2008.07.18

エルゼビア ライブラリ・コネクト・セミナー2008

 7月17日に東京品川で開催された、標記のセミナーに参加してきました(セミナー公式サイト)。
 今回のテーマは「Return on Investment ~ 図書館への投資効果 ~」。各講演の概要は「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」の記事でも取り上げられているのではしょるとして(^_^)、今回の目玉は、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校図書館長のPaula Kaufman(ポーラ・コーフマン)さんによる、午前中最後と午後の最初におよそ2時間という長丁場、2部に分けられた講演であったと思います。
 午前中は「大学の図書館に対する投資:その見返りは?」というテーマでした。
 米国の最高教育に対する公的支援は過去25年にわたり減少しており、それはランド・グランド(土地助成)大学として設立されたイリノイ大学においても例外ではなく、大学に説明責任を求める声が高まっている現状の下、他校との競争上の優位性を保つために、リソースの増強、教員・学生レベルの維持が求められているとのことです。
 と言うわけで「図書館へ1ドル投資する見返りとして、大学はXドルを得た」という「図書館の価値」を証明するための手法について、エルゼビア社他の協力を得て、

  • 図書館の、収入を生み出す活動への貢献の実証
  • 図書館に対する大学の投資の見返りを定量化
  • 図書館と助成金活動の「相関関係」の実証(「因果関係」ではない)

を目的として行われた調査研究というのが、今回の講演の内容でした。
 ポーラさんの発表はかなり盛りだくさんで追いかけるのが大変でした。かたつむりの中の人とか、ちゃんと消化して鋭い突っ込み質問をしていて偉いなあ、と思ったりして。

 途中をざっくり省略して結論だけ申し上げますと、大学は図書館への投資額1ドルにつき、助成金収入として4.38ドルを得た、というROI(return on investment)モデルが導き出されたそうです。
 受講している図書館員に衝撃を与えたのは、その金額よりも、どなたかの質問にもありましたが、図書館先進国の米国の、しかも業界超名門のあの図書館にして、大学の研究への貢献度を計算式で弾き出して証明しなければならないというシビアな事実であったと思います。
 自分としては、うちの職場、中~小規模図書室の集合体なんだけど、いつかああやって図書室の統合作業なんてやる日がくるんだろうか?とか考えてみたり。あと、もっと個人的には、中央館しかないらしく事態の重さが実感としてよく分かってないっぽかった某私大の方のご発言にも驚きましたけれど。でもまあ、単館運用なら仕方ないのかな。
 ちなみにこの研究結果が予算増につながったか?という質問も出ていましたが、

  • そういったことはなく、また、そうした目的でもない。
  • ある1つの時点を見た調査であるので、時間的な経過を見なければならない。
  • 将来的に4.38ドルの見返りが実際に生じるかはこれからとなる。
  • まずは運営側に図書館の存在価値を認識されることが必要。
  • 内部的にも予算増へのこのデータの利用を求める声がある。

という回答でした。
 なお、エルゼビア社の協力により、同様の研究が他の大学においても実施される予定であるとのことです。

 午後の講演は「サービスこそ王様:図書館サービスの戦略的変革と将来」と題して、やはりアーバナ・シャンペーン校図書館のコレクション至上主義からサービス至上主義への転換の試みについてお話しいただきました。
 具体的な転換策として、

  • クラスライブラリアンの採用による学生教育プログラムの構築
  • 情報コモンズの設置による、学生の学習相談及び教員の研究相談への対応
  • 現代の教育環境への適応が不十分である学部図書館の、大学の長期計画としての見直し(具体的には閉館・統合)

等々が紹介されていましたが、これまた本題より、「あの名門図書館にして」利用頻度も低く、単館として存在している意味が薄いと判断された学部図書館を廃止して他学部の図書館に統合するという経営判断を行っている、という点に衝撃を喰らっていました。これ以上驚いていたら、「甘い」と企業経営に詳しい方にはたしなめられてしまいそうですけど。

 ポーラさんの講演以外で直接自分の業務に結びつけられそうに思えたのは、東北大学附属図書館の総務課長の方の発表でした。電子ジャーナルの統計の活用バリエーションを色々指し示していただきました。でもイリノイ大学の発表に比べるとまだ「大学の役に立たない/利用者に必要とされない図書館は潰されても文句は言えない」という切迫感は薄かったです。
 取りあえず、図書館員たるもの、もう少し計量書誌学と、それからMBAは絶対無理としても、研究を円滑に進めるための学術情報の確実なキープとか何も頭になさそうな経営陣に反論できる程度の経営観念位は身に付けた方が良さそうだというのが今回のセミナーを受講してのごく私的な結論です。

 そうそう、我が家にもエルゼビアのうさぎのぬいぐるみさんがやって来ました。昔読んだ漫画「パンク・ポンク」にちょっとだけ似ていると思いました。

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第25回医学情報サービス研究大会に参加して

 ご報告が遅れましたが、7/12・13はARGカフェに後ろ髪を引かれつつも、筑波大で開催された第25回医学情報サービス研究大会に出向いてきました。
# だって医情大会の方が先約だったんですもの。

 医情大会に参加したのは2回目でしたが、2日間通しで参加するのはお初でした。
 自分は1日目は午後の植松先生の基調講演「大学図書館の未来」から聴講しましたが、聞くところによると午前中の石井先生と松林先生の「継続教育コース1・2」も面白かったそうなので、午前中自宅でぐずぐずしていたことをちょっと後悔しております。
 植松先生の講演は大学図書館の外国雑誌&電子ジャーナル問題がかなりウェイトを占めていて、その話ももちろん大変ためになりましたが、先生の本領発揮だったのはやはり、後半の図書館のレファレンスデスクの配置の工夫等、図書館施設・建築のお話だったように思います。

 さて、2日間通しで一般演題の発表を聴いた感想ですが、医史学関係の発表のように個人による独自研究の色合いが濃いものから、トリの順天堂大学の方の発表のように「シソーラス用語の解析によるアスベスト研究の動向」のように、医中誌WebやPubMedといった文献データベースの内容をテキストマイニングツールで解析し、更にJCRまで駆使しているという本格的な情報学の研究まで色々と取り揃えられていて、かなりお腹いっぱいになりました。
 発表のうち、聞いていて戸惑ったのは「一般演題.II(病院図書館)」でしょうか。自分のこれまでの職務環境とほとんど共通点がなく、また、内容的にも現時点でリアルタイムで試行中であり、未だ落としどころの見えないプロジェクトが大半であったため、自分的にはやや消化不良気味の面がありました。
 ポスターセッションではWHOの発展途上国への学術情報無償提供プロジェクトHINARIに関心を持ちました。FAOでやっているAGORAの方は聞いたことがありましたが、医学分野の方は全く初耳でしたので、その場でポスターに記載されている参考文献をメモさせていただきました。
 一般演題以外では「医学系レファレンスの集い」に参加しました。内容は、「医学図書館」誌のレファレンス事例紹介連載、農林水産研究情報総合センターの「レファレンス協同データベース」の利用実例等で、予想以上に内容盛り沢山で楽しかったです。人数的にも予想外に盛況だったらしく、用意された教室がいっぱいになって主催者は悲鳴を上げていたようですけど。

 なお、閉会後に撤収作業に参加した時に、忙しく受付作業に立ち働いている実行委員の方に「どうしたら良いですか」みたいな空気の読めないことを言って固まらせてしまったのですが、あれは黙ってさりげなくその辺の撤収に加わるのが正しい態度だったのだと後から深く反省(結局そうしました)。皆さんすみませんでした。

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2008.07.09

別室閲覧資料

 本日午後は休暇でしたが、職場関係で足を突っ込んでいるお仕事のため上京しておりました。
 お仕事の開始までに少しだけ時間があったので、地下鉄で少し足を伸ばして国立国会図書館(NDL)に立ち寄ることにしました。利用目的は、世にも下らない、と思われても仕方のないものでしたのでここでは割愛します。
 実はNDL東京館を来館利用したのは大学卒業以来十数年ぶりでした。陸の孤島関西文化学研都市に所在する関西館なら、数年前研修で訪れましたけれど。
 登録利用者になっていれば当日用の入館利用カードが即時発行されるようになっているのは、流石に存じておりましたが、しばらく行かない間に閲覧請求は専用端末からオンラインでできるようになっているわ、複写申込票も閲覧中の資料について専用端末で作成してプリントアウトできるようになっているわと、随分利用しやすくなっていたので、おお!と今更感動しておりました。

 そこで、とある資料(製本雑誌)を閲覧請求したわけです。2冊資料請求したのですが、うち1冊の到着がちょっと遅めだなあ、と思っていた所、資料受渡カウンターの担当の方から、
「この資料は以前にページ切り取りがありましたので、別室での閲覧になります。複写を希望される場合は即日複写受取はできません。後日受取か、後日郵送の扱いとなります」
という説明を受け、カウンターの裏側にある別室に案内されました。
 別室には確か閲覧テーブルが1台、椅子が6脚程あったかと思います。あと、専用カウンターがありました。表の資料受渡カウンターは立ちタイプでしたが、別室カウンターは座りタイプでした、何故か。別室専用に複写申込票作成端末も用意されていて、複写希望時もこの部屋を出ることなく用事が済むような仕組みになっておりました。
 いや、別に貴重書を閲覧しているわけではないのに、必要以上にどきどきしてしまいました。ついでに、普通の閲覧では入れない部屋に入れた!とひっそりと喜んでみたりして。

 ちなみに切り取られた部分に何があったのかを目次で確認した所、某男優さんの海外ロケセクシーショット、と記載されていました(^_^;)。自分では頼まれても要らん部類の記事でしたが、まあ、ある層にはそれなりに需要があったんだろうな、と納得できますし、自分が別室に通されてまで見たかった記事も、別の層から見れば……というのがあるので需要の存在については否定しませんが、とりわけ図書館屋としては許せない悪行に他なりません。何せ下手人のせいで、後世の人間がその切り取られた記事に出会う機会は永久に失われてしまったわけですから。例えそれがセクシーショット(笑)であったとしても。特にその手の読み捨てられ系雑誌をきちんと永年保存している図書館が、NDLと大宅壮一文庫位しかないと考えると、余計に腹立たしく、かつ嘆息するというものです。

 今回NDLに久々に出向いて思ったのは、ここはやはりたっぷり時間をかけて探検したい、ということでした。今回の滞在時間は正味1時間強、製本雑誌2冊の閲覧、複写がぎりぎり可能でしたが、他の参考図書を調べたりする時間はほとんどありませんでしたので。次回があるとすればもっと時間に余裕のある時に、半日位じっくり滞在して調べ物をしてみたいと思います。

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2008.06.21

6/18読売のシリアルズ・クライシス記事について(6.21加筆)

 6月18日にYOMIURI ONLINEに掲載されたこちらの記事について。

大学が学術雑誌買えない : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 地方の大学とはいえ、国立大学にしてこの状況なのか、というのは結構インパクトがありました。国立大学は、国立大学図書館協会として出版社と団体交渉が可能だし、教育研究機関として国の補助も受けやすい立場にあるとは思うのだけど、大学による貧富の差というのはどうしようもないのだと実感しています。大体、ジャーナルって1タイトル当たりの年間購読価格は10万円以下のものから数百万円のものまでまちまちだけど、まとめて積み上げた時の契約額が本当に大きくて目立ちまくるので、真っ先に経費削減の槍玉に挙げられてしまう、何て損な製品なんだろう、と思うわけです。
 ということで、シリアルズ・クライシスは全然終わっていません。みんな終わって欲しいと思ってるだろうし、終わったことにしたい気持ちも分かるけど。少なくとも私にとっても全く終わっておりません。というか、ずうっとそれがらみで引きずっている仕事があるのだけど、他の仕事も本当ーーーに色々立て込んでいて、全然進められず辛いのです。こんな所に書いてる暇があったらさっさとやれ、という話もありますが。

 以下、今回の記事に対する、主にはてブ諸氏の反応にマジレスする形で思う所を書いてみます。大学図書館の人間ではないのでピントがずれているかも知れませんし、また、この問題についてもっともっと勉強しないといけないのは承知の上です。

  • 電子ジャーナルに切り替えると契約を打ち切った時全部読めなくなる
    →正確に言えばン万円だかの利用料を払い続ければ、契約中止前の発行巻号は読めるようにしている所が多いです。でも冊子体のように現物ではなくバーチャルな物(アクセス権)しか残らないことへの抵抗感は根強いかと。
  • 「値上がりは、紙媒体と電子媒体の両方を発行することなどで出版社の製作コストが上昇しているのが原因」(元記事より)
    →実は某出版社さんとお話しした時に全く同じ説明を聞いたわけですが。「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」のエントリでも指摘されてるように、それだけが原因とは言えないでしょう。
     上記エントリでも示されているとおり投稿論文が増えて雑誌のページが厚くなったとか、それに物価自体の上昇とか、カラー印刷が増えたというのも原因でしょうし、また、値上がりすることで購読契約が減少して更に高くなると言う悪循環もありますし。
  • 「研究者の個人購読に切り替えた」<研究費から購読料を支出しているのであればそれを図書館に回せば良いのでは。
    →多分この記事で言ってる「個人購読」は私費ではなく公費分のことかと。あくまでうちの職場(非大学)の一例で言うと、研究費から持ってくることが可能な分は既に図書費に持ってきていたりします。しかし、それで多少の値上げ分補填は可能だけど、根本的解決にはなっていません。あと、個人向け購読料の方が図書館向け購読料より安いのが通例。
  • 雑誌の種類が多すぎる(特にNature系)
    →同意。Nature系は毎年雑誌を増やしすぎ。
  • 学術雑誌は教員のアリバイ作りにすぎず、学術的価値はない。
    →そこまで言われてしまう雑誌がどれなのか知りたいです(笑)。どの分野にもコアジャーナルというのがありますが、それ以外の雑誌を指している?
     ただ、あまりしょぼい雑誌ばかりに採用されていると、大学や研究機関の内部評価が……でも、評価が低くても、そこそこ生き延びられすれば良いのか。
  • 紙媒体の雑誌にこだわらず、横断的な記事データベースだけ国で一括購読すれば良いのでは?
    →全国区のマルチサイトオンライン契約で大幅割引してくれるフルテキストデータベースがあれば教えていただきたいです。
     あと、購読契約を行う主体である「国」というのは具体的にどこを想定されているのか?文科省をはじめとする省庁が、建前上は法人化により国から切り離した大学や研究機関に対して、どこまでそうした手立てを取れるのか?という疑問があります。
     ついでに言えば、例えば文科省や国立大学系がそれを実現したとしても、公私立大学や、文科省系以外の研究機関への恩恵というのは恐らくないでしょう。
  • シュプリンガーを全部切る前に必要な雑誌を吟味する努力はしたのか?
    →その台詞、山口大図書館の人の前で言ってみろ(笑)、って思いました。当然学内の意見を募ってさんざん吟味はしてる筈。または、シュプリンガーであれば他の大学でも大概購読しているのでそちらへのILLで済ませる方が、電子ジャーナルを契約し続けるより安上がりで、それが耐えられない場合は研究室で買ってね、っていうことではないか?とも推測しております。
     ところで山口大はシュプリンガーの冊子体は残しているのでしょうか?確かあの会社は冊子体と電子ジャーナルの契約は別扱いだけど、電子ジャーナル購読による冊子体の割引制度というのがあったと思います。電子ジャーナルを中止することで冊子体の購読価格が高くなってるのではないかと心配です。

 これ以上反応していると、自分の知識不足のボロが出てきそうなので、この辺にしておきます。

(2008.6.21付記)
 研究費の図書費への振替について書かせていただいた、
「しかし、それで多少の値上げ分補填は可能だけど、根本的解決にはなっていません。」
に関して、一言だけ補足。
 だって補填しても雑誌の値上げは止められないしぃ、という意味でこういう書き方をしました。
 あと予算区分上、研究費と一口に言っても複数区分があって、図書費と同じ区分に属するものは振替できるけど、違うものからは振替できなかったりします。そう言う意味でも限りはあるかと。
 それから、研究者が自分で獲得する予算として科研費がありますが、科研費の直接経費を図書館で購読する雑誌の購入費に充てることはできなかったかと思います。所属機関に交付される間接経費を、「図書館の整備、維持及び運営経費」に充当することは制度上できるようですが、やはり雑誌に充てることはできないのではないかと。間違ってたらどなたか突っ込んでください。

 私の文章ですが、感覚的にダラ書きする傾向があるもので、緻密さ、厳密さを重視する理系な方には分かりづらいかと思います。でもこういう書き方しかできないのでどうかご勘弁を(^_^;)。

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2008.06.17

慶應の学術コンテンツ横断検索

 自分の相変わらずの処理能力のなさのせいもあって、仕事も急がないといけないのにあまり順調ではないし、面白くないなあ、と思いつつ帰宅。ぼんやりネットを巡っていたら、

慶應義塾内の学術コンテンツをGoogleアプライアンスで横断検索(Internet Watch)

というニュースを発見。早速、KICS(Keio Information Concierge Service)のサイトにアクセスし、お約束のように「福沢諭吉」で検索すると……?

 何故桃屋のCMがトップに引っかかる?(^_^;;)

 いえ、桃屋が自社CM映像コレクションを川崎市市民ミュージアム(KCM)に寄贈して、それを更にKCMと慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構(DMC機構)との共同研究により、教育・研究用ウェブ映像アーカイブとして公開しているものですので、実は何の不思議もないわけですが。23年前のCMと商品名なんてこれを見るまで忘れていたのに、見た途端にありありと記憶が蘇りました。
 ちなみに残りの検索結果は普通の福沢先生でした。「福澤諭吉」で検索するともっと普通。つまらん。
 学術用なのであまり遊んではいけないと思いつつ、「年表上に表示」機能って面白いな、とか遊んでしまい、こうしてオチのないまま記事を終えるのでした。

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2008.06.06

無い物ねだり

 もう先々週の話になりますが、ちょっと3日程研修で出張していた間に職場関係の次期図書館システムの仕様書案が届いていました。かなり後れを取りつつ1時間位かけてチェック完了。
 さて、仕様書案、作成者の弁によれば結構たくさん間違いがあって、複数の関係者から修正指摘を受けたんだそうです。
 ところが。私には間違いを見つけられなかったのでした。……2個位しか。明らかに自分より10年以上も若い子ですら間違いを見つけているっていうのに。
 理由は明白。そもそも現行の図書館システムをきちんと使い込んでいないから。図書館業務経験年数を数えると5年以上はあるけど、他業務との兼務だったし、というのは多分言い訳になりません。

 ここで本来なら、締切が迫る中で折角作った案の大幅作り直しを強いられた担当者の気持ちを推し量るべきでしょうし、また、自分にはチェックできなくても、他の人がきちんとチェックして指摘してくれたのだから、そこは胸をなで下ろす所なのかも知れません。
 ただ、やっぱり自分は図書館屋としては半端者だということを思い知らされたみたいで、ちょっと悔しいのです。しかも一方的に自分よりへなちょこと思っていた相手よりも、既に図書館の実務能力が退化した状態になっているかと思うと。いえ、元々そんなもの存在しなかったのかも知れませんが。

 あと、他の多くの仕事と同様、図書館の実務って継続して取り組み続けてなんぼな所があります。やっぱり離れていると、実務の本当に細かい部分は忘れてしまいます。
 うちの職場系列の場合、個々の図書館の規模が小さくて、職員の頭数も少なく、特に新人採用が控えられている昨今は、中間管理職な人までが実務をこなさなければならないという現実があるのだから、本当はいつ図書館に戻っても付いていけるようにしておくのが理想だとは思うのだけど。でも、現在の仕事があまりにもそっちとはかけ離れすぎてしまっているからなあ。
 図書館にいた時も確か、上手くできない、思うようにいかない、荷が重い、ってぶーぶーと無い物ねだりしていたような気がするのですけれど、今の仕事でも同じような気持ちになっている自分がおります。もしかしたら責任を持って働くこと自体そもそも向いていなかったのかも?と後ろ向きになる時もあったりしますが、取りあえずぶん投げて逃げるのはイヤですし、誕生日を過ぎて不惑までのカウントダウンが始まった年齢で他に食べていく術を知りませんので、引き続き踏ん張ることにします。

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2008.05.24

TRCとDNP

 友人経由でごく最近知りましたが、TRC((株)図書館流通センター)っていつの間にかDNP(大日本印刷(株))の傘下に入っていたのですね。DNPと言えば印刷だけでなく情報系のアイテム(ICタグ、リライトカード(利用券)等々)や出版も扱うということで、2社の間にまるきり関連性がないわけではないけれど、TRCって勝手に公共性の強い企業というイメージを抱いていたので、大きい営利企業の傘下へ、というのがちょっと意外でした。
 あと、TRCのWebを見ていて、(株)図書館総合研究所のサイトの存在に気づきました。何かと思えば、TRC系列の図書館業務委託や運営の請負会社のことでした。サイトあったんだ、ということよりも、今年5月1日までサイトがなかったというのが不思議です。
 しかし図書館総研の「業務内容」等をつらつら見てますけど、この業務内容でちゃんと儲かっているのか?というのは他人事ながらかなり不安。まあ、TRCが大企業の傘下に入っていることにより、大組織ならではの縛りも生まれるけれど、同時にDNPに長年蓄積された技術や経営のノウハウなんてのも是非やり取りさせてもらわないとね、と、ありきたりですが期待しつつ見守らせていただくことにいたします。

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2008.05.17

図書館目録雑感

 以下、こちらの記事を読ませていただいた、本当に雑然とした感想です。

egamiday3: loser - 負け続ける図書館目録

 この記事を読んで実感したのは、自分はハナから普通の図書館OPACとWebcatとAmazonとOCLC(BLも)を別物として割り切っていて、それぞれの機能に限界があることをあまりにも「当たり前」として受け止めていたということです。
 それどころか、各々に限界を有したそれらのデータベースを併用することにより適切な情報を取り出すこと自体に、図書館員のアイデンティティを見出しているように思います。あと、図書館で遡及入力が間に合わなくてOPACで検索しても出て来ない資料を、図書館に直接電話して問い合わせて「あります」って言われた時には凄く喜んだりして。

 でも、本当はそこに安住して、限界を「当たり前」と納得していてはいけないのでしょう。私はAjaxだのOpenSearchだのFRBRだの、何度説明を読んだり聞いたりしても今ひとつ仕組みについて理解が進まないシステム音痴な人間なのですが、そうしたシステムの限界に納得できなくて「何とかしたい」と思う人間だけが次の世代に進めるんだろう、ということ位は分かります。
 そういう次の世代に進む試みという意味で、APIの公開により様々なデータベースが相互につながることができる可能性を広げた「PORTA」って、かなり画期的だったんではないかと思います。でも動作が重すぎるとか(昨年のスタート時よりはかなり改善されましたが)、既存の図書館書誌をメタデータとして展開するやり方にかなり無理無理感があるとか、その他洩れ聞こえてくる内情なんかを聞いてしまうと、保つのかな、これ?って思ってしまうのもまた事実です。こちらはPORTAのスタート時にかなりわくわくしまくり(当時のブログの記事)、『丸善ライブラリーニュース』の某記事(参照リンク)に引用されてしまったりもしたクチなので、何とか上手いこと長持ちして欲しいと願っておりますが。

 以降は蛇足。大学図書館畑ではないので事情は良く知らないのだけど、GeNiiってその「次の世代」を目指したかったんだろうな、という気がとてもしています。ただ、PORTAみたいな鬼っ子が出現する余地がなかったというだけで。これから鬼っ子が出てくるのかも知れませんが。鬼っ子PORTAが異端で終わるか影響力のある魔王になるかは私には予測の付かない話です。

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2008.05.11

久世番子『番線』

 少し前に購入した、久世番子さんの『番線』をようやく読了しました。番線というのは書店で発注等に使われる「書店の識別コード」の業界用語だそうで、元書店員番子さんらしいネーミングです。「元」と書いたのは、これを書く前にWikipediaで番子さんの項目に当たった所、既に書店員は辞められているという記述があったからです。少し残念ではあるけれど、本業に専念できるのは幸せなことであるとも思います。
 表紙を開いた瞬間、口絵イラストの布団に横たわる番子さんの図のインパクトが強烈でした。きちんと書棚があることを除けば、自分の寝室にそっくりだったからです。読みかけの雑誌、漫画、文庫本、演劇パンフ:-)やらを枕元に貯めこみ、しかもそれらをなかなか片づけられず、ドレッサーの椅子の上にまで積み上がっていっている体たらくなので、家族から「営巣」と呼ばれています。多分、番子さんは「本好き」だけでなく「読書家」でもあると思うのですが、「読書家」にコンプレックスを抱いている人間としては彼女の「本好き」ぶりの方に共感しております。

 一応図書館屋としては、国立国会図書館の前後編ルポを丁寧に読みました。積層書架や火災発生時の消火方法に関する説明を、蔵書保護至上主義という切り口で描いているのが面白いと思いました。確かうちの職場のコンピュータセンターもガス消火だったよな、と思い起こしてみたり。
 あと、蔵書のカバーの脱衣についても触れられてましたが、カバーに奥付が付いている場合は切り抜いて本体に貼り付けるというのは初めて知りました。そう言えば前の職場(うちの職場系列の図書館は大体カバー脱衣後装備方式です)でも同じことをしていたなあ、確か。あ、「爆弾に注意」プレートも笑わしてもらいました(書庫内で出庫にかかる時間を知らせるプレートだそうです)。
 同じ国立国会図書館の修復部門のルポも、自分には縁の薄い分野なので興味深かったです。古文書を「原型を壊さず直すことはもちろん必要があれば元に戻せる方法で補修しています!」に深く頷いたりして。

 この作品における図書館以外にマイツボに入ったキーワード、キーフレーズは、
「もしも私が家を建てたなら(略)壁全面の本棚ぁぁぁ~」
「手動写植機」
「教科書やおい」
「近年のツンデレブームは…文部省の陰謀!!」
「トリックの穴 見つけちゃいました」
「一箱古本市」
あたりでしょうか。

 余談ですが東京創元社の校正課のエピソードである「トリックの穴」の件。仕事関係で学術論文の校正ならやったことがありますけど、その時は用語の統一ぐらいまでなら気づけたものの、流石に実験過程の穴を見つけるレベルには至れなかったです。まあ、それをチェックするために学術論文には査読者というのがいるわけでして。でも見つけられない時は数人がかりでも重大な間違いを見つけられないことというのは本当にあるので、恐ろしいことです。

 『番線』は漫画ですが、本好きさんは結構楽しくいちいち納得しながら読める本かと思います。お勧めです。

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2008.05.04

ICタグ付きポストイット

 連休が始まったというのに見事に風邪を引いてしまいました。風邪薬が手放せない状況であるものの歩けないほどではないので、今日のチケットを既に取ってしまった観劇は出かける予定です。ただ、明日の上京予定はキャンセルするかも知れません。

 さて、筆者はポストイットを使うのがかなり好きです。仕事にももちろん使っていますが、プライベートでも持ち歩き用に表紙の付いたポストイットノートを愛用しています。
 LISNewsの記事(Post-Its + RFID | LISNews)と、その元ネタのEngadgetの記事(MIT reinvents the Post-It note... with Post-It notes - Engadget)によれば、MITで、RFID付きポストイットというのが開発されたそうです。紹介されている映像を見ると、PCに接続された専用パッドの上でRFID付きポストイットにデジタルペンでメモを書き込んで、そのメモ情報をPC側にOCRで読み込んでデータベース化することができるということのようです。また、RFIDなので、当然位置情報も記録できるとか。本のページの間にしおりとしてRFIDポストイットを挟み込むという使い方ができるようです。
 ポストイット貼りっぱなしにしておくことが本の長期保存のために良いとは到底思えないので、あくまで一時的な情報の整理を前提にしたものなのかどうかは分かりませんが、上手に使えば楽しく仕事に活用できそうです。しかし高そうなポストイットだなあ。これじゃ普通のポストイットのように使い捨てできないし、そもそもタグの情報を手軽に消去できる手段がない限りは簡単にその辺に捨てられないじゃないか、とも思ってしまいます。

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2008.05.03

連休前のお食事会

 5月2日、ARGの岡本さんがつくばにご来訪、ということで、仕事を終えた後急遽某中華料理店でのお食事会に出向いてきました。

 参加メンバーは岡本さんの他、はてなIDで言うと、Shizukukunimiyaさん、milkyaさん、神さん(はてなIDなし?)あんそにさん(はてなIDなし)、haruka-izumiさん、min2-flyさん、それから匿名希望の某さん、といった筑波大学の学生・院生さん方がいらしてました。

 皆さん既に主目的である図書館の長時間に渡る見学を終えられた後でした。私はと言えば、会の後半戦からの参加となったこともあって、席に着くや否や食べまくってしまい、確か初対面の方もいらした筈なんですが、ろくに挨拶もせず無礼を働いてしまったような気がします。その節は失礼いたしました>皆さま。

 お食事会では、

  • プロモのためにがまじゃんぱー(参考リンク)のPOPを筑波大附属図書館中に貼りまくってはどうか。
  • がまじゃんぱーの顔ハメを附属図書館前に立ててはどうか。
    (顔ハメ参考リンク:全日本顔ハメ紀行Web版
  • 附属図書館のスタバに筑波大限定メニューが欲しい。
  • 次は秋葉原でオフ会だ。

等々の話題が出ていたかと思います。

 短い時間で、人見知りする質(しかも最近の新入職員減で職場でほとんど若者(特に男子)と喋っていないので、若者慣れしていない(笑))のため、あまり突っ込んだお話等もできずじまいでしたが、楽しい時間を過ごさせていただきました。アキバオフ会……行けることを願っております。

(2008.5.5追記)
 Shizukuメンバーでお食事会に参加されていたのはあんそにさん。神さんは筑波大でのディスカッションのみのご参加でいらしたそうです。大変失礼いたしました。

 なお、当日昼間何が行われていたかについては、以下2つの記事に詳しいレポが掲載されています。

岡本さん来筑&農林水産研究計算センター、農林水産研究情報センター訪問 - かたつむりは電子図書館の夢をみるか

2008-05-02(Fri): 筑波訪問 - ACADEMIC RESOURCE GUIDE (ARG) - ブログ版

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2008.04.25

蔵書1469冊盗難事件(神奈川県藤沢市)

 お久しぶりです。仕事で参加したイベントで粘土細工を作ったり、架空の館マンダレイに旅立ってド・ウィンター家当主の美貌に見とれ、歌声にも聴き惚れたり、また、原作未読だけど『図書館戦争』のアニメを視聴したりもしていたら、いつの間にか20日間もこちらを更新していませんでした。そんなわけで本日ちょっと気になった図書館記事でリハビリ投稿です。

 窃盗:神奈川・藤沢市図書館の蔵書1469冊、73歳逮捕 - 毎日jp(毎日新聞)

 窃盗:図書館の本、自宅に1469冊 73歳容疑者「本が好き」--神奈川・藤沢 - 毎日jp(毎日新聞)

 盗まれたのは藤沢市総合市民図書館の蔵書(図書・雑誌とも)で、被害総額は約616万円だそうです。なんで同内容の記事なのに2種類ページが存在するのか、毎日.jpのサイト構築方針がよく分かりませんがそれはさておき。この記事を読んでまず疑問に思ったのは、

○○容疑者は「本が好きで、体が悪くなると図書館に行けなくなるので、その時のためだった」と供述しているという。

という一文でした。この容疑者はある意味立派な図書館ヘビーユーザであるにも関わらず、宅配サービスの存在を知らなかったのでしょうか?ちなみに事件の舞台となった藤沢市図書館で宅配サービスが運用されていることは確認しました(利用案内の該当項目)。
 もし知らなかったとしたら、高齢者に対する図書館の広報が足りないぞ、と言うしかありません。もし知っていてそれでもやったとしたら、そこまで本が好きで、どうしても自分のものにしたかった人間の悲しいエゴに痛みを覚えるばかりです。きっと高齢者故に、こだわりもひとしお強くなり融通が利かなくなっていたのではないか?と考えると尚更に。

 どうしてこんなにごっそり持って行かれるまで、図書館は監視カメラ設置等の対策を打たなかったんだ?とかいう声もちらほら聞こえてきますが、できれば市立図書館という市民に平等に気軽に使ってもらいたい立場では、来館者性悪説に立つような監視カメラ等の設置は行いたくなかったのでしょう。というか、監視カメラを置いたら置いたで、利用者から拒絶反応出まくりになると思うのですけれど。図書館への監視カメラ設置は、図書館が自分の首を絞める行為であり絶対あってはならないことと考える自分は、所詮古き良き時代の図書館情報学徒に過ぎないのでしょうか。
 あるいは、BDSぐらいは出入口に設置していたかも知れない、と推測しかけましたが、通常はかなり見つけづらい場所に貼ってあると思われるタトルテープを、73歳容疑者が巧妙に剥がしたとは考えにくいです。もし剥がしていたとしたら、それはかなり悪質な確信犯である証拠だと思われます。
 でも、この容疑者、本が本当にお好きだったなら、せっかく図書館に納められて市民の皆さまとの逢瀬を楽しめる立場にあった本を、自宅に閉じこめるような真似はしないでいただきたかったです。自分で買うなり正統に譲ってもらうなりした本であれば、自宅で愛でようと何しようと構わないと思うのですけれど。久々に色々考えさせられた図書館の事件でした。

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2008.04.03

水面の雲を見つめて

 4月2日、石井桃子さんが101歳で亡くなられました。

 訃報:児童文学者の石井桃子さん=101歳 - 毎日jp(毎日新聞)
 「ノンちゃん雲に乗る」作家・石井桃子さん、101歳で死去 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 年度初めにつきめちゃめちゃ忙しい日が続いており、ニュースサイトもほとんどチェックできていなかったのですが、メールで更新情報が送られてきた友人の日記のタイトルに「星が落ちた」って書いてあるものを見つけ、何?誰か亡くなったの?と急いでGoogleニュースをチェックして訃報を知り、このことだったか!と愕然。

 図書館屋の端くれとしては、この方のお名前を聞いてまず連想するのは「東京子ども図書館」。そして「おはなしのろうそく」。そう言えば大学の時に、創作絵本『くいしんぼうのはなこさん』のパネルシアターをおはなし会用に作らせていただいたこともありましたっけ。もちろん著作権処理なんてやっている筈もなく、今にして思えば、良くもまああれを子供に見せて堂々と上演したものだ、と穴に入りたくなるような素人の作品でした。美しく封じ込めたい思い出です。

 おはなし会に夢中で取り組んでいた割に児童文学への造詣は無さ過ぎな人間なので、石井さんの業績として名高い翻訳物では、とっさにはブルーナ、ピーターラビット、クマのプーさん位しか思いつかなかったりします。そう言えば『ちいさいおうち』もそうでしたね。ああ、ドリトル先生の担当編集者でもあったのね。
 石井さんが翻訳された海外の長篇作品に関する知識なんて、ほとんど壊滅状態。例えば『たのしい川べ」が名作だという知識はあるし、単行本の見返しに載っていた物語の舞台のマップに示された世界観が良くできていると感心した覚えはあるけれど、ちゃんと読み通したことはありません。

 そんな人間が語れる数少ない石井さんのお仕事は、創作の『ノンちゃん雲に乗る』位です。戦前日本の中産階級の少女ノンちゃんが、大人のごく日常的な理不尽なふるまいに対する憤りがきっかけでお家を飛び出して木に上り、木の上から落ちて気づいたら雲の上に乗っており、謎のおじいさん(神様?)に巡り会います。自分、家族、そして友人との日常のエピソードについて、同級生の悪ガキも交えて対話していくうちに、知らず知らず自らを見つめ直していく、というお話でした。
 この本、確か十代前半の頃に母親から誕生日に贈られたものです。版型は文庫本でした。そろそろ大人に買い与えられる本だの洋服だのを素直に受け入れられなくなり始めていた年齢でしたが、何故かこれは素直に最後までさくさくと読み進めることができたと記憶します。ラストで小さかったノンちゃんは大人になり看護婦になったけれど、雲の上で語らった悪ガキの長吉は戦争に行ったまま帰ってこなかった、というくだりが何とも寂しかったです。
 ノンちゃんを読了して程ない頃、NHKで休日に映画版を放送していたので観ましたが、鰐淵晴子があまりに美少女過ぎてバイオリンなんか弾いてたりして、ちょっとイメージと違っていました。でもあの映画はファンタジックで温かくて、決して嫌いではありません。

 石井さん、人間の愚かさをカバーして余りある善意と賢さを信じることを、十代前半の娘に教えてくれて、本当にありがとうございました。

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2008.03.29

脱衣カバー

 『もえたん』と言えば、どう見ても小学生女児にしか見えない幼児体型の美少女という、ある種の趣味の皆さんのストライクゾーンをあからさまに狙った設定の女子高生虹原いんくが、魔女っ子家庭教師ぱすてるインクに変身して活躍する英語教本で、アニメにもなったアレなわけですが。最近は次のような関連本が発売されています。

Amazon.co.jp: もえたん ビジュアルファンブック: ポストメディア編集部: 本

 この本の現物を見たところ、帯には「脱衣カバー」と書いてあるではありませんか。上記リンクの表紙画像をご覧いただくとお分かりのように、書籍本体にはぱすてるインクの全身像が印刷されています。で、くだんのカバーは透明なアニメのセルっぽいカバーで、ぱすてるインクのコスチューム「だけ」が印刷されております。つまりカバーを剥がすと……そういうことです。皆まで申しません。ちなみに裏表紙にも別の魔女っ子2名がいて、全く同じ状態になっています。

 で、気になったのは、この本、国立国会図書館(NDL)にちゃんと納本されるかは分かりませんが(2008年3月29日現在未納本ですが、同じ出版社の他の本は結構こまめに納本されている模様)、もし真面目に納本された場合、脱衣カバーは一体どこに行ってしまうのか?ということです。確か、NDLに納本された図書は全てカバーを剥がした上で装備され、受入されると聞いています。と言うことは、『もえたんビジュアルファンブック』も容赦なく脱衣状態になる訳で(汗)。
 多分、例外はあり得ないでしょうけれど、今後永久に美少女達が脱衣状態で保存されるのは忍びないので、何とかならないものかと気になっております。いえ、お好きな方にはたまらない状態なんでしょうけどね。

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2008.03.25

図書館という迷宮の出口はどこ?

 以下は最近はてな界隈で話題の、同じ方のブログエントリ2件。

  図書館業界の腐りゆく状況 - 火薬と鋼
  それでどうするんですか - 火薬と鋼

 これを書かれた方と同様、自分も図書館の金の流れをどうしたら良いかなんて本腰入れて書くのは大嫌いです。本当はそういうことを考えるのは仕事だけにしておきたい気持ちがかなりあります。
 と言いつつ手前の仕事がらみの近況を少しだけ申し上げますと、洋雑誌の経費節減の為にさんざん頭を捻って方策を考えて、系列館の皆で努力してそこそこの成果は出せたというのに、それに対して努力が足りないとケチ付けられました。もっと成果(あくまで経営面での成果であり、必ずしも利用者の為になる成果ではない)を出さない限り、洋雑誌の購読契約が遅れても致し方ない、とか言われて、苦し紛れの成果(と言って良いかも疑わしいもの)を打ち出すしかなく、系列館からも努力が足りない、と言われてしまうような状況に陥りました。もちろん、そうなる前に経営者サイドを納得させられなかったのはこちらの力不足が最大の原因なので、今後は二度とこうした事態に陥らない努力が肝要と反省するばかりです。
 早速脱線してしまいましたけど、例えばそうした、図書館が経費節減のスケープゴートにされる状況の根本的な打開策や、それを進めるために十分な能力も残念ながら持ち合わせていない立場なので、上の方の気持ちはちょっとだけ理解できないこともありません。書いてもゴミにしかならないとは思いますが、それでも一言書かないとすっきりしないので書いてしまいます。

 まず、図書館に限らず正規雇用を減らして非正規雇用やアウトソーシングで税金を安く上げようという方向については、図書館業界の誰も異を唱えていないわけではなく、むしろ声を大にして言っていると思います。何故なら大なり小なり公共、学校、大学、専門の各館種に共通する問題だから。
 でも現実問題、そういう非正規な立場のスタッフであっても、いなければ図書館の仕事は回りません。税支出減らせって号令がかかっている中、図書館だけ正規職員の増員を求めるような要求を通すのは、決して簡単ではないですし。
 もちろん図書館の、または図書館に限らずある種の少しでも熟練と学術的専門知識を必要とするとされる部門の業務が、そういう継続性の低いスタッフで十分と思われてる状況が良くないということは、ある程度そうした業界で経験を積んでいる人とか、業界の現状を惜しみなく伝えようとする、心ある先生に教わっている学生さんとかには理解されている筈です。ただ、某SNSなどを見てるとそうではない「司書を目指す若者」も多く存在するらしいことが分かるので心が痛みます。

 ひとつ疑問なんですが、最初のエントリで述べられている、高い理想ばかり語っている図書館系ブログって一体どこのことなんでしょうか?現状に対する知識はあっても職に就いて戦ったことのない、でも現役の人達と交流して何かを学び取ろうと頑張ってる学生さんの所?それとも厳しい現実と戦うために日々「このように在れかし」と理想実現のアイディアを蓄積したり、あるいは過去の図書館学教育という重力に捕われた人々に檄を飛ばしたりしている現役職員のブログ?もしくは限られた現状の中でサービス維持(時に向上)に努めている人の所?いえ、本当にどこだか分からないだけなんですが。
 この図書館系ブログに対する認識は、たまたま単にこの方が(あるいは私自身が)偏っているだけなのだろうか?あるいは壮大な釣りなのか?とついこちらとしては思ってしまうのです。でも、言論手法はともかく、図書館の現状と将来がとても心配なのは分かります。それはこちらも一緒だから。

 で、こういうことを書いている自分はこれからどうしたいか?という話ですが、1つの組織の中で流れを作る権力は今はありませんし、職階制度から言ってこれからもそういう流れの決定権限を持つことはまずないでしょう。ただ、流れに抗って反論する位の権限ならあるので、こちらも頭悪いなりにもう少ししつこく抵抗してみよう、と考えているところです。
 一言だけ理想論を申しますと、現在はびこっている、貧乏さえ乗り切れれば図書館とその他の非営利サービスの安定継続性が崩壊してもよしとするような減員政策はそろそろ見直していかないとまずいと思うのです。非正規スタッフにかけられる負担には限界がありますし。
 と申しましても、今の図書館で縁の下の力持ちになっているのは確実に彼らです。繰り返しになりますが、彼らなしでは図書館を運営することはまずできません。彼らが司書の仕事で食べていけるようにする道を切り開き、かつ図書館を腐らせずに保ち続ける手段は一体何処にあるのでしょうか。……そこを何とか良い方向に持っていくのが、きっと我々現役の正規職員の仕事なのですね。すみません。

※現在の司書養成制度が粗製濫造じゃないかとか、所詮今の図書館は、そういう粗製濫造司書でもやっていける程度の職場だ、という見方もあるかと思われますが、それについては今は触れないことにします。

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2008.03.08

セクスィー司書

 某SNS経由で、以下の記事の存在を知りました。

ベッカムやジュード・ロウが着用し人気復活!カーディガンが記録的売り上げ : 映画ニュース - 映画のことならeiga.com

 この記事に、イギリスでカーディガンがバカ売れしているブランドのデザイナーの発言として、以下のものが紹介されてます。

“ジョージ”のデザイナーはこのトレンドについて、「カーディガンは非常に着回しの効く服で、ジーンズとも好相性です。男性がスーツの下に着用すれば、セクシーな司書風にも変身できます」とコメント。

 セクシーと言えばやはりNHK『サラリーマンNEO』の「セクスィー部長」だろう、と即座に連想してしまった自分。

 というわけで、以下、「セクスィー司書」を妄想してみました。セクスィー部長を知らないと分からないネタもあるかと思いますが、しばしお付き合いください。

*   *   *

 私は某市と契約している清掃会社にアルバイトとして勤めており、市立図書館の清掃を請け負っている。この図書館の建物は、その属する自治体の規模と同様、決して大きくはないが掃除が楽になるほどではないそこそこの広さで、閲覧スペースも程よく保たれていて過ごしやすい。そして蔵書も絵本から専門書までバランス良く揃えられていて、朝から夜まで来館者が絶えることがない、と聞いている。
 そして、この館にはとある名物司書が働いていることでも密かに有名である。

 ある日、図書館の出入口近くをモップで清掃している時に、カウンター方面から女性の不機嫌そうな甲高い声が聞こえた。
「あなた、私に○○という本を買ってくださるっておっしゃってたわよね?」
 近寄ってみると、顔立ちの整った、派手な化粧とスーツの恐らくは水商売風の女が、カウンターにいる若手職員の男に詰め寄っていた。
「そ、それは確かにそちらからリクエストをいただいた図書ですが、収書会議の結果、当館の収書方針からは外れてしまっているということで購入しないことになりました。国立国会図書館には所蔵されておりますので、相互貸借で借りて、当館内にて閲覧いただくことなら出来ます、と昨日お電話にてご説明申し上げたかと思いますが?」
「私はあの本がこの図書館に欲しかったのよ!そんな外に持ち出して読めない本なんて要らないわよ!」
「し、しかし……」
 カウンターの若手職員はただうろたえるばかりである。その背後から、どこか艶のある男の声がした。
「そう、そこでじっとしていて……今僕が行くからッ!」
「あぁっ!セクスィー司書!」
 長身で整った顔立ちの、金のネックレスを身につけた男が、カーディガンを左肩に引っかけ、白シャツに白パンツ、そして白エプロンを着用して、ラテンのリズムに乗って軽く腰を振りつつ事務室から現れた。
 この奇妙な男に、若手職員がすっかり恐縮した様子で、
「すみません色香司書……こんなことでお手を煩わせてしまって」
と頭を下げている。どうも彼の上司のようだ。色香と呼ばれた男は、
「いいんだョ!」
と事も無げにささやいている。それに対し若手職員は、
「あああああ!何て優しい香りなんだ!心を奪われそうだ!」
 何だこの図書館?と思っていたら、例の女も同じことを考えていたらしく、
「な、なんなのよ、このおっさん!」
と侮蔑を込めて白ずくめの男を睨みつけた。
「せ、セクスィー司書に対して何てことを!色香司書、思い知らせてやって下ください!」
 色香司書は、おもむろに女に近寄った。
「放っておいてすみません。私この者の上司、司書の色香と申します」
「な、なによこの香り!」
 確かに男の周りには不思議な香りが漂っていた。そうだ、思い出した。これは貴重書に挟むナフタリンペーパーの香りだ。
「ちょっと!セクスィー司書なんてちゃんちゃらおかしくてよ。アタシはたくさんの図書館を利用してきたのよ!?そう簡単になんて負……け……な……!」

 女の啖呵が途切れた。丹念に化粧の施された顔の上に、色香司書のしなやかな手がかざされ、ゆっくりと撫でるように妖しく動かされたかと思うと、女がふらりと色香司書の腕の中に仰向けに倒れ込んだ。周囲の空気が桃色に変化した。
「な、何!?この感じ!?」
 女の様子がおかしい。どうやら色香司書の手管に見事にはめられているらしい。色香司書がまばたきもせず女の瞳を見つめながら、情熱的な口調で語る。
「キミは確かに毎日数多くの図書館を見てきている。でも、きみは図書館を貸出の場としてしか捉えていない!確かに貸出も大事だ。しかしッ!本当に図書館を知るには、無垢な心で、図書館のくつろいだ空間に身を委ねてみることなんだよ。まずその手始めとして……僕と……あのリラックスした利用者の皆を……見て!……見えてきたかい?図書館は(図書館は)利用者が(利用者が)大好きだッ(大好きだッ)……!」
「ごめんなさい……私が馬鹿だったみたい……」
と、女はカウンターの前にへなへなと倒れ込んだ。すっかりセクスィー司書に骨抜きにされたようだ。

 桃色だった空気は、いつの間にか透明に戻っていた。放心していた若手職員も、
「おい、キミ!次の利用者が待っている。お仕事の時間だョ!」
という色香司書の声で自分を取り戻し、カウンターでの貸出・返却業務を再開した。
 色香司書はカウンターの上の書類入れで乱れている図書館利用登録申込用紙の束をさりげなく揃えている。几帳面な人なのだ。
 床にへたり込んでいた女も、ふと我に返ったようである。
「あ、あの……」
とまだ半分夢見心地な表情で色香司書にゆっくり歩み寄ろうとしている。しかしその時色香司書が、
「ていっ!ビジネスと色恋は一緒になさらぬようッ!」
とぴしりと言い放つが否や、くるりときびすを返して、呆然とする女を背に颯爽と去っていった。

 そして、私に関わる部分にも変化が起きていた。
「あ、あんなに泥で汚かった出入口が綺麗になっている。そして自動ドアもピカピカに!ありがとう!セクスィー司書!」

*   *   *

 というわけで、「セクスィー司書」、いかがでしたでしょうか?え?オチが弱いですか?そうですか……。

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2008.03.01

書店の力

 今回の記事は、以下のお話に触発されて書いています。
ニートの19歳女の子を札幌『紀伊国屋』に連れてったら感動して泣かれた話*ホームページを作る人のネタ帳

 はてブのコメントを見るに、話の本筋よりも、この話を「捏造」「作り話」として捉えている人の多さに驚きました。例えば小説家が私小説を書く場合に実話をベースにしながらも何%かは嘘を混ぜるのがセオリーであると聞いてますが、それと同じくこういうネタ話が100%実話ではないにせよ、まるっきり作り話ではないんじゃないかと思うのだけれど。
 元記事の作者さんの日頃の評判は存じませんが、こういう感動系話に「嘘つき」って突っ込んで楽しむ屈折した文化というのが確実に存在するんだなあ、と嘆息。

 amazonやbk1を探せば確実にあり、近所の書店には無い可能性が高い本と分かっていても、それでも私は時間のある時に近所の書店を巡ってしまいます。理由はシンプルに「楽しい」から。「楽しい」の中身について言葉にすると次のような感じです。
・たくさん本が並んでいる書棚を眺めて、その中から目当ての本を探すのが楽しい。もちろん、書棚の整理が行き届いている書店であることが大前提です。
・たまに思いがけない本を発見して眺めて、時には購入するのもたのしい。
・どうしてあの本を置いてないの?って文句たれるのもまた楽しい(末期症状?)。

 最後に、図書館屋の端くれ者の本音としては、冒頭のネタ話の娘さんの感動を呼ぶのは書店ではなく図書館であって欲しかったなあ、と思います。でも、
「人気のある最新刊をすぐ手に取れて自分のものにすること」
と、
「ネットで入手できるものより微妙に枯れているけど決して陳腐化していない情報の現物が多数並んでいる中から自分の責任(お金を出すという意味において)で選び取ること」
とが同時にできる場所となると、やっぱりリアル書店という選択肢になってしまうんでしょうね。複雑。

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2008.02.22

蚊帳の外から妄想

 近頃大学図書館界隈では学生による選書ツアー(ブックハンティングというそうです。知らなかった勉強不足者。)なるものが流行っているようです(参考記事:ブックハンティング問題まとめ - 図書館情報学を学ぶ)。
 中学や高校の図書館で図書委員が選書する時のように「委員活動の教育的効果」を言い訳にできるとか、あるいは某図情図書館みたいに司書課程履修中の学生の演習の場としての役割が求められているような場合を除いては、大学図書館という場所に求められている本分ではないのかも知れないけれど、図書館という場に関心を持ってもらえるきっかけぐらいにはなると思うので、別に悪いことではないと思います。大学図書館がコンスタントに買い揃えているべき研究用や授業用の資料を過度に逼迫しない範囲であれば、という限定付きではありますが。

 もし卒業研究・卒業論文が必修になっている学校であれば、どうせ3、4年生になったら嫌でも図書館――自校の図書館には限らないと思いますが――を利用せざるを得ないでしょうし。専門分野の図書や雑誌の充実の有難みが分かるのもその頃(だと思う)ので、それまで図書館に近づきもしないとか、学習室としてしか認識しないとかではちょっと寂しいかな、と思います。

 しかしこういう話を聞くと、違う館種に所属する者としては何となく疎外感があったりするのです。そもそも我が職場の図書館のメインの利用者は大人で、図書館に仕事で使う以外の専門書や研究用の参考図書以外を受け入れるなんてのはほとんど考えられないですし。レファレンス用という名目で専門分野のシリーズ絵本を入れたり、職場関係の歴史上の人物が登場する小説を買うよう手筈を整えたりぐらいのことはあったような気がしますけど、その程度です。
 大体、うちの利用者の皆さんをブックハンティングに連れて行くことを想像しただけで、こめかみが痛くなります。専門分野へのこだわりと貪欲さとワガママさとゾウに踏みにじられても壊れない根性とをたっぷり持ち合わせた人達を、甘い果実の豊かに実った書店という名の畑に解き放つなんて考えただけで……あれ?意外と楽しいかも?絶対「予算が足りない」だの「欲しいのは洋書ばかりなのに普通の書店には品揃えが少ない」だのと言われそうだけど。

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2008.02.14

組織の一員としての図書館員

 本日、某大学図書館の課長級の方の、図書館広報に関する講演を拝聴する機会を得ました。その図書館は、名門大学に属しながらもブランドイメージに依存すること無く、積極的に新規事業に取り組んでいることで定評があります。
 クローズドな場所で行われた講演なので、詳細な内容についてはここでは明らかにしません。ごく一部分だけ言及いたしますと、図書館を広報することは図書館、そしてその所属組織である大学をいかに愛してもらうかということであるというお話がありました。

 今の勤務先では、自分の力不足もあって、一所懸命説明してるのに分かってもらえない、という理不尽で悔しい思いをした経験が何度かあり、組織のためを考えるどころかどちらかと言えば組織を憎むことの方が多かったように思います。ところが今日聴いたお話によれば、組織のトップ(経営者)としての視点が無かったなら、組織の附属施設である図書館を愛してもらうような広報も十分には出来ないし、そもそも広報の対象になるような新事業の立ち上げには必須の、学内のトップや会計部門のゴーサインを得られる説明だって出来はしない、というではありませんか。今の自分を省みて、これじゃいかん、と気づきました。
 自らの仕事にもう少し組織の仕事としての意識(私的には「誇り」とも言う)を持ちつつ、もし自分がトップの立場だったらどう説明されたら納得するか?を常に考えておく必要がありそうです。こうして書いてみると、そんな当然のことも分からなかったのか、と言われそうですが、頭では分かったつもりでも感情が暴走してしまうのが筆者の未熟な所でして、と言い訳させていただきます。

 とは言え、経営者側はかなり無茶を押しつけてくるもので、そこは解決のヒントを得てもそう単純には進まないというのは理解しています。しかもこっちはタヌキと対等に戦えるほど賢い子ギツネではありませんし。まずは心構えから入り、森の仲間の知恵を借りつつ賢い子ギツネになったつもりで行動してみようかと思うのです。もっとも、仕事の上で組織に貢献しつつ必ずしも迎合しない、というのは結構大変そうですけれども。

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2008.01.14

意外な大先輩

 雑誌『東京人』no.250(2008年2月号)を、特集の地下鉄記事目当てに買って読んでいたところ、新作映画『母べえ』の原作者ということで、野上照代さんのインタビューが掲載されていました。
 学生時代の一時期黒澤明監督の映画に嵌り、ちょうどその頃ようやくリリースされ始めたビデオを片っ端からレンタルして観まくっていた頃がありましたが、黒澤監督に関する本を読むと必ず「スクリプター(記録係)の野上さん」に関する記述が出てきていました。どういうわけか黒澤映画に「男の世界」というイメージを勝手に抱いていたので、重要なスタッフとして野上さんという女性が存在していたという事実を新鮮に思ったのを覚えています。
 さて、そんなことを思い出しながらこの野上さんのインタビューに目を通していて、

「……父の勧めで私は上野の図書館学校に入りました。そこは月謝がなかったから。男女共学で二十人ぐらいの生徒がいたかなあ。割合、自由な雰囲気で先生もすばらしい方ばかりでした。……その学校にいたのは一年ぐらい。昭和十九年です。……」(2月号p143より部分引用)

というくだりを発見して驚きました。
 こちらで手持ちの卒業生名簿に当たってみたところ、確かに野上さんは昭和19年度に文部省図書館講習所を修了されていることが分かりました。インタビューによれば戦時中疎開のような形で山口県の学校の図書館に一時勤められた後、雑誌記者を経て映画界に入られたそうです。
 図書館講習所に入所されたのは、ドイツ文学者で唯物論研究者であったお父上の投獄による経済的な事情が影響しているようですが、当時の図書館が知識階級の職業として位置づけられていたというのも大きいのではないでしょうか。
 そして、恐らくは戦時下から敗戦後間もなくの疲弊した図書館界よりも、マスコミ、ひいては黒澤監督に代表される新しい才能を得た映画界の方が遥かに魅力的であったに違いないと推測しています。
 しかし、意外な所に意外な大先輩がいるものです。だから何だと言われればそれまでですし、結果として図書館界には進まなかった方ではありますけど、ちょっとでも縁があるような気がすると何だか嬉しいのは確かです。

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