『はてなに入った技術者の皆さんへ』を読んで
自分は技術屋という立場にはおらず、技術屋の魂すら持ち合わせていませんが、このエントリを読んで色々と身につまされ、かつ感じ入るものを心に覚えました。
特にぐさりと来たのは以下の二つのフレーズ。
「新しい領域に挑戦すると言う事は、自分が不必要な状態から、自分が必要とされる状態への変化を、自分の力で起こすという事なのです」
「自分が誰に評価をされたいと思っているかを考えるための良いヒントは、『これまでの経験の中で一番嬉しかった瞬間』を思い出す事です」
以下、自分の仕事と照らし合わせつつ、これらのフレーズに対して思いつくままを述べていきたいと思います。相変わらず長文でごめんなさい。
まず一つ目の「新しい領域への挑戦」について。
4月から職場が異動になって、それは「新しい領域」ではなく単なる「新しい環境」なのだけど、目の前にとにかく仕事が積み上がっていて、それらを上手いこと捌き切れていない中で、必死に自分の居場所を探し求めている自分がいます。
今の時点での自分の存在意義というのは仕事を捌くためのコマでしかなく、それ以上の物になるのはまず仕事をきちんと捌けるようになってから言え、という感じではありますが、欲を言えばそのうちには「自分ならでは」の仕事ができるようになりたい。それが何なのかを探すのが当面の課題になりそうです。
もう一つ、「誰に評価されたいか」について。
自分が何を求めているかというと、多分、小さいところでは、自分が仕事の依頼をする相手である傘下の図書館のメンバーからの評価。だけど、これは一所懸命やっても全員が等しく納得できるような結果を導くのは難しいと、3月まで依頼される立場であった身からはわかってしまっています。しかも、自分の場合、依頼されたことはあまり真面目にやっていなかったり、オレ流で都合の良いように処理していたものなどもあったりしますし。今にして思えば、何て恐ろしいことをしてたんだ、と冷や汗ものです。
もう少し大きい視点に立ち返ると、図書館の利用者――特に職場内の利用者――から評価されたい、というのはあります。今の職場は図書館ではなく企画部門なので直接利用者の顔を見ることはできないけれど、自分が導入に係わるサービスが誰かの役に立つであろうことを間接的に知ることはできます。
例えば、うちの職場と傘下の図書館においてオンラインジャーナルやその他の電子図書館サービスの多くを利用するには軍資金が必要であり、それら軍資金の多くは傘下の図書館の予算から吸い上げるのがうちの職場のシステムになっています。その辺をいかに調整して納得していただくか、辛い作業になるかも知れないな、と暗闇を掘り下げるような気持ちで考えていました。
しかし、そうして導入されたサービスが最終的には利用者の役に立つ、と考えるなら、苦しい作業も「うれしいこと」として転換することも可能なのではないでしょうか?掘っていく暗闇の先に何が待っているか、現実にはわからないけれど、光が待っていることを信じていたい。少なくとも今はそう思います。
「評価」という言葉には能力主義、成績主義のマイナス面的な嫌ーなものを感じがちで、実はそんなに好きな言葉ではないのですが、「その仕事がいかに人の役に立ったか」を可視化したものと考えると、必ずしも否定されるべきではないのかも知れません。
現実に働いていく上で、「評価」とか「目標」は目の前の仕事に追われたり、面白い仕事に夢中になってばかりだとつい見失いがちです。それだけに、常に心の片隅では見据えておくような冷静さも必要なのでしょうね。
これからも、元記事の結論でもある「続ける事の大切さ」「継続は力なり」を信じて働き続けて行きたいものです。
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