『テレビの黄金時代』
小林信彦さんの『テレビの黄金時代』(文春文庫)を読んでいたら、「多角経営人間」という言葉が出てきました。1962年に小林さん(当時は中原弓彦さん)のもとに取材に訪れた『サンデー毎日』の記者の発言として出てきたもので、「(テレビ界で)才能を多角的に経営している人」、つまり現代で言うところの「マルチタレント(この言い方も古いかも)」を言い表した言葉だそうです。
当時この取材対象のラインナップに入っていたのは青島幸男、前田武彦、永六輔、そして中原弓彦の各氏だそうです。ただ、中原(小林)さんはその時既に自分がほかの三方とは異質で、文芸志向が強いことに気づいていたものの、編集部の意向により人選のバランスを取るために加えられたとか。そういえばマルチタレントという用語はごく新しいものと思いこんでいましたが、最近その用語に該当するようなタレントも含めて余り耳にしません。単に近頃テレビを熱心に見ていないので知らないだけかも知れませんが。
日本での草創期~1960年代のテレビ界というのは作る側のスタッフが、自分たちが知的階級に属する文化の担い手であるという強い自負の元に作っていたというイメージがあり、そのイメージに対して自分は昔から興味を抱き続けてきました。それは自分が現実に体験し得なかった時代に対するノスタルジーもあるのかも知れませんが、恐らく当時のスタッフが込めたメッセージが放つ独特の臭いにも惹かれているのだと思います。
『テレビの黄金時代』には、小林さんがかつて身を置いていたテレビ界のそうした臭い、そして、当時はビデオすら残らない「消え物」であった番組に自分たちの美学を注ぎ込もうとするスタッフの姿が、可能な限り客観的に突き放そうと試みた視点の元でたっぷりと語られています。これだけがテレビ史だと思って読むとたぶん偏ってしまうに違いありませんが(^^;)、同時代に同じ世界に生きていた他の人(青島さん、井上ひさしさん他)の著書と比較しながら読むと楽しいかと思います。
一点だけ文句を述べるとすれば、小林さんは現代のテレビ番組を辛辣に批判されるのだけど、今の番組にも決して捨てた物ではない内容の物はあるよ、ということでしょうか。むしろ、昔より社会的制約が増えた中で作り続けることには違う面の努力が費やされているとも感じるのですが・・・。
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