【書籍紹介】耳のこり
「図書館雑記&日記兼用」の5月16日付記事「墓標」から、拙サイトの「図情大ここにありき」に対するトラックバックをいただきました。元々他サイトの記事なので申し訳ないのですが、思いがけず大学OBの方々から反響をいただきありがたいことです。
本日は、朝日文庫の新刊『耳のこり』(ナンシー関著, 朝日新聞社, 2004.5, ISBN: 4022614463)を読書中です。ナンシー関さんが亡くなられたのが2002年6月12日ということで、早くももうすぐ2年になろうとしています。自宅の書架スペースの都合上、この方の著書はもっぱら文庫本で買い集めてきました。まだ週刊文春の「テレビ消灯時間」に文庫化されていないものがあるので、今回のが最後の文庫化ではありませんが、ページをめくるごとに寂しさが増しております。
特に美白女王鈴木その子さんの訃報を取り上げた2000年12月のコラムが泣けました。ナンシーさんは第一報を聞いて、テレビではなかなかニュースをやってくれないのでとりあえずインターネット上のニュースを確認し、次に鈴木さんが経営する会社のWebサイトにアクセスした。会社の「株式会社ソノコ」への社名変更のメッセージと微笑むその子さんの写真を目にして「赤の他人の死で、『志なかば』ということをこれほど実感したのは初めてである」という感想を記していらっしゃいます。この、訃報に動揺しつつもあちこちネットサーフして情報を集めるというくだりが、筆者がナンシーさんの死を知った際に取った行動と全く一緒なのです。確か第一報はアサヒ・コムか何かから得て、その後他の新聞社のWebやニュースサイト、それからナンシーさんの公式サイト「ボン研究所」にアクセスしました。最初公式サイトは通常と変わらない状態でしたが、何度か時間をおいてアクセスするうちに亡くなった日時や死因についての情報が掲載されました。おそらくネットに常時アクセスすることのできる社会人でナンシーさんに関心を持っていた方は皆同じような行動を取られたことと思います。
まさか上記コラムの出来事の際、ナンシーさんは自分が1年半後に同じような情報収集の対象になるとは夢にも思わなかったことでしょう。また、よくコラムの文中に「○○(芸能人やスポーツ選手の名前)についてこの先どう人生を全うするのか見届けたい」という記述が見受けられますが、その有名人の「現在」をテレビやWebで目にするたびに「もし彼女が見届けていたらどんな辛辣で楽しい評価をしてくれていただろうか」とつい思いをはせてしまいます。
いつまでも過去を惜しんでばかりでは仕方がないですし、ナンシー関というコラムニストは二度と戻ってくることはありません。ただ、もうしばらくは、「ナンシー的視点」からニュースを眺めることを続けていきたいと思うのでした。
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