2006.12.15

図書館と喫茶店は兄弟だった。

 12月13日のニュース。
 「都電」図書館 姿消す 老朽化と利用者の減少で 越谷 「時代の波…少しさびしい」(WEB埼玉(埼玉新聞))
 埼玉県越谷市南越谷3丁目の「南団地こども図書館」。どこかで見たことがあったぞ、と思って手持ちの資料を確認したら、やはり載っていました、『都電が走った街今昔』(JTBキャンブックス)の巻末に。都電8000形8125の転用だったそうです。この本を買った当時、電車の図書館っていいな、子供たち、うらやましいな、と思った記憶があります。寂しいけれど、今はきちんとした建物の図書館も出来て久しいようですし、車両も老朽化してしまったということで、やむを得ない流れなのでしょう、きっと。

 元記事に「(都電8000形の)車両が現存していたのは珍しかったという」とあったので、では他に現存している、8125の兄弟にあたる8000形は?と思い、同じ本のページを見ると、唯一8053が喫茶店として千葉県八千代市に保存されているという記載がありましたが、店の名前の後ろに「跡」と書いてあったのに不安を覚え、「都電 8053」のキーワードでGoogle検索。
 大丈夫、ちゃんと現存していました。何度か経営者は替わったようですが、現在は“TRAIN CAFE”として営業中のようです(参考:1)TRA in CAFE 都電8053号、2)naomi's room)。お店のブログもあります(TRAIN CAFE)。図らずも8000形の兄弟達の最後の生き残りとなってしまったわけですが、これからも電車のお店にお客がやってくる限り、そして車体の保つうちは細く長く続けてほしいと思います。一度行って、ここでコーヒーを飲んでみたいなあ。

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2006.08.23

夏休み食事記?

 今夜、2泊3日日光の旅から戻ってきたところです。眠いので食べ物中心に簡単レポ。

 日曜夜~火曜朝まで日光に滞在し、日光金谷ホテルに宿泊こそしませんでしたが、レトルトでしか食べたことのなかった「百年ライスカレー」をいただいてきました。現在のカレーに比べるとややどろっとしたソースで、あまり辛くなく単純そうで決してそうではない、とても食べやすい味でした。ちなみに宿泊はホテルナチュラルガーデン日光で、滞在中朝晩の食事はここのものでしたが、山葵ソースのステーキなどなかなか美味で、小さいホテルなのに頑張っている、と失礼ながら意外でした。
 帰路、昼食は宇都宮に行くたび寄っている青源で水餃子を食し、佐野のアウトレットモール等をぶらついた後、佐野ラーメンで夕食にしようとしたところ、18時過ぎというのに何と2店連続で店休日またはメン切れのため(?)閉店。3店目の正直でたどりついた赤見屋本店でようやくありついたチャーシューメンは、佐野ラーメンらしくやや塩気は強いながらさっぱりとした癖のない味で満足。ややメンが多めだったのは、閉店間際の大盤振る舞いだったのでしょうか。

 明日は午後から久々の出勤です。午後もお休みするという手はありましたが、前々から決まっていた予定があるので出勤予定です。
 旅行中少しずつではありますがメールをチェックしていたので、少なくともいくつかの仕事がたまっていることは承知しており、ややため息。それでも出勤拒否をしているわけにもいかないので、とりあえず出勤後割り切って片づけをすることにします。

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2006.07.02

アド街筑波山篇を見る

 昨夜、テレビ東京の『出没!アド街ック天国』で筑波山をテーマに取り上げていたので見てみました。意外とトンデモではないちゃんとした取材がされていました。

 筑波山の木刀屋さんで作られた木刀が日本中の神社や観光地に出荷されているなんて知らなんだ。
 U朋堂桜店、「博士が5,000人いる町だから専門書、特に化学系は充実」らしい。ただ、つくばの書店の問題は、定番書はちゃんと置いてあるかも知れないけれど、ちょっとマイナーな新刊書が発売当日には入荷しないということだと思うのです。いくら東京から車で2時間近くかかるとは言え。

 筑波山神社にEXPO'85の史料館があるというのは初めて知りました。ちょうどつくば科学万博の開催時にはつくばから遠くに住まっていたので万博見物には無縁でしたが、興味はありあり。7/2から特別一般公開だそうですが、混むんだろうな。

 しかし、学園都市関係の話題でちらっとでも紹介された研究所が、防災研(サイエンスツアー)、KEK(野球部)、物材研(同)、国土地理院(パラボラアンテナ)、JAXA(宇宙服)、筑波大…。ライフサイエンス系や人文科学系に対する言及がなかったのが少し残念です。主役は筑波山だったわけだし仕方ないと言えばそうなのだけど。
 あと、TXの駅から遠くて交通の便の悪い、隔絶されたような場所にある研究機関でも、オンエアで紹介のあった「サイエンスツアー」には地道に対応してるんで、こういう番組でちらっとでも紹介があればもうちょっと見学客が入るのになー、と声を大にして言いたいです。JAXAなんて黙っててもお客が入るんですから(暴言)。

 ちなみに今回のトップ30はこちらのオンエア紹介ページにあります。商店街の回の時よくやっている、エリア内の道路を早回し走行して紹介スポットを復習するコーナーは今回はありませんでした。まあ、筑波山エリアと学園都市エリアは遠いですし。

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2005.10.17

トラベル・バトン

 昨日もう1点G.C.W.さんからいただいていた「トラベル・バトン」にも回答してみます。

・北の限界(海外)
新婚旅行で訪れたオーストラリア。と言うより海外はここしか行ったことがありません。

・南の限界(海外)
同じくオーストラリア。
行ったのは現地が夏の時季(日本の冬季)でしたが、旅行ガイドブックに「強烈な紫外線のため真昼は外出しない方が良い」との記述があったのを守り、真昼は屋内に隠れて過ごしていました。

・北の限界(国内)
宗谷岬です。
子供の頃と成人後の二度行っています。
二度目の時には旧海軍望楼にも立ち寄りました。
とにかく強い風が吹きすさんでいたのが印象に残っています。

・南の限界(国内)
昔出張で行った熊本。
何故か、水道水の美味しい街でした。

・東の限界(国内)
たぶん、納沙布岬。
子供の頃北海道民だったことがあるので、その時に1回訪れたはずです。

・西の限界(国内)
熊本でしょう。

・高さの限界(国内)
小学2年生の頃に家族で車に乗って訪れた、富士山五合目。
飛行機でならもっと上空を通過しています。

・低さの限界(国内)
うーん、やはり大江戸線のホーム?
つくばエクスプレス秋葉原駅のホームとどちらが低かったでしょうか。

・今までに到達した都道府県の数(通過オーケー)
47-13(次回答参照)=34ヶ所
北東日本はほとんど制覇しています。
ただし山形県、佐渡島、東京都島嶼部には実際に降り立ったことがありません。

・まだ未踏の都道府県
計13ヶ所(福井、三重、和歌山、鳥取、山口、高知、徳島、佐賀、長崎、大分、宮崎、鹿児島、沖縄)
・・・こんなにあったんですね。残りの一生のうちに全部回れると良いなあ。

・Batonを渡す人
「思い出バトン」と同じ方に渡すのもあれですね。
こちらを読まれているかどうかわかりませんが、
  0205LEGOlogさん
もし読まれていたらお願いします。

「思い出バトン」をお渡しした皆さんも、もし余裕がありましたらこちらもどうぞ。

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2005.09.11

四国道後温泉の旅(2)

 さて道後温泉二日目。松山と言えば子規、漱石ら文学者関係の史跡の宝庫、のはずなのですが、何故かそうしたものには目もくれず美味しい食べものと温泉に浸っておりました。

 遅く起きた朝、ホテルで洋風の朝食を済ませた後は、連れ合いの体調が回復するのを待って、正午前にチェックアウトいたしました。その間筆者は持ち込みPCでネットしていました。普段の生活とあまり変わらない(^_^;)。
DSCF0720-s それから向かった先は念願の道後温泉本館。風格のある建物はさすが重要文化財です。二階席を確保していよいよ神の湯に入浴。脱衣場は近場から訪れた風のおば様方が老人会の話題で盛り上がるなどほのぼのとした雰囲気でした。女湯浴室の内部は昔ながらの石造り。立て膝で入ってちょうど良い深さの湯船にはやや熱めのお湯が満たされており、長時間浸かることは叶わなかったものの、湯上がりに二階席で涼んだひとときを含めて心地よい時間を過ごすことができました。早い時間帯だったこともあるのだと思いますが、こうした、ある程度年季の入った温泉地の建物にありがちなほこりっぽさがなく、手入れが行き届いているという好印象を受けました。

 本館を出た後はすぐ横の道後麦酒館に入り、黒ビールと伊予地鶏の鶏刺し、鶏皮ポン酢、鶏皮丼で昼食。ところが湯上がりで血行が良すぎたのか、二口ほどしか飲んでいないビールがあっという間に回り、1時間近く店内で立ち上がれなくなる羽目に。軽く揚げた鶏皮がカリカリと美味しい鶏皮丼のごはんを半分残すという痛恨の結末となってしまいました。それでもビールは口当たりよく気に入ったので、これは婚家・実家双方へのおみやげとなりました。
 ぶらぶらとおみやげ屋を眺めている間にどうにか酔いも覚め、予定通り15時前発の松山空港行きのバスに乗り込むことができました。名残惜しく道後温泉に別れを告げながら空港への道すがら改めて認識したのは、この温泉の市街地への近さ加減。本当に、温泉の区画から路面電車あるいはバスに乗って一歩通りに出るとあっという間に城下の大街道、さらにいよてつ松山市駅周辺の繁華街に至ってしまうのです。しかも空港には道後から約30分という近距離。地の利の良さを生かした交通施策と観光戦略の相乗効果と言ってしまうのは簡単ですが、何と上手くいっているのだろう、と感心した次第です。

 そして16時半に空港を飛び立ち、1時間20分で羽田空港に到着。新築の第二ターミナルビルをしばらく見学後、モノレール→京浜東北線→TXという経路で21時過ぎに無事自宅へ帰着いたしました。
 ちなみにこの文をしたためているのは日曜の夜。明日は10日ぶりに出勤の予定です。きっと仕事がたまっています。こわいです。でもがんばります。

p.s.
 大観覧車くるりんに乗り、それでは日本のデパートの屋上(以下、デパ屋)にはどれほど観覧車があるのかと疑問に思い調べていたところ、こんなサイトを発見。
 FWGP[観覧車の総合サイト]
 ビルトイン(建物の上)タイプの観覧車を検索したところ、「くるりん」を含め5ヶ所ほどヒット。どうやら大阪梅田のショッピングビルHEP FIVE の観覧車が本体の全高77.4m、地面からの高さ105.4mということでビルトインタイプでは最大のようです(参考:FWGP「大阪府 HEPファイブ 観覧車詳細」)。もっとも、いわゆる「デパ屋」の観覧車という意味では髙島屋大阪店屋上などにゴンドラ8機程度の可愛らしいものが設置されているみたいです。というより「くるりん」に出会うまではデパ屋の観覧車のイメージはこんなのだったんですが(笑)。ちなみにFWGPで把握されている観覧車の一覧はこちらです。

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2005.09.10

四国道後温泉の旅(1)

 台風14号の来襲もあり、このまま夏休み終了を迎えるのか?と危ぶまれましたが(実際連れ合いはこのまま終わっても良いと思っていたらしい)、筆者の強硬な主張により結局寝台列車の個室を急遽確保し、9日早朝、高松駅に到着、四国初上陸を果たしました。駅の「連絡船うどん」(出汁が美味!)を賞味した後松山に向かい、現在道後温泉に宿泊中です。

DSCF0685-s 松山ではいよてつ髙島屋の「大観覧車くるりん」というのに乗りました。その昔はデパートの屋上には大型遊具があって当たり前でしたが、最近では幼児向けのカートなどこじんまりしたものしか見かけたことがなかったので、こうした超大型遊具が設置されているという時点でへぇー、と思いました。
DSCF0693-s  乗ってみると意外に高さがあったので更にびっくり。松山市内の景色がこんなに広く見渡せます。それもそのはず、観覧車の頂上部分の高さは海抜約106mあるそうで(上記サイトより)。・・・すみません、地方のデパートとあなどっておりました。
 後で軽く調べてみたところ、このいよてつ髙島屋は2001年までは「いよてつそごう」だったようです。Wikipediaによれば「そごうグループで破綻を免れた唯一の企業」とのこと。四国における伊予鉄のパワーをあなどっておりました。

 道後に来た目的は「伊予鉄の路面電車に乗ること」「道後温泉本館に行くこと」の二つでしたが、二つ目の目的は本日まだ実現できていません。連れ合いが宿に到着した直後、外出することもままならないほど疲労困憊してしまったためです。
 おそらく、
 「つくばエキスプレスの座席の背もたれが硬い!」(そりゃ通勤列車ですし)
 「荷物が重い!」(そりゃノートPCを背負っていれば・・・)
等々といちいち悲鳴を上げる筆者のフォローに疲れたものと思われます。・・・と言うわけで本日は宿泊先ホテルの大浴場で温泉を堪能。もっとも源泉は本館から配分されているので効能はまるきり一緒の筈ですが。明日は一緒に本館で入浴できますように。

(おまけ)
DSCF0678-s  高松駅改札外から連絡船うどん店入口に向かう通路の脇に、唐突になぜかこんなものが立っていました。彼は一体どんないきさつでここに立つことになったのでしょう。ミステリーです。

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2005.08.07

小樽市鰊御殿復活!

昨年9月8日の北海道への台風18号来襲による未曾有の被害を被り閉館に追い込まれていた小樽市鰊御殿が、その後の修復工事により無事復活し、今年の7月16日から公開を再開したそうです。ふと「あの建物はどうなった?」と気になってGoogleを「小樽にしん御殿」で検索したところヒットした「にしん御殿が復活!!」(夏・北海道…ウレシイことだけ!@小樽)の記事で知りました。

1年近く前、昨年9月末の北海道旅行の際に訪れ、塔屋が吹っ飛ぶなど無惨な壊れっぷりを目にしていただけに、復活は実にうれしいことです。20数年前、札幌で暮らしていた子どもの頃の記憶によれば、確か中に当時をしのぶ展示品もあったように思いますが、果たしてそれらは無事だったのかが一つだけ気になるところではあります。とにかく貴重な歴史的建造物が復活して良かった良かった。

ちなみに小樽市鰊御殿のサイトはこちら↓

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2005.05.07

信越旅行(2005.5.5―5.6)

 1泊2日の信越旅行に行ってきました。
 妙高高原他に出かけたのですが、出発の前の日まで妙高高原が新潟県であることを知らなかった筆者(^_^;)。てっきり長野県にあるものと勘違いしていました。県境だったのですね。(筆者の日本地理の知識は中学レベルに止まっています)
 住まいから4時間強かけて上信越道豊田飯山ICまでたどりつき、山菜の天ぷら付きで信州そばをいただいた後新潟入り。赤倉温泉の足湯公園で足の疲れを癒した後、妙高高原のゴンドラロープウェーに乗車しました。いやあ、まだ山肌に残雪がちらほらしてるねえ、と呑気に連れ合いと語り合っていたところ、11分の乗車中に徐々に雪の割合が増えて行き、とうとう雪が山肌を埋め尽くしてしまいました。

DSCF0558  終点に降り立った我々が目にしたのは、ゲレンデにシュプールを描く人々でした。そしてゲレンデの手前で所在なげにしている年配者のグループ。ちなみにそのときの我々の服装は、連れ合いは綿の長袖シャツ1枚、筆者はタンクトップに襟元の大きく開いたUネックの7分袖カットソー。足下は普通のトレッキングシューズ。それはそれは雪山を甘く見て呆然と立ち尽くす愚かなカップル、といった風情が濃厚に漂っておりました。足下が革靴やミュールでなかっただけましではありましたが、だからと言って雪の中長距離を歩くこともできず、数枚の写真を撮っただけで退散したのは言うまでもありません。
 その後すぐ投宿し、温泉と日本酒とたらい盛りのお刺身を楽しんだ後は早めに就寝。その代わり夜中は目が覚めてなかなか寝付けず、積読本を1冊も持参しなかったことを激しく後悔しました。

DSCF0568  2日目はのんびりと朝8時から食事、9時20分過ぎにチェックアウトした後向かったのは、いもり池のみずばしょう祭。 祭りの名に違わず、水芭蕉が湿原一帯に群落を作っていました。
 その後は野尻湖ナウマンゾウ博物館へ。ナウマンゾウの臼歯の化石(湯たんぽ化石)などをじっくりと見学しました。子どもの頃教科書や児童向けの考古学の本を読んで憧れた野尻湖の発掘が現在もなお続行中であることを知り驚くばかり。この発掘事業によって、地域だけでなく全国的にも交流が保ち続けられているのは素敵なことだと思います。

 野尻湖を後にし、上信越道に乗り一路長野市へ向かいました。子どもの頃訪れ鳩の群れに襲われて恐怖を覚えた善光寺には、今もまるまると太った鳩たちが元気に暮らしていました。流石に襲われはしませんでしたが。藤木庵で「ごくらくそば」を美味しくいただいてから、門前の書店にふらりと立ち寄りました。この書店、政府刊行物センターになっているとのことでしたが、なぜこのような門前町にいきなりそのような指定書店があるかは謎です。それにしても、中に積まれた統計書や政府広報誌など、数々の刊行物を目にしながら、「これはうちの館に寄贈で届いている」とか「先日この雑誌のNA○S○Sの書誌に誤りがあって、しかもそれが原因で図書館システムにエラーが起きたから、担当者から申し入れしてもらった」等々の会話をしてしまう我が家って一体・・・。

 善光寺を出発、途中でおやきも購入し、川中島古戦場を横目に見ながら長野ICから上信越道に乗り、帰路につきました。途中でずっと運転をつとめた連れ合いが力尽きかけるというハプニングもありましたが、何とか復活、19時半頃無事地元に到着することができました。長距離移動でそれなりには疲れましたが、食事も充実し(全くハズレがなかった!)、良い旅だったと思います。

 そして、これを書いている今日(7日)はひたすらだらだら。これから、善光寺で入手してきたわさびの花で仕込んだ浅漬けを夕食にいただくことにします。明日は上京予定。そして明後日は出勤(涙)。また粛々とがんばることにしましょう。

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2005.03.18

つくばクレオスクエアプレオープン

 3月18日に正式オープンするつくばクレオスクエアが、17日、近隣住民向けにプレオープンしていたので偵察に出向いてきました。と言っても、恐ろしく仕事の立て込んでいる今週。閉店時刻20時の25分前にようやく店内に滑り込み、やたらとたくさんあるショップのごく一部のみをのぞき見するのがやっとでしたが、なかなかおしゃれで活気のありそうな場所でした。
 雑貨好きの自分としては、洋服屋さんよりもLUSHhttp://www.lush.co.jp/)やロフトhttp://www.loft.co.jp/)と言ったショップの出店がうれしいところです。しかし今この文章を書くためにクレオスクエアのサイトをチェックしていると、「マザーグースの森スイートカフェ」なるお店があるのを見落としていたことが判明。カフェと言ってもお茶が飲めるわけではなくて、カフェ風におままごと道具やキッチングッズのキャラクターものを売るお店のようですが、上京してマザーグースの森のショップを見かけるとつい入り浸って可愛いものにはまってしまう自分としては、ノーチェックは痛恨の極みです。実際にそれらグッズをキッチンなどで使うかどうかはさておき。(だってあまりにピンクピンクしたものがキッチンに鎮座していても落ち着かなさそうですし)

 ―で、25分の間に駆け足で買ってきたのはLUSHのバスボム2種類と、ロフトに売っていたリサとガスパールのハンドパペットでした。それから晩のごちそうとして、昔からのクレオのビルに2月にオープンしたKOOTS GREEN TEAhttp://www.koots.co.jp/)のサラダと抹茶オーレとデザート、ジャスコのおそうざい(^^;)も購入。これらは家に帰ってからゆっくりといただきました。
 それにしても、クレオスクエアにわが家からは歩いていける距離なのでいいんですが、きっと今度の土日は周辺道路が渋滞することでしょう。駐車場は十分用意されているようではありますが道路はまだまだ工事中の部分が多く、狭くなっている道もあるので車で来店するにはそれなりの覚悟が必要と思われます。しばらくは近所がにぎやかになりそうです。

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2005.03.05

帰宅しました

 充実の研修も無事終わり、本日23時前に帰宅いたしました。関東は朝方大雪が積もったというので線路や高速道路の状況を心配しておりましたが、さすがに夜ともなると全て平常に戻ったようです。
 せっかく旅先にデジカメを持って行ったのに、研修会場である図書館の中は当然撮影禁止であったため、写した写真のほとんどが食べ物というオチに(笑)。
 何件かのトラックバックいただいた記事に気になるものがずいぶんありますが、明日以降ぼちぼち目を通させていただきたいと思います。

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2005.03.03

京都だより(図書館で迷子)

 研修1日目が無事に終了しました。普段仕事であまり使ったことのない無料データベースの実演紹介がたっぷりあった上、めったに目にしない灰色文献の実物展示や書庫見学まであって、こんなチャンスはめったにない、と喜びっぱなしです。でも途中、ちょっとだけ眠かったです。あと、広い館内をひとりでぶらぶらしてたら、案の定道に迷った上、危うく職員専用スペースに入り込みそうになってしまい、研修担当の偉い方に道案内してもらう羽目になってしまいました。あんなシンプルな道筋だったのに、やはり自分は筋金入りの方向オンチだとつくづく実感しています。

 夜は近くのファミレスに入り、豚キムチ定食に納豆で夕食。斜め前の席で地元の方らしき女性が7~3歳ぐらいの男の子ばかり3人をつれて、関西弁で(すみません、京都ことばと大阪ことば(除く河内弁)の区別がついてません)、上の子たちを決して子ども扱いしない口調で説教をたれつつ末っ子の面倒はしっかり見ながら食事されてました。関西のおかんのたくましいかっこよさを目の当たりにしたような気がしました。

 なぜかこの出張に来てから、ノートPCの時計がやたら遅れまくるようになりました。AC電源をつないでいるにもかかわらず、20分ほど放置しただけで5分ぐらい平気で遅れてくれます。おかげで「優しい時間」の最初10分を見逃してしまいました。いい加減内蔵バッテリーがやばいのでしょうか。昨年のマザーボード交換事件以来しばらくバックアップしてませんでしたが、そろそろ必要かも知れません。

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2005.03.02

京都だより(お豆腐など)

 明日から関西の某国立図書館で研修を受けるため、京都府郊外にやってきております。かねがね噂には耳にしておりましたが、本当にコンビニとファミレスしかない場所です(^_^;)。あ、養○乃○はあります。昔の筑波ってこんな感じだったのかな、と思いをはせております。

 京都に到着したのが15:30という中途半端な時間だったので、駅から余り離れてもまずいと考え、伊勢丹をぶらぶらしていました。デパートだけで時間を潰すのは大変かと思いましたがさにあらず、結構あちこちの売り場を回ったり買い物したりして楽しんでしまいました。京豆冨 不二乃でお豆腐料理もいただきましたし。下の写真はコースの一部です。おかげで伊勢丹以外に寄ろうと思っていた手塚治虫ワールドをすっかり忘れる始末。ここはここで行きたかったんですが、失敗です。


fujino01
豆腐と生麩の田楽




fujino02
甘く煮た大豆と水菜のサラダ(意外に美味)




 そんなこんなで夜8時少し前に宿に入りました。無線LANの部屋を予約したつもりが有線LANの部屋が予約されていたので、「しまったLANケーブル持ってきてない」と動揺しましたが、ちゃんと貸してもらえました。
 それからテレビ番組を流しつつメールチェック。月曜日〆切の重要案件があったりするのが何とも申せません(-_-;)。
 今はニュースを見ながらこの文章を書いています。阪神タイガースの私設応援団「中虎連合会」元会長らが、作詞・作曲者不明の応援歌の著作者であると詐称し、歌の収録されたCDの著作権料を不当に受け取っていたかどで著作権法違反(著作者名詐称)で逮捕されたそうです【Yahoo!ニュース他】【JASRACのプレスリリース】。朝日新聞夕刊(大阪版)によれば、「同連合会は02年だけで200万円近い著作権収入を手にしたとされる」そうです。どんなところにも儲けの種は転がっているものだと変なところで感心しました。あと、JASRACの広報部のコメントとして「協会はあくまで管理機関で、審査機関ではない」というのが同じ記事にありました。音楽著作権の「利用許諾」は行うけど「審査」は行わないんですね。不思議。

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2005.02.26

西武新装開店チェック!

 木曜日、近所にある筑波西武が新装開店し、クラブオンカード(ポイントカード)所有者限定で招待セールをやっていたので、仕事が終わった後残業を早めに切り上げて出かけてきました。最近ずっと新装開店のための工事を続けていて、お店に行くたび中のテントとか防護壁がうっとうしかったので、ちょっとは綺麗になったかなー、とわくわくしながら入店したところ、あ然。
 まず、確か開店以来お店の真ん中の吹き抜け部分にあって名物だった、カーブ状のエスカレーターが撤去され、普通のエスカレーターに換わっていました。驚きましたが、うんうん、あのエスカレーターって形は珍しいけどのろかったもんね、と納得して2Fのコスメやバッグ売り場のあるメインフロア(注:ここの西武では地階がなく、そのかわり1Fが食品売り場としてデパ地下扱い、普通のデパートでは1Fにあるコスメやバッグが2Fで販売されています)に入ったところ、さらにぼう然。
 改装前・後の写真があれば話は簡単なのですが、あいにくないので文章で説明しますと、以前はどことなく詰まっている感じだったテナントの配置が、空間を広く感じさせるように変更されていました。また、今までは吹き抜け側の入口から入り通路を歩くといきなり下りのエスカレーターが設けられていて、自分がまず行きたい3Fの婦人服売り場などに行くにはフロアの反対側まで回り込まなければならずちょっと不満だったのですが、改装後は上り・下りのエスカレーターの位置が逆転し、大変便利になっています。3Fの婦人服売り場には、ブランドショップが増加。やはり空間のせせこましさが解消された上、休憩所として椅子まで置かれていました。お店の大変身に動揺し、また、ブランドショップで試着した結果自分のサイズ増、体型崩れに大打撃を受けつつ、結局2Fに新規設置されたちょっとカジュアルなパンツ屋さんで普段ばきのパンツを購入し、裾揚げを頼んで退散。

 そして金曜。裾揚げしたパンツの回収を口実に、閉店間際の数十分ではありましたが再度西武に挑みました。そして、改装前によく利用していた無印良品やリブロのある5Fをチェック。無印良品フロアもやはり広くなり、レイアウトも歩き回りやすく改善されていたので◎。心なしか品揃えも豊富になったように見えます。リブロは時間がなかったのでざっと歩いただけでしたが、やはり広くなり、しかもブックカフェ(!)まで新設されており、再訪が楽しみとなりました。
 残念なのは、CDショップと文具フロアが撤去されてしまったこと。特に文具フロアはちょっとおしゃれな文房具やバースデーカードを買うのに重宝していたのに残念です。3月18日に新しくできるショッピングビルQ't(このビルの存在が西武に大改装を行わせた)には文具店は入っていたでしょうか。あと、以前の西武はとある方曰く「ジャージで行ける西武」、つまりはつくばの住人、とりわけオシャレ感薄い学生が気兼ねなくうろうろできる場所だったのですが、改装後はそういう気軽さが薄れてしまったように見えます。大げさに言えば一つの時代が終わったという感を覚えました。
 それでも今後もめげずに筆者は西武に出かけることでしょう。何しろ家から歩いて一番近いお店のひとつなので・・・。

(2005.2.26追記)
つくばQ'tのオフィシャルサイトによれば、文房具関係は“ CUB”とかいうお店で扱うようです。また、西武の5FにあったCDショップ“WAVE”もQ'tにて新装オープンとのこと。文房具の充実度が不安ではありますが、首を長くして開店を待つことにいたします。

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2004.09.23

北海道旅行短報(3)

 旅行最終日はあいにくの雨。午前中小樽の北一硝子で買い物をし、鰊御殿(旧青山別邸)を見学しているうちにますます雨足はひどくなるばかりで、当初予定していた積丹半島巡りは断念せざるを得ませんでした。
 その代わりに余市の魚市場兼食堂で海鮮系の昼食。いくら丼を食べて、それは決してまずくはなかったのですが、何だか違和感が・・・と思ったら、義母の言葉で気づきました。ご飯がすし飯ではありませんでした。個人的には海鮮系丼のごはんはすし飯でも普通の白飯でもどちらでもかまいません。しかしさほど美味でないお米だったら、たぶん前者に軍配を上げることでしょう。北海道のお米の質も農業試験場・研究所での育種研究と現場の努力の成果とでだいぶ向上してはいますが、それでも本州生まれのお米との間には何か見えない壁があるようです。
 話は前後しますが鰊御殿。青山別邸は民間企業で経営しているためか、ちょっと入場料高め(\1,000)です。もちろん贅を尽くした建物や美術品は十分楽しませていただいたものの、JALクーポンで入場料が無料でなければたぶん来ていなかったでしょう。実は最初行こうとしたのは、小樽市の鰊御殿の方でした。しかし先日の台風のせいか、屋根がめちゃめちゃに破損して大穴があいており、敷地には立ち入り禁止のロープが張られていました(;_;)。一日も早い復興を願っていますが、あと1ヶ月と少しで北海道は冬に突入。今年度の復旧は難しいかもしれません。
 結局、余市でニッカウヰスキーの工場を見学した後はまっすぐ空港に向かい、空港でお茶したりおみやげを選んだり夕食したりと無理せず2時間半ほどゆっくり過ごしてから東京行きの便に乗り込みました。しかし今度は到着間際になんと羽田に雷雨が!30分近く旋回した後ようやく着陸。ダッシュで高速バスの最終便に駆け込み、何とか日付の変わらないうちにつくばに帰着できました。

 今回の旅は心残りがいっぱいあります。義父母にぜひ日本海をお見せしたかったなあ、とか、小樽運河の美しさをゆっくり散歩しながら堪能してもらいたかったなあ、とか、「水曜どうでしょう」のDVDも現地買いできなかったなあ(^_^;)、とか。また、富良野のラベンダーもとっくに咲き終わり、温室ラベンダーしか残されていませんでした。次も北海道にご一緒できるかはわかりませんが、今度行くなら夏のベストシーズン(7~8月)に出かけられるようにしたいところです。9月しかお休みできなかった今年はとにかく忙しすぎました。

 不在中にコメント等をいただいた皆様、ありがとうございました。たまった洗濯物をかたづけ次第少しずつお返事申し上げたいと思います。

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2004.09.22

北海道旅行短報(2)

 旅行二日目。本日食したもの。
 宿泊先のホテルの朝食バイキング。オニオンスープやクリームコロッケの他、パンが意外と美味でした。
 昼食は富良野は麓郷の「小野田そば」。室内の天井まで埋め尽されたお客の直筆色紙に圧倒。太くて腰の強い麺が食べでがあり満腹に。
 三時過ぎに訪れた「ファーム富田」ではおやつにラベンダーソフトをいただきました。しかし何故特に北海道では観光地に必ずご当地ソフトクリームがあるのでしょう。大抵美味しいから良いですけど。
 藻岩山展望台から夜景を楽しんだ後は円山でスープカレー、と思ったら目当てのお店のシャッターは閉まり「テナント募集」の貼り紙が。続けてすすきのに昨秋開店したての「北海道食堂」に出向いた所、二時間後まで予約で一杯とのこと。最後の手段とガイドブックでうろ覚えだったスープカレー店「SHO-RIN」(札幌市中央区南5西3 グランド太陽ビル1F)を探してさまよい、ようやく夕食にありつくことができました。チキンカレーを普通より少し強めの辛さレベルで注文すると大変辛いカレーが出てきて苦戦したものの何とか完食。旅の疲れがあっと言う間にスパイスで癒された気がします。しかし元々あまり辛さに強くない義父母にとっては、標準かそれ以下の辛さレベルを頼んでいてもなお手強かったようです。メニュー選びをちょっと反省。明朝の義父母の胃腸が息災でありますように。
 明日は旅行最終日です。小樽・積丹半島方面へ出向く予定。せいぜい目一杯楽しむことにします。

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2004.09.20

北海道旅行短報(1)

 今日から連れ合いと義父母と一緒に北海道旅行に来ています。本日は札幌を回りましたが、この街を離れて二年半しか経っていないにも関わらず建物の栄枯盛衰の激しいことに驚くばかり。職場でいきつけだった居酒屋は閉店し、工事中だったJR札幌駅はピカピカのビルになっていました。
 最もショックだったのは先日の台風による木々の倒壊。空港から宿までの間に寄ったわずか二つの山(羊ケ丘と大倉山)のいずれでも、相当太い樹木が根元から倒れ幹がベリベリに裂けていました。改めてこの地に加えられためったにない災害の脅威を見せつけられた思いです。
 でもいきつけだった国道36号線沿いのラーメン店「玄咲」が健在なのはうれしい限りです。このお店は札幌ラーメンの王道ではないさっぱり味のせいかアンチな方もいるようですが、筆者はかなり好み。二年半ぶりに食して変わらない味に安心いたしました。
 夜はすすきので地元の新鮮な魚介類をたっぷり身体に取り込みました。何だか心にも栄養が注入されたような気がします。
 旅行は後二日。明日は美瑛方面に出向く予定です。雨天だそうですが少しでも小降りになることを願っています。

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2004.05.01

栃木食べ歩きミニツアー

 本日はお休みを取り、日帰りで「栃木食べ歩きミニツアー」に出かけてきました。
 自宅から車で1時間半ほどで宇都宮に到着、2つの餃子店で餃子を賞味した後、佐野に移動。「佐野プレミアム・アウトレットモール」で買い物の後、晩ごはんに佐野ラーメンをいただいて、無事自宅に戻ってきました。
 宇都宮という街には初めて行きましたがかなりの都会でした。商店街の建物には年季の入った物も多く、また、不況のためか閉店になった百貨店の建物がそのまま放置されていたりしていましたが、不思議とうらぶれ感はなく活気に満ちている印象を受けました。きっと歴史の重みが違うのでしょうね。自宅からも案外近いことですし、今度もっとじっくり探究してみたい街です。
 やはりたまにはこんな風にひがな1日遊び回ることも必要だと認識しました。最後にせっかくなので食べ歩いたお店と感想を記しておきます。

青源みそしる亭・・・味噌スープの水餃子ということで、味噌ラーメンのようなしつこい味付けなのでは?という先入観がありましたが、見事に打ち砕かれました。さっぱりした味付けで、餃子そのものの味わいが生きていて、後味も良い水餃子でした。本来老舗のお味噌屋さんなだけあって、おみやげコーナーには味噌製品がいっぱい。辛味噌と味噌ニンニクを買ってきましたが、普通のお味噌も買ってくるんだったと後悔しております。

みんみん本店・・・連休とは言え一応平日なのに20名近くの行列ができていて驚きました。餃子自体に決して濃くなくでもしっかり味付けされているので、たれは醤油とお酢のみ、ラー油は(店内にも張り紙がありましたが)必要ありませんでした。焼き餃子と揚げ餃子をいただきましたが、焼きはもちろんのこと、揚げ餃子で「おいしい」と思ったのはここの餃子が初めてでした。

参照:宇都宮餃子会

手打ラーメン太七・・・参考にしたマップ(る○ぶ情報版)がわかりづらく、店にたどりつくのにずいぶん遠回りをしてしまいました。筆者は青ねぎラーメンをいただきました。チャーシューメンはちょっとしょっぱめだったみたいですが、青ねぎラーメンはほどよい味付けで、普段スープはほとんど残す筆者が今日は4分の3量ぐらいを飲むことができました。麺は軽いけどコシがあってなかなかいい感じでした。

参照:佐野観光情報・ラーメン会

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2004.03.23

のと鉄道の路線短縮

 まさか、この3月下旬になってまでセーターを着込むことになろうとは、1ヶ月前には予想できませんでした。

 アサヒ・コムより。のと鉄道の路線がまた一部廃止になるそうです。 廃止になるのは穴水-蛸島間。もう10年以上も昔、大学の卒業旅行で出かけた金沢・輪島方面。仲間数名とともに金沢の友達の家に泊まり、七尾で別の友達と合流し、その後輪島温泉へ。その旅で乗車したのが、小さな列車ののと鉄道でした。今はなき輪島駅にあった、次の駅名が「シベリア」と書かれた駅名表示板は忘れられません。着々と進むバス路線への転換は予算上やむを得ないのかも知れませんが、旅情の深さではバスよりローカル列車に軍配があがると個人的には思っています。(実はバスの方が車酔いしやすいというのもあります)

 これもアサヒ・コム。民主党の菅代表が、江角マキコさんの参考人招致を要求したそうです。あのCMの作りは確かに居丈高で挑発的で、印象には残るものの視聴者の全面的共感を得たとは言い難い内容でした。また、年金改革関連法案への反対を少しでも有利に進めたい気持ちもわかります。ただ、知略の使い方が小さすぎてみみっちさすら感じられてしまうのはどうかと思うのです。この問題には彼女個人の不注意とか社会保険庁のチェック不足とかだけでなく、元々彼女が勤務していた企業と公的機関との間での引継処理がうまく行っていなかったことがからんでいるわけで。彼女を呼びつける意味がどれだけあるのかが疑問です。
 つい最近まで、生活意識の高い一部の国民を除いて、年金は「もらえて当然」であり、個人の手続きに多少の不備があったとしても公的機関でカバーしてもらえるものと信じられていたような気がします。うまく言えないのですが、年金制度を変えるなら、年金料を調整するとかそういうことではなく、もっと仕組みをわかりやすく、さほど生活意識の高くない人間であってもスムーズに年金料を納めることができ、老後安心して暮らせるようなものにしてほしいと願う筆者なのでした。図書館と一緒で、様々な便利なサービスを使うことで得をするのは誰よりも利用者自身なのですから。

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