映画『ニューヨーク公共図書館 : エクス・リブリス』感想(2019.6.1 10:15鑑賞)
皆さまこんにちは。
こちらでは2017年11月以来の投稿になります。
前回の投稿から1年半の間に職場異動で再び図書館と縁が切れてしまうなどの細かい変化はありましたが、その辺の話は横に置いてひとまず本題にまいります。
はじめに、当方は国内外の図書館業界のリアルな情勢とか統計データとかに関する知識は皆無ですし、故に日米図書館事情の比較なんてことはできません。また、残念ながらニューヨーク公共図書館(以下、「NYPL」)を実際に訪れたこともなく、多少『未来をつくる図書館 : ニューヨークからの報告』を読みかじった程度(はっ、完読していなかったかも?)に過ぎません。このような立ち位置ですので、以下は「批評」ではなくあくまで「感想」の範疇にとどまることをお断りしておきます。
2019年6月1日に神田神保町の岩波ホールにて、フレデリック・ワイズマン監督の『ニューヨーク公共図書館 : エクス・リブリス』を観てまいりました。
上映時間3時間25分(休憩含む)。ちょっとしたミュージカル観劇より長いです。
最初休憩時間10分、と告げられており、おいおい、この女子トイレの行列では間に合わないだろう? と心配していましたが、しっかり全員が用を足せていたように思うので、恐らく休憩時間に運営側の微調整が入ったものと推測しています。
閑話休題。肝心の映画の感想ですが、人物紹介等も特になく、図書館(併設施設や分館を含む)やその周辺における各種活動について撮影した実録映像を、何らかの一本貫く姿勢を芯にした一つの流れのシークエンスとして、ノーナレーションでひたすら鑑賞者に提示していく形式のものでしたので、一つ一つの場面を理解するために頭を回転させ続けるのが割と大変でした。
ちなみに上映館にて購入したパンフレットには映画に登場する場面や人物の簡単な解説が載っていました。もちろん映画館内で開きながら映画を観るわけにはいきませんが、これがあるのとないのとでは鑑賞後の振り返りがずいぶん違うと思いますので、これからご覧になる方は是非購入されることをお勧めします。
また、NYPLと言えばあのくまのプーさんのオリジナルのぬいぐるみの子たちが常駐している児童室が著名ですが、本編には数学やロボットプログラミングなど子供たちを対象にしたいくつかの活動は登場するものの、プーさんたちが登場することはありません。これはこの映画がNYPLという施設の物語ではなく、あくまでNYPLという媒体を通じて繋がる人と人との物語であることの表れであると思います。
鑑賞後に真っ先に考えたのは、この映画に登場するような、読書会など本に関わる活動や、学習ワークショップ、講演会、音楽会などの社会教育活動のみならず、低所得者へのモバイルWi-Fiルータ貸与のように社会福祉に関わる活動や、就活支援、起業支援などの活動について、NYPLにおいては「図書館の活動」として当然のものと認められていますが、日本の公共図書館で同じような活動を同じような形で実践するにはやはり壁がありそうだ、ということです。日本の貧困や就労の問題も昨今早急に解決すべき深刻な社会問題として報道されているところではありますが、アメリカのそうした問題は、働く上での学歴や職種による分業や給与体系上の区別が制度上日本よりもきっぱりしている一方で、長年に渡り深い根を下ろし続けている人種差別、移民問題も影を落としているので、単純に「アメリカではこうだから、日本でも」と言えるものでもありません。
とは言え、日本でも図書館でのビジネス支援や、オガールプロジェクトのように地域の図書館を中核施設として位置付けた公民連携まちづくりなど、これまで図書館に期待されてきた、資料提供・保存・調査、読書普及などの知の拠点としての役割をしっかり果たしつつ、従来の図書館の範疇に留まらない人と人とを繋ぐ取り組みがなされています。問題は日本全国でそうした取り組みがまだまだ「当たり前」になっていない点にありますが、決して破れない壁ではないとも考えています。
そのように考える他方で、映画の中で何度か取り上げられていたNYPLの幹部会議の風景において、電子書籍の提供、ベストセラー図書の購入、ホームレス利用者への対応などの課題について協議されているのを見て、「なあんだ、こういう所は日本と同じなのか」と思わず苦笑していました。
あるコミュニティに属する人のひとりひとりが精神的にも知的にも経済的にも自立し、生まれ持った権利と尊厳とを持って生きていくために、そのコミュニティの図書館はいかにしてコミュニティの人々を支援する役割を果たすことができるか?
この映画における各シーンは、いずれもそうした図書館の役割についての示唆に富むものばかりであるという印象を受けました。
個人的に特に印象に残った場面と台詞は、次の2つです。
「『やるべきこと』と『やりたいこと』を一致させる必要がある」
(NYPLの幹部会議における、ニューヨーク市及びスポンサー(NYPLは「公立」ではなく運営主体は非営利組織です)からの予算獲得に関する館長の発言より)「しかし、黒人文化研究図書館がこの地域にはある。あなたもお子さんも一生通うことができる。」(故にたとえ教科書が偏向していたとしても図書館で正しい歴史を知ることができる。)
(NYPLのハーレム地区の分館で開催された利用者との意見交換会において、子育て中のアフリカ系女性が『某社の教科書は黒人奴隷の歴史について歪めた書き方をしている』と憤り訴えた際の、黒人文化研究図書館長の発言より)
世界からの高評価に決して甘えることなく、また、アメリカという多民族、民主主義の国家において揺らぐこともない、確固たる方針を持って運営されるNYPLの秘訣を、これらの場面に垣間見たように思います。
以上、映画の感想でした。
7月5日まで岩波ホールにて上映され、その後順次全国の映画館にて公開予定とのことです。(映画公式サイトの劇場情報)
図書館、特に公共図書館の活動と社会に果たす役割について関心のある方は、一度、あるいはそれ以上、ご覧になることをお勧めします。