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2005.04.07

「仕事ができる」って?

 再来週のイベントの宣伝のために、珍しく車で40分ほどの所にある某市役所まで営業に出かけたのですが、肝心の宣伝パンフを、似た包みに入った違う資料と取り違えて持ってきたことに気づいたのは目的地に到着してからでした(T_T)。手元にあるのは、市内への配布をお願いする依頼状と、ついでに配ろうと持ってきた別のリーフレットだけ。今更取りに帰るわけにもいかず、仕方なく持ってくることのできた資料だけ手渡して、
「残りの資料は置いてきてしまったので後から郵送します」
と正直に謝って退散してきました。ここ最近でこんなに情けなかったことはありません。

 本当に仕事の「できる」人というのは数は多くないかもしれないけれど確かに実在するわけで。「できる」の評価基準は自分の中で全く客観化されておらず、単純に、

「どんなに忙しくても、はたまた体調が悪くても、それらを言い訳にせず自分の役割の一つ一つを確実に、無理せずにこなせる人。あるいは無理しててもそれを表に出さず沈着冷静でいられる人」

という程度の評価しか下せていませんが、それでも、可能なら他人からそのように評価される人になりたいと思いながら日々働いております。しかし、こういうことがあると道は遠いなあ、と思ってしまいます。大体普段でも沈着冷静な態度とは程遠いし、体調不良はストレートに仕事の能率に反映していますし。また、残業は、そうすることを上司に命じられた場合を除けばできればやらないで済むほうが美しいと考えているにもかかわらず、現実には日中にやっておくべき仕事を消化し切れないことが原因で残業することも多いですし。
 たぶん、一生遠い道を探し続けるような気がしてなりません。ちょっとグチモードでしたね。失礼しました。

(追記)
 上の評価基準に、

「それでも『仕事は面白い!』と言い切れる人」
「(逃避じゃなくて)仕事を楽しむことのできる人」

という言葉を付け加えるのを忘れていました。そういう思考ができるのは仕事に恵まれた人の余裕だ、という考え方もあるかもしれませんが、どんな状況でもきっぱりとそう言い切れるだけのたくましさ、したたかさを今後ぜひ身に着けていきたいものです。

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