漫画『私の血はインクでできているのよ』感想
以下の漫画について、2ヶ月近く前に、『暴れん坊本屋さん』等にはまった私を見ていた連れ合いが購入してきてくれて、比較的すぐに読了してましたが、その後何となく感想を書くきっかけを失っていました。
私の血はインクでできているのよ / 久世番子著. -- 講談社, 2009.2
この漫画の内容を一言で申し上げますと、「余はいかにして漫画家となりしか」ということですが、まあ、ここまで身も蓋もなく描いてしまって良いのだろうか?とこちらが危惧するほどに、幼児期の無邪気な「お絵描き大好き」(何と実際のお絵描き帳まで公開している!)から、子供ならではの強烈な自己顕示欲とない交ぜになった漫画創作へのこだわり、高校時代のラノベの主人公や某私鉄の素敵な制服に身を固めた駅員に手向けられた、腐りゆく愛の込められた同人活動、そして雑誌投稿時代のライバル達への妬み、等がかなり生々しく、そして痛々しく描かれています。
創作者が読者に読んでもらうための物語を「生々しく」「痛々しく」綴るのは、実はとても難しくて、一歩間違えると「見て見て、これが私の張り巡らされた神経と、その奥に息づく辛いトラウマをさらけ出した中身よ!」となってしまい、一部の読者には喜ばれるかも知れませんが、逆にドン引きされる場合も少なからずあると思われます。
しかしこの作品は、これだけ惜しげもなく自虐とヨゴレを見せておきながら、この作者の絵柄の特徴でもある端正さを保って崩れることなく、読者に爆笑を提供してくれます。それだけでなく、過去に少しでもインクの血中濃度が上昇し、一次あるいは二次創作に熱中した経験のある読者に対しては、軽く針で刺すような痛みとともに甘酸っぱい郷愁を呼び起こしてもくれるという、何重にも周到に美味しさが用意されています。
という理屈はともかく、お友達が同級生の仲良し男子コンビをネタに妄想イラストを描いたとか、投稿時代に自分を差し置いてデビューしたライバルの作品が載った雑誌の表紙の、PP加工を剥がして憂さを晴らしたとかいうエピソードには素直に笑わせてもらいました。流石に血がインクでできている方は凄いです。
そして自分はまさに、痛みと共に郷愁を呼び覚まされてしまった人間です。もちろん作者の様に漫画を職業とすることもなく、創作からもとうに足を洗っているわけですが、ある対象に愛と熱中を手向ける行動は未だにとどまるところを知りません。そこで、さて、私の血は一体何でできていることだろう?と考えてみましたが、良く分からないというのが正直な所。少なくともインクではないのは確かなようです。本当はここで「十進分類法でできている」とか「シェルスクリプトでできている」とか、はたまた「帝国劇場の地下水でできている」とか言えれば、少しはかっこいいんですけどね。
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