪れていました。丹念に下塗りした上で描かれたのがわかる油絵の原画のうち、特に小さいサイズのものにたわみが生じているのに「?」と思いましたが、ハレンスレーベン氏が実際に使用しているパレット(金属製画板を転用したもの)やラフスケッチなどをガラスケースで展示しているコーナーに、原画に使用している用紙としてトレーシングペーパーが飾られており、納得しました。てっきり油絵なのでキャンバス地か厚地のボードペーパーなどを使用しているものと思いこんでいましたが、まさかこんな薄い紙(耐油性はありそうですが)を使っていたとは思いませんでした。
 ちなみに原画はもちろん可愛らしく、そして色鮮やかで、やはり見に来て良かった、と思いました。絵本の表紙絵の色彩が、かなり原画のそれに忠実であることもわかったのも収穫です。あまりに満足したので勢いで、絵本『リサれっしゃにのる』を初購入してしまいました。そして展覧会図録や、数々のグッズ類も。散財したいくぶんかの後ろめたさとともに当分は浸れそうです。

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2005.02.20

購入図書リスト(2005.2.13-19)

 最近1週間に購入した図書、マンガのリストです。普通の字だけの本は1冊もありません。

『エロイカより愛をこめて』の創りかた(青池保子著. マガジンハウス, 2005.2)
名作スパイ・アクションマンガの作者が、作品の創作過程やキャラクター誕生の背景、自らの生い立ちなどについて楽しい挿し絵とともにたっぷりと語ってくれているエッセイです。
 コミックスのおまけマンガ等からも感じ取っていましたが、青池さんの極めて男性的、言い換えれば骨太でさばさばとして明快な視点や論理が文章にもにじみ出ています。1980年代末期の冷戦終結後長期にわたり連載を中断するなど悩みながらも、深い愛情と高い技術をこめて作品を仕上げていく創作姿勢に好感が持てました。プロとして当然と言えば当然なんでしょうけれども、本気を投入しているからこそシリアスシーンもお笑いシーンも輝くのでしょうね。

エロイカより愛をこめて 31(プリンセスコミックス)(青池保子著. 秋田書店, 2005.2)
というわけで『創りかた』より1日早く購入、読了したのがこちらの単行本。珍しく番外編ばかり3編収録されています。2番目の話だけ以前に書店で掲載誌を立ち読みしていて、その時はそれほど面白いと思わなかったのに、今回再読したところ大笑いしてしまいました。甘いものが匂いをかぐのも嫌いなほど苦手なエーベルバッハ少佐が上司命令でパティシエ修行をする羽目になってしまい、生物兵器の実験でもするかのような仰々しいいでたちで美味しいケーキを仕上げる描写が実に面白おかしいのです。このおかしさは絵の力によるところが大きいため、こうして文章にしても伝わりにくいでしょう。他2編とあわせて、作者が楽しんで描いているのがわかる1冊です。

女のシゴト道(太田垣晴子著. 文藝春秋, 2004.9)
人気の画文家太田垣さんのちょっと前に出た単行書。この方もとても精力的にお仕事されていて、1年に何冊も新刊が出るので、最近はさすがに全部追いかけきれなくなってきましたが、仕事量が増えても考現学で鍛えられた独自の観察眼やわかりやすく親しみやすい絵柄は健在。質が落ちていないのは偉いと思います。

※以下、タイトルのみ

シュプルのおはなし 3(電撃文庫)(雨宮諒著. メディアワークス, 2005.1)

魔法使いの娘 2(那州雪絵著. 新書館, 2005.1)

 次回はもう少し堅い本も読んでみたいところです。

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2005.01.30

町を歩きたい、でも歩けない

 本日突然に、スギ花粉症の症状が激しく勃発し、せっかくの晴れた冬空の下、自宅引きこもり中です。薬を飲んだのに、鼻がぐずぐず、マスクをしてもくしゃみ連発、の状態に陥っています。点鼻薬を噴霧してもすぐ流れ出てしまうのでほとんど意味がないのでした。

 毎日愛読している「Webやぎの目」の1月28日付けエントリー「稚内の思い出」。稚内から札幌まで電車で向かうかバスで向かうか、出発間際まで選べないのは単に優柔不断なんじゃ、とも思えましたが、「どこでも泊まれてごはんが食べられる」東京に、遠出の旅とはまた異なった魅力を感じるのは一緒です。以前に雑誌「東京人」に連載されていた川本三郎さんのエッセイ「東京泊まり歩き」(現在『東京の空の下、今日も町歩き』(講談社, 2003.11)として出版されている模様)のように、押上とか大森とかの町単位でふらっと歩いてはその土地の過去と現在とを彷徨し、夜は地元のちょっといいお店で一杯いただき、小さな宿(旅館の時もあればビジネスホテルの時もある)で休む、という旅に憧れます。こういう旅を女性である自分が実行しようとすると、現実にはなかなか難しいものがあるわけですが、それでも一度やってみたい旅のスタイルであります。

 ―と、つれづれ書いている間に夕方になりつつありますが、花粉症は重くなる一方。もうすぐ夕飯の支度をしなくてはなりませんが、さて、こんな状態でキッチンに立てるのか?私。

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2005.01.19

ネットや読書が逃避であってはいけないと思いつつ・・・

 今日は割と利用者とのやりとりの多い日でした。と言っても1件は研究室にアドバイスを仰ぐことで解決、他も全て自館・他館の所蔵検索で解決したので、特に言うほどのことも無し。後は図書館の所内向けWebのスタイルシートを使った改造に燃えておりました。

 さて突然ですが筆者は洗髪が大嫌いです。もちろん洗髪しないと不潔なのはわかっているのですが、洗髪という作業自体がおっくうなのと、一旦洗髪したが最後ドライヤーの風を浴びせてもなかなか髪が乾かずうっとうしいのがその理由。こうして入浴をおっくうがっている間に湯舟の湯は次第に冷めていきます・・・。書いてみてわかりましたが、自分の発言は一応まだ人生折り返し地点前にある人間の言い草とは思えないものぐさぶりです。すっかり反省しております。

 ところで本日bk1に注文した本一式が届きました。読んだ感想は後日書くとして、購入タイトルについて一言のみ記しておきます。
 『迷宮書架』(ひらのあゆ著, 雑草社, 2003.3)
 この方の本は作者買いしている割になぜかこれは持っていませんでした。bk1で届いた本を開いたところ、何とサイン本!よくぞ残っていてくれました・・・。
 『マイペースゆず☆らん 5』(小池田マヤ著, 双葉社, 2004.12)
 シリーズ最終巻。この方は「ストーリー4コマ」の旗手と言われている方なのですが、ストーリー物はテーマが重すぎるので、読む前に心身ともに健康な状態にセットしておく必要があります。今回買った『ゆず☆らん』は普通の4コマなので気軽に読める内容です。
 『百年の誤読』(岡野宏文, 豊崎由美著, ぴあ, 2004.11)
 書評などを見る限りうんちくとユーモアがてんこ盛りで面白そうに見えたので購入。ゆっくり読みたいと思います。

 何だか今日の記事は生活からの逃避の香りが漂ってきそうです。筆者的には非常にまずい状況です。いい加減洗髪して寝ることにしましょう。

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2004.12.05

久しぶりに購入図書感想

 普段からへっぽこな脳みそで何とか暮らしている筆者ですが、今週は特に調子が良くありませんでした。重要なお金の計算を間違えるわ、先週中に会計担当者に預けるべきだったお金を預け損ねるわ、必死に回る頭に手先がついて来ず仕事はたまるわ、他人のささいな言動にいらつくわといったことが続いてばかりです。それでも昨日は職場の忘年会だったので飲んだり歌ったりでだいぶ気持ちを発散できました。残念ながら下戸なので我を忘れるほどの酔い方というのはできませんでしたが。たいてい我を忘れるより先に、コップ2、3杯のビールで立てなくなったり吐いたりという状態に陥るのです。

 さて、そんな中でも先週末~今週にかけて何冊か本を購入いたしましたので、感想を記しておきます。
 『上京ものがたり』(西原理恵子著. 小学館, 2004)・・・東京の美大に通い始めた田舎出の女の子が、優しいが生活力のない彼氏に悩まされたり水商売(ミニスカパブ)のバイトで同僚やお客の様々な人生に触れたりコンプレックスに苦しんだりしながらも、やがてチャンスをものにしマンガ家として成功、「人の心の役に立つ」ことに幸福を見出すまでの物語。サイバラさんの他の作品に比べて筆致はかなり抑えられており、キャラクターの偽悪的な描写もありません。『はれた日は学校をやすんで』を思い出しました。かつて抑圧されていた主人公が強烈な自己を確立していくさまを、これだけ叙情的にいやみなく描けるのはこの作者ならではでしょう。しかもわずか53枚で。

 『何だかんだと(角川文庫)』(ナンシー関著. 角川書店, 2004.11)・・・ナンシーさん生前の著書で文庫化されていないものもかなり少なくなってきました。いつもながら、登場するテレビ人の顔を知らなくても面白いのはなぜでしょうか。

 『図書館活動と著作権Q&A』(日本図書館協会著作権問題委員会編著. 日本図書館協会, 2000.6)・・・図書館総合展で購入。「どうせ公共図書館の職員のためのテキストだからそうでない自分には関係ない」とずっと食わず嫌いでしたが、思いの外「使える」内容でした。大学や研究機関の図書館で発生しうる事例については確かに国大協の『大学図書館間協力における資料複製に関するガイドライン』の方が細かにフォローしていますが、図書館における著作権についてもっと基本的かつ普遍的な理念を知るために有用な資料だと思いました。

 『ディスカバー図書館2004』(日本図書館協会, 2004.10)・・・やはり図書館総合展で購入しましたが未読です。

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2004.07.18

青山ブックセンター閉店

 obaさんの読書日記やG.C.W.さんの愚智提衡而立治之至也で知ったのですが、東京都内を中心に店舗を構えていた書店「青山ブックセンター」が7月16日の営業を最後に閉店してしまったようです。【読売新聞の記事】
 この書店にはたぶん入ったことがありません。あるとしても少なくともはっきり目的意識を持って行ったことはないです。なぜなら、お店のあった主な地域―六本木など―に立ち寄る用事がなかったから。唯一新宿方面には、家族の関係で比較的出向く頻度が高いのですが、たいていは紀伊國屋書店(JR東口または南口の)あたりで用事を済ませてしまい、ルミネ店に出向くことはありませんでした。
 それでもここの書店は深夜営業をしていること、洋書などの独自の品揃えを特長としていることなどで有名だったので驚いています。きちんと収益を出していかないと「独自性」だけでは生き残れない、というのは当然の結果なのかもしれません。上記G.C.W.さんの記事でも図書館との関連性が指摘されていましたが、筆者の勤務先である専門図書館も特殊分野の情報の品揃えで生きているようなものです。書店も図書館も、独自であることに甘えすぎて担当者の自己満足で終わるような情報の品揃えを行っていては、いつか利用者に見放されてしまうということなのでしょう。

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2004.07.12

『図書館の近代』感想

 6月20日付け記事でも記した『図書館の近代』について研修途中に読み終えていたのですが、なかなか感想を記す時間がありませんでした。
 全体の印象としては、第1~3章までの密度の濃さにくらべると第4章が少々駆け足のように思いました。第1~3章には戦前の国家による国粋教育に組み込まれた図書館活動や、植民地で展開された図書館政策など言わば負の図書館史に関する興味深い記述が続いただけに、4章について残り少ないページの中に細かな話題を数多く詰め込み過ぎの感がぬぐえませんでした。それでも、これまであまり取り上げられていなかった負の図書館史について掘り起こそうとした試みは面白かったと思います。
 ただ、全章を貫いている、国家が統一的な図書館政策に乗り出すことすなわち思想統制とする視点に対してはどうしても賛同できません。例えば日本図書館協会が成立のための旗振りを行っていた「図書館事業基本法(振興法)案」については、公共、大学、専門などの館種ごとに縦割り状態の図書館界を連携させるというのも一つの目的であったようなのですが、公共図書館界では国家統制により図書館の自治が失われると主張することにより、同法を廃案に追いやったそうです。もっともこの廃案には『ず・ぼん 9』のインタビュー(参照:6月14日記事)によれば、旧文部省の思惑も大きく働いていたとのことですが。
 図書館の役割の一つに、本という広範な知識情報の実体化したものを取り扱い利用者に提供するというものがあります。知識を得る権利というのは国家の政治体制がいかなものであろうと左右されることがあってはならず、このため、図書館員は情報の提供にあたって主体性を持って行う必要があると確かに思います。『図書館の近代』でもふれられている1960年代の日野市立図書館の発展は、そうした主体性なしには生まれなかったでしょう。
 しかし、日野市の図書館計画の立役者である有山氏や前川氏について重要なのは、それまでの行政を批判するだけではなく、市民および為政者に働きかけて賛同を得、必要な資金を確保するような説得力を有していたということです。行政側は公共図書館にとって大事な出資者(金づる)となります。その金づるに対し、目先のことしか考えず説得力に乏しい闇雲な反発を行うことは、自分で自分の首を絞めかねないと考えます。
 国が地方の図書館政策の動きを妨げるような場合は慎重に行うのが望ましいですが、行政制度が国―地方というルートで成り立っている以上、国家政策=敵と見なす発想は硬直的すぎるのではないでしょうか。もう少し柔軟に、多少の意見の違いは割り切ってしたたかに立ち回ることで、公共図書館にとり広い道を拓くことができると思うのですが、それは甘い考えにすぎないのでしょうか。そんなことを深く考えさせられた本でした。

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2004.07.04

新書マップ

 このたびNIIで開発された新書マップについて、LiblogBlog -T.Shinto's Library-図書館雑記&日記兼用で取り上げられていました。
 この“マップ”についてはアサヒ・コムに掲載されていたのを見て気になっていたのですが、記事を見た6/27の段階ではまだ正式公開されておらず、そのまま研修に入ってしまったので中身をチェックすることができませんでした。なんだか出遅れたようでくやしい思いをしております。(^^;)

 複数のblogで「サイズが固定されていて使いづらい」との指摘がありました。確かに画面サイズ、これで固定とはでかすぎです。今修理に出しているミニノートPC(モニタ解像度800×600)で閲覧したら、使い物にならないでしょう。

 また、やむを得ないかもしれませんが、検索結果で表示される現物の背表紙画像がある図書とない図書があるのは違和感を覚えました。あと、背表紙画像にリンクがはってあったので、ここからもWebcat Plusを参照できるのか?と思ってクリックしたところ、大きい画像が表示されただけでした。これは何か意味があるのでしょうか?それから、ヘルプなしでも十分使えると言えば使えるのですが、一応ヘルプページは欲しいところです。

 それでも、Webcat Plusと同じエンジンを使っている(らしい)連想検索で導き出された結果が表示される星図のようなマップは美しいです。そこからさらにWebcat Plusの検索結果を参照できるのも親切。複数のカテゴリー間が思いがけなく関連しているなど、本という宇宙の魅力を純粋に楽しむには良いシステムかと思いました。

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2004.06.07

雑誌雑読

 本日のニュース。
 窪塚洋介さん自宅マンションから飛び降り【Yahoo!ニュース】
 明日のワイドショーは大騒ぎになることでしょう。いったい何があったのやら。
 レーガン元米国大統領死去【Yahoo!ニュース】
 筆者の中学生~大学2年生の時期までの米国大統領、ということで、これまでの半生の中で最も印象に残っている大統領です。
 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で1955年にタイムスリップして若き日の盟友ドクと出会ったマーティが、1985年のアメリカ大統領は誰かと尋ねられて「ロナルド・レーガン」と答えたところ、「レーガン?俳優のか?じゃあ副大統領はジェリー・ルイスか?」と爆笑されるシーンを思い出した人はきっと多数いることでしょう。

 世間の事件はどこ吹く風、近所の書店で久々にバカ買いしました。でも雑誌ばかりです。
 『ず・ぼん 図書館とメディアの本 9 図書館の委託』
 「読書日記」さんで取り上げられていた、元日本図書館協会事務局長・栗原均氏のインタビューを読みたくて購入。しかしこのインタビューは大変長いので(笑)、まだようやく氏が日図協に加入したあたりまでしか読み進めておりません。昭和20年代に特注のブックモビルで駆け回るくだりが楽しいです。本当に知りたいのは「図書館事業基本法」頓挫の顛末なのですが、まだ先は長そうです。

 『東京人 2004年7月号 特集 東京 笑いの系譜 ――エノケンからSMAPまで』
 インタビューに植木等(先輩世代の洗練された喜劇人の代表)、加藤茶(リアルタイムで楽しんだ喜劇人の代表)両氏の名前があったこと、また、座談会に十年来密かに動向をウォッチし続けている井上ひさし氏の名前があったことから購入。
 特に新たな事実への言及的なものこそありませんでしたが、ドリフやMANZAIブームの笑いで子ども時代を過ごし、浅草の笑いについて書物でしか知るよすがを持たず、従って「昔は良かった」「今の笑いには魅力がない」のような比較をする資格のない世代としては、今回のような古い時代の笑いから現代の笑いまでの歴史を肯定的に橋渡ししてくれる企画というのが実にありがたく感じられます。でも現代の笑いに対して辛口な小林信彦氏の文章も好きなので、今回の特集に登場していないのがちょっと残念だったり。

 『週刊アスキー 2004年6/29号 別冊 300万人のブログ大全』
 Blogを使っている立場として勉強しておいたほうが良いかと思い購入。効果的な記事の書き方等なかなか勉強になります。
 「ブログで読む社長の裏側」の記事ではいわゆる「社長ブログ」が取り上げられていました。自分の勤務先のトップもこういうことをやれば親しみ度がアップするかも、と思いつつ、でも税金と時間の無駄遣いとたたかれるのが落ちなんだろうなと打ち消しております。そう、我が社の経営は半官半民。しかも官の割合多し・・・。

 『まんがライフMOMO 2004年7月号』
 ほとんど「せんせいのお時間」(ももせたまみ作)と「サイダースファンクラブ」(小坂俊史作)を読むためだけに買っております。たまに(今月も)ふくやまけいこさんが描いているのがうれしいですね。

 『まんがくらぶ 2004年7月号』
 「幕張サボテンキャンパス」(みずしな孝之作。2003年連載終了)掲載時から購読。最近は「白鳥課長の素敵な生活」(神奈川のりこ作)の課長(29歳女性・美人)の聡明にしてマイペースなキャラクターが好きだったんですが、今月最終回を迎えてしまいました。人気あったと思うんですけど。

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2004.05.22

日本ペンクラブ会長、公貸権導入に慎重か?

 日本図書館協会と日本ペンクラブ両団体が公貸権を推進する共同声明を内密に検討していることについて、ペンクラブの理事会でペンクラブ会長の井上ひさし氏が「慎重であらねばと思う」と苦言を呈されたそうです。(Copy & Copyright Diary@JUGEM 2004.5.20付け記事より) 井上氏は遅筆堂文庫(山形県川西町)の開設、運営に関わるなど、作家の方の中でも図書館には縁の深い方なのでそのような発言に至ったのかもしれません。井上氏と図書館との関わりについては『本の運命』(井上ひさし著. 文藝春秋, 1997.4)に詳しく述べられています。
 大学の卒業研究の関係で井上氏の業績について少し調べたことがありましたが、テレビの構成作家、児童文学、演劇、小説、社会評論から、果てはゴシップの主役まで相当に幅広い分野での活動や発言を繰り広げられていることに非常にわくわくしながら調査を進めたのを覚えています。特にコメの輸入問題に関する政府批判など実に楽しいものがありました。
 今はまぎれもなく大家のお一人であり、立場上発言なども限られてしまう面があるのかもしれません。しかし今回の発言を知って、氏の本質には揺るぎがないことを確信しました。ペンクラブの幹部の中でどれくらい賛同する方がいるかは不明ですが、図書館に関わる者としては公貸権導入推進の急速な動きに少しでも歯止めがかかってくれればと願っています。

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2004.05.20

金田一春彦先生の訃報に寄せて

 さる5月19日、国語学者の金田一春彦先生が91歳で逝去されました。
 金田一先生の名前を初めて知ったのは、幼稚園の頃、おそらくは3歳上の兄の小学校入学祝いとして家にやってきた『学習ジャンボ国語百科辞典』(三省堂編修所編 ; 監修: 金田一春彦. 三省堂, 1972.9)を通してでした。先生は「監修」なので編纂にどの程度関与されたのかはわかりませんが、確か序文を書かれていたように記憶します。この辞書は小学生向けの割りに文字が多く、それでいて自ら百科辞典を名乗っているように図版も当時としてはふんだんに盛り込まれており、読んで楽しめるものでした。当時筆者は、いわゆる言語発達遅滞のある子どもでありおしゃべりができなかったにも関わらず、ひらがなの読み書きと小学校1、2年生程度の漢字を読むだけはできました。たぶん、この辞書を読むことにより、読める漢字を増やしたはずです。そして発語できないかわりに辞書で覚えた知識に基づき脳内に徐々に語彙を形成していくことができました。おかげで、しゃべることは今でも大の苦手ですが、文章だけは何とか人並みに書けるようになりました。
 ある程度成長してからはお父様の金田一京助先生、山田忠雄先生らの『新明解国語辞典』(いわゆる新解さん)や見坊豪紀先生の『ことばのくずかご』シリーズなど遊び心のある「言語もの」にはまってしまい、春彦先生の著作を顧みることはほとんどありませんでした。これからもそうした著書を読むことがあるかはわかりません。しかし、あの『学習ジャンボ』が幼い筆者に「辞書」とは何か、「ことば」とは何かを教えてくれたことは間違いないでしょう。改めて、先生のことばに関する功績に感謝するとともにご冥福をお祈りいたします。

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2004.05.16

【書籍紹介】耳のこり

 「図書館雑記&日記兼用」の5月16日付記事「墓標」から、拙サイトの「図情大ここにありき」に対するトラックバックをいただきました。元々他サイトの記事なので申し訳ないのですが、思いがけず大学OBの方々から反響をいただきありがたいことです。
 本日は、朝日文庫の新刊『耳のこり』(ナンシー関著, 朝日新聞社, 2004.5, ISBN: 4022614463)を読書中です。ナンシー関さんが亡くなられたのが2002年6月12日ということで、早くももうすぐ2年になろうとしています。自宅の書架スペースの都合上、この方の著書はもっぱら文庫本で買い集めてきました。まだ週刊文春の「テレビ消灯時間」に文庫化されていないものがあるので、今回のが最後の文庫化ではありませんが、ページをめくるごとに寂しさが増しております。
 特に美白女王鈴木その子さんの訃報を取り上げた2000年12月のコラムが泣けました。ナンシーさんは第一報を聞いて、テレビではなかなかニュースをやってくれないのでとりあえずインターネット上のニュースを確認し、次に鈴木さんが経営する会社のWebサイトにアクセスした。会社の「株式会社ソノコ」への社名変更のメッセージと微笑むその子さんの写真を目にして「赤の他人の死で、『志なかば』ということをこれほど実感したのは初めてである」という感想を記していらっしゃいます。この、訃報に動揺しつつもあちこちネットサーフして情報を集めるというくだりが、筆者がナンシーさんの死を知った際に取った行動と全く一緒なのです。確か第一報はアサヒ・コムか何かから得て、その後他の新聞社のWebやニュースサイト、それからナンシーさんの公式サイト「ボン研究所」にアクセスしました。最初公式サイトは通常と変わらない状態でしたが、何度か時間をおいてアクセスするうちに亡くなった日時や死因についての情報が掲載されました。おそらくネットに常時アクセスすることのできる社会人でナンシーさんに関心を持っていた方は皆同じような行動を取られたことと思います。
 まさか上記コラムの出来事の際、ナンシーさんは自分が1年半後に同じような情報収集の対象になるとは夢にも思わなかったことでしょう。また、よくコラムの文中に「○○(芸能人やスポーツ選手の名前)についてこの先どう人生を全うするのか見届けたい」という記述が見受けられますが、その有名人の「現在」をテレビやWebで目にするたびに「もし彼女が見届けていたらどんな辛辣で楽しい評価をしてくれていただろうか」とつい思いをはせてしまいます。
 いつまでも過去を惜しんでばかりでは仕方がないですし、ナンシー関というコラムニストは二度と戻ってくることはありません。ただ、もうしばらくは、「ナンシー的視点」からニュースを眺めることを続けていきたいと思うのでした。

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2004.04.21

【書籍紹介】植物レファレンス事典

 夕べはちょっと早寝しすぎたので明け方(現在4時前)起き出してこのBlogを書いています。せっかく夕食を出前で楽に済ませたのに早寝とはもったいないことをしたと後悔。
 昨日は半日かけてアンケートの集計完了。他の人の集計の進行状況によっては手伝いが必要かもしれませんが、ひとまず安心です。
 職場に届いていた日外アソシエーツのDMから、「植物レファレンス事典」なる参考図書が刊行されたことを知りました。bk1の紹介(上記リンク)によれば、「27220種の植物がどの図鑑・百科事典にどのような見出しで載っているかがわかる事典」であり、採録対象の図鑑・事典は60種115冊に及ぶそうです。
 ちょうど先日引き受けたレファレンスの際にとある園芸植物の学名および品種を特定する必要が出てきた時に「最新園芸大辞典」(最新園芸大辞典編集委員会編, 誠文堂新光社)が大変役立ち、大部の辞典・事典類の力をあなどってはいけないと思い知らされたばかりなので、上記のような新ツールは植物関係を多く取り扱う図書館には「買い」だと思いました。日外さん、すきま商売が上手です。

 ところで本筋とは関係ありませんが、「最新園芸大辞典」の有効性について自力で知ったのではなく植物の専門家に教えられて知ったのでした。いかに「餅は餅屋」とは言え、仮にも調べもののプロとして非常に情けないものがありました。

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2004.04.20

【書籍紹介】泉麻人のなつかしい言葉の辞典

 14日のイベントの際回収されたアンケートの集計に粛々と励みました。あと半日ぐらいかければ終わるかな。終わるといいな。

 さて、ZAKZAKによればDVD「泉麻人の昭和ニュース劇場」(全2枚)が6月25日発売とか。その昔、かれこれ20年ほど前にNHKで放映していた「激動の記録」にはまって以来のニュース映画好きとしては気になります。かなり欲しいです。
 泉氏の本では最近「泉麻人のなつかしい言葉の辞典」(泉麻人著, 2003.10, 三省堂)を読んだところです。主に昭和30年代に使われた今では「死語」となりつつあるものも多い言葉が取り上げられています。最初「現代〈死語〉ノート」(小林信彦著, 1997.1, 岩波書店)のような流行語辞典かと思いきや、「おたんこなす」「すかしやがって」などの現在めったに使われない日常語についても言及されているのがユニークです。内容の密度から見れば、その時代に社会人で時には流行語を生み出す側に立っていた小林氏の著した「ノート」(『言葉の辞典』にも引用されています)に百歩譲るかも知れませんが、「言葉の辞典」には泉氏の持ち味である、日常の何気ないエピソードとその際の心理を見事に切り取ったスケッチが満載されていて非常に楽しい読みものとなっています。もちろん、資料調査もおろそかにしない著者の姿勢が面白さを支えているのは言うまでもありません。唯一難を言えば、巻末に参考文献をまとめていただきたかったです。本文中に主に三省堂の辞書類からの引用が示されているので、ざっとはわかるのですが。
 それにしても泉氏が「葬式まんじゅう」を実体験として知らないというのは衝撃でした。最近こそ実例は減ってきましたが、筆者が子どもの頃暮らしていた茨城県南部では葬式の他、卒業式、新築祝いなど何かにつけおまんじゅうが出て当たり前だったように記憶しています。また、少なくとも、連れ合いの縁者が多く暮らす信州下伊那地方では、今なお葬式で揚げ饅頭(茶色い薄皮饅頭に衣を付けて天ぷらにしたもの)が登場するようです。やはり地方の方がそういう風習が残りやすいのかもしれません。

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2004.03.28

まちの図書館でしらべる

 最近近所で話題の、3月19日に開店した「LALAガーデンつくば」に出かけてきました。自宅から徒歩20分程度。駐車場の入口には車が行列していました。
 オムライスと洋食の店「アップルキッチン」のオムライスを食べたり「くまざわ書店」をチェックしたりして、他にもショッピングを楽しむ予定でしたが、途中で体調を崩し無念のリタイア。急遽タクシーで帰宅し、薬を飲んで休養。ようやくBlogを書けるぐらいに回復したのでこれを書いています。
 短い滞在時間の中、くまざわで立ち読みした本に気になる本がありました。
  まちの図書館でしらべる / まちの図書館でしらべる編集委員会編. -- 柏書房, 2002.1
がそれです。内容は、読者がまち(ご近所)の図書館で必要な情報を探すために、図書館員はどのような手段をとってくれるか?についての説明、それから利用者はいかに図書館員を使いこなすべきか?についてのアドバイスなどが豊富な事例とともに記載されています。本職としては、「使える図書館員」をいかに探すか?に関する記述が大変示唆に満ちていました。レファレンスにおいて礼儀を守りつつ調査に必要な情報を相手からしっかり引き出す、決して個人の知識範囲に依存する判断で「わからない」と言ってはならないなど、基本を守っていれば怖くはないはずなのですが、では自分を省みてそれらを100%実践している「使える図書館員」かと言うと、まだまだ修業が足りないようです。値段が自分基準でちょっと高め(¥2,000)だったため購入を保留してしまいましたが、利用者目線で仕事できているかを常に忘れないために座右の書としても良いかもしれないと考え中です。

 ところで「アップルキッチン」で納豆マヨネーズオムライスをいただいたところ、これが意外に美味!でした。そもそも卵と納豆というのは大変相性が良いものですが、それにしょうゆ味で和風に仕上げたピラフが加わり、見事な味のハーモニーを奏でておりました。ただしレギュラーサイズを注文したところ少々胃への負担が重く、それが体調悪化の遠因になったと思われるので、次回はスモールサイズにしておこうと誓いました。

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2004.03.17

知られざる雑誌

 歯医者で親知らずを無事抜いてもらうことができました。あごが小さいためか真横を向いて生えている特殊な親知らずだったので、抜くのはさぞむずかしかろうと思っていましたが、意外にあっさり抜いていただけました。

 さて、本題です。
 筆者の勤務する図書館には、毎月「缶詰時報」(ISSN: 0410-9716)という雑誌が届きます。特に気にもしていなかったのですが、連れ合いに指摘されて、この雑誌が「月刊住職」とか「月刊食堂」などと同じ、ごく限られた世界を対象にした業界誌であることに気づきました。
 ちなみに発行元は社団法人日本缶詰協会という団体で、記事の内容は缶詰、びん詰、レトルト食品業界の最新動向や統計資料、缶詰の歴史読みものなどです。
 たとえば2004年1月号の記事のひとつに「国産みかん缶詰に想う」というのがあります。・・・業界の外の人にはわからない感慨が国産みかん缶詰に秘められているのでしょうか。
 また、缶詰史を取り上げた記事の中に「アペール」という名前がひんぱんに登場します。アペールさんというのは現在の缶詰の原形になるものを開発した、いわば「缶詰の父」にあたる方らしいです。ちなみに上記協会のサイトによれば、今年は「缶詰・びん詰が生まれて200年目」だそうです。まめ知識、メモメモ。
 不思議なレギュラー記事としては、「魚肉ソーセージコーナー」というのがあります。目次を見て矢も楯もたまらず記事の内容をチェックしたところ、なんと、魚肉ソーセージの生産量などの統計表に加えて魚肉ソーセージの販売などに関する最新動向が掲載されていました。なぜ魚肉ソーセージだけ特別にページをもらえるのかが謎です。チーズかまぼこやサラミソーセージは無視してもいいというのでしょうか?

 ―と、ツッコミどころ満載の雑誌ではありますが、毎年缶詰の最新技術について研究発表を行う技術大会が開かれていること、それから、缶詰を初めとする食品保存技術について研究する日本缶詰協会研究所というのが存在することを、この雑誌の記事を見て初めて知りました。最近の研究内容としては「果実びん詰製品の食品添加物調査」「加熱処理条件が玄米粥中におけるボツリヌス菌の発育に及ぼす影響」などがあるそうです。我々が缶詰を初めとする安全な保存食品を口にすることができるのもきっとこの方達の知られざる努力のたまものなのでしょう。今度缶詰を食べる時には研究所の皆さんに思いを馳せながらいただくことにしましょう。

 この雑誌以外にも知られざる雑誌というのはおそらくたくさん存在します。今後それらについて少しずつ内容をチェックし、このblogに記録を残していけたらと考えています。何しろ飽きっぽいのでどこまでできるかの保証はありませんが。

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2004.03.14

未知なるライブラリアン

 壊れたこたつを買ったホームセンターに持ち込み、修理を依頼しました。しばらくは連れ合いが独身時代に買った小さな小さなこたつで代用です。小さなこたつでも、まだまだ寒い山のふもとの夜には重宝します。壊れたこたつが戻ってくる頃にはもうこたつが要らない季節になっている可能性も大。

 最近自分で「面白い」と思えるニュースというのが少なくて、やや情報に飢え気味です。
 以前より新聞のサイトなどから面白いニュースを拾ってくるのが大好きで、このblogもそれがやりたさに始めたようなものですが、そう毎日面白い情報が転がっているものではないという当たり前のことにようやく気づきました。自分が面白いと思う情報は自分で探しに行くしかないのですね。

 そこで手近なところから、Bulkfeeds「ライブラリアン」をキーワードに検索してみたところ、Amazonの検索結果として4点の著作物が表示されました。ところがそれらのうち、
 
ライブラリアンのためのやさしい統計学 / Taverekere Srikantaiah, Herbert H. Hoffman [著] ; 三浦逸雄訳. -- 丸善, 1994


 インフォメーション・パワーが教育を変える! : 学校図書館の再生から始まる学校改革 / アメリカ公教育ネットワーク, アメリカ・スクール・ライブラリアン協会著. -- 高陵社書店, 2003
の2点の内容については比較的容易に想像がつくのですが、
 国際ライブラリアンの半生 / ヘルマン・リバース著 ; 渡部昇一, 田宮正晴訳. -- 講談社, 1984

 テイルズ・オブ・ライブラリアン~トーリ・エイモス・コレクション
の2点については全く内容の予測がつきません。
 「国際ライブラリアンの半生」については、どうやら元ベルギー王立図書館長だった方の自伝のようです。何だかアカデミズムの香りが漂ってきます。
 また、CDの方については、日頃洋楽をほとんど聴かないこともあり、それが音楽的にどのようなジャンルに属するものかすらわかりません。
 正体がわからないものというのは気になります。調べずにはいられませんが、だからといって実物を手に取る気になるかというと必ずしもそうではないのが不思議なところです。

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2004.03.10

実はわが家の蔵書にも。

amazonで、総合学習、自由研究の指導に関する図書を検索しようと思い、テーマ別検索で“研究法 指導法 科学教育”を調べたところ、何故かこんな本がヒットしました。(^_^;) ・・・まあ、一種の科学的研究であることは否定しませんが、謎です。

そんなことをやりつつ、残業の末どうにか追加購入図書のリストアップ完了。あとは伝票にハンコをもらうだけです。普段は他の部署で使う図書を買うことがほとんどなのですが、今回はかなり自分の部署の業務参考用図書をリストに混ぜ込みました。大量の購入伝票を処理する担当者のことを思うと心が痛いのですが、それでも本が届くのは楽しみです。

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