カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

2012.01.08

『草子ブックガイド』1巻のブックガイド……のなり損ないみたいなもの

 草子ブックガイド. 1 / 玉川重機 著. -- 東京 : 講談社, 2011.9.講談社の公式サイト

 二昔前の子供を持つ親の常套句に「またこの子は本ばかり読んで閉じこもって!もっと外で遊びなさい!」というのがありましたが、この本に登場する草子ちゃんは、まさにその常套句が当てはまる中学生です。
 物語の最初では閉塞した現実の世界での居場所を失い、専ら本の世界という空想に翼をはためかせていた草子ちゃんが、古書店青永遠屋(おとわや)との出会いを1つのきっかけとして、「ロビンソン漂流記」「ダイヤのギター」「山月記」「名人伝」「山家集」と古典を中心に読み解いて手作りのブックガイドを綴りながら、徐々に世界と繋がり、かつ人と人、あるいは人と本とを繋げていくという展開が魅力的です。

 お勧めのエピソードは、本当はライブラリアンとしては「2冊目」(この漫画においては章番号が「2冊目 その1」等で示されます)の「ブックトーク」のエピソードと言うのが筋なのかも知れません。もちろんこのエピソードも、本や学校図書室という場を媒介にした、人同士の素朴な繋がりの誕生をテーマにしていて含蓄が深かったのですが、自分としては「3冊目」の「蔵書票」のエピソードを一押しします。
 余談ながら、学術情報データベースやシステムを扱うベンダーに「Ex Libris」社というのがありますが、この作品から「Ex Libris」が「蔵書票」という意味であると今更知った自分……。穴を掘って入りたい気分でした。

 このお話で、草子ちゃんが中島敦の「山月記」「名人伝」を媒介に、両親のエゴや弱さを若いなりに冷静に読み解き、諦観のもとに「自分を愛する親」ではなく自分と同じ1人の人間として理解しようとする姿は何とも健気です。
 彼女の母親は、はからずも娘に冷徹な現実を突き付けてしまった後で、娘のそんな心を知り、今度は自身のエゴが娘や前夫にもたらしたものを突き付け返され、この本(山月記)を持つ資格は自分にはない、と嘆きます。そんな母親に対し、青永遠屋店主の青斗さんは「…もう一度…その本(山月記)を読んでみては?」と言葉を掛けるのです。まだ遅くはない、「本はあなたの人生のそばに……いつだっている」と。そして作者も、苦い幕切れでありながら、草子ちゃんと読者の心にひとかけらの希望を残してくれています。物語のキーである蔵書票がどのように使われているかは、読んでからのお楽しみ、です。

 「4冊目」も、草子ちゃんの西行の歌の世界を媒介とした外の世界との繋がりが身近な人の内的変化をももたらすという多重構造のお話で、二重三重の面白さがあります。「1冊目」は全ての物語の始まりなので、どういうお話かはあえて記しません。

 漫画なのに絵柄について語っていませんでした。銅版画を彷彿とさせる緻密な、それでいてメリハリのある描線が印象に残る絵です。もしかしたらこういう質感の絵柄に馴染めない人もいるかも知れませんが、私は好きです。

 公式サイトを見ると月刊連載ではなく連作シリーズのようで、絵柄的にも多作は難しそうですが、続刊が待たれるところです。

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2009.12.30

2009年年の暮れ、私が望むものは……。

 あっという間に2009年も暮れようとしております。
 年頭に「夢25個」とか言っていたような気がしますが、あまりにも理想が実現できていない状況なので、どれが叶ったとか叶ってないとかを声高に言うのは止めておきます。あ、残業は少しだけ減ったかな。あと、荒廃していたベランダでは唯一、スイートバジルの鉢植えが細々と生きています。部屋は11月に新しいテレビを友人に譲ってもらった時に頑張って一部片付けましたが、1ヶ月経ってまた物が増えつつあります。『レ・ミゼラブル』の原作本は買ったまま積んである状態です。
 ……やはり情けないので、これ以上書くのはやめておくことにします。

 叶うかどうかわからない夢よりも、今、最も現実的に真剣に自分が手に入れたいと望んでいるのは、
「心の病を抱えた人を適切に、できれば回復に向けてサポートするための、患者の身近にいる者のケーススタディができるだけたくさん欲しい」
ということです。
 心の病の治療薬はたくさんあり、専門の病院も存在します。しかし、心を収めている肉体という器の質は1人1人違うので、ある人に効いた薬が別の人に必ず効くとは限りません。また、人間が日々生きるということはすなわち「心を使う」ことであり、それにより心に何らかの負担が確実にかかります。その負担のかかり方も患者の数だけあると思います。
 「患者の数だけある」と書きましたが、それはすなわち、患者の身近にいる人間の数もそれだけいて、患者を取り巻く環境のバリエーションもそれだけ存在する、ということです。
 もちろん、症状の改善・回復は結局は患者本人の健康状態、性格、色々なものが鍵になるわけですし、身近な者が心を砕いてもそれが100%報われることを期待してはいけないと思います。患者は身近な者に気を遣うより、少しでも治療に前向きになって欲しいというのも本音です。
 それでも、身近な者(家族に限らず、職場や隣人、友達も含む。当然、どんなに身近でも、その者の存在自体が根本的な原因・病巣になっている場合を除く。)によるサポートは、やはりどうしても欠かせないものであると思うのです。何だか、患者の身近な者も巻き込んだサポート体制という物が、病院からも、公からも放ったらかしにされている気がしてなりません。そりゃ患者本人も含めてそれぞれ「個」の生活があるわけで、手厚いサポートというのは難しいのかも知れませんし、一番身近な人間が最大の病巣になっている場合もあるのでしょうけれど、もうちょっと闘病プロセスのケーススタディや克服後のケアに関するヘルプとか、そういう情報があれば良いのですが。できれば、患者やその身内本人ではなく、医師や看護師、あるいは第三者の視点で私情を入れず、具体的かつクールに記録されたもの。
 と、書いたところで思い立って、図書館屋の端くれらしくCiNiiで検索すると、医中誌でいくつかサポート、ケア関係の興味深そうな文献が引っかかります。これらの原報をいくつか読めば、少しは知識が厚くなるのかも知れません。もっと原報入手の敷居が低ければ言うことがないのですが。
 以上、私は医学系の人間ではないので、言葉の使い方が厳密さに欠けていたら申し訳ありません。
 多分、このエントリが今月2個目にして今年最後の投稿になるかと思います。皆様、よいお年をお迎えください。

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2009.05.02

漫画『私の血はインクでできているのよ』感想

 以下の漫画について、2ヶ月近く前に、『暴れん坊本屋さん』等にはまった私を見ていた連れ合いが購入してきてくれて、比較的すぐに読了してましたが、その後何となく感想を書くきっかけを失っていました。

 私の血はインクでできているのよ / 久世番子著. -- 講談社, 2009.2

 この漫画の内容を一言で申し上げますと、「余はいかにして漫画家となりしか」ということですが、まあ、ここまで身も蓋もなく描いてしまって良いのだろうか?とこちらが危惧するほどに、幼児期の無邪気な「お絵描き大好き」(何と実際のお絵描き帳まで公開している!)から、子供ならではの強烈な自己顕示欲とない交ぜになった漫画創作へのこだわり、高校時代のラノベの主人公や某私鉄の素敵な制服に身を固めた駅員に手向けられた、腐りゆく愛の込められた同人活動、そして雑誌投稿時代のライバル達への妬み、等がかなり生々しく、そして痛々しく描かれています。

 創作者が読者に読んでもらうための物語を「生々しく」「痛々しく」綴るのは、実はとても難しくて、一歩間違えると「見て見て、これが私の張り巡らされた神経と、その奥に息づく辛いトラウマをさらけ出した中身よ!」となってしまい、一部の読者には喜ばれるかも知れませんが、逆にドン引きされる場合も少なからずあると思われます。
 しかしこの作品は、これだけ惜しげもなく自虐とヨゴレを見せておきながら、この作者の絵柄の特徴でもある端正さを保って崩れることなく、読者に爆笑を提供してくれます。それだけでなく、過去に少しでもインクの血中濃度が上昇し、一次あるいは二次創作に熱中した経験のある読者に対しては、軽く針で刺すような痛みとともに甘酸っぱい郷愁を呼び起こしてもくれるという、何重にも周到に美味しさが用意されています。

 という理屈はともかく、お友達が同級生の仲良し男子コンビをネタに妄想イラストを描いたとか、投稿時代に自分を差し置いてデビューしたライバルの作品が載った雑誌の表紙の、PP加工を剥がして憂さを晴らしたとかいうエピソードには素直に笑わせてもらいました。流石に血がインクでできている方は凄いです。
 そして自分はまさに、痛みと共に郷愁を呼び覚まされてしまった人間です。もちろん作者の様に漫画を職業とすることもなく、創作からもとうに足を洗っているわけですが、ある対象に愛と熱中を手向ける行動は未だにとどまるところを知りません。そこで、さて、私の血は一体何でできていることだろう?と考えてみましたが、良く分からないというのが正直な所。少なくともインクではないのは確かなようです。本当はここで「十進分類法でできている」とか「シェルスクリプトでできている」とか、はたまた「帝国劇場の地下水でできている」とか言えれば、少しはかっこいいんですけどね。

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2008.05.11

久世番子『番線』

 少し前に購入した、久世番子さんの『番線』をようやく読了しました。番線というのは書店で発注等に使われる「書店の識別コード」の業界用語だそうで、元書店員番子さんらしいネーミングです。「元」と書いたのは、これを書く前にWikipediaで番子さんの項目に当たった所、既に書店員は辞められているという記述があったからです。少し残念ではあるけれど、本業に専念できるのは幸せなことであるとも思います。
 表紙を開いた瞬間、口絵イラストの布団に横たわる番子さんの図のインパクトが強烈でした。きちんと書棚があることを除けば、自分の寝室にそっくりだったからです。読みかけの雑誌、漫画、文庫本、演劇パンフ:-)やらを枕元に貯めこみ、しかもそれらをなかなか片づけられず、ドレッサーの椅子の上にまで積み上がっていっている体たらくなので、家族から「営巣」と呼ばれています。多分、番子さんは「本好き」だけでなく「読書家」でもあると思うのですが、「読書家」にコンプレックスを抱いている人間としては彼女の「本好き」ぶりの方に共感しております。

 一応図書館屋としては、国立国会図書館の前後編ルポを丁寧に読みました。積層書架や火災発生時の消火方法に関する説明を、蔵書保護至上主義という切り口で描いているのが面白いと思いました。確かうちの職場のコンピュータセンターもガス消火だったよな、と思い起こしてみたり。
 あと、蔵書のカバーの脱衣についても触れられてましたが、カバーに奥付が付いている場合は切り抜いて本体に貼り付けるというのは初めて知りました。そう言えば前の職場(うちの職場系列の図書館は大体カバー脱衣後装備方式です)でも同じことをしていたなあ、確か。あ、「爆弾に注意」プレートも笑わしてもらいました(書庫内で出庫にかかる時間を知らせるプレートだそうです)。
 同じ国立国会図書館の修復部門のルポも、自分には縁の薄い分野なので興味深かったです。古文書を「原型を壊さず直すことはもちろん必要があれば元に戻せる方法で補修しています!」に深く頷いたりして。

 この作品における図書館以外にマイツボに入ったキーワード、キーフレーズは、
「もしも私が家を建てたなら(略)壁全面の本棚ぁぁぁ~」
「手動写植機」
「教科書やおい」
「近年のツンデレブームは…文部省の陰謀!!」
「トリックの穴 見つけちゃいました」
「一箱古本市」
あたりでしょうか。

 余談ですが東京創元社の校正課のエピソードである「トリックの穴」の件。仕事関係で学術論文の校正ならやったことがありますけど、その時は用語の統一ぐらいまでなら気づけたものの、流石に実験過程の穴を見つけるレベルには至れなかったです。まあ、それをチェックするために学術論文には査読者というのがいるわけでして。でも見つけられない時は数人がかりでも重大な間違いを見つけられないことというのは本当にあるので、恐ろしいことです。

 『番線』は漫画ですが、本好きさんは結構楽しくいちいち納得しながら読める本かと思います。お勧めです。

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2008.05.04

ICタグ付きポストイット

 連休が始まったというのに見事に風邪を引いてしまいました。風邪薬が手放せない状況であるものの歩けないほどではないので、今日のチケットを既に取ってしまった観劇は出かける予定です。ただ、明日の上京予定はキャンセルするかも知れません。

 さて、筆者はポストイットを使うのがかなり好きです。仕事にももちろん使っていますが、プライベートでも持ち歩き用に表紙の付いたポストイットノートを愛用しています。
 LISNewsの記事(Post-Its + RFID | LISNews)と、その元ネタのEngadgetの記事(MIT reinvents the Post-It note... with Post-It notes - Engadget)によれば、MITで、RFID付きポストイットというのが開発されたそうです。紹介されている映像を見ると、PCに接続された専用パッドの上でRFID付きポストイットにデジタルペンでメモを書き込んで、そのメモ情報をPC側にOCRで読み込んでデータベース化することができるということのようです。また、RFIDなので、当然位置情報も記録できるとか。本のページの間にしおりとしてRFIDポストイットを挟み込むという使い方ができるようです。
 ポストイット貼りっぱなしにしておくことが本の長期保存のために良いとは到底思えないので、あくまで一時的な情報の整理を前提にしたものなのかどうかは分かりませんが、上手に使えば楽しく仕事に活用できそうです。しかし高そうなポストイットだなあ。これじゃ普通のポストイットのように使い捨てできないし、そもそもタグの情報を手軽に消去できる手段がない限りは簡単にその辺に捨てられないじゃないか、とも思ってしまいます。

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2008.04.03

水面の雲を見つめて

 4月2日、石井桃子さんが101歳で亡くなられました。

 訃報:児童文学者の石井桃子さん=101歳 - 毎日jp(毎日新聞)
 「ノンちゃん雲に乗る」作家・石井桃子さん、101歳で死去 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 年度初めにつきめちゃめちゃ忙しい日が続いており、ニュースサイトもほとんどチェックできていなかったのですが、メールで更新情報が送られてきた友人の日記のタイトルに「星が落ちた」って書いてあるものを見つけ、何?誰か亡くなったの?と急いでGoogleニュースをチェックして訃報を知り、このことだったか!と愕然。

 図書館屋の端くれとしては、この方のお名前を聞いてまず連想するのは「東京子ども図書館」。そして「おはなしのろうそく」。そう言えば大学の時に、創作絵本『くいしんぼうのはなこさん』のパネルシアターをおはなし会用に作らせていただいたこともありましたっけ。もちろん著作権処理なんてやっている筈もなく、今にして思えば、良くもまああれを子供に見せて堂々と上演したものだ、と穴に入りたくなるような素人の作品でした。美しく封じ込めたい思い出です。

 おはなし会に夢中で取り組んでいた割に児童文学への造詣は無さ過ぎな人間なので、石井さんの業績として名高い翻訳物では、とっさにはブルーナ、ピーターラビット、クマのプーさん位しか思いつかなかったりします。そう言えば『ちいさいおうち』もそうでしたね。ああ、ドリトル先生の担当編集者でもあったのね。
 石井さんが翻訳された海外の長篇作品に関する知識なんて、ほとんど壊滅状態。例えば『たのしい川べ」が名作だという知識はあるし、単行本の見返しに載っていた物語の舞台のマップに示された世界観が良くできていると感心した覚えはあるけれど、ちゃんと読み通したことはありません。

 そんな人間が語れる数少ない石井さんのお仕事は、創作の『ノンちゃん雲に乗る』位です。戦前日本の中産階級の少女ノンちゃんが、大人のごく日常的な理不尽なふるまいに対する憤りがきっかけでお家を飛び出して木に上り、木の上から落ちて気づいたら雲の上に乗っており、謎のおじいさん(神様?)に巡り会います。自分、家族、そして友人との日常のエピソードについて、同級生の悪ガキも交えて対話していくうちに、知らず知らず自らを見つめ直していく、というお話でした。
 この本、確か十代前半の頃に母親から誕生日に贈られたものです。版型は文庫本でした。そろそろ大人に買い与えられる本だの洋服だのを素直に受け入れられなくなり始めていた年齢でしたが、何故かこれは素直に最後までさくさくと読み進めることができたと記憶します。ラストで小さかったノンちゃんは大人になり看護婦になったけれど、雲の上で語らった悪ガキの長吉は戦争に行ったまま帰ってこなかった、というくだりが何とも寂しかったです。
 ノンちゃんを読了して程ない頃、NHKで休日に映画版を放送していたので観ましたが、鰐淵晴子があまりに美少女過ぎてバイオリンなんか弾いてたりして、ちょっとイメージと違っていました。でもあの映画はファンタジックで温かくて、決して嫌いではありません。

 石井さん、人間の愚かさをカバーして余りある善意と賢さを信じることを、十代前半の娘に教えてくれて、本当にありがとうございました。

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2008.03.29

脱衣カバー

 『もえたん』と言えば、どう見ても小学生女児にしか見えない幼児体型の美少女という、ある種の趣味の皆さんのストライクゾーンをあからさまに狙った設定の女子高生虹原いんくが、魔女っ子家庭教師ぱすてるインクに変身して活躍する英語教本で、アニメにもなったアレなわけですが。最近は次のような関連本が発売されています。

Amazon.co.jp: もえたん ビジュアルファンブック: ポストメディア編集部: 本

 この本の現物を見たところ、帯には「脱衣カバー」と書いてあるではありませんか。上記リンクの表紙画像をご覧いただくとお分かりのように、書籍本体にはぱすてるインクの全身像が印刷されています。で、くだんのカバーは透明なアニメのセルっぽいカバーで、ぱすてるインクのコスチューム「だけ」が印刷されております。つまりカバーを剥がすと……そういうことです。皆まで申しません。ちなみに裏表紙にも別の魔女っ子2名がいて、全く同じ状態になっています。

 で、気になったのは、この本、国立国会図書館(NDL)にちゃんと納本されるかは分かりませんが(2008年3月29日現在未納本ですが、同じ出版社の他の本は結構こまめに納本されている模様)、もし真面目に納本された場合、脱衣カバーは一体どこに行ってしまうのか?ということです。確か、NDLに納本された図書は全てカバーを剥がした上で装備され、受入されると聞いています。と言うことは、『もえたんビジュアルファンブック』も容赦なく脱衣状態になる訳で(汗)。
 多分、例外はあり得ないでしょうけれど、今後永久に美少女達が脱衣状態で保存されるのは忍びないので、何とかならないものかと気になっております。いえ、お好きな方にはたまらない状態なんでしょうけどね。

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2008.03.01

書店の力

 今回の記事は、以下のお話に触発されて書いています。
ニートの19歳女の子を札幌『紀伊国屋』に連れてったら感動して泣かれた話*ホームページを作る人のネタ帳

 はてブのコメントを見るに、話の本筋よりも、この話を「捏造」「作り話」として捉えている人の多さに驚きました。例えば小説家が私小説を書く場合に実話をベースにしながらも何%かは嘘を混ぜるのがセオリーであると聞いてますが、それと同じくこういうネタ話が100%実話ではないにせよ、まるっきり作り話ではないんじゃないかと思うのだけれど。
 元記事の作者さんの日頃の評判は存じませんが、こういう感動系話に「嘘つき」って突っ込んで楽しむ屈折した文化というのが確実に存在するんだなあ、と嘆息。

 amazonやbk1を探せば確実にあり、近所の書店には無い可能性が高い本と分かっていても、それでも私は時間のある時に近所の書店を巡ってしまいます。理由はシンプルに「楽しい」から。「楽しい」の中身について言葉にすると次のような感じです。
・たくさん本が並んでいる書棚を眺めて、その中から目当ての本を探すのが楽しい。もちろん、書棚の整理が行き届いている書店であることが大前提です。
・たまに思いがけない本を発見して眺めて、時には購入するのもたのしい。
・どうしてあの本を置いてないの?って文句たれるのもまた楽しい(末期症状?)。

 最後に、図書館屋の端くれ者の本音としては、冒頭のネタ話の娘さんの感動を呼ぶのは書店ではなく図書館であって欲しかったなあ、と思います。でも、
「人気のある最新刊をすぐ手に取れて自分のものにすること」
と、
「ネットで入手できるものより微妙に枯れているけど決して陳腐化していない情報の現物が多数並んでいる中から自分の責任(お金を出すという意味において)で選び取ること」
とが同時にできる場所となると、やっぱりリアル書店という選択肢になってしまうんでしょうね。複雑。

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2007.10.07

「町の本屋さん」が無い町の住人より

 以下は、先日の毎日新聞の記事「発信箱:本屋がなくなる=中村秀明(経済部) - 毎日jp(毎日新聞)」を読んでの感想です。
 子供の頃、家から歩くと30分ぐらいかかる「町の本屋さん」にたまに連れて行ってもらって、そこで主に「なかよし」等の女の子雑誌や、時々児童書(うちの親は偉人伝を読ませるのが割と好きだったなあ)を買ってもらえるのは確かに嬉しかった覚えがあります。
 引っ越しで一旦その町を離れて、8年後に再び戻ってきた時、町に駅ビルなんかができて栄えているのに反比例してその本屋さんが品揃えも店内の雰囲気もすっかりさびれまくっていたのは悲しかったです。今思えば取次から本が回ってこないとかの問題もあったんでしょうね。町の本屋さんが消費者へのアピールに知恵を尽くしたとしても、取次の体制として小さい書店に本が回って来づらくなっているんだからどうしようもありません。

 で、一消費者としては、本がなかなか入ってこない町の本屋さんよりはAmazonさんなどネット書店を利用したいというのがやはり人情です。というより、筆者の現住地はここ40年ほどで造成された研究学園都市なので、そもそも所謂「本屋のオヤジさん」がやってるような小規模書店というのが皆無な訳ですが。
 また、所謂リアル書店――地元の中規模書店や郊外型書店、それから大手チェーン書店――においても、東京都区内に電車で1時間、車で2時間もあれば出られる地方都市であるにもかかわらず、新刊書がなかなか発売日に入ってこないという欠点が存在します。飛行機に乗らないとその日のうちに東京に行けない場所に住んでいた経験から申し上げると、雑誌が発売日に入手できるだけでもマシと言えばマシなので、あまり贅沢は言えないのですが、それにしてもあんまりと思うことがちらほらあります。

 と言うことで、そういう場所に生活している消費者としては、郷愁だけでネット書店を全否定することは出来ないなあ、と考えるわけです。ネット書店だと、Amazonのレビューやbk1のブログトラックバック受付等、読者のレビューも見られて参考になるという利点もありますし。ちょっとマニアックで出版年次がやや古めの本も、リアル書店だと返本されちゃったりしてて、取り寄せにも時間を要することが多いけれど、ユーズドで見つかることが多いですし。
 まあ、昔よりつくばと東京が近くなったと言っても、それはあくまで電車の話であって、取次からの書籍の運搬手段である自動車の交通インフラは何ら変わっていないので、仕方ないかも知れませんが。いっそTXで貨物を扱ってくれればいいのに、とか非現実的なことを言ってみるテスト。

 あ、こまごまと色々書いてますが、今回は全部、リアル書店の取次に対して、もうちょっと何とかせい、と言ってます。取次の事情、井狩春男さんのエッセイでしか知らない素人だから言えるご託ではありますけれど。

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2007.09.29

今日の早川さん

 先ほどの日刊スレッドガイドのネタの半分近くは昨日書きかけていたものなのですが、昨日最初に書こうと思っていたのが、『今日の早川さん』のことです。原作のブログはこちら
 まずこの本が早川書房から出ているというのが最大のネタだと思うのですが。先週末に購入し、4コママンガなのですぐ読了。
 感想としてまず思ったのは、こういう奴らは決してマンガ表現の誇張でも何でもなくて、必ず現実に存在しているであろう、ということ。これを絵空事と思っていたら大間違いです。
 同時に、自分自身は彼女らのような「本読みさん」ではないということも実感。本も読みたいけど他の楽しいことも並行してやっておきたい、とか考えてしまうところから、既に違っているんじゃないかと思います。しかも私、本を読むのがとても遅いのです。と言っても、ノンフィクションやハウツー本は普通に読めているのだけど、問題は小説。気になった記述をいちいち反芻して読んでしまう上、何ページか前に読んだ伏線をすぐ忘れてしまって読み返すのが一つの原因だと思うのですけど。
 だから、本読みの速読みだったらもっとたくさんの面白い本を体内に取り込むことが出来たのに、といつも思っているのでした。そういう意味でも大量の読書をこなせる本読みさんは羨ましい限りです。たまに駄作に当たってしまったとしてもね。
 登場人物の中では「富士見さん」が少しだけ心情的に近いです。あと、結構素敵だと思うのは「岩波さん」。ひねくれ者で性格悪で理屈屋なんだけど、実は年少の仲間たちを可愛がっているし、ついでに巨乳だし。ご近所の住人とかだったらちょっと厄介かも?とは思いますが(^_^;)。

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